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あまくない砂糖の話

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この映画を観てきた。→ 『あまくない砂糖の話』

面白かった! 
いい映画だと思う。

オーストラリアで最初に公開されたときはほとんど話題にされなかったのに、
それから口コミで評判が広がって、
オーストラリアのドキュメンタリー映画史上最高のヒット作となったくらいだから、
内容で勝負できる映画なのだ。

いつも映画の途中で居眠りするわたしが102分間ずっと目を開けていた。
目を開けたまま眠る人もいるらしいけれど、
わたしにはそういう不気味な特技はない。

魅力のひとつは、エンターテイメントとしても見せてくれるということ。
特殊効果も含めた画面づくりや演出や編集にオージーらしい陽気さと遊び心があふれている。
こういうテーマの映画はたいてい重苦しいものになりがちだけど、
この映画は不思議と観たあとで明るい気持ちになった。

しかも監督であり、実験者であり、被写体でもあるガモーさんが、
とてもチャーミングで、わたし好み。
彼を観ているだけでもそれなりに満足したかもしれない。

そして肝心のテーマの描き方だけど、
これがシンプルでわかりやすく、楽しみながらお勉強できる上に、
いろいろ考えさせられる。

あとで聞いたところによると、
ガモーさんがこの映画をいちばん見せたかったのは子どもたちらしい。
だからこういう作り方になったのだろう。

日本の小・中・高の学校で、ぜひ授業の中に組みいれてほしい。
子どもたちもきっと喜んで観るだろう。

ガモーさんがこの映画をつくろうと思ったのは、
恋人が妊娠したのがきっかけだった。
これから生まれる我が子のために、
以前から気になっていた砂糖の害についてきちんと知っておこうと思ったけれど、
いろいろな意見があってどれが本当なのかわからない。
それなら自分の身体を使って実験しようと考えた。
うわあ~~、同類だ。

ここであれこれ書くよりも、
観られる人はぜひ映画を観ていただきたいけれど、
一応わたしの印象に残ったポイントを少しだけ書いておこう。



まずユニークなのが実験の仕方。
オーストラリア人の一日の砂糖の平均摂取量はティースプーン40杯分 (160g)。
それを2ヶ月間、毎日とるのが目的だけれど、
チョコとか、ケーキとか、アイスとか、甘い清涼飲料水とか、そういうものは全くとらない。
「低脂肪」 とか 「ヘルシー」 とかいう宣伝文句で売られている加工食品やビタミン飲料などからとる。

下がガモーさんが実験期間中に食べていたものだけれど、
一見するとそんなに砂糖は多くなさそうに見える。
これをジャンクフードとは呼べない。
でもこれだけとると、ティースプーン40杯分の砂糖がとれるそうだから、
加工食品の恐ろしいこと!

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(『甘くない砂糖の話』 の映画パンフレットから)

ガモーさんも影響を受けたという映画 『スーパーサイズ・ミー』 では、
1ヶ月間マクドナルドの商品を食べつづけた。
これはだれが見てもジャンクフードだから、
それで体調が悪くなっても何も不思議はない。

でもガモーさんの実験では、
さほど生活が荒れているわけではない普通の人々が普通に食べているものを食べた。
だからこそよけいに恐ろしい。





下はガモーさんが実験前に食べていたもの。
ガモンさんの恋人は健康に気をつけている人で、
いつもこういう食事をしていて、ガモンさんもその影響を受けていたらしい。
これを見るかぎり、砂糖はほとんどとっていない (脂肪50%、タンパク質26%、炭水化物24%)。

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(『甘くない砂糖の話』 の映画パンフレットから)




2ヶ月間、実験を続けた結果、
ガモーさんの体重は8キロ増加し、腹回りにはたっぷり脂肪がつき、
脂肪肝や糖尿病の兆候が現れ、だるさや吐き気などの症状に悩まされるようになる。

でもガモーさんが実験期間中に摂取したカロリーは、
実験前のカロリーと同じか、むしろ低いくらいだ。
つまり体重増加や脂肪の蓄積は、
カロリーとは無関係に起こったということ。
それは糖分の特別な性質によるものだろうという結論になる。

太るのがいやだといって食事のカロリーを計算しても、
あまり意味はないということだ。
それより食事に含まれる糖分の量のほうが重要らしい。

この映画でも、『スーパーサイズ・ミー』 でも、
実験者の肝臓機能がとくにダメージを受けるということが印象的だった。
医師たちもそれは予測していなかった。





ガモーさんの精神的な変化も、
映像で見るとリアルに理解できる。
わたしにはカラダの変化よりこちらのほうが恐ろしかった。

初めは子どもみたいに目をきらきらさせて実験に挑んだ彼の活き活きした表情が、
だんだんと曇り、しばしば気分の落ち込みや不安感にさいなまれるようになる。
身体のだるさ、ムードスィング (気分の浮き沈み)、落ち込み、不安感、落ち着きのなさ。

食事をとるとハイになり、
30分ぐらいするとズドンと落ちこんで、また食べたくなる。
食べても食べても食べたくなる。
血糖値の上下による精神のジェットコースター。
典型的な砂糖中毒の症状だ。





食品業界の企業は消費者を砂糖中毒にさせるためにつねに緻密な研究を重ねている。
そこから発見されたのが、「至福点 bliss point」 。
食品に含まれる砂糖の量を増せば増すほど、食べる人はおいしいと感じる。
しかしある量まで達すると、そのあとは甘すぎて不快感を感じるようになる。
この最高においしいポイントを至福点というのだそうだ。

だから加工食品には至福点ぎりぎりの砂糖が含まれることになる。
企業もだてにお金儲けはしていない。
きちんと科学的に統計的に計算しているのだ。
そしてわたしたち消費者はまんまとその作戦に乗せられる・・・・「おいしい!」 と。





米国ケンタッキー州のある貧しい町では、
幼児が哺乳瓶でスプライトを与えられている。
幼少期からスプライトをがぶ飲みしてきた青年は前歯が全部虫歯。
治療の痛みに苦しんだあとも、やっぱりスプライトは飲みつづけるという。

あるアボリジニの村では、西欧文化が入ってきてからすべての食品を店で買うようになり (それまでは大地の恵みを食べていた)、
人々の健康状態が目に見えて悪化した。
ある男性がその状態を改善しようと運動を起こし、住民の意識にも変化が起こったと思った矢先、
政府の援助が打ち切られて活動が頓挫する。

そういうショッキングな話題もガモーさんの取材でカバーされている。





この映画を観る前からわたしがいちばん気になっていたのは、
いったん砂糖中毒になったガモーさんが、
どうやってそこから回復するのか、回復できるのか、ということだった。

実際、ガモーさんは2ヶ月の実験を終えて砂糖を断ったとたんに禁断症状に襲われる。
激しい頭痛、吐き気、だるさ、落ち込み。
苦しそうな顔でベッドに横たわっている姿はほんとに悲惨だ。

でも恋人に支えられ、生まれてくる我が子に希望をもらって乗り切り、
1ヶ月後には見事に復活する。
気持ちの落ち込みやムードスイングはなくなり、
肝機能の数値も正常になり、腹回りもすっきりする。
異常な食欲もなくなった。

ああ、よかった、ほんとによかったと思った。
なにせ好みのタイプだから。

観たあとで気持ちが明るくなったのはそのせいかな?
でもエンディングもなかなか楽しくて、ハハハと笑って終われる。

そして帰り道、ドトールに寄ってお茶を飲んだけど、
ミルクレープは注文しなかった。






youtube で 『スーパーサイズ・ミー』 の動画を見つけたので、
お時間があればこちらもどうぞ。
改めて観てみて、6/13の給食の場面に憂いを覚えた。
それと、実験者の不調を、医師たちは脂肪のとりすぎだけに関連づけて考えているけれど、
マック製品に含まれる砂糖の影響もかなりあるんじゃないかと思う。



以前に書いた砂糖に関する参考記事もご参考までに。
http://homeopa.info/topics6.html#t36
http://homeopa.exblog.jp/22052510/







by homeopa | 2016-03-29 20:44 | 身体のこと

ホメオパスのくせに・・・・

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このあいだ、おっぱいに当てている布を替えようとしてぺろっとはがしたら、
腫瘍の一点から血がピューッと吹きだした。
水道の蛇口から水が出るみたいに、1ミリぐらいの細さの赤い流れが絶え間なく噴出する。
以前から、布をはがしたときに出血することはあったけれど、
せいぜいポタッ、ポタッ、としたたるくらいで、
こんなふうに吹きだしつづけるのは初めてだった。

少し離して受けとめている晒しの布に、
流れが勢いよく当たって細かい血しぶきまで飛ぶ。
布が見る見る赤く染まっていく。

初めはあまりにもおもしろい光景に見とれていたけれど、
そのうち怖くなってきた。
この出方は動脈血?
わたしはこのまま失血死するのだろうか?

片手につかんだ布で出血を受けとめながら、
別の手でレメディーの箱をつかみ、
口と手で蓋を開けて、急いで Arnica 30C を口に放りこんだ。
そしたらわりとすぐに血が止まった。

そのときは出血が2~3分続いたような気がしたけど、
たぶん1分たらずのできごとだったんじゃないかと思う。





あとになって、ちょっと自分が恥ずかしくなった。
あわててレメディーをとったときにわたしが考えていたのは、
「早く血を止めなくちゃ!」 ということだったから。
ホメオパスのくせに。

そもそも出血を早く止めるべきかどうかなんてわたしにはわからない。
それはわたしの頭が決めることではなく、身体の治癒力が決めることだ。
もしすぐに止まるべき出血なら、Arnica をとればすぐに止まるだろう。
もしもっと出さなければならない出血なら、Arnica をとってもますます出血するだろう。
(けがの場合はまた別だけど)

レメディーとはそういうものだ。
治癒力のはたらきとはそういうものだ。

恐怖のあまりそれを忘れて、
アロパシーの医者が止血剤を使うのと同じ気持ちで、レメディーを使おうとした。





これは普段から気になっていたことだった。
ホメオパシー愛好者の多くが、
アロパシーの薬を使うのと同じ気持ちでレメディーを使っていること。


化学薬品は身体に害があるけれど、
ホメオパシーのレメディーは物質ではないので身体にやさしい。
だから化学薬品の代わりにレメディーを使いたい。
でもどちらの場合も目的は同じ・・・・症状を早く消すこと!

こういう気持ちでホメオパシーを使う人がとても多い。

しかし本来、ホメオパシーの目的は症状を出しきることだ。
治癒力がそれを求めるから。
治癒力は病気 (気の滞り) を治すために症状を出す。
病気が治るまで、必要なあいだは症状を出しつづける。
それを応援するのがホメオパシーだ。

と、そんなことを折々クライアントさんに説いていたくせに、
恐怖に追いつめられたら同じような思考になっていた。
ホメオパスのくせに。
やれやれ。





Cartola - 1976 (full album) ♪









by homeopa | 2016-03-26 21:19 | ホメオパシー

ガガの引っ越し

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いつも思うことだけれど、
春は突然やってくる。
急にあっちからこっちから花が出現する。
すごい力だなあ~。




今年の初ヨモギも出現した。

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昨年はヨモギとスギナのお茶を1年分くらいつくったんだけど、
結局11月ごろに使いきって一度取りよせた。
ヨモギはわたしの貧血傾向にとてもいい感じがするし、
スギナは爪を強くしてくれるので、きっと全身の骨にもいい影響を与えていると思う。

いつもスギナが豊富にしげる空き地に行ってみたら、
ツクシが顔を出しはじめていた。
もうすぐスギナも出てくるぞ。

お茶はもちろんだけど、
スギナとヨモギとドクダミと、ほかにハコベなんかも摘んで、
また野草汁をつくって、畑のこやしにしよう。


うれしいなあ、春は。




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ところで、前の記事でガガのことをとんでもない放蕩娘のように書いたので、
彼女の名誉のためにひとこと。

今回、引っ越しをするにあたって、
ガガはうちから布団などの大きな荷物を運びだすのに、
レンタカーを借りて友だちに運転してもらって運んだけれど、
その1回以外は、徒歩とバスと自転車でやった。

寮から新居までは自転車で15分くらい。
大学のそばから新居のすぐそばまでバスが走っている。

寮に置いてあった服やレコードやCDや本など、
すべてスーツケースや段ボール箱やバックパックに詰めて、何回もかかって手で運んだ。
2回ほどボーイフレンドの助けを借りた以外、
全部ひとりでやったそうだ。

この前、新居を訪問したとき、
ガガが手で運んできたという段ボール箱が、まだ開かれずにそのまま置かれていた。
持ちあげてみようとしたけど、わたしには傾けることさえできなかった。
あれを手に持って運んだとはねえ!

さすがにそのときは、見るに見かねた寮の管理人さんが、
寮からバス停まで車に乗せていってくれたそうだ (寮からバス停までかなりの距離がある)。

そのほかにも、重い荷物を背負って自転車に乗ったら、
途中で見事にコケたとか、武勇談はいろいろあるらしい。

新居ではまだカーテンがないので、代わりにシーツをつるしていたり、
前の住人が残していった新品同様のガスコンロが故障していて料理ができないのを、
次の入金日までひたすら堪えていたり、
洗濯機が来るまで洗濯をひかえて、一度はいた下着を裏返しにしてはいたりとか、
ガガなりの 「極貧生活」 への覚悟を実行している様子。
いつの間にそんな根性が育っていたのだろう。

あの段ボール箱を手に持って運んだというだけで、
しかも背中にはめいっぱい詰め込んだバックパック (登山に行くような人が使う本格的なもの)を背負っていたというだけで、
尊敬するわ。

下げたり上げたりして申し訳ないけど、
ガガよ、あんたはえらい!






Bon Iver -- Flume ♪







by homeopa | 2016-03-24 22:11 | 自然のちから

願いを捨てる

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またひとつ、楽になった。

今度はお金のこと。
うちの台所事情なんか書くのはかっこ悪いけど、書いちゃえ。
こういう下世話で私小説的な話題がお好きでない方はパスしてください。
長いし。





さて、ガガが大学に行きたいと言ったときのために、
わたしは十数年前から毎月少しずつ貯金をしてきた。
実にできた母だ。

もしガガが大学に行きたがらなかったら、わたしはこのお金で旅行に行けるなあ ♪
なんてことをちょくちょく考えたりはしたけど。

でもその時期が来ると、やっぱりガガは大学に行きたいと言った。
しかもガガが唯一本当に行きたいと思った大学は、
よりによってやたらにお金のかかる大学だった。
裕福なご家庭のご子息やご令嬢がたくさんいるような大学。
でもおもしろい勉強ができそうな大学。

その時点でたまっていた金額は、
そのセレブ大学の学費を3学年ぐらいまでなんとか払えるぐらいの額だった。
あともうひとがんばり。


       ※


お金を貯めるにあたっては、
とくに数年前にホメオパシーが朝日新聞の第一面でバッシングされてお客さんが減ってからは、
ホメオパシーの収入だけではどうにも足りなくなって、
以前にやっていた翻訳の仕事を再開し、二足のわらじになった。

しかしガガが受験地獄につかりはじめたころから、
出版業界の不況の影響で翻訳の仕事が思うように入らなくなり、
一冊あたりの翻訳料もどんどん減っていくという状況になった。

ガガはノーマルな受験生らしく、不安や緊張にときどき発狂しつつも、
がんばって勉強していた。
そんな姿を横目に見ながら、
「こんなにがんばって勉強して大学に入れたとしても、学費が払えずに途中で退学または休学することになるかもしれない」
と思うと気が気でなかった。
ガガの父親からの養育費はとっくの昔に途絶えていたし。

次の翻訳の仕事はいつ来るのか、翻訳料はいくらもらえるのかと、
受験生の母もまた別の不安と緊張で発狂したい気分だった。
翻訳の収入があてにならないので、
ガガの受験直前の2月ごろから近所のスーパーで夜にレジのアルバイトも始め、
三足のわらじになって、少しほっとした。
いま思うと、なかなかにしんどい時期だった。


       ※


結果的には、ガガはめでたく志望校に受かり、
しかもがんばって学内の給付型奨学金をとってくれたので、
わたしは学費の心配から解放された。
その点でガガには感謝、感謝。

でも感謝しすぎたかもしれない。
そもそも自分が行きたい大学に行くために勉強するのは自分のためなのだから。

奨学金がもらえるとわかった時点で、
「わ~い、じゃあ、貯めたお金で旅行に行こうっと!」
と考えてもよかったのに、
わたしはそうしなかった。

ガガがそれだけがんばって奨学金をとってくれたのだから、
わたしの貯めたお金は、在学中のガガの生活費&小遣いにあてようと、
まともな親みたいな思考回路にすっぽりはまってしまったのだ。

その大学は学費も大変だけど、勉強も大変らしいので、
バイトにあてる時間はあまりなさそうだという予想もあったからだ。

在学期間は4年だから、4×12ヶ月=48ヶ月。
貯めたお金を48で割った金額を、生活費+小遣いとして毎月ガガに渡すことにした。

それはあとから数人の人に 「ちょっとあげすぎだよ」
と言われるくらいの金額だった。
しかもガガはアルバイトも積極的にしているので (いつ勉強してるんだ?)、
バイト代とわたしから渡されるお金で、
生活費&小遣いは十分以上に得ているはずだった。


      ※


ところがガガはお金の使い方に大らかというか、無節操というか、無計画というか、
今あるものは全部使っちゃうタイプ。
だから今月分のお金を渡して1週間しかたっていないのに、
もう今月分がなくなっていたりすることもある。

そこまでひどくなくても、
月末にはしばしば金欠になって、
来月の分を早めにもらえないかと打診してきたりする。

そのたびにわたしはピリピリしていた。
このペースでお金を使っていったら、とても卒業まで持たない。

しかもガガの生活ぶりを聞いていると、
友だちやボーイフレンドとの外食や飲み会やイベントがやたらに多い。
まわりはリッチなご令嬢やご子息だから、
飲んだり食べたりする店も、貧乏学生がたむろするような場所ではない。
少なくともわたしが大学生のときに行った場所とは、匂いがちがう。
いや、これは想像だけど、たぶんいちばんちがうのは匂いだろう。
ネズミやゴキブリや煙草のヤニや酸化した油の匂いのしない場所。
ガガがたまに家に来ると、新しい眼鏡や、靴や、財布を持っていることがある。
学生のくせに 「気に入ったものしか買わない」 生意気なやつだから、
お値段をきくと目の玉が飛びでそうになる。

要するに貧乏根性が骨の髄まで染みこんだ母とは、
正反対の金銭感覚の持ち主なのだ。
こんなケチな母親のもとに、よくこんな子が育ったものだ。


      ※


今回、奨学金で寮費をまかなわれていた寮を出てひとり暮らしをすると決めたときも、
わたしはガガの生活ぶりと金銭感覚が心配だった。
でも、 「本当にやれるのか?」 ときくと、
「極貧生活でがんばります!!」 ときっぱり答えたので、
そこまで腹を決めているのなら信頼してみようと思った。
最近だいぶ大人になったなあとも思っていたので。

ところがどっこい、引っ越し準備でいろいろお金がかかるとわかっている3月に、
湯布院なんかに旅行に行きおった!
飛行機でぴゅ~っと!
友だちと湯布院で温泉につかって、すごく楽しかった! と。

なんでいま旅行? それも湯布院? と思ったが、
サークル活動で自分が出していた経費が戻ってきたのでそのお金で行ったのだという。
生活に支障がないのならまあいいか、と受けいれたその1週間後、
「引っ越しのためにいろいろお金をつかったので今月分はもうなくなりました。
来月分の一部を前借りさせてください」 と言ってきた。

これでブチぎれた。

前借り要請の電話がかかってきたとき、
わたしは電車の中だったので、どなれなかった。
どなれたとしても、あまりにショックで瞬時に言葉が出なかっただろう。
電話を切ってからムクムクと怒りが湧いてきて、
すぐにメールで下のようなことを書いた。

あんたに嘘つかれるのはもうたくさん!
極貧生活がんばりますって言ったよね?
それなのにさんざん遊んでおいて、お金がないとは何ごとだ!
だいいち、なんだ、湯布院て!! 
それは学生のする旅行か?! 
それは熟年夫婦や有閑マダムの旅行だろう!!
何が極貧じゃ!!
ちゃんちゃらおかしくて涙が出るわい!
信頼してたんだよ。
信頼を裏切られる気持ちがどんなものか、わかるか?


      ※


すぐにガガから謝罪のメールが入ったけれど、
腹の虫は治まらず、数日もやもやしていた。
でも友だちに話したりして気持ちが整理されてくるにつれて、
自分が何にこだわっていたかが見えてきた。

わたしがあんなに苦労して貯めたお金なんだから、
それを大事に使ってなんとか大学を卒業してほしい、
ということ。

でもお金の使い方というのは体質みたいなところがあって、
簡単に変わるものではないし、ほんとに人それぞれ、と友だちに言われた。
たしかにそうかも、と思った。

ガガのようなお金の使い方は、
よっぽど痛い思いをしないと変わらないだろうし、
変わるべきなのかどうかもわからない。
それがガガの個性の一部でもあるのだから。
たぶんガガは一生、お金に大らか or 無節操なのだろう。
そして、それによって痛い思いをすることもあるかもしれないけれど、
豊かな体験を得ることもあるかもしれない。

そんななかで、大学を卒業するまでお金を使いきらないでほしい、なんとか大学を卒業してほしい、
とわたしが願っているかぎり、わたしのピリピリイライラは続く。
この願望があるかぎり、ストレスは続く。
このストレスがあるかぎり、ヨネコさんの仕事は終わらないだろう。
これもまた、わたしが自由にのびのびするのを妨げているもの。

だから、これもや~めた、と思った。


      ※


お金がなくなってガガが大学を続けれらなくなったとしても、
それはそれ。
そのときはまた別の道が開けるだろう。
どちらの道がいいかなんてだれにもわからない。

そもそも、わたし自身、大学中退者だけれど、
今まで中退したことを後悔したという記憶がない。
もし後悔することがあったとしても、
覚えていないぐらいだから大した後悔ではなかったのだろう。
反対に、中退してよかったと思うことはよくあった。
世の中の常識的価値観で自分や子どもの人生を評価することほど愚かしいことはない。

それにどうなるにしても、
それはわたしの人生ではなく、ガガの人生だ。
ガガが背負っていくものだ。
わたしは背負わない。

わたしは親としてできるだけのことはした (と、少し前までは思えなかったけど、今は思う)、
あとはガガに任せよう。



そんなわけで、いまやっとガガを手放した気がする。
布団など運びだしてゴミとホコリが散らばっているガガの部屋を見まわしたら、
急にこみあげてきて、おいおい泣いた。
数年前にガガをオーストラリアに置いて帰ってきたときみたいな気持ちだった。
あのときいったん手放したつもりだったのに、
戻って来ちゃったからなあ・・・

でもいまやっと、本当に手放せた。
ガガも、ガガへの期待や願望も。





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つまりたいていの物事は、われわれの予想しない結果になります。というより、物事の結果を正確に予想することなど、
われわれには不可能なんです。物事はわれわれの計算通りにはならない。われわれの思惑通りにはなりません。
それ故、われわれは計算しないほうがいい。願いごとをしないほうがいいのです。


人間、結果に執着すれば、奴隷になります。

                                             ---- ひろさちや『こだわりを捨てる―般若心経』







※Que sera sera by Doris Day ♪






by homeopa | 2016-03-21 12:46 | わたしの乳ガン

どっちもあり

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安倍徹さんの免疫理論でひとつわからないことがある。

交感神経が優位で顆粒球が多い人は、ガンになりやすい。
副交感神経が優位でリンパ球が多い人は、アレルギーになりやすい。

ということだけど、
ガンでもあり、花粉症でもあるわたしは、いったいどうなってるの?




ああ~~、目が痒い!
昨年はおっぱいからかなりたくさんのものを排出したから、
今年の春は鼻水で出すものはあまりないんじゃないかと思っていたのに、
出るわ出るわ。




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※「過疎の町のパン屋」が実践する、利潤を追わない経営哲学


※脳とナショナリズムと戦争の意外な関係


※着々と<東京脱出(移転)計画>が進行している・・・


※簡単&安全! 腸内洗浄のススメ








by homeopa | 2016-03-18 22:31 | わからないこと

what is the reality?

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だいぶ昔に読んだ英語の本がある。
夫婦の関係をテーマにした小説で、
その構成がおもしろかった。

まず表紙が裏と表にふたつ付いている。
一方の表紙をめくって読んでいくと、それは妻が語る物語で、
反対側の表紙から読んでいくと、夫の語る物語が書かれている。

当然、同じできごとが語られることもあるのだけれど、
それに対する妻と夫の感じ方がまるでちがう。
夫婦の関係に対するふたりのとらえ方もまったくちがう。
とても同じ夫婦生活について書かれているとは思えない。




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ホメオパシーの相談会でよくあることだけれど、
たとえば若い娘さんの相談会をしていて、
回数を重ねるうちに、お母さんとの関係についての悩みが出てくる。
そのうち娘さんの体調がよくなってきて、
お母さんも相談会を受けたいということになり、
お母さんと直接お会いしてみると、
娘さんの話から思いえがいていたお母さん像とはだいぶちがっていたりする。
そのお母さんが語る娘さんのイメージも、
わたしが何度も会ってつかんでいた娘さんの人柄とはだいぶちがっていたりする。



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やはり相談会でよく聞くはなし。
たとえばA子さんは子どものころ、友だちのB子さんにいじめられてものすごく傷つき、
以来、自信をなくして人間不信になった。
それは人生の大きなトラウマになっている。
ところが大人になって、クラス会か何かで何十年ぶりにBさんに会い、そのはなしをすると、
BさんはAさんをいじめたことを全く覚えていなかったりする。
あるいは、あれはちょっとからかっただけで、Aさんのことはずっと大好きだったと言ったりする。



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もっと単純なはなし。
わたしにはオレンジ色に見えるものが、ある人には赤に見えたりする。
わたしには可愛い花柄に見えるものが、友だちにはサイケデリックに見えたりする。



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わたしが乳ガンのことをブログに書こうと思ったのは、
体験から実感したことをシェアしたかったからだ。

病気 (というより症状) は、そんなに怖いものでも悪いものでもない。
むしろいろんな恩恵を与えてくれるものだったりする。
自分を苦しめたり不自由にしているものに気づくチャンスを与えてくれるもの。
それに気づくと、それまでより解放されてのびのびできる。

そういうことを伝えたかったし、そういうことを書いてきたつもりだった。

でも最近、それを読む人の受けとめ方が、
千差万別あることに気づいた。

上のようなことをわりとすんなり受けとめて、
その後のわたしの経過を好奇心をもって見守っていてくれる方。

かと思えば、「かみむらさん、ガンになっちゃったんだ! もうすぐ死ぬんだ! ああ、気の毒に!」と、
ガンは死に直結する重病であるという点に焦点をあてて受けとめる方。

かと思えば、好転反応のお問い合わせの最後に、
「かみむらさんも大変なときに、お手数をおかけして申し訳ありません」
なんて言葉を書いてくださる方。
たぶん病気はつらいものだという思いから、このような気遣いをしてくださるのだろう。

でも実際、わたしは以前と変わらず普通に相談会をやっているし、
ガンのせいで特に大変だったりつらかったりすることもない (おむつの交換と洗濯が面倒だけれど)。
ガンのありがたいところは、こんなふうに痛みや苦しさがあまりないことだ。
もし病気のせいで相談会にエネルギーを注げないような状態なら、
相談会はやめるべきだろう (だからどうぞお気遣いなく)。

自分ではガンのおかげで第二の人生がはじまったと感じているんだけど、
たぶんある方たちにとっては、かみむらはすでに終わった人になっているのかもしれない。

このギャップ。

でもその人にとっては、その人が感じたことが現実なのだろう。
わたしにとっても、わたしが感じていることが現実なのだろう。



だとしたら現実って何だろう?
というより、だれが見ても同じに見える確固とした現実なんてあるんだろうか?

たぶん、ない。




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そう思うと、ちょっと心許ない気分にもなるけれど、
一方で、なんだか解放された気分にもなる。

なぜなら、わたしたちは自分の現実をつくれるということだから。
同じ状況を、悲惨なものにも、喜ばしいものにもできる。
深刻なものにも、滑稽なものにもできる。

極端なはなし、わたしは美人だと思えば、それが現実なのだし、
ブスだと思えば、それも現実なのだ。
わたしがそう思ったら、だれにもその現実は変えられない。
実際、世の中にはそう思って生きている人がたくさんいる。
わたしから見ればブスでも、本人は鏡を見てうっとりしている。
そんなとき、わたしは相手を見下したりしていたけれど、それはまちがいだった。
その人がブスだというのは、わたしにとっての現実、美人はその人にとっての現実。

わたしの人生は不幸だったと思えば、それがわたしの過去になるし、
なんて幸せな人生を生きてきたんだろうと思えば、それもわたしの過去になる。

しかもまた、これがときどき揺らいだり変化したりするというのも、人生の妙味。

そうか、ある人々にとってわたしはもう終わった存在なのか、と先日気づいたときに、
自分でもなんとなくそんな気持ちになって、しばし絶望のかけらを味わった。
不治の病をかかえた映画のヒロインになったような気分だった。
しばらくするとまた自分の現実に戻っていたけど。

そうやってときどき揺らいで、別の現実を味わうのも、
人生を刺激して豊かにしてくれる。
自分の世界がすべてではないことを思いださせてくれる。

つまるところ、この世はすべて妄想なんだ。
妄想にいいも悪いもない。
正解も間違いもない。
でも人を幸せにする妄想と不幸せにする妄想がある。
どうせなら、わたしは自分を幸せにする妄想を抱いていたい。
ときどき不幸な妄想に揺らぎながら。






はなし変わって、今年の味噌をやっと仕込んだ。

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これで味噌を仕込むのは3回目。
1年目は生協の味噌づくりセットを買ったらやたらに豆が多くて、
その他もろもろすったもんだの大騒ぎになった。
できた味噌の味は、手作り感があってよかったけれど、おいしいというには今一歩。

そこで2年目は少し上等の豆を買ってつくった。
こうじの割合も生協のものより多め。
とてもおいしくできたけれど量が少ないので、
もったいなくてのびのび食べることができなかった。

上等の豆とこうじを2倍注文すれば、生協の味噌づくりセットと同じくらいの量になるけれど、
それではかなりお財布の負担になる。
だから今年は再び生協のセットを注文し、
こうじを増やしてみた。
そして煮豆のつぶし方も変えた。
漬物用に買ってあった厚手のビニール袋があったので、
煮上がった大豆をそこに入れ、口をしばって、足でつぶした。
あっという間につぶれた。
サル並みの学習能力はあるわけだ。

今年のわたしの手菌は昨年のそれとは多少ちがっているはずだし、
今年はどんな味噌ができるのか、楽しみ♪




でも・・・・・もしかして味噌を仕込んだというのは妄想だったりして。
発酵してるかな、とふたを開けてみたら、キムチができていたりして。
それはそれでいいけれど。

でもその場合、キムチはだれの妄想なんだろう?







※ホメオパシー入門講座やります♪ 
  2016年3月20日(土)14:00~16:00





by homeopa | 2016-03-14 14:36 | おもしろいこと

あれから5年

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もう5年もたつのに、つい昨日のことみたい。

あの日をきっかけに、
わたしは自分にとって何が大切かを、
前よりはっきり自覚することができた。

たとえば、
電気に支えられた便利な生活より、電気がなくても楽しめる不便な生活。
買うより、つくる生活。
コンクリートとアスファルトより、土と水と草と木のある場所。
電気やガスや石油に頼るより、自分の生存能力を高めること。
お金や物質をためこむより、体験や感動を積みあげること。

実行にはいたっていないことも多々あるけれど、
めざす方向は今も変わらない。
根っこが生えたみたいで、
何かを選択するときに、これを基準にするとあまり迷わない。

その点で、あの日にはとても感謝している。
こんなことを言うと、犠牲者の方には申し訳ないけれど。

黙祷。





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※被災地の心霊体験談を私たちはどう受け止めるべきか

※「想定外の巨大津波」は実は想定の範囲内だった!

※高浜原発の運転停止を命じる仮処分決定が下されました。3号機も止まります!

※震災から5年

※子どもたちを守りたい~県境を超えてつながる母親たち

※「新たな被災者の生活再建支援制度の構築に向けて~東日本大震災・原発事故5年の教訓を踏まえて~」










by homeopa | 2016-03-11 22:58 | 自然のちから

最近のこと、あれやこれや

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6日から7日にかけて美麻に1泊してきた。
水道の水が凍らないように冬のあいだ水道管のまわりを温めていた電熱線の電気を切るためだ。
まだ寒いと思って真冬の格好で行ったら、
長野市街で半袖姿の人を見て、拍子抜けした。

美麻に着いても、やっぱりあんまり寒くなかった。

でも寒さを予想していたので (昨年は同じ時期にまだ雪がたくさんあってとても寒かった)、
今回はとくに何をするつもりもなく、ただぼーっとこたつに当たって過ごそうと思っていた。

実際、チイちゃんの家に夕食に呼ばれ、
翌日は遅い朝食にも呼ばれて、
どちらの場合も2時間ぐらい食事をしながらテレビを見て過ごしたので、
何かをするようなまとまった時間はあまりなかった。

おっぱいのおむつの洗濯に時間がかかるし。
何しろ洗濯機がないのですべて手洗い。
しかもお天気が悪くて、外に干しても乾かないので、
アイロンで乾かした (ふすま紙を貼るためにアイロンを買ってあったのが意外なところで役に立った!)。
乾かさないと足りなくなっちゃうから。
これにえらく時間がかかった。

あとはていねいに家の中を掃除をしたり、
昨年成った大豆を室内で乾燥させておいたので、
その豆をさやから取りだしたり。
(かびているのもけっこうあったけれど、半分以上はころころの豆がとれた。今年もまこう。初めての自家採種の大豆)

大したことをしない、ぼーっとする、という点で、
それなりにいい時間だった。

水がおいしいし!
あの水は魔法の水だな。
あれでおむつを洗うと、匂いがなくなる。
気のせいかな? でもほんとにそうなの。




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悲しかったのは、チイちゃんがほとんど外を歩かなくなっていたこと。
冬のせいもあるだろうけど、
最近は家の中でずーっとテレビを見ているらしい。
韓国ドラマと中国映画。
そんなところに魔物がいたか。

おかげで飼い犬のセン君も散歩する機会がなくて、
ますますメタボ犬になっていた。

あんなに空気がおいしい場所にいて、
どうして外を歩きたくならないんだろう?
それでなくても喘息の薬とか、肝臓の薬とか、たくさん飲んでいるので、
あのままだとチイちゃん、長生きしないかもしれない。
それはとても悲しい。

でも本人はあまりそれを問題だと思っていない様子。
馬の耳に念仏。




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カメムシはあいかわらず。

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でも、「ここがあんたたちの冬眠場所だよ」 とお風呂場を提供してあげたせいか、
他の部屋にはほとんど侵入していなかった。
トイレでさえ昨年ほどではなかった。

虫にもこちらの気持ちは通じるみたい。

ただ、ここに住んでお風呂を使うようになったとき、
入浴のたびにカメムシの匂いをかぐことになるんだろうか?
そのうち身体にまで匂いがしみついて、
わたし自身がカメムシになってしまうんだろうか?




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そして昨夜帰宅し、今朝は世田谷の区民農園に行ってきた。
3月1日から使えるようになって、今回が2回目。

以前、2×3メートルぐらいの畑と書いたけれど、
実際は3×4メートルぐらいあって、けっこう広い。
1回目はそれを全体的にたがやした。
たがやしてくれる草がないから、自分でたがやすしかない。

そのころはまだ高熱のあとで筋力が回復していないような感じだったので、
ほんの5分ぐらいたがやしたところで、いやになった。
でも休憩して、別の区画をたがやしているおじさんといろいろ話したりしているうちに元気が出てきて、
また始めたら、どんどん筋肉が生き返ってくるのがわかった。
行くときは自転車のペダルをこぐ脚も心許なかったのに、
帰りは一変して力強くなっていた。
やっぱり筋肉は使わないとだめだ!
使うとよみがえる!

でもね、それから3日後の朝、
肩がバリバリに凝っているのに気づいた。
筋肉疲労の症状が出るまでに3日もかかったわけだ。
おっそー・・・・年寄り。




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今回は、畝をつくってみた。

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畝を3本つくることにしたけど、ちょっと細すぎるかな~。

この前は3時間ぐらいがんばったけど、
今回は1時間であっさりきりあげた。
体力がついてきたのでもっと続けようと思えば続けられたけど、
ちょうど昼時でおなかが空いたのと、
出かける前におっぱいのおむつを替えわすれて、
ぐじゅぐじゅしてきて気持ち悪くなったし、
三日後の筋肉痛も避けたかったので、
そこでやめた。
また来ればいい。


でもとりあえず畝が1本できたので、
手前のほうに小松菜と小かぶの種をまいておいた。
明日は雨になるみたいだし。

いつもは雨で気分がふさぐわたしも、
種をまくと雨を待つようになるからゲンキンなものだ。

元気に育ってね~~。


それにしても、土がむき出しの畑はやっぱり不自然で殺伐として見える。
マックだかケンタッキーフライドチキンだかで使っている、羽根のない鶏みたいだ。







君知りたもうことなかれ by 五島良子 ♪






【追記】
コメントでもりちゃんさんから、カメムシは食べられるらしいとうかがった。
ググってみたら、たしかにそのようだ。
なぜ食べることを思いつかなかったのだろう?
グロテスクだから?
でも牛や豚や鶏を食べるグロテスクさにくらべたら、
カメムシを食べるほうがはるかに品性があるような気がする。

まずこのサイト→ 実は美味しい「カメムシ料理」 http://irorio.jp/office_motoori/20131223/97714/

  いちばん気になるあの匂いは、熱湯をかけることでなくなるらしい。
  そのあとはいろいろに調理できそうだけれど、
  乾燥させて保存したら、いざというときのための保存食になる。

次にこのサイト→ カメムシはパクチーの代わりになるか? http://portal.nifty.com/2010/07/06/b/
  カメムシの匂いはパクチーの匂いと似ていると、もっぱらの評判らしい。
  そう聞いて、わたしはもしかしたらカメムシの匂いをかいだことがないのかもしれないと思った。
  パクチーの匂いは苦手なんだけど、どうもその匂いとカメムシが結びつかない。
  それはともかく、この美しい顔をしたお嬢さんは、
  生のパクチーと生のカメムシで実際に食べくらべをしてみた。
  匂いは確かに似ているらしく、しかもカメムシにはもっとコクがあると書いてある。
  パクチーの英語名 コリアンダーは、
  古代ギリシャ語でカメムシを意味する Koriannon に由来しているらしい。
  古代ギリシャの時代からカメムシとパクチーを食べくらべていた人がいたのかな。

次にこのサイト→ 昆虫の栄養価 http://www.eat-insect.com/nutrition.html
  やっぱり牛や豚や鶏を食べるより、虫を食べるほうが身体にはよさそう。

  ちょっと真剣に考えてみよう。
  いや、考えてもしょうがない。
  今度美麻に行ったら、冬眠から覚めたカメムシさん数匹の命をいただいてみよう・・・・ああ、でも勇気がいるな。



  





by homeopa | 2016-03-08 19:42 | 日々の暮らし

わからないこと、わかること。

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(以下 引用・・・・長いです)

 がん治療にこの30年本質的な進歩がなく、現実に死亡者が増え死亡率は変わらないということを考えたとき、そこにより大きな、そして深い疑問が浮かび上がる。それは、そもそもいまのがん治療はほんとうに有効なのかという疑問だ。そしてその疑問をあらためて考えなおしたとき、現代医療のがん治療は、あらゆる議論の出発点となるべき、もっとも基礎的な疑問に答を見いだしていないという事実につきあたる。
 それは、がんは放っておいたらどうなるのか、という疑問だ。
 放っておいても治るのか。
 それとも放っておいたらたちまち悪化し、患者は死にいたるのか。
 現代医療はアプリオリに後者の見解に立っている。がんは放置すれば悪化の一途をたどり、治療しなければ患者を早晩死にいたらしめる。だから一刻を争い早期に治療しなければならない、というとらえ方だ。しかしそのとらえ方には、じつは科学的な根拠がない。放っておいたらどうなるかをきちんと検証した研究はなく、そうした論文もないからだ。
 
 

 この疑問をさる有名な外科医に投げかけると、虚をつかれた顔でこう答えてくれた。
「ないでしょうね、そういう研究は。とにかくみんな治療してしまう。医者だったら、目の前にがん患者がいて、放っておくなんてできないでしょうから」
 代替医療の専門医も、おなじような答だった。
「そんなこと、こわくてできません。医者もね」

 私たちの社会ではほとんどだれもが、がんになったらなんらかの治療をしてしまうのである。そうした治療結果を集めて、たとえば乳がんの何期で手術をした場合は5年生存率が何%、手術後に抗がん剤を投与した場合は何%といった具合の詳細な統計がえられている。それを比較考量し、手術の方式や抗がん剤の投与など標準的な治療のあり方が決まっているが、ではなにもしなかった場合にくらべていいのか悪いのか、そのいちばん基本的なところがわからない。
 


 かろうじて存在するのは、近藤誠氏がその著書のなかで引用している、1805年から1933年にかけてのイギリスの乳がん患者の自然経過の記録である (『患者よガンと闘うな』文藝春秋)。百年近くも前の記録だが、それを見ると乳がん患者を自然放置しておくと年とともに死亡する患者が増えるが、そのカーブはなだらかで、10年以上生存する人もいることがわかる。この時代の乳がん患者は、ほとんどが進行がんや末期がんだったはずだから、いまなら余命3ヶ月とか半年とかいわれそうな患者だったろうに、それが5年、10年と生きていたという記録は驚きである。しかしそれよりずっと驚くのは、この自然放置群の生存曲線が、その後はじまった乳がんの切除手術を受けた群とくらべて、大差ないという事実である。

 

 いうまでもなく、がんは生きものだ。大きくもなれば、小さくもなる。暴れることもあれば、おとなしくなることもあり、宿主である患者との相互作用によってもまたずいぶんと姿を変える。つまり患者の分身として、患者の生命力とのダイナミックスのもとで存在する生きものととらえるならば、がんのふるまいがときに予想できない方向を取ることもまた理解できるだろう。専門家の多くは、がん細胞はコントロールできないかたちで無限に増殖することを強調するが、実情を見るとそんな単純なものではない。がんは、多くの場合、なんらかの手段によってコントロールできる可能性をもっている。いつも一方的に大きくなるだけという、まったくの単細胞的な生き方をするものだとは思えない。まさにそこにこそ、ガンを治療するチャンスというものが存在するのだろう。そのチャンスをもたらすのは、あらゆるがん細胞を徹底的に排除しようとする考え方ではない。
 
 

 現代医療は患者をベルトコンベヤーに乗せて自動的に治療するようなしくみを作りだした。それは確かに均質で効率的で、まちがいの少ない医療を生みだしてきたが、その反面患者ひとりひとりの個性を無視し、人間性に対応せず、患者が医者によって管理される存在になるという自体を招いてしまった。
 なぜそうなったかといえば、いまの医学、そして医療が、科学性、合理性ということを金科玉条としてきたことに深くかかわっている。
 
 「西洋医学の一番大きな特徴は科学性にありました。それが両刃の剣として、長所にもなり、また逆に短所ともなったのです。科学性とは何かといえば、難しい定義になりますが、私は、これを簡潔に 「客観性」 と 「再現性」、そして 「普遍性」 と捉えています」(『自分を守る患者学』渥美和彦 PHP新書)
 
 渥美氏は、客観性とは 「だれが見ても正しい」 ということであり、再現性というのはおなじ条件のもとでおなじことが起こる、あるいは起こせるということであり、普遍性とは一カ所で通用することはどこでも通用すること、たとえば 「アメリカで効いた薬は日本でも効くというような考え方」 だという。
 これを抗生物質についてみれば、抗生物質がなぜ効くかがだれでもわかるかたちで解明されており(客観性)、いつ使っても同じ効果を期待することができ(再現性)、日本でもアメリカでもその効果に差異はない(普遍性)。
 


 この抗生物質と感染症とのあいだに見られるほどの科学性を、現代医療とがんのあいだに見いだすことはむずかしい。そこにははるかにあいまいな、科学の統計処理になじまない例外事項が頻発するのである。どれだけきめこまかい診断をしても病態はとらえきれず、治療に対する患者ひとりひとりの反応には大きな差が出てくる。合理的であるはずの治療に非合理的な結果がともない、平均を逸脱したところで思わぬ成果が上がる。現実になにが起きているかといえば、がん治療に厳密な科学性を求めれば求めるほど対象となる患者はかぎられ、一方患者ひとりひとりにあわせた医療を行えば、科学性はかぎりなくうしなわれていくという関係があらわれてしまう。
 
 「近代西洋医学は 「客観・再現・普遍」 という思考をどんどんふくらませていったのです。その結果、一つの基準を設定して、客観的、再現的、普遍的であることを重視するあまり、その基準に則っていないものは例外として切り落としていったわけなのです」(『自分を守る患者学』渥美和彦 PHP新書)
 
 極端にいえば、がん患者というのはみな例外なのだ。
 その例外を例外として、ひとりひとり個別にみていこうとするのが代替医療であり、例外をできるかぎり平準化して、平均的な患者像のなかでとらえようとしてきたのが現代医療だともいえる。代替医療はもともともと科学をめざしたわけではなく、目の前の患者をいかに助けるかを模索した・・・・・一方現代医療はひとりひとりの患者を助けるというよりは、助けるための合理性、整合性を追求する体型となった。そこで達成した進歩蓄積は膨大だったが、患者のためというよりは医者のため、論文のため、そして科学のための体系となる傾向があることは否めない。敏感な医者はそこに違和感を覚え、患者を治そうとするなら現代医療の枠をはずれなければならないと悟っていった。そして納得のいくがん治療を進めようとするならば、非科学的という烙印を押され、ときには保険診療の枠からもはずれなければならないと覚悟するのである。
 

 
 医学は、確かにその一面を見れば科学的だ。客観的な観察が行われ、再現性のある検査が行われ、普遍的な治療が試され、信頼できるデータが収集されてがん治療のためのあらゆる側面に生かされている・・・・しかしその医学研究は、いまなお生命現象のほんの一部を解明したにすぎない。たとえば伊藤勇さんの前立腺がんがなぜ消えたのかを、いまの医学は解明できない。三万人にひとりしか助からないという胃がんを中山武さんはなぜ生きのびたのか、あと半年といわれていた加藤奈美子さんの肝臓がんがなくなったのはなぜか、いまの医学は説明することができない。偶然といったのでは説明にならないし、偶然を見のがしていたのでは科学の進歩はありえない。そもそも目の前の現象を説明できないということは、未知の現象を観察できていないか、それとも現代医療をささえる科学性のどこかがまちがっているからではないのか。そう考える大胆さを、医者も患者ももちあわせたい。
 


 西洋医学の、現代医療の、そして三大療法のあの簡明な直截さへのかぎりない傾斜とはいったいなんなのだろう。
 私はそこに、近代西欧が生みだした父権主義のもとでの医療、英雄医学とよばれる流れの残滓を見てしまう。近代以前の西欧には、呪術や迷信のはざまで、病の治療をそれぞれの家の庭で作られる薬草や、山野に分け入って集めた草木によって治そうとする長い伝統と経験とが蓄積されていた。そこでは薬草を集め、煎じ、病人に投与して看護するのは多くが女性の役割だった。それが西欧に大学というものができ、知の伝承による権威というものが生みだされてから、病は男性が支配するものとなる。おだやかな女性の薬草治療に代わり、病人を切り裂いて血を流す瀉血という方法が考案され、「英雄医学」 の時代が幕を開けたのは十八世紀のことだ・・・・今日がん病棟でかわされる、「切りましょう」「バッサリやってください」 という、あのマッチョな会話の原型は、十八世紀に正統医学というものを女人禁制の大学で教えるようになったところからはじまったのではなかったか。

 私たちの先祖は、病というものは外からどんなに手をつくしても、結局は本人の治る力によって治すしかないと知っていたのである。なによりもまず患者に害をなしてはならないといったヒポクラテスのむかしから、そしてまた 「私が包帯をあて、神が治す」 といったフランスの外科医パレの時代にいたるまで、そして中世ヨーロッパで森の奥に薬草を探した老女たちから、いまの三大医療を離れて新しい医療を模索する人びとのあいだにまで、人間には治る力ががある、その力を生かすのが真の医療なのだという、あたりまえの洞察が共有されている。そこでは、病は患者の治る力によって治すしかないという思いとともに、人間はしばしば驚くべき自然治癒力をしめすということがよく知られている。治療家にあたえられた課題は、その自然治癒力を引きだす条件とはどのようなものなのかを、患者の個性と疾患の様態のいちじるしい多様性のなかから見いだしてゆくことなのである。

                                                  ---- 『希望のがん治療』 (集英社新書)
(引用ここまで)





放置したらどうなるかを医者も患者も知らないというのは、
がんに限ったはなしではない。
ほどんとどんな病気でも、
「このまま放置したらどうなりますか?」 と医者にきけば、
医者はいろいろなリスクを挙げるだろう。
でも放置した例を見たことがあるのかときけば、ほとんどの医者がないと答えるだろう。

人体実験はなかなかできないからね。
それと医者も患者も、自然治癒力をあまり信じていないから。

だからわたしみたいに実験好きで自然治癒力の熱狂的なファンである人間は、
実験台になりたくなるのよ。
ちなみに、わたしの右奥から2本目の歯、ごそっと欠けて根っこしか残っていないけど、
もう1年くらい放置してある。
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この前ここの歯茎が腫れて痛くなったけど、
乳がんのことで Hecla-lava 200C をとっていたら、
いつの間にか腫れと痛みがなくなってしまった。

ま、レメディーはとったんだから、
正確にいえば放置したわけじゃないけど。
でもレメディーはそれ自体が炎症を鎮めたり痛みを和らげたりはしない。
むしろ炎症や痛みを引き起こすものだ。
その刺激を受けて治癒力が動きだす。
だから結局は治癒力がなんとかしたわけだ。

何か症状が出て、「あ、病院行かなくちゃ」 と思ったときは、
命にかかわりそうなものでなければ、
少し実験精神を発揮してみるのもおもしろいかもしれない。

人生、楽しまなくちゃ。





※現役医師20人に聞いた「患者には出すけど、医者が飲まないクスリ」
  医師を責める前に、患者が意識を変えなければ。







by homeopa | 2016-03-03 21:49 | 病気