pimboke6

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haha

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母が死んだ。
1月21日で90歳になるはずだった。
昨日会いにいったときに呼吸がだいぶ苦しそうで、
冷たい手足をいくらマッサージしても温かくならなかったので、
そろそろかなと思っていたら、
今日の午後、息絶えた。
姉と妹によれば、呼吸がだんだん弱くなっていつの間にか止まっていたという穏やかな死だったそうだ。
よかった、よかった。

それにしてもよく生きたもんだ。
施設に入ってから3回ぐらい、今度こそだめだろうと思われる危機があったが、
そのたびに 「な~んちゃって!」 という感じで復活し、
さらに今回、11月初めに気管支炎になって入院したあと、
飲まず食わずになってからも、
生理食塩水の点滴を受けながら今日まで2ヶ月近く生きのびた。

若いころは肺結核になったし、
母親になってからも、あまり体力が無くて、いつもなんとなく疲れ気味だった。
だから虚弱という印象があったのだけど、
あの虚弱ぶりも 「な~んちゃって!」 だったんだろうか?

頭がしっかりしていたころの母はとてもきちょうめんで、
家の中はいつもちりひとつなく、
家計簿は毎日きちんと記録され、
玄関にはたいてい得意の生け花か飾ってあった。
心配症で神経質で、
子どもたちが事故や病気や不幸にあわないようにと、あれこれいちいち制限した。

ところが呆けて何もできなくなってからは、
こんな笑顔をどこに隠していたのかと思うような笑顔でみんなを魅了した。
あの気むずかしかった母が、施設のスタッフの人たちに 「キクエさん、キクエさん」 と親しまれ、
ツボにはまると、ほんとに無邪気な顔で笑うのだ。
わたしもあの笑顔にどれほど癒されたことか。
何もできなくなってからの母は、
何でもできたころの母より、周りの人たちを幸せにした。

呆ける前の、あの神経質できちょうめんでしっかり者の母も、
「な~んちゃって!」 だったのかもしれない。

その母が、いつごろからか眉間にしわを寄せたり、
う~う~、あ~あ~と声を上げるようになった。
もう自分で箸を使えなくなって、飲み込む力も衰えてきて、
マッシュした柔らかい食べ物をスプーンで食べさせてもらうようになってからではないかな。
「おなか空いた?」 ときいても、
「いや」 と答えることがよくあった。
あのころから、もうあまり食べたくなくなっていたんじゃないかな。
それを無理に食べさせられてうんざりしていたのかもしれない。

今回の入院のあいだ、
口から食べ物をとらずに点滴だけで過ごしていたら嚥下能力がなくなり、
施設に戻ってからも、無理に何かを食べさせられることがなくなった。
そしたら眉間のしわが減り、苦しそうな声を上げることも減った。

死に顔にも眉間のしわがなかった。
つるんとして、ほんとに仏さまみたいだった。
でも両手で頬を包んだら、すごく冷たかった。
ずっと温めていたらぱっと目をあけて、「な~んちゃって!」 とか言わないかな、と思った。
ここ数ヶ月会いに行くたびにやっていたように、思わず足をさすった。
ずっとさすっていたら、むくっと起きあがって、「な~んちゃって!」 とか言わないかなと思った。

何はともあれ、お母さん、お疲れさまでした。
そしてありがとう。
今度はどんな姿で生まれてくるのかな?
どんな姿で、だれになって生まれてきても、
その笑顔と 「な~んちゃって」 精神はもってきてね。


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(関連記事 → useless







hikokigumo by jun shibata ♪
by homeopa | 2015-12-29 23:48 | 人間

a little idea

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「みんながやっていることを自分もやらなければならないわけではないってことを、
 ときどき思いださないとね」
               ---- オーストラリアのフリーマントルという街で見つけた看板








(ここから先は、乳ガンに興味のない方には面白くもなんともない記事なので、そういう方はパスしてください)

おっぱいの腫瘍からじゅくじゅくと染みだす汁を吸収するのに、
以前はガーゼを使っていた。
ガーゼを折りたたんで胸にあてて、
その上をハンカチで覆って (ガーゼより目のつんだハンカチはブラに汁が染みるのをふせいでくれる)、
その上からブラで固定するというやり方。

花粉症の時期に鼻をかむためにたくさんそろえたハンカチが、
まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

でも・・・・
来年の花粉の時期になったら、
おっぱいと鼻の両方の需要をまかなうほどたくさんのハンカチはない。
そこでふと思いついて実家の母の引出しを開けてみたら、
あった、あった、ハンカチがたくさんあった。
それも今どきのタオルハンカチではなく、
わたしが求めていた普通の布のハンカチが。
ブランドものなんかもけっこうある。

鼻をかんだハンカチを毎日洗濯するという経験からわかったことだが、
ブランドもののハンカチは、だてにブランド名が付いているわけでない。
何度洗ってもしっかりしている。
そして肌触りもいい。
アーノルド・パーマ-さんも、ミチコ・ロンドンさんも、
自分のデザインしたハンカチがこんな用途に使われると知ったら、
涙を流して喜ぶだろうな。

それより何より、お母さん、ありがとう、と心から思った。
げんきんな子。

ただ分泌物の量が増えるにつれて、
ガーゼには不便を感じはじめた。
ガーゼは薄いから何枚も重ねなければならない。
しかも使い捨てだ。
10メートルとかまとめて買ってもすぐになくなってしまう。
お財布も痛い。

そこで思いついたのが晒しの布。
これをまとめて買い、好きな長さに切って、
端っこをちょこっと折ってジグザグミシンをかければできあがり。

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これを折りたたんで胸にあててて、外側をハンカチでカバーして、ブラで押さえる。
ガーゼはガーゼでよかったけれど、
晒しの布はもっと頼もしい安心感がある。
どんどん吸いとるよ~、どんどん出して~、って言われているみたいな。

汚れた布は洗って乾かし、また使う。
使い捨てではないので、ふところにも安心感がある。

このころまで、夜もガーゼとハンカチをあててブラをして寝ていたのだけど、
それがとても窮屈に感じられるようになってきた。
それで試しにタオルを胸に巻いて寝てみたんだけど、
朝起きたらタオルがぐっしょり濡れてパジャマにも染みていた。

そこで思いついたのが、手ぬぐいにポケットをつけて、
そこに晒しの布を折りたたんだものを入れて、
その部分を腫瘍にあてて寝るという方法だった。
下がそれを装着したところ。
向かって右側が腫瘍のある胸 →   
(ずいぶん大きく見えるけど、これは大きなポケットに布を分厚く入れてあるせい)
そして手ぬぐいの左側の上端と下端を安全ピンでとめてある。
ホックも付けてみたけど、寝返りなどしたときにプチッとはずれてしまうので、安全ピンになった。

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これは画期的な大発明だった!
手ぬぐいの肌触りが気持ちいいし、
締め付け感がないし、
通気性があるし、
晒しの布を折りたたんだものを厚く重ねてポケットに入れているので、
簡単には漏れないという安心感がある。

以来、うちのベランダは毎日こんな感じ。
いちばん手前に干してあるのが、ポケット付きの手ぬぐい。

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衛生面では、晴天の日はこうやって日光消毒をするし、
日が当たらない日でも、乾いた布を高温のアイロンで消毒するので、
まあいいんじゃないかと思っている。
でもじゅくじゅくの汁はかなり臭くなっているので、
患部にはいろいろな菌がそれなりにぬくぬくと育っているのだろう。
でも熱湯消毒までするほどのこまめさはないので、
これでよしとしよう。
もう何ヶ月もこのやり方でやってきて、とりあえず命に別状はないみたいだし。

ガガが赤ちゃんのときも、毎日こんな感じでおむつを干していたなあ。
あのときはやたらに大変だと思っていたけど、
自分のこととなると、意外と平気。
ほんと母性愛に欠け、自己愛にあふれるわたし。

それにこういう作業を毎日行うことで、
ゆっくりじっくり日々を味わおうと思いつつもつい急いでしまう心に、
ブレーキをかけることができる。

それと、そうそう、こうやって晒しの布と毎日つきあっていて、
生理用の布ナプキンにも使えそうだなと思った。
1枚の布なので洗いやすいし、
折り方や枚数を変えることで、経血の量の変化にも対応できる。
軽い日の昼用とか、重い日の夜用とか、自由自在。
何度も使ってくたびれたら雑巾にもできるし。
これは大発見! と興奮したけれど、
わたしはとっくの昔にそういうものは必要なくなっていたんだった。


でもやっぱり、人生は工夫だ。






The Importance Of Being Idle by Oasis ♪








※子どもの「手づかみ食べ」はなぜ良いのか?

※なぜ弱者を抹殺してはいけないのか?
by homeopa | 2015-12-26 10:14 | わたしの乳ガン

アーシング or グラウンディング (2)

↓ これじゃ何だかわからないと思うけど、撮り手が興奮していることだけは伝わると思う。
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イルカも魚も、毎日アーシング三昧。
きっと病気なんかしないんだろうな。
死ぬのは大きな魚に食べられるときか、寿命が来たとき。
あるいは海の汚染にやられたとき。




さて、やっとアーシングについてまとめることができたので、
無愛想な箇条書きでここに載せておきます。

参考図書は前にもあげたこの2冊。
『不調を癒す《地球大地の未解明》パワー アーシング』
『活性酸素の話―病気や老化とどうかかわるか 』


◆アーシングの目的


 (1) 身体にたまった余分な電気を放出する。

   身体にどれほど電気がたまっているかを測定した実験はこちらの動画を参照
              → http://homeopa.exblog.jp/25069346/
   現代の生活では人は電気の影響を受ける。
   もっとも厄介なのが壁の裏側に張りめぐらされた電気配線。
   電化製品のスイッチが入っていなくても、配線から発せられる電気が身体に影響を与える。
    

 (2) 地面から電子を取りこむ。

   落雷や雨によって、地面には絶えず電子が供給されている。
   それと反対に、現代人の身体はたいてい電子が欠乏している。
   水が高いところから低いところに流れるように、
   電子は多いところから少ないところに流れる。
   
   (1)と(2)の両方によって人体を正常な電気状態に戻すのがアーシングの目的である。


◆アーシングの方法


 (1) 素肌で地面に触れる。

   とくに足の裏の湧泉のつぼ。
   とくに海水に触れるといい(金属が豊富。水と金属はどちらも電気をよく通す)。
   とくに湿った地面(水は電気をよく通す)。
   靴をはくと電気の流れが遮断されるが、
   導電性のアーシングサンダルやアーシングシューズが開発されている。

 (2) 身体と地面をアース線でつなぐ。

   アーシングマット、アーシングシーツ、アーシングリストバンドなどを身体に接触させ、
   そこからアース線を引いて、
   アース線の先にアース棒を取りつけ、地面に突きさす、
   あるいは、アース線をコンセントのアースポイントにつなぐ。


◆電気を通しやすい物質と、通しにくい物質


  伝導体--- 土・セメント(とくに湿っているもの)・水・金属(ミネラル)・大理石
         わら・草・革・人体・銅線 etc.
         (伝導体の中では、電子は互いに接触することなく高速で原子間を動きまわり、自由に流れる)
  半導体--- (ここはよく調べていないの。あしからず)
  絶縁体--- プラスチック・木材・ゴム・ガラス・タイル・リノリウム・アスファルト etc.
         (生きている樹木は伝導体だが樹皮が乾いているとそこで絶縁される。
          しかし葉っぱに触れるとアーシングになる)
          (絶縁体の中では電子は互いにしっかりくっついているので電気が流れない)


◆なぜ電子が必要なのか

 ・酸化について

   物質Aから物質Bに電子が移動したとき、
   AはBによって酸化され、BはAによって還元されたという。
   酸化と還元はつねに同時に起こる。


 ・体内では常に酸化・還元反応が起こっている。

   人体は細胞のミトコンドリア内でブドウ糖を酸素をつかって燃やし (酸化し)、エネルギーを得る。
   ブドウ糖から酸素に電子が移動するわけだ。
   その電子の流れによってエネルギーが生まれる。
   上のエネルギー代謝の過程で酵素がはたらく。
   酵素がはたらくときにも、電子が移動する。

       ※酵素のはたらき--- 細胞内で食物からエネルギーを取りだす。
                     体の成分を合成する。
                     不要なものを排出する。

   
 
 つまり生体のはたらきにはかならず電子の移動が伴うということだ。
 だから電子が足りないと困る。



◆活性酸素の問題

  ・フリーラジカルについて

    フリーラジカルとは、不対電子をもつ電子または分子のこと。
    ちなみに酸素もフリーラジカル。
    不対電子とは、パートナーのいない電子のこと。
    (わたしみたいなもんだ)

    原子または分子の中で、電子はたいていカップルになって存在するが、
    なかにはパートナーのいない電子をもつ原子または分子もある。
    このような電子はパートナーになってくれる電子に飢えている。
    (わたしはべつに男に飢えてはいないつもりだが、
     3日前、松山ケンイチくんが耳元で 「好きだよ」 とささやいてくれる夢を見た。
     すっごく幸せだった。やっぱりわたしもフリーラジカルなんだろうか)

    フリーラジカルは独身男性を見つけると、じゃない、ほかの不対電子を見つけると、
    すぐにそれをとっつかまえて自分のものにする (つまり酸化力が強い)。
    電子を得たフリーラジカルは酸化力を失って無害になるか消滅する。
    だから電子が十分にあればフリーラジカルを無力化することができる。
    (松山ケンイチくんがうちにいたら、ほかの男なんてどうでもよくなって、死んでもいいと思うもん)

    活性酸素もフリーラジカルの一種である (フリーラジカルでない活性酸素もあるが)。


  ・活性酸素について

    活性酸素は「水や酸素から生成し、酸素そのものよりも活性の強い分子種」。

    ミトコンドリア内でのエネルギー生産の場面では、
    かならず活性酸素が発生する (自然の過程。必然的な過程)。
    
    活性酸素はほかにもさまざまな条件のもとで発生し、
    身体に侵入した細菌を攻撃したり、炎症を起こして傷を治すなどの機能をになっている。
    要するに活性酸素にも大事な役目があるということだ。

    しかし過剰につくりだされた活性酸素は、
    生体成分 (細胞膜・たんぱく質・核酸 etc) をも酸化してダメージを与えたり、
    慢性の炎症状態をつくりだす。

    人体は活性酸素を消す酵素をつくることができるし、
    自然界にはビタミン A・C・E などの抗酸化剤も存在するが、
    活性酸素が多量に生まれると、それでは追いつかなくなる。
    こういう状態を酸化的ストレス状態という。

    酸化的ストレス状態(電子欠乏状態)=老化や病気の状態
    還元状態=正常な健康状態

    「酸素という強い酸化力をもつものを利用して地球上で生きている生物の宿命として、常時強い酸化的
     ストレスがかかるのはどうしても避けられないし、このストレスに打ち勝つほどの抗酸化力を常時
     維持することは決して容易ではないのです」

  酸化的ストレス状態にある身体に、電子をたっぷりとりこむことによって、
  フリーラジカル (活性酸素も) を無力化する、あるいは消滅させることができる。
      

◆酸化を促進するもの (活性酸素を多量に生じさせるもの)
 
  (外因性)
  炎症。精神的ストレス。
  環境汚染。放射線。日光。
  医薬。人工ホルモン。
  発ガン物質。たばこ。アルコール。
  食物。栄養。

  (内因性のもの)
  エネルギー代謝。白血球による殺菌作用。酵素反応。


◆アーシングの効果

  実験によって確かめられたもの。

  ・コルチゾール (ストレスホルモン) の分泌が正常化する。
   
     正常な状態では AM8:00 に分泌量がピークに達し、PM12:00に最低になる。
     心配・恐怖・不安 → コルチゾール分泌 → 交感神経が優位 → 闘争・闘争反応。
     コルチゾールの分泌が正常化すれば、自律神経のバランスも整う。

  ・メラトニンの分泌量が上がる。

     メラトニンは睡眠を調整し、体内リズムを調整する。
     強力な抗酸化物質でもある。

  ・脳の活動すべての周波数が全般的に減少する。とくに左脳。
   つまり思考による脳の疲れがやわらぐ。

  ・緊張ぎみの人の肩筋肉の緊張がやわらぎ、
   緊張がない人の筋肉の緊張度が増す。
   つまり筋肉の緊張度を正常に整える。

  ・血清中のミネラル濃度が全般的に著しくよくなる。

  ・赤血球の凝血が少なくなり、血液がさらさらになる。

     赤血球の表面の負電荷が強いほど、血球はたがいに退けあうので、血液はさらさらになる。
     血球表面の負電荷 (ゼータ電位) を測定したところ、
     アーシング後には平均270パーセントも改善した。



◆アーシングによる治癒の体験談


  『不調を癒す《地球大地の未解明》パワー アーシング』には豊富な例があげられている。
  そのなかでとくに多いのは、
  睡眠が改善した、炎症による痛みが改善または消失した、、傷が早く治った、というもの。

  それ以外では、次のような症状が改善または完治している。
  慢性関節リウマチ、多発性硬化症、環状肉芽腫、尿失禁、花粉症、認知症、高血圧、心臓病、円錐角膜、
  グルテンアレルギー、過敏性腸症候群、全身性エリテマトーデス、不眠症、鬱病、ハンチントン病、
  更年期のほてり、月経前症候群、慢性不安、筋萎縮性側索硬化症、椎間板ヘルニアの痛み、自閉症、
  変形性腰椎症、ヴェーチェット病、無呼吸症候群、シェーグレン症候群etc.

  挙げていけばきりがない。
  
  でもなぜか、酸化が大きな要因のひとつとなっているガンの改善例や治癒例は載っていない。
  ガンには効果がないのかな。あってもよさそうだけど・・・・





  何はともあれ、松山ケンイチくんの笑いとユーモアを含んだ優しいあの目が忘れられない。
  「だめなやつだけど、でもかわいいね」 とでも言っているような目。
  それで気づいたけど、わたしは 「だめなやつだけど、かわいくてたまらない」 と男性に思われるほうが、
  本当は心地よいのかもしれない。
  実際かなりおっちょこちょいで、間が抜けていて、どんくさいのに、
  なぜかこれまで、しっかり者の姉さん女房的な役を演じてきてしまった。
  そういうことをするから病気になるのかもしれない。
  でも松山ケンイチくんのあの優しい目の前では、自分を演じなくてもすむような気がする。
  ああ、松山ケンイチくんと出会いたかった!

  
        

    
※マイナンバー通知カード受け取り拒否運動
  うちも留守中に届いて不在連絡票が入っていたけど、放ってある。
  だから来年2月の申告は、ナンバー入れずに出す。
  なんで貯金の額やら病気の治療やら予防接種歴まで政府に知られなければならなんの。

※平和展は公民館を借りられない
  平和を願うのは、政治的思想になるんだ?!

※1億総活躍会議に入った菊池桃子が真っ当すぎる!
  まっとうだわ。
  苦労しているだけある。
  関連してこちらの記事も → http://lite-ra.com/2015/12/post-1793.html
by homeopa | 2015-12-20 19:28 | 自然のちから

水先案内人

(オーストラリアの夕日。残念ながらグリーンライトは見られなかった)
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日本は今年は晴天が少なかったような気がするけど、
実際はどうなんだろう?
気象庁のデータを見てみると → http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/mdrr/tenkou/alltable/sun00.html
少なくともここ3ヶ月の平年比では、そうでもないらしい。


晴れの日が少ないようにわたしが感じるのは、
ある時期から陽光の心地よさとパワーを痛感して、
毎朝お日さまに会えるのを期待するようになったせいかもしれない。


今年の7月だった。
朝起きてトイレに行こうとしたときに、
キッチンの窓から朝日が斜めに差しこんでいるのに気づいた。
その窓からそんなふうに朝日が差しこむのは、それまで見たことがなかった。
その光があまりにも澄んでいて美しいので、
しばらく窓から外を見ていたら、ふと寝間着のTシャツを脱ぎたくなって、
ついでにブラもはずして (腫瘍から分泌物が出るのでこのころは寝るときもブラをしてガーゼをあてていた)、
おっぱいを日にさらした。

なんとも言えない解放感とぬくもりと安堵感。
しばらくそうやって立っていて、ふと腫瘍を見たら、
きらきら輝いていた。
ああ、わたしの腫瘍が悦んでいる、と思った。

そう、わたしの腫瘍。
これはわたし自身。
と、そのとき初めて思った。

それまでは、症状はありがたいと頭で思っていても、
腫瘍にちょっと不気味なものを感じていた。
わたしに対してどんな危害を加えてくるかわからない得体の知れないなモンスターみたいな感じで。
おまけにわたしはそのモンスターを恥ずかしいとも思っていた。
ホメオパシーの有効性を身をもって示さなければならないはずのホメオパスがこんなものつくっちゃって、と。

でも朝の光を浴びて笑っている腫瘍は子どものように無邪気で、
妙にすがすがしく見えた。
恥とか恐れとかエゴを素通りさせてしまうような、
ノーテンキな普通さがあった。

これはわたし。
わたしの人生。
わたしの作品。
わたしそのもの。

善くも悪くもないわたしの人生。
正解でも間違いでもないわたしの人生。
善くも悪くもないわたし。
正しくも間違ってもいないわたし。
だけど人間だから、ときには無理をしたり自分をゆがめなければならないこともある。
それが続くと苦しくなって、命のちからが萎える。
そういうことの結果がこの腫瘍。
これを恥じる必要もないし、
これをつくった自分を責める必要もない。
わたしはわたしなりに、ときどきふざけながら、ときどきまじめに生きてきた。
それでこの腫瘍ができたのなら、
どこかに不自然さや無理があったのだろう。
だから方向転換すればいい。
たったそれだけのことをこの腫瘍は体現しているんだと思った。

これも、分け隔てなくすべてを照らす陽光パワーのおかげだろう。
すべてを肯定して抱擁する大きな光のパワー。

「病気と闘う」 「病気に打ち勝つ」 「病気を克服する」 「病気を乗り越える」
以前からこういう言葉に違和感を感じていたけど、
このとき確信をもって、そういう考え方は本質からずれている、と思った。

むしろ、病気 (症状) には敬意をもって従うべきだろう。
病気は水先案内人みたいなものだ。
どっちのほうに方向転換したらいいのか教えてくれる・・・はず。
わたしがわたしに教えてくれるんだ。

そんなふうに思えるほど、
腫瘍は泰然自若として涼しげに輝いていた。

これが二回目の大きな発見。
腫瘍はわたしであり、わたしの頼もしい案内人だった。
でもこの時点ではまだ、どちらの方角に進むのがいいのか、はっきりとはわかっていなかった・・・


それでもとにかくお日さまに当たるのがあまりに心地よかったので、
この日以来、毎朝おっぱいと眉間を日に当てた。
(ちょうど夏休みでガガが家に帰ってきていたので、いつ起きてきて、ガンを目撃するかとドキドキしながら。
 秘密はかくも人を窮屈にする)
ヨガも全裸でするようになり、
それもまた気持ちがよくて、
快感と感動の毎日が続くかと思いきや、
そのあと曇天や雨の日がけっこう多くなって、
気がついたら秋になり、
キッチンの窓から朝日は差しこまなくなり、
すっぱだかでヨガをやるには寒くなってしまった。

でももうモンスターにおびえることはなくなった。
たまに痛みが出ると、痛みにおびえることはあるけれど。







※安保徹講演(2013.06.09星陵会館)
  「身体の正常な反応を、現代医学は身体の失敗と考える」
  長いけどとてもいいはなしです。
  お時間のあるときにぜひ最後まで聴いてみてください。






  
  
by homeopa | 2015-12-15 09:53 | わたしの乳ガン

kuki & gaga

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上はガガと愛犬のkuki。
オーストラリアの家の居間のソファーに並んで寝そべっているところ。

kuki は、ガガが高校に入るために日本を離れてオーストラリアに住みはじめたとき、
寂しくないようにと、父方のおじいちゃん・おばあちゃんがどこかからもらってきてくれた犬。
ガガにとっては宝物だけど、
結局日本に帰らざるをえなかったので、泣く泣く向こうに置いてきた。

以来、オーストラリアに行くたびにみっちりかわいがっているけれど、
別れるとき、つらすぎていつもバイバイが言えないんだそうだ。

今回の旅行の前にも、そんなことを話していて、
話しているうちにガガの目から大粒の涙がぽろぽろこぼれた。
これから会うっていうのに、もう別れるときのことを考えて泣いている。
我が子ながらかわいいやつだと思った。






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わたしは kuki とは今回が初対面だったけど、
こういう不細工なアホ面の犬なので、
しかも動きがとろいので、
ものすごい親近感と安心感をおぼえてすんなり仲よくなれた。
仲よくなったといっても、わたしがお腹をなでてやって、kuki が顔をなめてくれるという、
非常に単調な関係だけど。

kuki は庭で放し飼いにされていて、
暇なときは、というより、暇なときしかないんだけど、
たいてい芝生の上にごろんと横になっている。
一日中アーシングしているわけだ。
こんな顔をしているのもなんとなくうなずける。

東京のマンションで飼われている犬はかわいそうだな。
人間がマンションに住むのは人間の意志だけど、
犬は自分でそれを選んだわけじゃないし。
あ、でも少なくとも散歩に出たときは、犬は肉球で地面に触れることができる。
人間は靴を履いているので散歩に出ても地面に触れられない。
人間もかわいそうだ。





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上はビーチでアーシングする kuki (ピンボケでなんだかわからないと思うけど)。
年寄りなのですぐ疲れちゃって、もう帰ろうよモードになった。
ガガがあっちに住んでいたころは、散歩に出ると kuki が帰りたがらなくて大変だったそうだ。
海水の中でのアーシングが気持ちよすぎたのだろう。




と、すべてをアーシングにこじつけたところで、
アーシングの話題。

『不調を癒す《地球大地の未解明》パワー アーシング』
『活性酸素の話―病気や老化とどうかかわるか 』

上の本を読んで理解できたところだけまとめようと思ったけど、
ちょっと大変そうなので、それはまた次回。
あるいは次回の次回。

最近、こういうことがサクサクできないの。
すべてのんびりもったり。

その言い訳として、こんな引用。

  ユングはサハラへと旅して、アラブの文化に触れる。彼はアラブ人たちの時間を超越したような生き方に
  接して、ヨーロッパ人の 「時計」 に縛られた生き方へと想いをめぐらせる。「時計がヨーロッパ人に告げて
  いることは、いわゆる中世以来、時間とその同義語である進歩がヨーロッパ人に忍びよって、ヨーロッパ
  人から取り返すことのできないものを奪い去ったということである。軽くした荷物をもって、ヨーロッパ人は
  ますます加速度を早めながらはっきりしない目標へ向かって彷徨の旅を続けている。重心の喪失と、それ
  に相応して生じた不安全感をヨーロッパ人は、たとえば蒸気船、鉄道、飛行機、ロケットのような、彼らの
  勝利の幻想によって補った」 と彼は 『自伝』 に述べている。
                                            ---- 河合隼雄著 『ユングの生涯』








Men of Snow by Ingrid Michaelson ♪
by homeopa | 2015-12-13 22:04 | 自然のちから

memorial goods

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上の鳥かごは、元夫のおかあさんがご友人にもらったものだそうで、
それにライトをつけて中に何か飾ろうとガガに持ちかけてきた。
ガガはうれしそうにライトを巻きつけ、そして中に何を入れようかと考えて、
この脚を入れた。

この脚は、20年くらい前にわたしがあの家に滞在したとき、
毎晩、庭のテラスの椅子にひとりですわって、ナイフで彫った脚。
「何つくってるの?」 ときかれても、
「さあ~」 とか答えて、
いざできあがったときに見せたら、けっこうウケた。

今回、日本からあの家に着いたとき、
おかあさんが取りだしてきて、「これ覚えてる?」 ときいた。
すっかり忘れていたのでびっくりした。
ガガは見たことがなかったので、大笑い。「なにそれ?!」

「なんで脚なの?」 とあのときも今回もきかれたけど、わからない。
彫っているうちに脚になったのかもしれない。
わたしのすることだから、深い意味なんてなかったんだろう。

そんなつまらないものをとっておいてくれたことが、
とてもうれしかった。
わたしなら捨てているだろうな。
思い出の品ってものにあまり感受性がない人間だから。

元夫のお母さんはわたしとちがって愛情あふれる人だから、
そういう家族の思い出の品をみんなとってあるみたい。
家が広いのもひとつの理由ではあるけれど。



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これはやはりだいぶ昔にわたしが書いたラタトゥイユのレシピ。
最初につくったときに好評で、ぜひレシピを書いていってくれと言われて調子に乗って書いたもの。
こんな紙切れまでとっておいてくれたことがうれしかった。
これは絶対に家の広さとは関係ない。


その愛情深いお母さんが、
食料の買い出しに行くわたしを車に乗せてくれたときにこんなことを言った。
「そんなふうに皮膚を破って出てくる乳ガンはめずらしいんでしょ?」
「え、そうなの?」
「ちょっと調べたら、そう書いてあったわよ」
「ええ、知らなかった~」

その会話はそれで終わったのだけど、
気になっていたので日本に帰ってからググってみた。
でもそういうことを書いた医学的文献には行き着かない。
(乳ガンの皮膚転移、という言葉でこの現象を説明している文献はあったけれど、それが希有なこととは書いていない)
ただ体験者のブログはいろいろ出てきて、
それによると、やっぱり放っておけば外に出てくるようだ。

身体の機能を考えると、
わたしにはこれは自然の過程に思える。
身体は不要なもの、有害なものを、中から外に出そうとする。
そうやって自分を守ろうとする。
乳ガンはさいわい皮膚の近くにあるので、皮膚の外に出やすいのだろう。
でも現代医学の治療を受けている場合には、
その前に腫瘍が小さくなったり、体力が落ちて外に出す力がなくなったりするのではないか、などと考えた。
反対に、治癒力を上げるような自然療法をやっていると、
どんどん外に出てくるんじゃないかと。

わたしの気持ちが明るくなってきたのは、
腫瘍が皮膚を破って出てきたあとのような気がする。
そのころから顔色もよくなったと友だちに言われた。

外に出てくると、不便で不快なことも多いけれど、
それで心身ともに軽くなるなら、
こんなにありがたいことはない。

でも現代医学の立場の人が書いているものでは、
「皮膚を突き破って外に出てきてしまう」 という否定的な口調ばかり。
症状はいやがられるのよね。
すべて内側に閉じこめて見えないようにしておきたいのだろう。








※ジャーナリスト堤未果氏 「国民皆保険の切り崩しは始まっています」
  TPPによって貧乏人が病院にかかれなくなったら、
  もしかして貧乏人には健康な人が増えるんじゃないか、なんて個人的には思ってもいるけど、
  それでも現代医学が必要な緊急事態はだれにでも起こりえる。
  オバマ大統領はアメリカ国民全員を民間保険に加入させ、それを「国民皆保険」と称した。
  加入しない国民には罰金が科せられる。
  日本もそんなふうになるのかもしれない。
  
by homeopa | 2015-12-11 05:22 | わたしの乳ガン

死ぬまで生きる

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ガンを治さなくちゃ、と焦りはじめたのは、
今年の初めごろからだったと思う。
腫瘍が目に見えて大きくなってきて、皮膚のところどころに赤いぶつぶつができて、
そこから汁が出そうになってきたころ。

そもそも最初にしこりを見つけたときはビビったものの、
そのあとは意識の抑圧が働いたのか、
見たくないものに蓋をして、
がんもどきかもしれない、ぐらいに思って片付けようとしていたかもしれない。
「人生を甘く見る傾向」 という言葉をいつか占い師に言われたことがある。
そう、甘く見ていた。
というか、甘く見ることでごまかそうとしていた。

ところが皮膚が破れそうになって、そうも行かなくなってきた。
皮膚がやぶけて、ぐちゃぐちゃになったら、どうなっちゃんだろう?!
と、先行きのわからない恐怖を感じた。

その前からレメディーやマザーチンキは飲んでいたので、
それに加えて、近所で摘んだ草のお茶をせっせと毎日飲みはじめ、
やっぱり食事を改善しなければと、あれこれ調べはじめた。

そして調べれば調べるほどわけがわからなくなった。

玄米ひとつでも、いいという人がいれば、悪いという人もいる、発芽させれば大丈夫という人もいる。
食べ物を陰性と陽性に分けて考える人もいれば、
酸性とアルカリ性に分けて考える人もいる。
塩をとってはいけないという人もいれば、塩はどんどんとれという人もいる。
動物性食品はよくないという人もいれば、
炭水化物を減らしてタンパク質をふやせという人もいる。
紅茶は身体を冷やすという人もいれば、
毎日生姜入りの紅茶を飲んでガンを治したという人もいる。
生野菜は身体を冷やすのでよくないという人もいれば、
火を通すと酵素やビタミンが失われるのでよくないという人もいる。

そして読めば読むほど、わたしには無理そうだとも思いはじめた。
無農薬、無化学肥料、無添加の食品にはお金がかかる。
教科書どおりにやっていると、手間もかかる。

食事の時間になるたびに、
☆☆を食べたいけど、よくないって書いてあったし、
もっと★★を食べなさいと書いてあったけど、あんまり好きじゃないし、
今日の食事ははたして良い食事なんだろうか、悪い食事なんだろうか?
なんて考えてちっとも食事を楽しめない。
気がつけば、四六時中そんなことを考えてうつうつとしている自分がいた。

そんなとき 「節制」 という言葉が浮かんできた。






(朝の散歩でイルカと出会った。ガガもわたしも大はしゃぎ)
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そういえばこの20年ほどのわたしの人生は節制そのものだった。
何かが欲しいと思っても、それよりガガの学費をためなくちゃと自分に言いきかせ、
旅行に行きたいと思っても、どこにそんな暇とお金があるかとあきらめ、
何かを食べたいと思っても、身体によくないと自分をいましめ、
部屋が寒くても、ヒーターを使ったら身体が弱くなるとやせがまんし、
髪の毛も1週間ぐらい洗わずに過ごしてきた (これは節制ではなく無精)。

ここまで思って、もう、や~めた、と思った。
★★しなければいけない、★★するべきである、★★するのがよい、★★するのはよくない、
なんてことばかり思って自分の行動を決めるのは、
もうやめようと思った。

人間、何かのために何かをあきらめなければならないときは必ずある。
わたしにとって、それがこの20年間だったのだろう。
でももういいのよ、とガンが教えにきてくれたんだと思った。

それからは、食事のことも、生活のことも、もっと大ざっぱに考えられるようになった。
そして基本方針が自然に定まった。

・どんなに身体にいいと言われることでも、気の進まないことはしない。
・自分にとって不自然と感じられることはしない。
・無理をしなければできないようなことはしない。
・心の底から気持ちがいいと感じられることをし、気持ちがいいと感じられるものを食べる。

食事も、療法も、その人その人で、合うものがあるのだと思う。
人がいいと言ったからといって、それが自分にいいとは限らない。
人それぞれに好みもあるし。
だから自分の感覚と直感に従おうと思った。
それがいちばん生命力を高める方法なのだ、きっと。






(朝の散歩で、ビーチの砂丘にソファーが置いてあるのを見つけた。毎朝ここがガガとわたしの休憩ポイントになった)
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「節制」 に気づいたのは、それまでずっと Conium をとっていたからかもしれない。

Conium は尼さんのためのレメディーだと教わった。
本能的な欲求や性欲などを抑圧することから病気になっているような人に合うレメディー。
たしかにそういう人にとってもらうと、けっこう反応がある。
しかもインドのバナジーさんというホメオパスが乳癌の第一レメディーとして指定しているレメディーでもある。

この Conium と Phytolaca というレメディーを、
教わったとおりずっととりつづけていたけど、
腫瘍は小さくならなかった。
でもそれ以上に大事な心のしこりがほどけた。
Conium みたいに生きていたら、乳癌にもなるわな。






(別の朝の散歩で、ペリカンにも出会った)
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開きなおったところで、自分の姿が見えてきた。
何をしてるんだ、わたしは? と思った。
まだ生きているのに、ちっとも生きていない。
腫瘍を小さくしなければならないという、自分でこしらえた課題に縛られ、
腫瘍が小さくならないことに不安と焦りを覚えながら、
背を丸め、身をこわばらせて、毎日が過ぎていく。

太陽が照り、雨が大地を濡らし、風が草を揺らし、雲が流れ、鳥がさえずっても、
その貴重な一瞬一瞬をまったく味わわずに一日が過ぎていく。
わたしは生きていない。
貴重な残りの人生を、生きていない。

わたしは腫瘍を小さくするために生きているのか?
病気から治るために生きているのか?
長生きするために生きているのか?
死なないために生きているのか?
ちがう。
死ぬまでの一瞬一瞬を悦んで味わって生きるために生きているんだ。
その結果として、もしかしたら腫瘍が消えたり長く生きたりするかもしれないけれど、
それはただの結果。
生きる目的ではない。

とんだ本末転倒だった。

だからこれもや~めたと思った。
何がなんでも腫瘍を小さくしなければならないと思うのは、もうやめた。
それより毎日を満足のいくように生きようと思った。

これが最初の大きな解放。
そのころから、ガンになったことが少しばかり愉快になってきた。







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ちなみに、ガンを治さなければと焦りはじめたころ、
わたしはほんとに病人みたいな顔をしていたと、友だちが言っていた。
緑色のような変な顔色をして。
病は人をこんなにやつれさせるものなのかと思ったと言っていた。
たぶん、死んだような顔だったんだろう。
たしかに、生きていながら死んでいたのかもしれない。








che sara by kimura atsuki ♪








きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-12-04 23:08 | わたしの乳ガン

アーシングと食事

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一昨日、オーストラリアから帰ってきました。
クライアントのみなさまにはご不便をおかけしましたが、
おかげさまでとてもリラックスした楽しい休暇を過ごすことができました。
リフレッシュして、気分も体調も良好です!
またこれから毎日の営みをていねいに味わいながら継続していこうと思います。



さて、くだんのアーシングですが、
たくさんやりました!
毎日、浜を裸足で散歩して、家にいるときもずっと裸足で庭の芝生や煉瓦にたくさん触れました。
歩いて数分のところにある浜に行くときも、
アスファルトの横のコンクリートの部分を裸足で歩いていきました。
アーシングを意識したせいか、一歩一歩、大地の電子を吸いこむような気持ちで歩いたので、
時間もゆっくり流れるような気がしました。
一瞬一瞬をじっくり味わっている感じ。

でもそれだけ大地に触れたわりには、
アーシングの効果がいまひとつはっきりと感じられませんでした。
その理由は、
睡眠中のアーシングができなかったことと、それ以上に食べ物だと思います。

アース線と、リストバンドと、地面に突きさす銅の棒を用意していったのですが、
窓に隙間ができるとそこから虫が入ってくるというので、
(その虫のひとつがなんとカメムシ!!!)
窓を開けてアース線を外に伸ばすのは無理ということになり、
それではコンセントのアースポイントにアース線をつながせてくれと頼むと、
家を燃やさないでくれ、と言われて却下。
きっとお父さんもお母さんも、わたしがまた変なことを言いはじめたと思ったんでしょう。
わたしは向こうでも変な人で通っているらしく、
「You are unusual」 という言葉を今回の滞在中だけでも何十回と聞かされました。

でも昼間に裸足でたくさんアーシングできるからいいやと思っていたのですが、
どうもその効果がよくわからない。

日本では、アーシングのリストバンドを手首や足にはめて寝るようになってから、
眠りが深くなったのを実感していました。
それまで夜間に1回は尿意を覚えて目を覚ましていたのが、
朝5時までぐっすり眠るようになりました。
そのときにトイレに行くと、膨大な量の尿が出ます。

ところがオーストラリアでは、
たとえば向こうに着いて1日目、
浜でも家の庭でも裸足でたくさん歩いたのですが、
その晩、寝ているときに胸の腫瘍が痛みだして目が覚めました。
それがめったにないくらい痛くて痛くて、
結局、早朝まであまり眠れませんでした。

その後も、真夜中過ぎに理由もなく目が覚めたことが2回、
1日目と同じような痛みで目覚めたことがもう1回ありました。

痛みで目覚めた日を思い返すと、
どちらも夕食後に自家製のケーキを食べています。
1度目はガガの誕生祝いにと叔母さんが焼いてくれたケーキ。
2度目はガガがおばあちゃんのレシピに従ってつくったケーキ。
このどちらも、はんぱなく甘かった!

ガンになってから、食事に関するいろいろな情報を見たり読んだりして、
最終的にわたしが決めた基本方針は、
(1) 砂糖・小麦製品・乳製品をなるべく避けること
(2) 生か少しだけ火を通した野菜をたくさん食べること
ということでした。

ところがオーストラリアの食生活では、
砂糖と小麦と乳製品の登場頻度がやたらに多い!
休暇で気がゆるんでいたこともあり、
もともとどれも嫌いではないので、
目の前にあればつい食べてしまうという日々。

砂糖も小麦も乳製品も、
炎症を促進し、身体を酸化させます。

そんなわけで、たぶん食事の影響で、アーシングの効果が減ってしまったのではないかと推測しています。

それでも波打ち際を裸足で歩くのはほんとに気持ちがよかった。
日の光を浴びながら朝露に濡れた芝生に立っているのも、天国のような気分でした。
あれがなければ、もっと体調を崩していたかもしれません。

それにほとんど無制限に砂糖と小麦と乳製品を食べたおかげで、
それらが自分の身体にどんな影響をおよびすかがよくわかりました。
砂糖を食べると、炎症が悪化する一方で、身体が冷たくなる。
小麦を食べると、ガスがたまって腹が張り、便通が悪くなる。
乳製品は・・・・これはよくわかりませんでした。

行きの飛行機の中では、
気圧が変わっても腫瘍の分泌物に変化がなかったのに対して、
帰りの飛行機の中では、
やたらにたくさん出血しました。
そうやって砂糖や小麦や乳製品の悪作用を排出したのでしょう。

ということで、アーシングに関しては、日本でまた仕切り直しです。
でもおもしろかった!
なにごとも実験、実験。







Time by Gillian Welch ♪

by homeopa | 2015-12-01 21:27 | 身体のこと