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血液検査

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乳ガンに気づいてから、受けた検査は2回の血液検査だけ。

1回目は、区が中高年の人たちに提供している無料の検査だった。
昨年の6月初めのこと。
そういう検査はそれまで一度も受けたことがなかったけれど、
「こういう状態だし、無料だし、参考までに」 という軽い気持ちで受けることにした。

近所の診療所に行ったら問診票を渡されて、
そこに 「過去に重い病気を患ったことはありますか?」 「現在、重い病気を患っていますか?」
という項目があった。
でも受けるのは血液検査だけなので、
いろいろきかれるのは面倒くさいから、どちらも 「なし」 に丸を付けておいた。

やがて順番がまわってきて診察室に呼ばれた。
お医者さんが問診票を見ながらいくつか質問をして、
これで終わりかな、と思ったころ、
彼がやおら聴診器を取りあげ、「では、ちょっと胸を出してください」 と言った。

ええっ! とたじろいだけど、その場で逃げだしたら検査が受けられない。
仕方ないから腹をくくり、「実はわたし、乳ガンなんです」 と言ってぺろりと胸を出した。

わたしもびっくりしたけど、
お医者さんはもっとびっくり。
インド人もびっくり (インド人はいなかったけど、いたらきっとびっくりしただろう)。

思い返してみても、そのあと聴診器をあてられた記憶がない。
お医者さんがびっくりするあまり忘れてしまったのだろうか?
私がびっくりするあまり聴診器をあてられているのも気づかなかったのだろうか?

とにかく胸を元どおり覆ってから、
お医者さんとの質疑応答はこんな感じだった。

「ええと、それはいつからですか?」
「しこりに気づいたのは一昨年の秋だったと思います。でも無治療で行こうと決めました」
「それは・・・・近藤 (誠) さんの本を読んで?」
「いえ、もともと薬や人工的な手段を使うのが嫌いなので」
「そうですか・・・・・・(長い沈黙)・・・・・・手術はしたほうがいいと思いますけどね」
「はあ」

そこで話は終わり、別の部屋に移って血液を採取してもらった。
あれこれ言わずにいてくれて、ありがたかった。
意外といいお医者さんなのかもしれない。

1~2週間後に検査結果を聞きにいったときの気まずかったこと。
「前回はすみませんでした」 とわたしが謝ると、
お医者さんはただうなずいた。

そして血液検査の結果は、どの項目も正常値。

ガンになるほど身体に悪いものがたまっていたら、
肝臓や腎臓は解毒排出に大わらわで、その負担は数値に表れるだろうと思ったし、
少なくとも貧血ぐらいは出るだろうと思っていたので、
なんだか拍子抜けだった。

それにしても近藤誠さん、医学界では総スカンを食らっているんだろうな。




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あまり拍子抜けしたので、もう一度、もう少し詳しい血液検査を受けてみることにした。
知人が現代医学とシュタイナー医学などの代替医療の両方をやっているクリニックを紹介してくれたので、
そこで受けた。
7月初めだったと思う。

そこのお医者さんは、わたしが現代医学の治療を受けないこともすんなり受けとめてくれて、
ただこれからいろいろ大変だということも話してくれた。
腫瘍が大きくなるとともに分泌物はどんどんふえるし、
どんどん臭くなるし、と。

わたしが長野に家を買って、いずれはそこで暮らすつもりだというのを聞いて、
夏を過ぎたらがくっと体力が落ちるから、
荷物の移動など、やらなければならないことはそれまでに済ませておいたほうがいい、
とも言ってくれた。
(夏をすぎて冬が来ても、あいかわらず元気だけど・・・・)
娘さんにはちゃんと話したほうがいいし (このときはまだ話していなかった。たしかに話してよかった)、
これからどんどん人に頼まなければならないことが出てくるから、
人との関係を大切にしたほうがいいとか。
(これはわたしの苦手な部分だけどそのとおりだなと思った)
でも今思うと、下り坂志向の話ばっかりだったな。

このときの血液検査は、一般的な項目のほかに、
白血球の詳しい数値 (分画) と、
LD (またはLDH。乳酸脱水素酵素) という項目を調べてもらうことにした。
お医者さんによれば、LDは肝臓などに転移があるときに高くなる数値だとのこと。
一般的な腫瘍マーカーは、乳ガンではあてにならない場合が多いそうだ。

2週間後、検査結果を聞きにいったら、
やはりすべての項目で異常なしだった。

自分では左脇の下と左鎖骨上のリンパに転移があるのを自覚していたし、
胸の骨の一部に押すと異常に痛い部分があって、
そこにたぶん骨転移があるのだろうと思っていた。

だから少なくとも白血球像には何かの兆候が出るのだろうと期待 (?) していたのに、
何も出なかった。
今度も拍子抜け。

血液検査ってあてになるのかな?
それとも全身の状態はさほど悪くないのかな?

考えてみれば、非常に微細でダイナミックで恐ろしいほど多面性のある身体のはたらきを、
数字でつかもうとすること自体が愚かしいのかもしれない。
また調べてもらいにいこうとは思っているけど。




もし全身の臓器や血液の状態がさほど悪くないとすれば、
それはきっと、毎日せっせととっているサポートレメディーやチンキやお茶のおかげかもしれない。
もちろん、ヨガや呼吸法のおかげもある。

毎日とっているサポートレメディーは下のとおり;
サポートJ、サポートK-T、TS-21、Cean6X、サポートCho、Zinc12X、Sel12X、Mang12X、
Nat-p12X、Nat-bic12X、Ech6C etc.

チンキは下のとおり;
モラスカム、エリオボトリア、ソリデイゴ、チェリドニウム、ギンコビローバ。
(どれもご近所から摘んできた草や葉っぱでつくった自家製よ ♪ )

お茶は下のとおり;
すぎな、よもぎ、柿の葉、熊笹の葉、びわの葉。
(どれもご近所からいただいてきた葉っぱを乾かしたり焙煎したりしてつくった自家製よ。春になったらまた集めないと ♪ )

こうして書きだしてみると、
わたしはほんとに身のまわりの自然に守られ祝福されて暮らしているんだと、改めて思う。
ありがとう!


でもね、こういう物質的または半物質的なサポートだけでは病気は治らない。
腫瘍という症状は物質だけど、
そのもとになっている病気 (滞った気) は物質ではないから。
物質ではない部分、エネルギーのレベルで、
わたしが自由にのびのびするのを妨げているもの、
つまりわたしの中のこだわりや思いこみがすっかりほどけたときに、
病気は治るんだろう。
それまでこの身体を維持するために、
サポートレメディーやチンキやお茶がわたしを助けてくれているんだと思う。
もう一度、ありがとう!








※明治時代の日本の仕事風景
  とくに引っ越しの再現写真に感動した。
  こういう引っ越し、簡単でいいな。
  あと、観葉植物の行商人のイケメンぶり。

※2016年電力自由化!電気料金を節約する方法
  東電とは縁を切りたいけど、
  これらの新しい電力会社は、どうやって電気をつくっているんだろう?
by homeopa | 2016-01-28 15:47 | わたしの乳ガン

風邪は万病の薬

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あああ~よく寝た!
昨夜は9時半に布団に入って、今朝は8時半に起きた。
こんなに気持ちよく寝坊したのは久しぶり。

そもそも一昨日の夜、布団に入ってうとうとしてから、急に寒さで目が覚めた。
いつものように湯たんぽも入れていたし、
布団と毛布の枚数も変わらないのに、
とにかく寒い。
仕方ないからパジャマの上にカーディガンを着て、ソックスをはき、あちこちにホッカイロをあててやっと眠った。
そしたら昨日の早朝、じっとりと汗をかいていた。
寒いんだか暑いだかわからないわい、とか思いながら起きだして、
いつものように腕振り運動やヨガをやろうとしたけど、
ヒーターをつけたらその前から動けない。
文字どおり動けない。
やたらに寒い。

それで腕振り運動などの日課はサボり、
午前中は洗濯などして (そのあいだもすごく寒かった)、
午後から人に会いにいった。
帰り道、やっぱり寒くて、ふと気づいた。
これはもしかして寒気?
そうだ、そういえば身体の節々も少しぞわっとする感覚がある。
風邪なんて久しくひいていなかったので、
それが風邪の寒気であることを思いつかなかった。

夕方帰宅してからはとにかく身体を温め、
夕飯は少なめにすませ、
お風呂に入ってしっかりあったまってから早々と床についた。
昨夜は夜中に寒さで目覚めることもなく、
早朝にじっとり汗をかいているのをおぼろげに意識したけど、
朝、目覚めたら7時半だった。
でも気持ちがいいのでそのまま布団にいて、
またうとうとして、
ぱっちり目が覚めたら8時半。

起き出してみたら、寒さはさほど苦にならず、身体が軽くてさくさく動ける。
ヒーターの前にへばりついていた昨日とはまるでちがう。
気分爽快。

風邪のおかげだ。
高熱こそ出なかったけど、汗をかいたぐらいだから少し熱は出たのだろう。
寒気は熱を出そうとする身体の反応から感じるものだし。

今思えば、冷えるとたいてい痛むおっぱいの腫瘍が、
寒気を感じているときは痛まなかった。
昨日の夜寝ているときも痛まなかった。
あれは身体が冷えていたというより、
やっぱり寒気だったんだ。

ガンを患うような人は免疫機能が落ちているので、
風邪のウィルスに触れても風邪をひくことができない。
それなのに風邪がひけた!
と思ったらすごくうれしくなった。
高熱を出せるようになるまでまだしばらくかかるかもしれないけど、
とりあえず一歩前進。

風邪は万病の元とかいうけど、あれはちがうな。
風邪は万病の薬だ。
野口晴哉さんも書いているけど、
風邪は心身をゆるめてくれる。

昨日、友だちが言っていた。
腫瘍は緊張だって。
たしかにここ数年、経済的緊張はかなりあった。
急いだり、緊張したり、とにかく 「自由にのびのび」 とはまるでちがう生き方をしてきたってことだ。
それが風邪でゆるむならこんなにありがたいことはない。

風邪よ、ありがとう!
また来てね、お待ちしてます。







風邪とは全然関係ないけど、相撲のはなし。
相撲好きな友だちが、今場所、琴奨菊が優勝すれば10年ぶりの日本人力士の優勝になる、と言っているのを聞いて、
おお、それはいいね思った。
そして実際、琴奨菊が優勝した。
おお、それはよかったと思った。

でも今朝、IWJのメールマガジンのこの記事を読んで、
ちょっと心を揺さぶられた。

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(以下引用)

 1月24日、琴奨菊関が大相撲初場所で優勝しました。今回の琴奨菊の優勝は10年ぶりの「日本生まれの日本人力士」の快挙とかで、「日本勢10年ぶりV」「和製横綱誕生」などといった見出しが目立ちましたが、私は違和感を覚えました。なぜ「日本人力士」と「外国人力士」の構図をここまで煽るのかな、と。

 これまで、親方になってきた外国人力士は皆、日本に帰化しています。自国の国籍を捨て、新たな国籍を取得し、その国の国民となる・・・簡単な覚悟ではできませんよね。しかも、日本の伝統ゴリゴリの相撲の世界で、日本人らしくあろうとするために相当な苦労をしてきていることは容易に想像がつきます。1992年、大島部屋に入門した旭天鵬は、相撲の世界が特殊すぎて、たった半年で集団逃亡。渋谷のモンゴル大使館へと駆け込んだことを、過去のインタビューで明かしています。それでも旭天鵬は、40歳まで現役力士として活躍しました。

 「本当に肌の色は関係ないんだよね。土俵に上がって、髷を結っていることが日本の魂なんですよ。みんな同じ人間です。偉いとか偉くないとか関係なく。盛り上がりどうこうじゃないんだよね。こっちは命懸けてやっていますからね」

 これは2015年2月、不本意な取り直しをさせられたモンゴル出身の白鵬が、会見でこぼした本音です。

 歴代最多優勝の白鵬に対するやっかみは大変厳しいものがあったようで、2013年11月の九州場所で、白鵬が稀勢の里に負けた際、観客が万歳三唱したり、別場所でも相手方力士のコールが巻き起こるなど、白鵬と優勝争いをしている力士を露骨に応援する場面が多く見られるそうです。

 そんな中で、白鵬が発した「髷を結っていることが日本の魂なんですよ。みんな同じ人間です」という言葉と、今回の「日本勢」「和製横綱」といった表現を多用するメディアの薄っぺらい舞い上がり方が重なります。今後、相撲の取り組みで「人種別対抗」の空気が強調されないことを祈ります。

 「ラグビーが注目されてる今だからこそ日本代表にいる外国人選手にもスポットを。彼らは母国の代表より日本を選び日本のために戦っている最高の仲間だ。国籍は違うが日本を背負っている。これがラグビーだ」

 ラグビー日本代表で活躍した五郎丸歩選手が「なぜ、チームには外国人選手が多いのか」という問いに対し、Twitterで投稿した発言です。相撲界からも、こうした発言が飛び出せばいいなぁと願っています!


(引用おわり)
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自分の中にある無意識の差別意識、とまで行かないまでも、区別意識に気づいて、はっとさせられた。
二重国籍のガガは生まれてこの方ずっとこういう差別または区別に苦しんできたのに。
それを横で見てきたのに。
国籍なんて関係ないって、意識の上では思っていたのに。
by homeopa | 2016-01-26 11:48 | わたしの乳ガン

ガガの成長

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昨日、4月からガガがひとり暮らしを始めるための部屋を一緒に探しに行ってきた。
これで2日め。
最初は、あれがあって、これがあって、あんな感じで、こういう部屋に住みたい、とか言っていたガガだが、
昨日の夕方ごろには、
「ああ、もう、ひとりの空間さえあればそれで幸せ。多くは望まないよ」
なんてしみじみつぶやいた。
でもがっかりしている様子ではなかった。

最終的に決めたアパートは、中はとてもきれいにしてあったけれど、
外見は昭和のおんぼろアパート。
階段やバルコニーの鉄柵はさびているし、はずれたままの雨樋もある。
いかにも見窄らしい風情だ。
二年前のガガだったら、その外観を見ただけで、「無理」 とか言っていただろう。
成長したなあと思った。

この2年間でおそらくお金をかせいだり貯めたりする大変さを実感し、
いろいろな世代の人たちに接して多様な価値観を受け入れるようになり、
部屋探しを通して現実のきびしさにも触れ、
そして探すのに疲れたのもあって、
こういう結論に達したのだろう。

現地に向かう不動産屋さんの車の中で、こんなことも言っていた。
「インドには行かないことになったよ」
春休みに女友達の★★ちゃんとインドに行こうと計画していたのだ。

「★★もうちもお金たまらないから。
そのうち、タイでもいいか・・・? とか、いっそ国内にする・・・? とか、だんだんお互いに探りを入れはじめてさ、
最終的には鎌倉の日帰り旅行で終わりそうな感じ。ハハハ。
でも考えてみたら、★★と一緒に長い時間を過ごすのはちょっときびしいかもしれない。
とにかく無責任だから。
え、そんなに簡単に投げ出すの? ってスタンディングオベーションしたくなるようなことをやってのけるの。
この前も、どこかに自転車で出かけて、帰りは時間がないから電車で帰ることになって、
でも自転車があるしって思って、駅員さんの目を盗んで自転車かついで改札通って、
電車に自転車乗せて帰ってきたんだって。
ま、いいっしょ! って、すべてそんな感じ。
面白いけど、ずっと一緒にいたら疲れると思うよ」

面白い友だちにも出会って、よかったね。








さて、話題はころりと変わって、緊急事態条項のはなし。
安倍くんは今年夏の参院選で与党が3分の2議席を獲得したら憲法改正を実現させると言っている。
その自民党の改憲案に含まれているのがこの 「緊急事態条項」。

大災害、戦争、内乱など、国全体にかかわる緊急事態が生じたとき、
内閣総理大臣は議会の承認を得て 「緊急事態」 を宣言することが認められ、
その期間中、内閣は既存の法律と同じ効力を持つ政令を発することができるというもの。
すべての国民はその決定に従わなければならず、
地方自治や基本的人権や表現の自由や財産権が制約されることもある。
(このサイトの98条がその法案→ http://satlaws.web.fc2.com/92.html

この条項の不要さと、危険さについて、
こんなに具体的で理路整然としてわかりやすい説明は聞いたことがなかった。
  ↓
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/279662

緊急事態条項のよりどころとなっているのが、
「国家緊急権」 という考え方だ。
弁護士の永井さんによれば、下のとおり。
「国家緊急権とは、戦争、内乱、恐慌、大規模な自然災害など、平時の統治機構で対処できない非常事態において、国家権力が国家の存立を維持するため、立憲的な憲法秩序(人権の保障と権力分立)を一時停止し、非常措置をとる権限です」

「この国家緊急権の考え方は他の国々の法律では認められているが、
日本国憲法からは抜け落ちている、だから日本国憲法は欠陥憲法である」 と安倍政権は主張する。

しかし日本国憲法はそのことを忘れて制定されたのではなく、
権力を握ると暴走しやすいという人間の弱さを過去の歴史から学び、
あえてそれを認めないということを明文化しているそうだ。

実際、世界でもっとも進んだ憲法と当時いわれていたドイツのワイマール憲法には、
国家緊急権の記載があった。
それを利用してヒットラーは緊急事態宣言をし、
そこからさらに全権委任法を制定して一気に独裁体制を確立した。

権力に魅せられている度合いでは、
安倍くんもヒットラーにひけをとらない。
もしこの条項が憲法にもりこまれ、安倍くんが緊急事態宣言をして認められたら、
いったいどんな政令が出ることかと思うとぞっとする。
今だってどんどん人権が侵害されているのに。

日本国憲法は実によく考えられてできている、と永井弁護士はいう。
国家緊急権を認めない代わりに、
個々の法律で災害時や緊急時やテロが起こった場合の対処を規定するように指示している。

災害に詳しい永井弁護士は、
現存する法律で十分、緊急事態に対処できるという。
問題は法律がないことではなく、
その法律を運用しきれていないことだそうだ。
そのあたりは現場の現実をたくさん見聞きしてきた弁護士さんだけに、
とても具体性があって、説得力もある。

上のIWJのページの会員だけが見られる部分に、
もっと具体的な興味深い例がたくさん取りあげられている。
興味のある方はぜひ会員になって見てみてください。



下はいつものごとく、国会でのらりくらりと明確な返答を避ける安倍くん。

「国民のあいだで議論を深め、理解を得ていくことが必要」 と言いながら、
「個々の条文について答えるのは控えさせていただく」 という。
安倍自民党の改憲案の具体的内容や、その意味や意図を知らずに、
どうやって国民は理解を深めたらいいのだろう?
by homeopa | 2016-01-25 17:35 | 世の中のこと

心の葛藤

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・・・・ところがそういうふうに外でからだを動かすことだけでなく、
心のなかで葛藤があるということも、
その人にとっては大きい仕事をしているのと同じことで、
疲れるのは当たり前なのです。
                                              ---- 河合隼雄






ここはわかっているようで、わかっていなかった。
あるクライアントさん (青年) がとにかく疲れてだるくて、ちょっと歩いただけでへとへとになるというのを聞いて、
何が原因だろうとずっと不思議に思っていた。
食事がひどいわけでもないし、重労働をしているわけでもない、睡眠も十分にとっている。
でもたしかに心の葛藤はあった。
そして心の葛藤が和らいだら、体力もついてきた。



それでふと思いだした。
『野菜学入門』 という本に書いてあったこと。
野菜には、茄子や胡瓜のように垂れさがるものもあれば、
小松菜やブロッコリーなどのように地面から立ちあがって育つものもあれば、
根菜類のように地面の下に伸びるものもある。
地面から立ちあがって育つ野菜は、
冷蔵庫の野菜室に保管するときも、
立った姿勢で保管すると長持ちして栄養も保持できるそうだ。
寝かせてしまうと、「立ちあがりたい! でも立ちあがれない!」 と葛藤しつづけて、
エネルギーやビタミンやミネラルを消耗してしまうかららしい。

冷蔵庫のなかの野菜たちも葛藤してるんだ。
なんか、かわいい。
人間も、かわいい。









※天職が見つからない人がいるのはどうしてでしょう?
  こういう人、身近にいる。
  ガガもこのタイプかもしれない。
  わたし自身もこの傾向があったのにそれを抑圧してきたのかもしれない。
by homeopa | 2016-01-21 08:05 | つぶやき

自由にのびのびと

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乳ガンになってからずっと思っていたことがある。
「わたしはいったい何に気づこうとしてこの病気になったのだろう?」 ということ。

病気が気づきと変化のチャンスであることは、
それまでの自分の体験や、クライアントさんから学んだことから、よくわかっていた。
何かの変化が必要になったときに、
病気やケガや、そういう一見災難と思えるようなことが起こる。

だからきっとわたしにも何か変化が必要なのだと思った。
そのために何かに気づかなければならないのだと思った。

すでにいろいろと発見して、気持ちがだいぶ解放されていたとはいえ、
いまひとつもの足りない気分だった。
パッカーン! と扉が開くような、そういう体験はまだしていなかった。
そこまで求めるのは欲が深いのかもしれないが。

それでふと、他人様の力を借りてみようと思いたった。
ちょうどそのころ、ご近所にシータヒーリングをやっているホメオパスがいるというのをFBで知って、
迷いもせずに、なんの躊躇もなく、あたりまえのようにさっさと予約を入れた。

シータヒーリングという言葉は耳にしたことがあったけれど、
具体的にどんなことをするのかは知らなかった。
それをやっているホメオパスの方も、面識がなかった。
それでもそんなにするっと気持ちが動いたのは・・・・運命?

かもしれない。

そういえばホメオパシーの相談会に初めて小さなガガを連れていったときも、
そんな感じだった。
ほとんど何も知らずに、でも、なんだかよさそうみたいな感じで。
そしたらやっぱりよかった。

だからそういう自分の勘はけっこう信頼している。
理屈じゃないのよね。



わたしが会いにいったシータヒーラーさんは、
森さんという女性だった。
ブログはこちら → http://ameblo.jp/12117443/theme-10077463229.html


普段のわたしだったら、
上記ブログの 「ミラクル」「エンジェル」「ピンク」 という言葉を見ただけで、
行くのをやめていただろう。
わたしのテーストは 「素朴」「無愛想」「そしらぬふり」。
それまで自覚がなかったけど、非常に和テーストな人間なのだ。
上のようきらびやかなカタカナ言葉で 「いいこと」 を率直にアピールされると、
思わずひいてしまう。
でもこのときは、それさえ気にならなかった。

そして実際にお会いした森さんは、
わたしの中の 「ミラクル」「エンジェル」「ピンク」 のイメージとはちがって、
しっとりと落ち着いた空気をまとっている方だった。
押しつけがましさはなく、人の体重をそっくり受けとめる布団のようなやわらかさがあった。
ベッドではなく布団。
それで一気に安心した。

「今、お身体に触れたとき、重病の方とは思えないような熱いエネルギーを感じました」
と最初に言ってくださったので、それも心がほぐれるきっかけになった。
ああ、よかった、まだまだエネルギーは流れているんだ、と思ってほっとした。
そのころの心身の感覚からして、
自分でもたぶんそうだろうとは思っていたけれど、
他人様にそう言ってもらうと、俄然確信を持つから単純なものだ。

セラピストが発するひとことの影響力を痛感した。
勉強、勉強。

さてセッションが始まった。
シータヒーリングとは、
ヒーラーがシータ波になってクライアントの潜在意識を引きだし、
それを解放していく、というようなことらしい。
(わたしはいまだによくわかっていないので、違っていたらすみません、訂正してください)

まずわたしが話しだしたのは、
最近、裁縫をはじめたということだった。

わたしの意識の上では、それはそんなに重要な話ではなく、
さわりのおしゃべりみたいな感じだった。
「それで縫っているときに、ふと思ったんです。あ、わたし今、急いでいないって」
ここまで言ったら、急に涙があふれてきた。

なんでそこで涙が出るのか全然わからなかったけど、
気持ちがいいのでそのまま泣きながら、
問われるままにぼそぼそ話しつづけた。
具体的に何を話し、どんな質問をされたのかということは、
不思議なくらい覚えていないんだけど、
そのときの心地よさは覚えている。
涙も、悲しさや悔しさや切なさの涙というより、
解放の涙という感じだった。
セッションのあいだに何度も新しい涙が流れでてきて、
かなりの水分を放出したのではないかと思う。

セッションが終わるころには身も心も軽くなり、
とても晴れやかな気分だった。
でもそれで終わりではなかった。
最後の最後に森さんが、
「自由にのびのびと」という言葉を口にされたのだ。
どんな文脈でその言葉が出てきたのか、
それも覚えていない。
でも聞いたとたん、その言葉がスットーンとおなかの底に収まった。

そうだ、わたしは自由にのびのびやりたかったんだ。
ずっとそうしたかったんだ。
そうしていいんだ!

そこに行くときは住宅街を通っていったけれど、
帰りは森さんに勧められて、
すぐそばにある多摩川の土手を歩いて帰った。
薄曇りの日にもかかわらず、空は明るく広がっていて、
ところどころにのんきな雲が漂っていた。
川原のグランドでは子どもたちが大声を張りあげ、白球を追っていた。
ときどき微風が自由気ままに吹きすぎて、わたしを祝福してくれた。

自由にのびのびやればいいんだ!

ものすごい解放感だった。

ここまで読んで、え、それだけ? と思った人も多いと思うけれど、
そう、それだけです。
答えはこんなにシンプルだった。

ただ、それまで自由にのびのびできなかったのにはいろいろと理由があったわけで、
その半分ぐらいはすでに解消されたとはいえ、
残りの理由をとっぱらっていくのがこれからの課題なわけだけど、
自分の求めているものがはっきりとわかったので、
もうあまり迷うことはないだろう。

これは昨年8月下旬のできごとだけど、
解放感は今も続いている。
森さん、ほんとにありがとうございました!





これまで、病気を治すということを考えるとき、
わたしがまず考えるのは、原因は何かということだった。
何がいけなかったのか、何がよくなかったのか。

この思考では過去に視線が向いている。
しかも過去の自分の落ち度を探すというネガティブな視線だ。

でも、今わたしはどうしたいのか、これからどうなりたいのか、という視点で考えるのも、
病気から治るにはいい方法だと、このとき思った。
だいたいドツボにはまっているときは、
それがわからないんだけどね。
それがわかったら、もう半分治ったも同然なのだと思う。

だからわたしも半分治った気でいるのだけど、
さあ、あと半分をどうしよう?








Allen Stone - "A Change Is Gonna Come" ♪
by homeopa | 2016-01-16 10:37 | わたしの乳ガン

善玉菌と悪玉菌

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この季節にもみじでもないけど、ずっと現像しわすれていたフィルムから。



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ところで、この世界に存在するさまざまな菌を、善玉とか悪玉とか差別するのは、
菌に対してとても失礼なことだとずっと思っていた。
そういう水戸黄門的な単純な思考パターンは、どうもわたしの複雑な頭にはなじまない。

と思っていたら、フェイスブックでこんな記事を見つけて、
やっぱりね、と思った。

        ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

(以下、吉冨信長さんのFBからコピペ)

2015年12月25日

狩猟採集民の腸内細菌

最後の狩猟採集民と言われているタンザニアに住むハッザ族の、腸内細菌を調べた研究があります(1)。

この研究は、ハッザ族と、近代的な欧米人(イタリア)を対象にそれぞれの腸内細菌を比較したものです。ハッザ族は世界で最も健康な民族と称する学者もいるほど、私たち現代人のような生活習慣病や免疫疾患がほとんどありません。(2)

一般に、健康的な腸内細菌叢は善玉:日和見:悪玉=2:7:1などと言われています。しかし、ハッザ族の腸内細菌叢は私たちの想像を超える独特な特徴がありました。

まずハッザ族は、対照群である欧米人と比べ、とても多様性の高い腸内細菌叢を形成していました。ハッザ族の細菌の22%はいまだ分類すらされていない未知のものであったのです。

この多様な細菌叢にもかかわらず、私たち現代人にはおなじみの善玉菌を代表とするビフィズス菌がほとんど存在していませんでした。腸内細菌学者によるとビフィズス菌は私たち人間の健康を保つのに必要不可欠な細菌であるといわれています。ビフィズス菌は乳児の時に母乳で摂取・曝露することができ、生後の数か月の腸内細菌叢の大きなシェアをほこる菌にもかかわらずです。研究者らは、狩猟採集民にビフィズス菌がないのは、ビフィズス菌は牧畜民や農耕民由来の食品に存在するものではないかと推測しました。

さらに、現代科学の通説ではさまざまな疾患を生み出す原因とされる悪玉菌がハッザ族にとても多く存在していました。クローン病や過敏性腸症候群などの疾患に関係があると言われているトレポネーマ菌や、梅毒・フランベジアを引き起こす細菌などが豊富に存在していました。トレポネーマ菌は病原性の日和見菌です。

そして、何より研究者らを一番驚かせたことは、興味深いことにハッザ族の男性と女性ではそれぞれの腸内細菌叢の組成が違っていました。これは、女性の方が男性よりも多くの植物食品をよく食べているからだと結論付けました(3)。

ハッザ族は意外にも動物性より植物性食品を摂取する量が多かったため、細菌叢はファーミキューテス類のシェアが大きかったようです(4)。

腸内細菌が代謝してできる短鎖脂肪酸の組成においても、欧米人と比べ全く異なるものだったのです。細菌によって生成される脂肪酸は主にプロピオン酸でした。(5)

これらの結果をまとめると、①生活している風土や食性で腸内細菌が変わるため、どういった形成層が良いというのは一概に言うことができない。②一般に悪玉とされている菌を健康体の人が高いレベルで保有していることから、一概に分類することはできない。③狩猟採集民の腸内細菌叢は大きな多様性を持っている。④腸内細菌の多様性を多く持った方が健康体である。

近代人が、狩猟採集民を近代生活の中で完全にコピーすることは不可能ですが、何かのヒントになるかもしれませんね。

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※1 Stephanie L.S et al,2014 Gut microbiome of the Hadza hunter-gatherers
※2 ハッザ族の食事は植物性食品が比較的多く、肉、蜂蜜、バオバブ、果実、塊茎、牧畜民から物々交換したミルクなどを食べています。
※3 女性の方がトレポネーマ菌が多く、男性はユーバクテリウムが多かったのでした。
※4 一般に、植物性食品(繊維質)を多くとるとファーミキューテス類が優勢になり、動物性食品を多くとるとバクテロイデス類が優勢になるといわれています。
※5 これは短鎖脂肪酸です。また、草食動物の腸内で生成される脂肪酸です。

※参照:
http://www.mededge.jp/b/heal/10055
http://www.mededge.jp/b/huap/4712
http://www.nature.com/…/140…/ncomms4654/full/ncomms4654.html
http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/9237
http://kellybroganmd.com/article/origins-microbiome/
http://www.wired.com/…/hadza-hunter-gatherer-gut-microbiome/
など。

(コピペここまで)

        ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※




菌そのものが善いとか悪いとかではなく、
この世に存在する菌はすべて意味のあるものであって、
その菌が存在する状況や他の菌とのバランスによってさまざまな働きをするのだと思う。

ピロリ菌も、O157も、大腸菌も、黄色ブドウ球菌も、連鎖球菌も、ノロウィルスも、真菌も、
あなたも、わたしも、
みんなこの世界に必要なものなのだ。





※腸内細菌のバランスの乱れが、喘息を悪化させるメカニズムを解明
  興味深い研究だけど、その結果から出てきた解決策が、
  結局はある菌を抹殺することであるというのは残念だ。
  ある菌を抹殺すれば、別の菌がのさばり、それを抹殺すればまた別の菌がのさばるというように、
  これではきりがない。
  そもそもバランスが乱れた原因を正していくことしか、解決策はないと思うのだけど。

※脳出血まひ、回復の「道」判明
  傷ついた神経は再生しないといわれていたけれど、
  その説も疑問視されるようになっている。
  たとえ死んだ神経が再生しなくても、
  生きている神経をつかって代わりの回路ができあがるのなら、無限の可能性がある。
  これはもしかしたら精神機能についてもいえるかもしれない。
  脳出血によって記憶力・理解力・計算力などが失われた人も、
  リハビリによって代わりの回路ができあがるかもしれない。
  生物の可能性はほんとに未知だ。

※軽トラの荷台に“家”
  これはいいなあ。
  でもまずは運転免許とらなきゃ。
by homeopa | 2016-01-15 11:10 | 自然のちから

親の背中

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子は親の背中を見て育つというけど、
ほんとだな、と、最近つくづく思った。

父は写真を撮るのが好きで、何か家族の行事のようなことがあれば必ず写真を撮っていた。
大工仕事も好きで、ほぼ毎日、家のどこかをトンカチやっていた。

母は縫い物や編み物が好きで、ほぼ毎日、何かを縫ったり編んだりしていた。
花を飾るのも好きだった。
お医者さんがきらいで、自分は歯医者以外はほとんど行かなかった。
それでもわたしが毎年2回ぐらい扁桃腺を腫らして高熱を出すと医者に連れていき、薬を飲ませ、
熱が下がると、ため息をつきながらつぶやいた。
「薬で下がってるだけなのよね」

わたしが写真を撮りはじめたり、自分で家をつくろうなんて考えはじめたのは、
たぶん父の背中を見ていたからだ。

わたしが子どものころ人形の服をつくったり、
ガンになってから癒しの手段として裁縫に目が向いたのは、
たぶん母の背中を見ていたからだ。
散歩に行くたびに野の花を摘んできたり、
薬で病気は治らないらしいと思うようになったのも、
たぶん母の背中を見ていたからだ。

ただ、これはすべて背中のこと。
父も母も、子どもたちに見られている背中のことはあまり意識していなかったと思う。

でも子どもたちに見せる顔は意識していただろう。
父の顔はよく言っていた。
ちゃんと勉強して、いい大学に入って、いいだんなさんを見つけて結婚しなさい。

母の顔はよく言っていた。
そんなことしなくていいの。危ないことはやめなさい。余計なことはせずに、慎重に安全に生きなさい。


でも子どもは親の顔に反発し、背中のほうに影響された。


自分が親になった今、これはちょっと恐ろしいことだ。
親には自分の背中が見えない。
ガガはわたしのどんな背中を見て育ったのだろう?








※もう防虫剤は使わない!
  へえ~、イチョウの葉がねえ。

※山の上で書店開業
  わたしも・・・?

※マイナンバーの個人カード 申請者はわずか14パーセント

※マイナンバー朗報!最善の対策は何もしないこと

※続・神社の政治的活動
by homeopa | 2016-01-12 21:10 | 人間

急がない

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ガンになってから見つけた癒しの方法のひとつが裁縫。
ふと思いついて押し入れの奥から引っぱりだしてきた山﨑ミシンに感動して以来、
暇さえあれば何か縫っている。

今までの最高傑作はこれ。
ガガの誕生日プレゼントにつくったパジャマ。
袖も襟もボタンホールもあるよ。
パイピングまでした!

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この明るい色と柄がとても気に入って、
髪をダークゴールドに染めているガガに似合うと思って生地を買ってきた。
気に入ってくれるかなあ、と心配だったけど、
とても気に入ってくれた。

おまけで化粧ポーチもつくった。
ガガはいまシロクマがマイブームなので、
さりげなくシロクマの刺繍なんかして。

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でもいつもこんなふうに新しい生地を買ってきて何かをつくるのではなく、
むしろ家にあるものを直したり、リサイクルしたりするほうが多い。
たとえばこのラクダのももひき。

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これは亡くなった父が着ていたもので、
今年の防寒グッズのエースにしようと思って実家からもらってきた。
そのままだと腰のあたりがぶかぶかで股上も深すぎてモコモコしてしまうので、
横幅を少しつめて、股上も切って、新たにゴムを入れるところをつくった。
あったかい! (でも今年は気温もあったかい・・・・)

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こういう作業をしているときに、ふと思った。
「急いでいない」

早く仕上げなきゃとか、まったく思っていない。
失敗して縫い目をほどくときでさえ、
一針一針、ゆっくり楽しんでほどいている。
ちょっと複雑な行程でも、ひとつずつ、ひとつずつ、集中してやっている。
作業そのものに心が向いている。
心がここにある。

こんな気持ち、何十年ぶりだろうと思った。
子どものころバービー人形の服をチクチク手縫いしているときや、
クレヨンで無心に絵を描いていたとき、
こんな気分だった。
なつかしい、なつかしい、この気持ち。

気がつけば、この数十年間、ずっと急いでいた。
何かをしていても、次は何かをしなければ、何時までに終わらせなければと、
いつも気持ちは少し先にあった。

何をそんなに急いでいたのだろう?
たしかにやらなければならないことはたくさんあったけれど、
その瞬間に気持ちを向けるときと、
少し先に気持ちを向けるときで、
そんなに作業効率はちがうものだろうか?

たしかにちがう。
裁縫をしているときの時間感覚が心地よいので、ほかのこともあまり急がなくなって、
そしたら家の床にはほこりや髪の毛がたまりがちになり、
その日に乾いた洗濯物が翌日になってもそこいらに積んであることが多くなった。
仕事関係の事務作業もたまりがち。
でも今のところ、それで何か重大な支障が生じたことはないし、
前ほどたくさんのことができなくなって時間が希薄になったという感じもしない。

むしろ毎日の中身が濃くなっている。
電車で通りすぎていた道を、足で歩いたときみたいな気分。
この数十年間、こんなにたくさんのものを見すごし、聞きそこない、感じそこなってきたんだと思った。
あ~あ、損した!

あんなに急いで節約した時間は、
いったいどこに行ったのだろう?
何かで時間を節約した分、何かにたっぷり時間をかけただろうか?
いや、効率よくぱっぱと何かを済ませると、かならず次の課題が待っているから、それもぱっぱと済ませ、また次の課題をぱっぱと済ませ、また次の課題をという感じで、なぜか時間の余裕は永遠にめぐってこなかった。

そしてぱっぱとたくさんのことをこなした割に、
充実感がなかった。
こなしているひとつひとつの事柄をじっくり味わうことがなかったから。
驚きと喜びと感動にあふれているはずの子育てでさえ、
思い出せば淡いまぼろしのようだ。
急いで食べるごはんは、味がしない。

急ぐのをやめるとこんなに時間がたっぷりあるんだ、と知ってからは、
何をするにも急がない、というのを鉄則にした。
古いクセはすぐ顔をもたげるけど、
そのたびに 「急がない、急がない」 と自分に言い聞かせている。

心ここにあらず、という言葉がある。
今までのわたしはそんな感じだった。
そしていま発見した。
幸せなとき、心はここにあるんだ。



でもわたしもいちおう社会人なので、
何時までにどこそこに行かなければならないとか、
そういう社会との約束事には従わなければならない。
だからもったりもったりその瞬間を味わいながら何かをしていて、
はっと時計をみると、あと10分で家を出なければならない! なんてことになって、
バタバタバタバタと大急ぎで支度をして小走りに家を出る、なんてことも増えた。

何やってるんだか・・・・






Perotá Chingó - Álbum 2013 ♪

by homeopa | 2016-01-06 22:53 | わたしの乳ガン

fujimaki kun

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昨日の朝、布団の中でうとうとしながら考えていた。
藤巻くんのこと、ググってみようと。

藤巻くんは高校の同窓生で、サッカーが大好きな人だった。
3年生になってみんなが部活をやめて受験勉強に専念するころになっても、
いつも放課後はグラウンドに出ていた。
わたしは一度も同じクラスになったことがないし、
直接話したこともなかったけど、
サッカーがあんなに好きなんだな、すごいな、と感心して見ていた。
そして翌年の2月、藤巻くんが東大に受かったと聞いた。
ますますすごいなと思った。

その藤巻君のことがネットで取りあげられていたのを、
つい最近、見たんだと思う。
今も横浜のどこかのサッカーチームで活躍していて、
そのチームは弱小チームなんだけど、
他の優秀な選手がみんなスカウトされて別のメジャーなチームに移っていったのに、
藤巻君だけはそういう誘いに乗らず、そのチームに残りつづけているというはなしだった。
お金や出世のためにサッカーをしているんじゃないんだって。
ただサッカーが好きで、最初に入ったチームが好きだからそこで続けているんだって。
ますますすごいなと思った。

それで朝の散歩を終えてまず最初に、
「サッカー 藤巻」 でググってみたけど、
それらしい記事が出てこない。
そこでやっと気づいた。
今も同じチームで活躍しているとか書いてあったけど、わたしと同窓生ならもう61歳だ。
ありえない。
つまり・・・・あの記事を読んだこと自体が夢だった・・・・

なんだか狐につままれた気分だった。
藤巻くんというのは実在の人物で、たしかに高校の同窓生だ。
サッカーが大好きで、勉強している気配もなかったのに東大に入ったのも事実。
でも親しかったわけではないし、わたしの人生に何かの意味をもっている人でもない。
高校のときにもっと親しくしていた人たちの名前さえほとんど忘れているのに、
なんでいきなり藤巻くん?

わけがわからないけど、
これが今年の初夢らしい。



はなし変わって、
年末に、「今年を漢字一文字で表すとしたら、どの漢字?」 とガガに聞かれて考えた。
生きるうれしさをじっくり味わった年だった。
そういうことを表す漢字はなんだろう・・・・
そしたらガガが、「愉はどう?」 と言った。

いいね、

じゃ、来年はどんな年にしたいかときかれて、と答えた。

ガガの場合、昨年は (生活も学業も恋愛も)、
来年は (自分の目標に向けて具体的に動くこと) にしたいそうだ。








La Familia de Ukeleles - La Familia de Ukeleles ♪








※TPP協定の 「医薬品」 と 「ISD条項」 を翻訳発表!
  太郎さん、あいかわらずいい仕事しています。
  これはほんとは政府がやることだろうに、頑としてやらない。
  
by homeopa | 2016-01-03 10:12 | おもしろいこと

今年もよろしくお願いいたします

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2013年に日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見を立ち上げたのをきっかけに、
2014年、2015年と、2年続けて年賀状を書いた。
何十年ぶりのことだった。

でも慣れないことを2回も続けてやると、
少し息切れがする。
今年は年賀状、サボるかな、とか思っていたときに母が死にそうになったので、
これはサボるのにいい口実になるかもしれないと思っていたら、
そのとおりになった。

その点でも母には感謝しなければならない。

それにしても、年度によって顧客への年賀状をサボる事業主。
「こんな事業主、ほかにいるかね?」 とガガにきいたら、
「あんまりいないだろうね。でもそういう事業、ちょっと魅力的だよ」 と言ってくれたので、
気をよくして、これでよしとした。
そんなふうに思ってくれる人がほかにいるとは思わないけど・・・




そんなわけで今年は喪中のため (喪中でなかったとしても)、年賀状をお出しせずに失礼いたしますが、
昨年同様、日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見をお引き立てのほど、
よろしくお願いいたします。
そしてこのブログもときどきのぞいてやってください。

みなさまにとって、喜びと笑いの多い一年となりますように ♪







で、わたしの一年はというと、
おみくじによれば、満月になるそうだ。

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初めは欠けているけど、
そのうち満月になって、その光が家に満ちあふれる。
すべてが新しく始まるとき。
でも急いではいけない。
短気をつつしみ、おてんとさまを信頼して気長に待てばいい。
病気は長引くが、まだ死にそうではない。
うん、なかなかいい。


これはときどき散歩のときに寄る地元の神社のおみくじ。
まだ死なないというので安心したけど、
おみくじに、今年は死にます、とは書かないだろうから、
この部分はあいまいに受けとっておこう・・・・
あ、いや、ちがう。
一昨年、ガガがこの神社のおみくじを引いたとき、
「命あやうし」 と出た。
だからかなり率直なおみくじなんだと思う。
ああ、よかった。
でもガガは死ななかったけど・・・・
by homeopa | 2016-01-01 17:22 | 日々の暮らし