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治さなければならない病

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このところまた詰まっていた。
なんだか冴えない気分だった。

その理由がわかった。

また 「ガンを治さなければならない病」 にかかりかけていたのだ。
ガンを治すために何かしなければならない。
何をすればいいんだろう?
何が足りないんだろう?
という思いにとりつかれてしまう病気。

でも一昨日の朝、呼吸法をしているときに、
「何もしなくていいんじゃない?」 という声が湧いてきた。
大事なのは、宇宙を循環し、わたしの中を流れていく生命エネルギーの流れを、
するすると気持ちよく流すことでしょう。
気が流れれば、おのずとガンも流れていく。
気が流れなければ、たとえガンが消えても自由にはなれない。
ガンを治すことにとらわれて眉間にしわを寄せていたら、
流れるものも流れなくなる。
だから好きなようにやりなさい。
自由にのびのびと生きる悦びを味わいなさい。

そうだ、そうだ、そもそもそれができなかったからガンになったのだし。
(と、今やわたしはほぼ確信している)

でも痛みが出ると、つい何とかしなければという気持ちに凝り固まってしまう。
そして大事なことを忘れてしまう。

もしかしたら、こうやってときどき痛みに試されているのかもしれない。
「どう? また同じパターンに戻る? それもありよ」 みたいに。
生命エネルギーの流れを妨害する古いパターンが残っているかぎり、
こうやって試されつづけるのだろう。

ここまで書いてきて、
問題があるときに何もしないでいることに、
罪悪感のようなものを感じていることにも気づいた。
文句ばかり言って何もしない怠け者みたいに。

でもこれは、何が問題なのか、と考えるとすっきりする。
問題はガン (症状) ではない。
その背後にあるもの (気の滞り=病気)。
背後にあるものを解決するにはどうすればいいか。
ただ生きればいい。
毎日、ふつうにのびのびと生きればいい。
こだわらず、固執せず、なんでも面白がって生きればいい。
こんなに単純なことなのに、なぜつい忘れてしまうんだろう?
このブログでも何度も書いてきているのに、
なぜすぐ横道にそれるのだろう?

きっと頑固なんだろう。
ガンになる人は頑固な人が多い。

それと、不可解なカミサマの意図を、あるいは宇宙の心を、
不可解のまま信頼しきることができないのだろう。
顕在意識では信頼しているつもりだけど。






  
  海に浮いて静かにしていれば、
  やがて助け船がくる。

  心配せずに毎日歌でも謡って 『のん気』 に養生すれば、
  やがて天然治癒の 『助け船』 が来て救ってくれるものを、
  無知の為皆死んで了うのであります。

                         ---- 築田多吉 『赤本』





 
  「なぜ?」 と考えることをやめましょう。事態をあるがままに受け取ればいいのです。
  病気になれば、ただ病気になったのです。死ぬときは、ただ死ぬのです。
  それだけのことですよ。

  どうも現代人は因果関係にこだわります。科学教育のせいでしょう。
  科学というものは、物事が起きるにはかならず原因があり、科学によってその原因を解明できる
  ---- といった仮説に立脚しています。しかし、仏教の教えは、それとはまったく違います。
  仏教では ---- 「不思議」 あるいは 「不可思議」 ---- といっています。
  これはサンスクリット語の 「アチントヤ」 (考えられないの意) の訳語です。
  すべてのものを 「不可思議」 と見るのが、仏教の教えです。

  つまり 「苦」 とは、思うがままにならないことを、思うがままにしようとすること。

                                     ---- ひろさちや 『こだわりを捨てる』





  だるいとき、疲れたとき、身体に異常感があるとき、心が不安定なとき、気がまとまらぬとき、
  静かに背骨で息をする。腰まで吸い込んで、吐くほうはただ吐く。特別に意識しない。
  この背骨で息をすることを、五回繰り返せば心機一転、身体整然とすることが、直ちに判る
  であろう。
  背骨で呼吸するといっても、捉え処がないという人が多いが、それを捉えた人は、みんな
  活き活きしてくる。顔がそれ以前と全く異なってくる。腰が伸びる。なぜだろう。平素バラバラ
  になっている心が一つになるからかもしれない。背骨に行気されて、その生理的な働きが
  亢まるからかもしれない。
  とにかく、人間はこういう訳の判らぬことを、一日のうちに何秒間か行う必要がある。頭で
  判ろうとしてつとめ、判ってから判ったことだけ行うということだけでは、いけないものがある。
  自分の心が静かになったとき、自分の心に聞いてみるがよい。広い天体のうちの一塵である
  地球の上の人間が、判ったことだけやろうとしているその寂しさが判るであろう。頭で判らなく
  とも、背骨で息をすることが、宇宙の心に通う道筋になるかもしれない。
  
  まず生活を楽しくし、溌剌とした生活をし、快く食べ、ぐっすり眠り、心を煩わされずに悠々と
  生きる。その心身の生活の反映として体が活潑に動き、その結果として病が自ずと治るので
  なければ、本当の健康は実現されない。体力充実の生活のみが自然の健康法なのである。

                                        ---- 野口晴哉 『風声明語2』
  








Let it be - Ray Charles ♪







by homeopa | 2016-05-10 18:42 | わたしの乳ガン

冷蔵庫がこわれた

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冷蔵庫が壊れた・・・・たぶん。

1週間ほど前から、突然ぶーーんというすごい音を立てはじめたので、
鈍いわたしでもさすがに何かおかしいと思い、
ググってみたら、
たとえば一定期間ドアが開きっぱなしになっていたりして、
冷蔵庫の霜取り機能を超える霜がたまり、
モーターのファンの部分に霜がくっついているためにそんな音が出るのかもしれない、
という記事を見つけた。
対策としては、中身を出していったん電源を切り、
霜を完全に溶かしてからまた電源を入れるというもの。

でもそのときは野菜や冷凍品がたくさん入っていたので、
それを無駄にする気になれず、
それらがあらかた腹の中に収まったところで電源を切ろうと思っていたら、
数日前、急に冷蔵庫が静かになった。
なんの音もしない。
そして冷凍庫の氷が溶けはじめた。

冷蔵庫が 「助けてよう~~~!!」 と断末魔の悲鳴を上げていたのに無視したもんだから、
きっともだえながら逝ってしまったんだ。

近所の電気やさんにきいたら、
たぶん故障したのだろうとのこと。
いちおう電源を切ってしばらくして電源を入れてみたら、
あまり期待はできないけれど、もしかして、ひょっとして、また動きはじめるかもしれない、そうだ。

仕方ないから、いろんなものが入ったまま電源を切った。

あ~~あ、冷蔵庫はこわれるし、脇の下の塊はしばしば痛くなるし、いいことないな~、
といっぺんで元気がなくなった。

でもいい機会だから、
以前からやってみたいと思っていた冷蔵庫なし生活を始めてみようかとも思った。
それですこーしばかりワクワクした。

でもやっぱり、無農薬野菜を1週間分注文して少しずつ食べるなんてことはできなくなるし、
いちばん近い自然食品店は徒歩40分の距離だから、
毎日、無農薬野菜を買いだしに行くなんて無理だし、
炊いた玄米ご飯を冷凍しておいて少しずつ食べることもできなくなるし、
塩こうじやレタスなんかは冷蔵庫に入れておきたいし・・・・
未練たらたら。

でもでも、この前、電気炊飯器がこわれたのがきっかけで、
ご飯をもっぱら土鍋で炊くようになったら、それがおいしくて、
もう炊飯器を買おうという気持ちにならないくらいだから、
冷蔵庫がなくなることできっと新たな可能性が開けたりもするのだろう。

そんな揺れる乙女心をかかえたまま昨夜は就寝し、
今朝起きて、静寂の台所に立ち、
葬式を覚悟しながら、最後の確認という感じで電源を入れてみたら・・・・
ウ~~~ンという普通のいつもの冷蔵庫の音がした!

冷蔵庫復活!

うれしかったし、ほっともしたけど、反面、ちょっとがっかりした。
なにしろ新生活を始めるつもりでいたから。

つくづく勝手なやつだな、わたしは。


でもそれなりに学んだことがあった。

1) きゅうりはあまり低温でないほうが長持ちすること。
2) 何かのときにと冷凍庫に保管していたかなりの数の保冷剤が、
 いざというとき冷凍庫の温度をかなり保持してくれるということ。
 捨てなくちゃと思っていたけど、保冷剤はこのままとっておこう。





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はなし変わって、昨日、借りている区民農園に行ってみたら、
乾いた土の上に転々と緑色のものが育っていた。
おもにサニーレタスとルッコラと小松菜。

この前、行ったときに、
昨年つくった野草汁の最後の残りを水に薄めてまいてきたのがよかったのかもしれない。
その前に種をまいた小松菜はほとんど育たなかったのに、
前回まいた小松菜は育っていたから。

もちろん、まわりの区画とくらべると、
小松菜もサニーレタスも貧相ではあるけれど、
化学肥料をたっぷり吸って育ったゴージャスなぴかぴか野菜たちに囲まれて、
いじけることなく、けなげに少しずつ成長している小ぶりのわたしの野菜たちが、
誇らしく見えた。

今回は、野草汁はまだ熟していないので、
えひめAI をつくって、水に溶かしてまいてきた。

先日、わが家をおとずれたナッチャンが、
えひめAI は飲んでもいいと教えてくれたので、飲んでみた。
まずくない。
これを毎日少しずつ飲めば、
わたしの腸内も浄化されるかもしれない。

ま、ともかく、よかった、よかった。








Message In A Bottle by Sting ♪







by homeopa | 2016-04-27 09:15 | 日々の暮らし

happy birthday to me

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一昨日は62歳の誕生日だった。
この身体にわたしのタマシイが宿った日。

この身体や顔が嫌いだった時期もあった。
かなり長いあいだ。
つい最近まで。
そう思うと、ずいぶん長い思春期だったなあ。

今はこの身体も顔もいとおしい。
好きとか嫌いというより、
これしかないでしょうという感じ。

ためしに綾瀬はるかやアンジェリーナ・ジョリーの中に入ってみたりしたけれど、
なんだか居心地が悪い。
やっぱりここに戻ってしまう。

自分のこの目で空や雲や花が見られることがありがたい。
この耳で鳥のさえずりや音楽や好きな人たちの声が聞けるのがありがたい。
この歯で食べ物を噛めることがありがたい。
この舌で味わえることがありがたい。
この鼻で藤の花の香りやヨネコさんから出てくる汁の匂いをかげるのがありがたい。
この手でガガの顔にさわったりカメラのシャッターを押したりできるのがありがたい。
この肺で空気を吸えるのがありがたい。
この脚でてくてくと歩けることがありがたい。
この内臓で生きられることがありがたい。
この皮膚で空気を感じられることがありがたい。
この身体で宇宙のエネルギーを流せることがありがたい。

そう遠くない将来、この身体とさよならすることになるわけだけど、
その前にこういう気持ちになれてよかった。

やっと安心できる居場所が見つかったみたいな、
やっと自分がひとつになったみたいな、
そういう感じ。

これもヨネコさんのおかげかもしれない。










by homeopa | 2016-04-22 08:58 | つぶやき

出ると元気になる

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今朝はめずらしく5時半にぱっちり目が覚めた。
最近ではあまりなかったことだ。

朝5時ごろ目が覚めて、トイレに行っても目がしょぼしょぼしていて、
結局また布団に戻って眠りこんで、7時ごろに起きる。
というのがここ1年ぐらいのパターンだった。

ガンになる前は睡眠不足でも5時にはぱっちり目が開いていたことを思えば (交感神経興奮状態)、
こんなに眠れるようになったことはいいことだと思うけれど、
やっぱりガンができるような身体の状態だから体力も落ちているのだろうと思っていた。

でも今朝はぱっちり目が開いた。
そしたら風呂場の窓から朝日の光が見えて、
シャワーを浴びたい、朝日を浴びたい、裸足で川原を歩きたい、野草汁のための野草を摘みたい、
という願望が一気に浮かび、
そのままさっと起きだして、ヨガも呼吸法もせず、やりたいと思ったことを全部やった。

腰の筋肉痛もすっかり治って、動きは軽快。
素足に触れる湿った草と土が心地よく、
露に輝く草たちをみてえらく感動した。
朝露なんてしばらく見ていなかったから。

これが川原で1時間ほどうろついたあとの収穫。
バケツの中にはヨモギ、ドクダミ、スギナ、レッドクローバーの葉、イタドリなどの草がぎっしり入っている。

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これに水を入れて2~3ヶ月もすれば、
「家畜小屋」 のような匂いのするくさ~~い液体ができる。
それを肥料にするのだ。

昨年はほんのしばしバケツのふたを開けておいたすきにハエに卵を産まれ、
ウジがわいてしまった。
でも気持ち悪いので何もせずそのまま蓋を閉じておいたら、
ウジも草と一緒に腐ったみたいで、
マイクロトマトなんかは一昨年よりはるかに元気に育ったぐらいだから、
ウジ虫のタンパク質がきっといい栄養になったのだろう。
それでも今年はふたを閉めておく。

3月から借りている区民農園では、ほとんどの人が化学肥料を使っていて、
小松菜やらエンドウ豆やらがすくすく育っている。
あれを見ると、農業を仕事にしている人がなぜ化学肥料を使いたがるのかがよくわかる。
籾殻燻炭しか入れていないわたしの区画は、
やっと芽を出した小松菜も育つ前に鳩に食われ、
サニーレタスはある大きさから一向に成長しない。
土の中の微生物なんて、とっくの昔にいなくなっちゃったんだろうな。

だから野草汁で土も野菜も元気になってもらおうと思って。







それはそうと、この前、「痛い! 痛い!」 という記事を書いたころから、
脇の下のしこりがぐわ~~んと急成長して、
しかもだいぶぶよぶよしてきて、
ところどころから膿のような液体が多量に出るようになった。

今、しこりの大きさはゴルフボールより少し大きく、テニスボールよりだいぶ小さいぐらい。
だから当然、左腕を下にたらすとしこりが障害物になるので、
左腕を折りまげて腰に手をあてる姿勢になる。
草を摘むときもずっとこの姿勢でやっていた。
歩くときもこの姿勢。
人混みではかなり不便。

でも膿のような汁がたくさん出はじめてから、
左腕がしこりに当たったりしこりを圧迫したりしたときの痛みが半減した。
しかも、身体が軽くなった。
こんなに違うのかと思うくらい。
野草汁をつくりたいと思っていてずっとできなかったのに、
すっと身体が動いた。
朝5時にぱっちり目が開いた。

やっぱり出るといいんだなと、また実感した。

それにしても不思議なものだ。
今のヨネコさんのサイズはおよそ15センチ×12センチ。
その全面からぐちゃぐちゃに汁やら膿やらときどき血やらが出ている光景は、
まるで恐怖映画だ。
わたしは毎日見ているから慣れているけど、
初めて見る人はきっと絶叫するだろう。
(ときどき、絶叫させてみたいという欲望がむくむく湧いてきて困る。
 今は我慢しているけれど、いずれはと思って、折々写真を撮っている。
 写真を公表できるのは、治ったときか、死ぬ直前だろう・・・ああ、楽しみ)。

この恐怖映画的光景と、
どこかのいいおうちの奥様みたいに上品で美しいわたくしの日常の優雅かつ健康そうなあり方とのギャップ。

それにこんな大きな腫瘍をつくって、これだけの体液を流しだすのは、
ものすごいエネルギーだろう。
しかもそんなことをしながら、普通に生活もしている。
そんなすごいエネルギーがわたしの中にあるなんて。

いや、これはわたしのエネルギーというよりも、
わたしの中を流れていく宇宙のエネルギーなのだろうけれど、
そういう命のいとなみのすごさに、
またしても驚かされた。





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やっと咲いた野川の貴婦人。
でも今年も桜のピークには曇り空が多かった。





※熊本地震の被災者に支援物質を送りたいけれど、どこに何を送れば良いのかがわからないという人に。
 http://did2memo.net/2016/04/17/jishin-kumamoto-shien-busshi/
 善意ではあっても現地の状況を把握せずに送ってしまうと、かえって迷惑をかけたりもするからね。
 ここに書いてある熊本市の市民局、市民生活部、地域政策課に電話してみたけど、
 ずっとお話し中だった。


※被災地が困る「ありがた迷惑」な物とは










by homeopa | 2016-04-18 11:37 | わたしの乳ガン

open hours

(花が咲きはじめたころの 「野川の貴婦人」)
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何もしない時間。


あらゆることが起こりうる時間。












everything happens to me by thelonius monk ♪













by homeopa | 2016-04-17 21:43 | つぶやき