pimboke6

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busstop in the morning

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この冬はもう雪はないと思っていたけど、あったね。
なんだか今回はきれいな雪だった。

雪の日はバス通勤なので、バスの中でものが読める。
バスの中でアンダーラインを引くと、ものすごくギザギザになる。
あとで読んだときに、あ、このときバスに乗ってたんだと思って、
その部分が記憶に刻まれたりする。

これもバスの中でアンダーラインを引いた部分。

(以下引用)

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  どのような相手と結婚しても、「それなりに幸福になれる」という高い適応能力は、生物的に言っても、
社会的に言っても生き延びる上で必須の素質である。それを涵養せねばならない。
  「異性が10人いたらそのうちの3人とは『結婚できそう』と思える」のが成人の条件であり、「10人いたら
5人とはオッケー」というのが「成熟した大人」であり、「10人いたら、7人はいけます」というのが「達人である。
Someday my prince will come というようなお題目を唱えているうちは子どもである。
  つねづね申し上げているように、子どもをほんとうに生き延びさせたいと望むなら、親たちは次の三つの
能力を優先的に涵養させなければならない。
 何でも食える。
 どこでも寝られる
 誰とでも友だちになれる
 最後の「誰とでも友だちになれる」は「誰とでも結婚できる」とほぼ同義と解釈していただいてよい。
 
  (中略)
 
  どこの世界に「何でも食える」人間がいるものか。
  世界は「食えないもの」で充ち満ちているのである。「何でも食える」人間というのは「食えるもの」と「食えな
いもの」を直感で瞬時に判定できる人間のことである。
  「どこでも寝られる」はずがない。
  世界は「危険」で満ち満ちている。「どこでも寝られる」人間とは、「そこでは緊張を緩めても大丈夫な空間」
と「緊張を要する空間」を直感的にみきわめられる人間のことである。
  同じように、「誰とでも友だちになれる」はずがない。
  邪悪な人間、愚鈍な人間、人の生きる意欲を殺ぐ人間たちに私たちは取り囲まれているからである。
「誰とでも友だちになれる」人間とは、そのような「私が生き延びる可能性を減殺しかねない人間」を一瞥した
だけで検知できて、回避できる人間のことである。
  「誰とでも結婚できる」人間もそれと同じである。
  誰とでも結婚できるはずがないではないか。
  「自分が生き延び、その心身の潜在可能性を開花させるチャンスを積み増ししてくれそうな人間」とそうでは
ない人間を直感的にみきわめる力がなくては、「10人中3人」というようなリスキーなことは言えない。
  そして、それはまったく同じ条件を相手からも求められているということを意味している。
「この人は私が生き延び、ポテンシャルを開花することを支援する人か妨害する人か?」を向こうは向こうで
スクリーニングしているのである。

  (中略)

  だから「誰とでも結婚できる」というのは、言葉は浮ついているが、実際にはかなり複雑な人間的資質なの
である。
  それはそれまでの経験に裏づけられた「人を見る眼」を要求し、同時に、どのような条件下でも「私は幸福
になってみせる」というゆるがぬ決断を要求する。
  今の人々がなかなか結婚できないのは、第一に自分の「人を見る眼」を自分自身が信用していないからで
あり、第二に「いまだ知られざる潜在可能性」が自分に蔵されていることを実は信じていないからである。

                                         ----- 「邪悪なものの鎮め方」(バジリコ)


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この理論で行くと、わたしは子ども。




※「原発依存度低下」「再エネ比率向上」は実現できる
by homeopa | 2012-03-01 08:25 | 風景

bento

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先日、娘に弁当をつくったのに、
「今日は弁当いらないよ」と言われて、
仕方ないから公園に行って自分で食べたときの写真。

食べてみてわかったけど、娘は毎日こんなものを食べているんだ。
だれかが、
心をこめるとまではいかないけれど、
自分のことを少しばかり思って、
面倒くさいけど早起きして時間と手間をそこそこかけて、
パパパっとやっつけるみたいにつくってくれたものを。
きっとすごくうれしくてありがたくて涙ぐみながら昼休みを過ごしているんだろうなあ・・・・

そしてついこの前、娘が朝になって急に休むと決めたので、
そのときも自分で弁当を食べた。
そのときにわかったのは、
海苔弁にすると、海苔がふたにべたっとくっついてしまうこと。
娘にきいたら、いつもそうで、
そのぺたっとなった海苔をていねいにご飯に載せなおして食べるのだそうだ。
意外とていねい。
わたしはそのまま海苔だけ先に食べてしまった。

で、まとめると、わかったのは、
(1)娘がいつも昼休みに涙ぐみながら弁当を食べていること。
(2)海苔弁の海苔はふたにくっついてしまい、それを先に食べるとネコまんまになってしまうこと。
(3)娘は意外とていねいで、わたしは意外とがさつなこと。

なんでもやってみないとわからないもんだな。




Ali Farka Toure - Savane ♪





関係ないけど、朝起きてインターネットエクスプローラーを起動したら、
画面が変わってた。
おばさんは、こういう突然の変化にあうと、フリーズしちゃうのよ。
前もってひとこと言ってほしかったわあ。
by homeopa | 2012-02-28 08:42 | 日々の暮らし

fixed

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(以下、引用)

 健全な想念は適度に揺らいで、あちこちにふらふらするが、病的な想念は一点に固着して動かない。
その可動域の狭さが妄想の特徴なのである。
 病とはある状態に 「居着く」 ことである。
 私が言っているわけではない。柳生宗矩がそう言っているのである (澤庵禅師も言っている)。
 「こだわる」 というのは文字通り 「居着く」 ことである。 「プライドを持つ」 というのも、 「理想我」に居着く
ことである。 「被害者意識を持つ」 というのは、 「弱者である私」 に居着くことである。
 「強大な何か」 によって私は自由を失い、可能性の開花を阻まれ、 「自分らしくあること」 を許されて
いない、という文型で自分の現状を一度説明してしまった人間は、その説明に 「居着く」 ことになる。


 そして一度、自分の採用した説明に居着いてしまうと、もうその人はそのあと、何らかの行動を起こし
て自力で現状を改善するということができなくなる。 
 というのは、自助努力によって自由を回復し、可能性を開花させ、 「自分らしさ」 を実現し得た場合、
その事実によって、 「強大なる何か」 は別にそれほど強大ではなかったということになるからである。


 自分の不幸を説明する仮説の正しさを証明することに熱中しているうちに、人は自分がどのような手段
によっても救済されることがないほどに不幸であることを願うようになる。


 「被害者である私」 という名乗りを一度行った人は、その名乗りの 「正しさ」 を証明するために、
そのあとどのような救済措置によっても、あるいは自助努力によっても、 「失ったもの」 を回復できない
ほどに深く傷つき、損なわれたことをくり返し証明する義務を負うことになる。


「自分自身にかけた呪い」 の強さを人々はあまりに軽んじている。

                             ---- 邪悪なものの鎮め方 内田樹著 (木星叢書)




Lisa Hannigan - Knots ♪
by homeopa | 2012-02-09 08:48 | 風景

yukinohi

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わたしはLEDライトが大嫌い。
あのトゲトゲして冷たい均一な光は、
クリスマスのイルミネーションになってもちっとも美しいと思えない。
光を見るとふつうは身体が温かくなると思うんだけど、
あの光を見るとわたしの身体は冷たくなる。

と思っていたら先日、ある方が、iPadやiPod4をたくさん使ったあとで目が痛くなったという。
聞けば、iPadのモニターにはLEDのバックライトが使われていて、
その光が目にはよろしくないらしいとのこと。

やっぱりねー、LEDにはなんだか邪悪なものを感じてたのよー、
と鬼の首を取ったような気分で、さっそく調べてみた。

まず The LED light.com というLED業者のサイトで見つけたこの文句。
「Eye Protection - LEDs are very bright. DO NOT look directly into the LED light.
The light can be intense enough to injure human eyes.」
(目の保護--- LEDはとても明るい光源です。LEDライトを直接のぞきこむのはやめましょう。
 LEDの光は強烈すぎて人間の目を傷つける恐れがあります。)

次はLEDにたくさん含まれるという青色光に関するこんな記事。
同じく青色光の網膜毒性に関するこんな記事。

要するに、青い光というのは人間の網膜にやさしくないらしい。
そしてLEDライトの白い光は、青い光をもとにつくられているらしい。

ネットで確かめたら、iPadにはたしかにLEDのバックライトが使われている。
そんなら、わたしが使っている lenovoのパソコンはどうなのかと調べてみたら、
2010年4月に発売されたわたしの ThinkPad はLEDを使っていないけど、
2011年に発売されたものはだいたい使われている様子。
きっと他社でも昨年あたりからLEDを使うようになったのではないかな。
パソコンだけでなく、テレビの画面にも。
これからはLEDを使わないテレビやパソコンは手に入らなくなるのだろう。
だとしたら使い方に気をつけないと。

でもって、目のことを調べていたはずなのに、
LEDの発がん危険性についての記事まで発見してしまった。
大本の記事はコチラのようです

なんかもう、鬼の首どころか、キ★タマまで取ってしまったような気分。

といっても、世の趨勢としてこれからもっとLEDは普及していくんだろう。
そのいちばんの理由が節電だけど、
節電したいなら電気使用量を減らすように生活を変えればいいじゃん。
シンプルなことじゃん。

これって、
血圧を下げたいなら、食事を変えて運動すればいいだけなのに、
血圧を下げる薬をつくることばっかり考えるとの同じ。
なんですぐテクに頼って、余計なものばっかりつくって、物事を複雑にしたがるのかな~。
儲かるから?

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はなしは変わるけど、人間は自分の好む情報だけを集めるもんだとつくづくわかった。



Jesse Harris | Slow Down ♪
by homeopa | 2012-02-07 11:00 | 日々の暮らし

yellow cake

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今朝、電車に乗りおくれそうになった娘が言った。
「かあちゃんが弁当つくるんだから、包むまでやってくれればいいじゃん!」

面白い論理だが、
わたしの化石化した思考回路には、そういう不思議な論理はうまく流れないのだ。
だから明日も包まない。



関係ないけど、
ともだちからコメントで教えてもらった、映画 「イエローケーキ」 のお知らせ。
http://pandorafilms.wordpress.com/roadshow/yellow/






Jesse Harris - How Could It Take So Long? ♪
by homeopa | 2012-02-02 08:26 | 植物

supporting

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セロトニンがたくさん分泌されると抗重力筋が強くなるそうだ。
わたしに必要なのはこれだな、たくましい抗重力筋。
翼をください、とまではもう思わないけど。




Jesse Harris- Walk On ♪




政府が出した除染工程表では、
年間50ミリシーベルト以下の地域の放射線量を2年間で20ミリシーベルト以下まで減らすとしている。
小出裕章さんによれば、それはたぶん可能だろうとのこと。
ただし、年間20ミリシーベルトの場所に人を住ませること自体がとんでもない、
と小出さんは言う。
「そこに子供たちが住んでもいいという政治家がいるなら、
その人たちがまずそこに住むべきだと思います」
http://youtu.be/RRcPZgVUhM0
by homeopa | 2012-01-31 08:17 | 風景

pain that has nowhere to go

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今朝、娘が高校の先輩の日記 (ブログ?) を見せてくれた。
その先輩は東北におばあちゃんがいて、
正月にそこに行って、
まだ瓦礫が山のように (本物の山のように) 積まれている津波の被災地を見てきたという。
日記の最後に、被災地のおじさんの切ない言葉が書いてあった。

命が助かっただけでもありがたいと思うから、
同じ被災地で過ごす人たちには、つらくてもつらいなんて言えない。
言えるのは被災地の外から来た人にだけ。









bird, you've so many hearts on your sleeve
one for each feather though you never see
blue eyes blink bright lights through leaves of the tree
from seeds that did grow where you sowed
you'll never have nowhere to go

look at this silver and gold
shook through a tangle of thorns

bird, we've so many days spent beside this sulk of river
now we're deep down dyed into the marrow out with the tide
with all that you have and i hold
you'll never have nowhere to go
your heart, it holds more than your hands
not bought or sold, more than mountains
your heart, it holds more than your hands
not bought or sold, more than mountains

look at this silver and gold
you'll never have nowhere to go
by homeopa | 2012-01-23 07:25 | 風景

hey mister!

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ヘイ、ミスター!
もういいでしょう、80歳まで五体満足で生きてこられたんだから。
と、この前、テレビのニュースを見ていて思った。

養蜂場から巣箱を盗んでいく男が映像に写っていた。
こざっぱりした身なりの80歳の男性。
盗んだ巣箱から蜂蜜をとって、びんに詰めて、地域の販売所で売っていたという。
80歳の老人が、今から小銭をかせいで何をしようというのだろう?
ブランド物の高級時計を買う?
霜降り牛を食う?
キャバクラに行く?
貯金して一軒家を買う?
80年もいろいろなものを食べて、
いろいろなものを手に入れて、
いい思いも悪い思いもいろいろしてきて、
もうそんなに欲張らなくてもいいんじゃないか?
もうすぐあの世に逝くのに。
人のものを横どりするよりも、人にあげたほうが、
あの世での待遇はよくなるんじゃないか?
わたしはあの世に行ったことがないので、詳しいことは知らないけど。

つくづく、人間は欲が深いと思う。
でも欲があるからこそ、
努力したり、挑戦したり、発見したり、発明したりできるんだし、
欲があるからこそ生きようと思うのだろうけど。

たぶん、欲にも必要な欲と、不必要な欲があるんだと思う。
必要な欲は人間を幸せにして、不必要な欲は人間を不幸にする。
必要な欲は、天から与えられるものを活用して喜ぶ。
不必要な欲は、天から与えられないものまで求めて苦しむ。

それなら、自分にとって何が与えられるもので、何が与えられないものか、
どうやって見分けたらいいんだろう?
わたしの基準はこうだ。
自分や他者に多大なダメージを負わせなければ得られないものや、
本能が嫌がるような不自然な手段を使わなければ得られないもの、
それは与えられないものである。

たとえば、シリコンを注入して得る巨乳。
薬漬けになって病院のベッドに縛りつけられて得る延命。
オレオレ詐欺でかすめとる老人のわずかな貯金。
放射能で人間や自然を破壊しながら作りつづける原発の電気。
凡才の息子に無理やり勉強させてでっちあげる秀才少年、などなど。
これらは与えられないもの。
昨日、野田聖子議員の出産・育児のドキュメンタリーをやっていたけど、
あの赤ちゃんも本来与えられないものを強引につかみとってしまったのだと思う。

一方、たとえば、わたしが公園のベンチに座っているときに、
見るからにオーダーメイドのぱりっとしたスーツを着たおじさんがやって来て隣に腰をおろし、
手にしていたライカを横に置いて、携帯電話で羽振りのよい話をしはじめたとする。
そして話が終わったら、ライカのことをすっかり忘れて歩きさったとする。
その場合、そのライカはわたしに与えられたものではないだろうか。
だからもしわたしが黙ってライカをつかんで別方向に歩きだしたら、
そのときの欲はわたしが生きるために必要な欲なのである。
だれも大してダメージ受けないし、不自然じゃないから。
そしてわたしの生きる力は倍増するから。
て、ちょっと勝手かな。

こういうふうに具体的に考えてくると、
与えられるものと与えられないもののボーダーラインはだいぶあいまいな気もしてきた。

上の蜂蜜泥棒のおじいさんだって、
ニュースは上っつらしか伝えないから、
もしかしたら病気の奥さんをひとりで面倒見ていて、
わずかな国民年金しか入らなくて、
介護保険にも限度があって、
なんとか生き延びるために仕方なくやっているのかもしれない。
その場合、おじいさんのご近所に養蜂場があったというのは、
与えられたものなのかもしれない。
養蜂場の経営者は多少の損失をこうむるけど、それとおじいさんの窮状をくらべたら、
水が上から下に流れるようなものかなとも思う。

なんだかまとまらなくなってきたけど、
わたしが欲のことを考えてみようと思ったのは、年寄りの欲が気になっていたときに、
ちょうど上のニュースを見たからだった。
物欲もそうだけど、それ以上に老人の長生き欲。
ちょっとどこか具合が悪くなると、あら大変、ていって病院に行って、
先生、何かお薬出してくださいよって言って、
何種類も薬を出してもらって、国の医療費をばんばん使って、
長生きしようとする年寄りの欲。
70~80歳ぐらいになったら、もういいんじゃないの。
だいいち薬をとったって長生きはできないんだから。
老人たちが医療費を無駄づかいしなければ、
未来のある若者たちのために使える国家予算が何倍にもなると思うんだけど。
だから80歳以上の老人は、よっぽどひどい苦痛がある場合以外は、
病院に行くべきではないんじゃないかと思う。
それにそのほうが、逆に長生きするかもしれないし。

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Jack Johnson - What You Thought You Need ♪
by homeopa | 2012-01-21 21:50 | 季節の花

haha no ha

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(写真の鼻から頬にかけて変な筋があるのは、現像時にフィルムの巻き方が悪くてできたムラです。
お見苦しくてすみません。でもいい顔なのでアップしちゃう。
それにしても、似てきたなあ・・・)

正月に母に会ったら、入れ歯が入っていた。
ひからびたヤマンバみたいだったのが、
どこかの少しいいところの奥様風になっていた (そうでもないか)。
歯がないほうがかわいいから、あのままでいいのに、なんて思っていたけど、
これでよかったのかも。

歯医者さんによると、
たとえ偽物でも歯があると、食いしばることができるので、
立ったり座ったりするときの踏ん張りがききやすくなるらしい。
そういえば元巨人軍の王選手はバットに球があたるときにぐっと歯を噛みしめるので、
歯がぼろぼろにすり減っていたそうだ。
もし噛みしめる歯がなかったら、ボールはあんなに遠くへは飛ばなかったのだ。
母が打つのは場ちがいなあいづちぐらいだけど。
呆けても不快感は表せる母だが、
今のところ入れ歯を不快に思っている様子はなく、痛みを訴えることもない。
たまにはお医者さんの言うことも聞いてみるものだと思った。

ただ、インフルエンザの予防接種はよくなかった、と思う。
接種直後はいつもどこか不快そうで、
あっちが痛い、こっちが痛いとしきりに訴え、落ち着きがなかった。
そしてそれ以来、めっきり口数が少なくなった。
理解も悪くなった。
今はもう、わたしの名前も忘れた様子。




James Vincent McMorrow - Higher Love ♪
by homeopa | 2012-01-10 20:40 | 人間

脱原発世界会議

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  脱原発世界会議@パシフィコ横浜 1月14日(土)・15日(日)

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    相馬盆唄 ♪  いわき目出度 ♪
by homeopa | 2012-01-07 10:12