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やってもらう心地よさ

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先日、30年来の友だちに電話して、
今のわたしの状態を説明し、
しばらくのあいだ泊まり込みで手伝いにきてもらえないかと頼んだ。
友だちは快く引き受けてくれて、
大阪から老猫を連れて新幹線で駆けつけてくれた。

以来、洗濯も、洗濯物干しも、買いものも、掃除も、
食事の用意も、ゴミ捨ても、その友だちにやってもらっている。
オプションとしてマッサージまで。

おかげで一日のほとんどを、何もせずにぼっーっと横になって過ごしている。
家事のことを何も心配せずに。

身も心も深くリラックスしているのがわかる。
こんなの人生で初めてだ。
自分がやらなくてもだれかが代わりにやってくれる、という安心感。

自分のためにだれかが心を尽くして何かをしてくれるのを、
自然の恵みのように悦び味わう、
乳飲み子のような至福感。


ああ、どうしよう。癖になりそう。
これに慣れてしまったら、
二度と自分の足で立ちたくなくなるんではないかと、
ちょっと不安。



Here Comes the Sun: A Tribute to George Harrison by Paul Simon, Crosby and Grahm Nash♪







by homeopa | 2016-09-02 00:03 | こだわり

when the life changes

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人生の重要な分岐点、
生き方が永遠に変わる瞬間に、
騒々しい演出があるわけではない。
それは、実際には静かに起こる。
人生に変化をもたらすものは、
ひそやかに忍び寄る。
その瞬間は静かに展開し、まったく新しい光のもとに人生が照らし出される。
そのすばらしき静寂にこそ、特別な高貴さがある。
----映画『リスボンへの誘い』より

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by homeopa | 2016-08-31 21:25 | 格言

my new toy

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洗濯機が来た♪
うれしいな。
洗濯機はわたしにとって超必需品(これがないとおむつの洗濯が超大変だから)、
といつかの記事に書いたけど、
いざ来てみたら、
必需品というよりおもちゃだった。
チャッチイという意味じゃない。
これで遊ぶのが楽しくてたまらないという意味。

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水は蛇口からホースでとる。
庭に水をまくときに使うような、
普通のホース。

蛇口をめいっぱい開くと、
ジャー!っと勢いよく水が注がれて、
あっという間に洗濯槽がいっぱいになる。
このジャー!が爽快。

洗濯槽の水流がとても強いので、粉石けんもよく溶ける、
と口コミで読んだので、
久しぶりに粉石けんを買ってみた。

必要な水量の三分の一ぐらい水を入れたら(あっという間!)、
洗濯機をまわし、そこに粉石けんを入れて溶かす。
粉石けんの袋には、「このとき泡が子どもの頭ぐらいになるまで攪拌する」
と書いてあった。
子どもの頭・・・なんかリアルだな。

1回目のトライでは、水の量が少なすぎて、
水が全部泡になってしまって下のようなありさま。
こうなると石けんが溶ける水もないわけで、
案の定、石けんがかなり溶け残った。
でも2回目からは学習して、石けんもよく溶けた。
ザバンザバンと勢いよくまわる水が気持ちいいので、
つい見とれてしまう。

この水流のおかげで、おむつの汚れもよく落ちる。
脱水機能もかなり優秀。

以前は汚れたおむつを手でざっと余洗いして、
膿がこびりついたようなものはごしごし洗って、
固形石けんをこすりつけてから、
洗剤を溶かしたバケツに漬けておいた。
そうしないと洗濯機だけでは汚れと匂いが落ちないので。

このごしごしがけっこう疲れるし時間もかかる。

でも今は水でさっと余洗いしたあと、
洗剤を溶かしたバケツの水に半日以上つけておけば、
それを洗濯機に移してザバッ、ザバッと洗うだけで、
膿の汚れもきれいに落ちる。

このおもちゃが来てから今まで、
落ちきれなかった汚れを見つけたのは1回(1枚)だけ。
だからこのおもちゃの洗浄力は、
評判どおりかなり強いのだろう。
汚れの落ち方が気持ちいいので、
ついあれもこれも洗いたくなる。
でも洗ったものは干さなければならない。


前の洗濯機の脱水機能がこわれてから、
洗濯物を干す作業にかなり筋力と体力を酷使して、
やっとその苦労から救われたと思ったのに、
結局、洗濯物を干す作業に追われている。

おかげで、とてもよくなっていた腰~背中の痛みがまた悪化し、
今は6月以来最悪の状態。

おもちゃで遊ぶのもほどほどにしなければ。

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ナショナルの古い二槽式洗濯機でおばあちゃんが洗濯している動画で、
そのおばあちゃんが洗濯を終えるたびに洗濯機を布でていねいにおおっているのを見て、
ああ、あの心があるから洗濯機は20年も30年も元気に動きつづけたんだ、
単にナショナルの技術力のせいだけではなかったんだ、と感動した。

それでおばあちゃんをまねて、
わたしも洗濯機を布で覆っておいた。
うちのベランダは3階の南側なので、とにかく直射日光が強い。
プラスチックなどすぐに劣化してしまう。


そういえば、あのナショナルの洗濯機のボディは、
プラスチックではなく金属のように見えた。
それも長持ちの要因だろう。

なんでもかんでもプラスチックになって、
すぐにボロボロになってすぐに買い換えるという今の文化は、
やっぱり悲しいね。
心が生まれる時間もない。




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by homeopa | 2016-08-31 10:48 | 日々の暮らし

お知らせ:引っ越しま~す

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ちょっと前の記事に書いたんですが、
さりげなく書いたので、気づかなかった人も多いのではないかと思います。
で、ここに改めてお知らせとして書くことにしました。

今年の11月に長野に引っ越すことに決めました。
それにともなって、
ホメオパシーセンターも移ります。

移転先はとにかく不便なところなので、
直接相談に来ていただける方は少ないと思います。
ですので移転後は電話相談とスカイプ相談を中心に行っていくつもりです。

もちろん、そんな不便なところでも来ていただける方がいらっしゃれば、
直接相談も大歓迎です!
相談会のあとは、畳の部屋でごろ寝でもして、
美麻の空気と鳥の声と緑の木々のエネルギーを堪能なさってから、
帰られてください。

近くには美麻ぽかぽかランドという温泉施設もあります。
(車では2分の距離。徒歩とバスでは・・・ちょっとかかるかな)
そこはこの前の地震で一度お湯が出なくなってしまったのですが、
今年8月に復旧し、新たに宿泊施設もできました。

近くには景色のきれいな名所がたくさんありますし、
車さえあれば、なかなか楽しめる場所です。
車がないと、なかなか大変な場所です。


一昨日、引っ越し業者の方に見積もりにきてもらって、
具体的な日程も決まりました。    
11月19日に東京の家を引き払い、
21日から長野の家に住みます。

新センターについては、追ってお知らせしますね。


引っ越しを決めたものの、
脚腰の不調続きで動けず、何もできず、気力も体力もなく、
ほんとうにできるのか・・・? 
なんて不安になったり焦ったりしていましたが、
具体的な日程が決まったら、腹がすわりました。
少し力も湧いてきました。

きっとなんとかなるでしょう。

ガガとそのボーイフレンド(引っ越し業者の勤務経験あり)や、
親しい友だちが、
「手伝うよ~」と言ってくれているので、
頼りにしちゃおうと思います。
いざとなったら、
お金を払って業者さんのスタッフに荷造りを頼んでもいいし。
(1週間以上前に頼めばオーケーとのこと)

ただ、本や食器をつめた段ボール箱を40箱以下にしないと、
トラック1台に収まらず、
収まらないと、見積もり時に交渉した格安料金は無効になるそうなので、
11月までにとにかく捨てて捨てて捨てまくらなければなりません。
これはこれですごくいい機会です。

あとは信じて祈るのみ。
せっかくだから新生活を想像して楽しもうと思います。
祈って応援、お願いします!!




(この前にも記事を追加しました。そちらも読んでね。わたしのキモチについて)




by homeopa | 2016-08-25 22:43 | わたしの乳ガン

信じてなんぼ

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と、最近よく思う。
信じてなんぼ。


どんなに深刻なことでも、
どんなにあほらしいことでも、
信じなければ始まらない。

だから心が揺れ動くときや、
不安なときや、
迷ったりためらったりしているときは、
まず信じてみようと思う。
きっとそこから何かが動きはじめる。
その信じ方が、はたから見てどんなに無謀で、
どんなに軽率で、どんなにおめでたくて、どんなに愚かしくても、
信じなければ何も動かない。

信じたあげくに失望したり、バカを見たりしたとしても、
たとえ死んじゃったりしても、
かならずそこからまた何かが始まる。
信じなければそれも起こらない。



ホメオパシーでわたしがいちばんよく使うTBRというレパトリーでは、
自信がないという症状と、
人を信じられないという症状が、
同じ項目に入っている。


これはわたし流に解釈すれば、
自分を信じられないことは、世界を信じられないことと同じだということだ。
逆に言うと、この世界を信じられれば、
つまり宇宙の意図を信じられれば、
自分も信じられるということだ。

自然治癒力って、宇宙の意図そのものでしょう。

ときどき体調不良で不安に駆られたときに、
これを思いだす。
わたしには計り知れない仕方で、わたしたちのいのちを抱擁している宇宙の意図。
それを信じよう。
信じてなんぼ。


いよいよ明日来るよ、二槽式洗濯機!

https://youtu.be/rsH8cu7fEMk

この動画を何度も何度も見て夢想していた。
ナショナルはやっぱりすごいな。
原発つくってないし。






by homeopa | 2016-08-25 22:21 | わたしの乳ガン

don't wanna believe it

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洗濯機が壊れた・・・らしい・・・たぶん。
信じたくはないけれど、どうもそうらしい。

普通に洗濯して、終わったなと思ってふたを開けると、
脱水されていなくてびっちょびちょ。

ためしに脱水だけのコースを選んでスイッチを押すと、
かちっといういつもの音のあとに、
ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、という、たぶんエラーを示す音がして、
そのあとは何も起こらない。

ネットでググったら、排水部分が詰まっていると脱水ができなくなることがある、
と書いてあったので、
排水ホースをはずし、
ステンレスのバネみたいな細い棒で押したり引いたりしばらくやってみたけど、
何かが詰まっている感触はないし、
だいいち水がたまったりもしていない。

あーあ、腰と脚の次は、洗濯機か。

形あるものはみな壊れる。
それはわかっている。
でもこのタイミングで壊れなくてもよくないか?

美麻に休暇に行く前に、洗濯機は買ったばかりだ。
東京の家にある洗濯機がときどき変な音を立てはじめていたし、
美麻に行っておむつの洗濯に時間とエネルギーをとられるのもばかげているし、
どうせ引っ越せば必要になるのだからと思い、
新しいのを買って向こうに送った。
引っ越すまで、東京の洗濯機がなんとかがんばってくれるのではないかと期待して。

いつもの例で、わたしの予測は甘い。

実は今回の休暇中に、
今年の11月には美麻に引っ越そうと腹を決めた。
それ以来、11月までの3~4ヶ月、
古い洗濯機になんとか生きのびてほしいと祈っていた。

でも洗濯機にすれば、
「10年も働きつづけて、もうくたくたよ、
それに最近はくさいものばっかり洗わされて、うんざり!
直射日光の下にずっと放置されていたから、
パネルのプラスチックも劣化してぼろぼろだし、
こんなに疲れきって、こんなに醜い姿で、
これ以上行きさらばえたくないわ」 という気持ちかもしれない。

なんかこれを書いていたら、
洗濯機が自分と重なって見えた。
そうだよね、もう十分がんばったよね、ほんとにご苦労様でした。
あんまりケアしてあげなくてごめんね。
10年間、地味に地道にわたしの生活を支えてくれて、
ほんとにありがとう。

今のわたしに洗濯機は超必需品だから、
すぐにも新しいのを買うことになる。

一方、わたしが壊れても、
買い換えることはできない。
わたしはこの世に無二の存在だ。

でも考えれば、10年わたしに連れ添ってくれたこの洗濯機も、
この世に無二の存在だ。
きっとわたしとおなじで、たましいだってあるに違いない。

だったら人間と、電化製品のちがいって、なんなのだろう?



それにしても最近、物入りだなあ。
ああ、悩ましい・・・



【追記】
コメントで、脱水機能の故障に関するアドバイスをいただきました。
amane_yamameさん、ナッちゃん、ありがとう。
ただ、ふたが閉まっていることを感知する部分は見つからず、
この暴風雨の中をホームセンターまで行くエネルギーもなく、
一刻も早くたまったおむつの洗濯をなんとかしたいと思って、
結局今朝、二層式洗濯機を注文しました。
洗浄力が強く、壊れにくく、お値段もお手頃で、
これなら美麻にある新しい洗濯機と別の場所に置いても、
別の蛇口が使えるのでいいかなと思って。
ご親切なアドバイス、ありがとうございました。
もうちょっと元気で、お天気もよければ、いろいろ試してみたいところですが、
今回はあきらめます。
それにしても東京はすごい雨と風。
家の中のものがすべてじっとりしています。




ハナレグミ&忌野清志郎 サヨナラCOLOR♪




by homeopa | 2016-08-21 16:39 | 日々の暮らし

レバーに含まれる抗生剤

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先日、QXスキオという波動測定器を持っているホメオパス仲間に、
わたしの状態を測定してもらった。

この波動測定器は、
わたしも東京本部で働いているときに、
相談会でほぼ毎回使っていた。
問診だけではわからないような情報をいろいろ教えてくれて、
しかもそれがかなり正確なので、
サポートレメディーなどを選ぶときにはとても助かった。

今回の測定でいちばん知りたかったのは、
自分が毎日食べているものが自分に合っているかということだった

で、測定を頼んだとき、
電話で話しながら、その友人ホメオパスがその場で測定を始めたところ、
最初に出てきたのが 「抗生剤」 という言葉だった。
たぶん、わたしの身体は抗生剤の影響を受けている、という意味だろう。

でもわたしはもう数十年、抗生剤は使っていない。
最後に使ったときも、量や期間はほんのわずかだった。
おかしいな、QXが何かの情報をそんなふうに読みちがえたのかな、
と思って、ふと気づいた。
レバー。

わたしは休暇で長野に滞在していたときからそのときまで、
貧血対策としてほぼ毎日のように鶏のレバーを食べていた。

スーパーに出回っているような食肉には、
飼育の段階で抗生剤やホルモン剤がたくさん使われる。
それはよく知られている事実だ。

しかもレバーは肝臓。
肝臓は有害物質を解毒分解する器官なので、
身体のなかの悪いものはすべて肝臓に、つまりレバーに集まってくる。
抗生剤などの薬剤も、人工ホルモンも、そこに集まってくる。
そのレバーを毎日食べていたのだから、
抗生剤に毒されていても不思議ではない。

以前から気になっていたことでもあったので、
わたしはその日からレバーを食べるのをやめた。


そして数日後、その友人ホメオパスが、
もう一度じっくり測定し直した結果をメールで送ってくれた。
そこには抗生剤という文字はなかった。

数日前に検知された抗生剤はもう解毒排出されたということかな。

でも、「全身の真菌」 とか 、
「腸と肝臓の解毒」 の必要性などの言葉が出てきたので、
抗生剤がそのままの形で身体に残っていないとしても、
その影響が全身に及んでいるのはわかった。
わたしの場合は砂糖の影響もけっこうあると思うけれど。


スーパーなどで普通に売られている食肉の有害性について、
身をもって体験したできごとだったので、
ちょっとシェアしたいなと思って、
取り急ぎ、書いておきました。



Michael Nyman - Love Doesn't End ♪





by homeopa | 2016-08-16 21:24 | 身体のこと

ブログ礼賛

下の3枚の写真は、昨年軽井沢に行ったとき、
旧軽井沢の土屋写真店に飾ってあったもの。
最近、散歩に出ていなくて、写真も撮っていないので、
載せる写真がなくなってきた。
でも昔の写真は、なぜかほのぼのした空気感がある。
時間の感覚が違うせいかな。

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さて、ブログについて。

ブログって、ほんとにいい表現手段だと思う。
わたしはブログを始めてどれほど豊かな喜びを感じるようになったかわからない。
子どものころから口べたで、
会話のなかで自分の思いを十分に表現できずに来たので、
いつも胸の奥に発散できない思いをため込んでいた。
でもブログを始めてから、存分に発散しまくっている。
だからこういう表現手段がある時代に生まれてきたことに感謝、感謝。

何がいいって、人に負担ををかけないこと。

たとえばフェイスブックだったら、
わたしが近況をアップすると、
それを知りたい人も知りたくない人も、
「お友だち」 であれば否応なしにその記事を目にすることになる。
わたしはそんなふうに強引に人に見せたり、見せられたりするのがいやで、
フェイスブックをやめた。

人と話している場合だったら、
相手はわたしの退屈なはなし(おもしろおかしく流暢に話せないから)に、
うんざりするかもしれない。
わたしは言いたいことを全部言うまでに途方もなく時間がかかるので、
相手は自分の話す時間がなくなって欲求不満になるかもしれない。
さいわい親しい友だちはなぜかみな口達者なので、
そういう展開にはめったにならないけれど。

ブログの場合は、自分からアクセスしないかぎり、
そのブログを見ることはない。
このブログを見たくない人はアクセスしなければいいし、
アクセスしてつまらなかったり、不愉快になったりしたら、
そこで閉じて、二度と見なければいい。
そういう選択ができる。
本とちがって、「ああ、お金払って損しちゃった」ということもない。
会って話しているときには、
「あなたのはなしにうんざりしたからもう帰るね」とも言えず、
苦悶のひとときを過ごすことになるけれど、
ブログなら好きなときに退散できる。

ブログを書いている人間にとって、
これはとっても気が楽だ。

もちろん、名指しで人を中傷したり、
差別的な発言で弱い立場の人を傷つけたり、
事実でない情報を事実として書いたり、
人のアイデアや作品を自分がつくったもののように発表するのは言語道断。
不特定多数の人の目に触れる媒体を利用する者として、
それだけは慎まなければと思っている。
(安倍晋三君のことをときどき名指しでこき下ろすことはあるけれど、
 それは為政者に対する一般市民の健全な批判精神の表れということで)

でもそれ以外は、なんでも好きなことを書ける。
自分が撮った写真を、臆面もなく見せることもできる。

このブログは、わたしが自由に遊べる専用の遊び場みたいなものだ。
なんという贅沢だろう!


ただそんな遊び場でも、
コメントには気をつかう。
コメントを書いてくださった人の思いを理解し、
それに対してなるべく誠実に親切に、
その人の気持ちを傷つけたり害したりしないように、
そしてそのコメントの雰囲気に呼応するような文章で返答を書かなければならないと気をつかう。
でも実際、それがうまくできていないことは、
長い読者の方ならとっくにお気づきだろう。

わたしはそういうことが苦手なのだ。
ここまで書いてきて、ふと思った。

何も気にせずのびのびと羽根を伸ばして遊べるはずの遊び場でまで、
人に気をつかうのはばかげているんじゃないかと。

だったらコメント欄を閉じてしまおうか、とも思った。
でももしわたしが誤った情報を載せたときに、
それを指摘してくださる方がいるかもしれないし、
それはわたしにとっても読者にとってもありがたいことだ。

そこで決めた。
コメントは今までどおり受け付けるけれども、
わたし自身は今後、それに対して一切応答はしないと。

ということで、明日以降のコメントに対しては、
こちらからは返答しませんので、
どうぞあしからずご了承ください。

今までこの拙いブログにコメントをくださった方々、
ありがとうございました。
気はつかったというものの、
多くのコメントに励まされて、ここまで続けてこられました。
これからも、どうぞのぞいてやってください。
そして返答なしでもかまわないということであれば、
どうぞ今までどおりコメントを書き込んでください。

ブログっていいなということを書くために書きはじめたら、
いつの間にかこんなお知らせになってしまいました。

でもいちばん書きたかったのは、
ブログはすばらしい表現ツールだということです。
少なくともわたしには。

わたしの遊び場になってくれるブログさん、ありがとう。
安倍政権のもとでは、いつこの自由な遊び場が奪われるかわからないけれど、
それまでは思いきり遊ばせてもらいます。





※ペルセウス座流星群
 今夜がピークだそうだ。
 この時刻まで起きていられるかな? きっと寝ちゃうだろうな。






by homeopa | 2016-08-12 10:05 | つぶやき

働き者はえらい・・・か?

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休暇で美麻に滞在しているとき、
めずらしくほんとに何もしない一日があった。
食べて、ぼーっとして、少し本を読んで、はがきを1枚書いて、
シャワーを浴びて、寝た。

翌日、チイちゃんに会ったとき、「昨日は何をしていたの? 掃除?」
ときかれて、ドキッとした。

このドキッは、あとから気づいたけれど、
罪悪感のドキッだった。
一日何もしなかったことへの罪悪感。
そうやって「怠けている」ことへの罪悪感。
美麻に着いてから10日間、一度も掃除機をかけなかったことへの罪悪感。

わたしの意識のなかでは、
「怠けている」 のではなく 「休んでいる」 のであって、
そのために美麻に行ったのだけれど、
無意識のうちにその状態をチイちゃんの視点で見ていたことに気づいた。

いや、チイちゃんはそんなふうに見ていなかったかもしれないけど、
日本社会の視点を勝手にそこに組みいれていたのだ。

日本人の多くは、働き者をほめ、怠け者を軽蔑する。

日本社会に特有のそういう価値観が、
いつの間にか自分にも深く染みついていたことを、
そのとき初めてはっきりと意識した。

自分のその価値観に責められて、ドキッとしたわけだ。




こういう価値観が万国共通のものではないと気づいたのは、
オーストラリア人の元夫と結婚したときだった。

彼は上昇志向の強い人で、
成功して大金持ちになりたいと考えるようなタイプだったけれど、
そんな彼でさえ、夏と冬にはいつも数週間の休暇をとった。
日本に住んでいるのだから、
もっと働けば昇進もするだろうし給料も上がるだろうと、わたしは思ったけれど、
そうはしなかった。

彼の家族が日本に遊びに来るたびに、
毎回、わたしに言った言葉---- 「どうしてそんなに働くの?」
わたしは面食らった。

わたしはフリーで翻訳をやっていたので、
朝早く出社して夜半近くに帰宅する、みたいな働き方はしていなかった。
多くの日本人にくらべれば、はるかに時間に余裕のある生活だった。
そんなわたしの働き方でさえ、
彼らには奇妙に見えたらしい。

エツコは仕事ばかりしている。
休みもあまり取らないようだし、
いつ遊んでいるのかわからない。
仕事ばかりしていて楽しいのだろうか?
そう思ったようだ。

多くのオーストラリア人にとって、
仕事と遊びは同じ価値を持つもののように見えた。

そして彼らは遊ぶのがとてもうまい。
親しい友人や家族が集まると、
かならずくだらないジョークを言ったり、子どもみたいないたずらをして、
大笑いして楽しんでいる。
そしてそういう時間をとても大切にしている。
たぶん仕事以上に。

外資系の保険会社で働いていた友人が、
「オーストラリア人とは二度と一緒に仕事をしたくない」
と言っていたことがあった。
オージーの仕事ぶりはあまりにもチンタラしていて、
ルーズで、締め切りも守らないかららしい。

日本人の基準で見れば、働かない人たち、怠け者の人たち、使えない人たちだ。

でもそういうルーズさがあるからこそ、
遊ぶのがうまいのだろう。

日本人の場合、最優先事項として仕事があり、
仕事をして余った時間(余暇)で、休んだり遊んだりする。
まず仕事。
時間が余らなければ、ずっと仕事だけ。




美麻に行ってもわたしがのんびりできなかった理由のひとつに、
こういう文化的背景もあったのかなと、ちらっと思った。



どこの国の文化が優れているとか劣っているとか、
そういうことは絶対にないけれど、
休みたくても休めない人間、
怠けたくても怠けられない人間、
遊びたくても遊べない人間、
人生を楽しめない人間、
そういう人間を産みだしてしまう社会は、
やっぱりかなり病んでいるのかもしれない。




そもそも、働かない人間を怠け者とか役立たずと呼んで軽視したりつまはじきにすること自体、
人間社会を維持する自然のメカニズムに反することかもしれない。

これは有名なはなしなのでご存じの方もいるかもしれないけれど、
   ↓
「働かない働きアリ 集団存続に必要 働きアリだけは滅びる」
この研究によれば、働くアリだけを集めて集団をつくっても、
かならず一定の割合で働かないアリが現れる。
そこには集団を維持するという目的があるらしい。
つまり働かないアリにも大事な役割があるのだ。



だからね、人間社会にもいろんな人間がいていいのだろう。
働き者はたしかに社会に貢献し、経済活動を活発にする。
でもすべての人間が働き者になってしまったら、
新しいものを生みだすことはできない。
そういう創造性は遊びからしか生まれないから。



仕事は人をだめにする。
    ---- どこかの詩人







※「オリンピックもワールドカップも見てはいけない」


※「ネクスト・ゴール!」
 上の動画で金まみれのオリンピックやワールドカップのはなしを聞いたあとで、
 このドキュメンタリー映画を見たら、
 美麻の水と空気で心を洗われたような気分になった。
 ちっともお金にならないサッカーに情熱を傾ける人々のはなし。






by homeopa | 2016-08-10 13:10 | 世の中のこと

重荷の役割


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船というのは、荷物をたくさん積んでいないと、
不安定でうまく進めない。

同じように人生も、
心配や苦痛、苦労を背負っている方が
うまく進める。
          ---- ショーペンハウエル





もしかしたら、自由もそうかもしれない。
この重荷があるかぎり自由にはなれない、と思うような心境でいると、
重荷がなくなっても、次の重荷を見つけるだろう。
重荷が身体を地面に接着すればするほど、
心は草原を駆けめぐり、雲になって空に浮かび、
露になって草木の上に降りそそぎ、川になって大地をくすぐる・・・
おお、赤面のロマンチスト! 





Moris Ravel, Boléro - Maurice Béjart, Sylvie Guillem♪








by homeopa | 2016-08-08 21:49 | 格言