pimboke6

silent words

silent words_b0170947_17104335.jpg



暗闇の世界から

誰も誰にも知られていない
私だけの場所がある
そこは暗く寂しい場所だけど
静かな風が吹いている
誰も知らないその場所は
ずっと昔は理想の世界だけど
いつしかみんなその場所を忘れてしまって
いつしか誰もいなくなってしまった
七色の虹はどこにあるか私は知っている
それはこの暗闇から生まれ出すもの
わずかなどんな願いでも
ここから虹を作り出す
私にとって望まない
わずかばかりの勇気の病的なひらめき
私たちにとって夜の冒険だ
私にとって理想の虹の湧く場所だ
理想の未来に向かって
私はこの場所をそろそろ旅立つ日が来たようだ
しかし私は決して忘れない
この暗闇の世界を
もう二度と帰ることのないこの場所は
私ともう一人の私だけの場所だ
理想の暗闇を抜け出しても
私はずっとこの世界をどこかに抱えながら生きてゆく
ずっと私たちは
この暗闇を大切に生きて
いい自分らしさを大事にして
生きていきたいと思う
暗闇を忘れずに

    ※ ※ ※ ※ ※

これは、20歳の女性が書いた詩です。
その女性、梨穂さんは、
生後1カ月のときに黄疸の治療後、病院内で突然、低酸素脳症となり、
以来20年間ずっと病院のベッドで過ごしてきました。
手も足も動かせず、
まぶたを閉じることもできず、
ものを噛んで食べることもできず、
声は出せません。

その梨穂さんが昨年、言葉という表現手段を手に入れました。
國學院大學の柴田保之教授に出会ったのです。

柴田教授は、
言葉を発することのできない障害者のコミュニケーションについて
研究している方です。
そして長年の研究のなかで、
体がほとんど動かせない人たちでも、
思いを文字として伝えられる道具や方法を工夫してきました。
http://www2.kokugakuin.ac.jp/~yshibata/
http://www.shirayukihime-project.net/shibata-yasukuki.html
http://www.shirayukihime-project.net/shibata20130308.html
http://www2.kokugakuin.ac.jp/~yshibata/kotoba/kotobahiroba.htm

お母さんを通して柴田教授と出会った梨穂さんは、
それまで誰にも知られず胸の中で熟成させてきた思いを、
上のような詩として表現しはじめました。

20年間、病院の外にほとんど出たこともなく、
体の動きも表情もほとんどない梨穂さんの中に、
こんなに深くて豊かな言葉の世界があるなんて、
だれが想像できたでしょう。

  【追記】
  この記事を読まれたお母さんのお話によると、
  実際の梨穂さんは、手・足をよく動かし、質問にも手・足の動きで答えるそうです。
  また表情もあって、怒りや不快感は見てすぐにわかるほどで、
  ほんのり微笑んだりもするそうです。
  15歳以降は、よく外出もして、学校の文化祭に参加したり、
  六本木ヒルズ、NHKスタジオパーク、水族館などにも行き、
  つい先日は卒業式と謝恩会にも出席したそうです。
  外出の回数こそ多くはないけれど、
  めいっぱい楽しんでいたことを知っていただきたい、とのことです。
  障がいがある子供たちも当たり前に意識が育って理解して大きくなっていること、
  外から解らない深い想いがあることを、
  私達がもっと理解してあげられたらどんなに生きる喜びになるでしょう、
  ともおっしゃっていました。
  この追記の文以外は、お母さんからこのお話をいただく前に書いたものです。
  わたしのなかにどれほど思いこみや偏見があったかがよくわかると思い、
  そのまま残すことにしました。 

正直、わたしは想像できませんでした。

梨穂さんは、わたしのクライアントさんでした。
ご本人にお会いしたことはないのですが、
毎回お母さんが代理で相談会を受けてくださいました。

ホメオパシーを始める前は、
病院では感染症予防のために常に抗生剤が出されていたのですが、
お母さんが根気強く病院の医師と掛けあって、
今は抗生剤の投与はなくなりました。
そしてときどき熱を出したときも、
よほど重い状態でなければ、
特別な病室に隔離されるだけで薬の投与はなく、
レメディーで対処しているそうです。

そんながんばり屋のお母さんを見ながら、
わたしは実はときどき思っていました。
お母さんのがんばりとは裏腹に、
梨穂さん本人はもしかしたら、
生きつづけたいと思っていないのではないか、と。

もし自分が梨穂さんの状況になったら、
生きつづけたいと思うかと考えると、
どうしてもNoという答えが出てきてしまうのです。

でもそれは違いました。
お母さんがまとめた梨穂さんの詩集を読むと、
体も動かせず言葉も出せない暗闇のような世界で、
梨穂さんが常に希望を持って生きてきたことがわかります。

柴田教授は月に1回、病院を訪れて、
梨穂さんの思いを言葉にするお手伝いをしています。
そのやり取りを見て驚いた担当医が、
「なぜ梨穂さんはこんなに難しい言葉を表現できるのですか?」ときくと、
柴田教授は答えました。
「それは、小さい頃からいろいろな勉強をしてきたからです。
 他の寝たきりの子供たちも、ほとんど周りの会話をちゃんと
 聞いていて、言葉を真剣に受け止めて落とし込んで、
 一生懸命理解しようとずっと考えているからです。
 元気な子供たちは、刺激的で楽しいことに夢中になり、
 オモチャで遊んだり外に飛び出してしまうけれど、
 寝たきりの子供たちにとっては言葉がすべてなのです。
 じっと言葉を自分の中に取り入れ、研ぎ澄ましてきたのです。
 だからこうして豊かな言葉の世界を作り出していけるのです」
 
梨穂さんも、ちゃんと聞いていたのでしょう。
しかもお母さんはがんばり屋ですから、
毎日病院に行くたびに梨穂さんにいろいろな話をして、
いろいろな本を読んだり、音楽を流したりしたのでしょう。
学齢期になってからは、
学校から先生が授業をしにきてくれたそうです。
梨穂さんはそれをとても楽しみにしていたと、
お母さんが話されていたのを覚えています。

ともだちにこの話をしたら、
その人のともだちBさんが大きな事故にあって意識不明になったときの話を
してくれました。
Bさんは端から見れば意識もなく、体も動かない状態でしたが、
まわりの動きや会話は全部聞こえていて、
「助けてくれ、だれかわかってくれ、このまま殺さないでくれ」
と思っていたそうです。そしてとても怖かったそうです。

人間の脳の働きや心の動きについては、
わからないことがまだまだたくさんあります。
わからない状態で、わたしたちは(少なくともわたしは)、
ときどき物事を判断したりします。
「そんな状態になったら生きる甲斐がない」とか、
「あの人はきっと死にたいだろう」とか。
そんな状態になったこともないくせに。

これはよくないことですね。
わからないことは、わからないままにしておかないと。

梨穂さんの詩集のなかに、
お母さんとAさんのこんなやり取りも載っていました。

母:梨穂はこの様な状況を選んで生まれてきたの? 
  魂のこの人生の意味と使命は何かわかる?
  
梨穂:それは私たちには残酷な質問です。
  私だって普通に生きたかったのに、こんな状況はいやです。
  だけどそれはどうにもならないからあきらめたというと聞き違いが
  起こりそうですが、私はこの体でしか生きられないという現実から
  スタートするしかないのです。しかしそういうことに気づいたときに
  初めて私にも生きる意味があることに気づいたのです。
  それは私が一人で考えたことです。誰に教わったわけではありません。
  そういう説明が母さんを楽にするのならそれでいいのですが、
  私はずっと一人で考え抜いてきました。
  けしてお母さんにたてをつこうというのではなく、
  私のぎりぎりの考えなので許してください。
  じっと一人で考えてきたのですが、優しい母さんに支えられてきたから
  考えられたということを忘れるわけにはいきません。
  
こういうのを、真実というのでしょう。
梨穂さんはずっと闇の中で生きてきて、
苦しさと寂しさの中から自分の真実を見いだしたのでしょう。

今、柴田教授のお手伝いを得て、
梨穂さんは初めて自分の真実を人に伝えられるようになりました。
暗闇を出て、旅立とうとしています。

わたしの退職直前に最後の相談会に来てくださったとき、
お母さんはうれしそうにおっしゃっていました。
これからは、梨穂とともにこのことを
(注:動けない人にも言葉があり豊かな人生があることを、という意味だと思います)
多くの人に伝えていくことがわたしのミッションです、と。

梨穂さんは、柴田教授が主催する「きんこんの会」にも、
参加するようになりました。
言葉を出せない障害者の方々が集まって、
柴田教授をはじめお手伝いの方たちの通訳によって、
みんなでディスカッションする会です。↓
http://www.shirayukihime-project.net/kinkon20120721.html

これを読んで、わたしが感銘を受けたのは、
この方たちのユーモアのセンスです。
発達障害の本を書いたニキ・リンコさんもそうですが、
普通に体が動かせて言葉もしゃべることができるわたしから見れば、
それこそ暗黒の世界に住んでいるのではないかと思われる人々が、
こんな絶妙な笑いのセンスをもって、
わたしなんかよりずっと大事に人生を生きていることに、
ただただ脱帽するしかありません。


みんな言葉を持っていた―障害の重い人たちの心の世界  柴田保之著

梨穂さんの詩集 「私の私らしさを見つけたよ」 を読みたいという方は、
お母さんの溝呂木真理さんにご連絡ください。
郵送してくださるそうです。
kibou-karafultree.723@docomo.ne.jp
marionet.723-327@docomo.ne.jp

梨穂さんは、次回のきんこんの会にも参加する予定ですので、
このブログを読まれた方でもし参加する方がいらっしゃったら、
ぜひ会場でお声をかけてください、とのことです。

溝呂木さんのご友人のブログに、
きんこんの会の様子がていねいに描かれています。
これを読んで、わたしも一度見学に行ってみたいと思いました。
http://sin-space.jugem.jp/?cid=32
by homeopa | 2013-04-25 17:30 | 人間