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迷惑

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ガンに気づいてから、いつガガに話そうかとず~っと迷っていた。

ガガが何か悩んで地の底に沈んでいるようなときに、上から泥をかぶせる気はしないし、
幸せそうにしているときに、雲の上から引きずりおろすのも気が進まない。

そんなこんなで言えずにいるうちに、
北軽井沢の撮影の日が近づいてきた。
あの美しい森で、隠しごとを抱えたままふたりで写真に撮られるのはどうにもいやだったのと、
その少し前に気持ちが解放されるできごとがあったのもあって (このことはまた後日書きます)、
思い切って話した。

もちろんガガは泣いた。
でもわたしの状態や気持ちを説明すると、
予想以上にすんなりと受けとめてくれた。
わたしは 「そのうち慣れるよ」 なんて無責任な言葉でなだめておいたけれど、
実際、ガガも今はこの事実に慣れたようで、
たまにうちに来ると、朝から鼻歌なんか歌っている。
人に聞かせるための鼻歌ではなく、
ふと漏れてしまうオナラのような鼻歌を (こういう本物の鼻歌は、聞く人をすごく幸せにする)。

若者はたくましいなあと思った。
と同時に、4歳ごろから薬や予防接種を入れずレメディーだけで病気に対処してきたせいか、
ガガの中には生命というものを感じる自然の感受性が育っているのかもしれないと思った。
だからガンという病名にむやみに振りまわされることなく、
目の前にいるわたしの命のエネルギーを感じとって安心しているのだろうと。

そんなわけで、ガガに話せたので、
オーストラリアの元夫の家族にも話すことができた。
わたしが死んだあと、ガガにとって大きな心の支えになってくれる人たちだ。

そしたら、死ぬ前に (とは言わなかったけど) ぜひ一度ガガと遊びにおいでといって、
ふたり分の航空券まで手配してくれた。
わたしは、ありがとう! と素直に好意に甘えることにした。

少し前のわたしだったら遠慮して断っていたかもしれない。
あるいは、航空券代は自分で払いますなんて言い張っていたかもしれない。

元夫の家族は、彼がわたしと別れたあとも以前と変わらずわたしをかわいがってくれた。
家族の一員のように、なんだかんだと声をかけてくれた。
わたしも彼らが大好きなのでうれしかった。
でも反面、心の片隅で、
こんなふうにしてくれるのは、わたしが彼らの大事なガガの母親だからだ、それだけだ、
みたいなひねくれた思いもあった。

でも不思議と今はそれがない。
ああ、わたしのことを思ってくれてるんだ、ありがたいなあ、と素直に思う。
だから今回の招待にもすぐに応じたのだろう。



そんなわけで、いつも忙しいガガの日程とわたしの日程をやっと調整して、
今回のオーストラリア行きが決まったわけだけど、
決まった直後に、施設にいる母が気管支炎で入院した。
病院に会いにいって、今度こそお迎えが来そうだなと思った。
そして迷った。
オーストラリア行きはキャンセルすべきかもしれない。

でも二日ほど迷ったところで決心した。
母に何が起ころうと、わたしはオーストラリアに行く。行きたいから行く。
さいわい、母のことは以前から姉がすべてを仕切ってくれている。
もしわたしがオーストラリアにいるあいだに何かあったら、
そのときは何もできないけど、よろしくお願いします。
そんな気持ちで打ち明けたら、
姉も妹も意外なほどあっさりと受け入れてくれた。
ずっとわたしの親不孝を目撃してきた姉と妹は、
ああ、またかという感じで、あえて反対する気にもなれなかったのだろう。

でもそれだけでなく、わたしがガンだからと、大目に見てくれたのかもしれない。
(ガンにはこんなメリットもあるんだ。なんか手放せなくなってきた・・・・)

先日、友だちに言われて思いだしたんだけど、
わたしは1~2ヶ月前まで、
死ぬのはそんなにいやじゃないけど周りの人に迷惑をかけるのがいやだと言っていた。
動けなくなって、人の助けを借りなければならなくなるのがいやだと言っていた。
「そんなこと迷惑じゃないよ、むしろやりたいよ」 と友だちが言うと、
「でもわたしはそこまでしてもらうほどの人間じゃないよ」 なんて答えたようだ。
(なんとひねくれた、いじましい、それでいて尊大な考えだろう!)

ふと気づくと、今はそんなことも思わない。
まわりの人たちに積極的に迷惑をかけたいとは思わないけれど、
どうしてもそうなってしまうならそれはそれで仕方ない、そのときはお世話になろうと思っている。
そして心からありがとうと思うだろう。

人の好意を受けいれて、心からありがとうと言えるようになると、
迷惑をかけることも、そんなに大変なこととは思わなくなるんだと思った。
人の思いを受け入れること。
人に愛されていることを疑わないこと。
自分を受け入れると、それができるようになるんだと気づいた。


有名なはなしかもしれないけど、
そしてこのブログにもいつか書いたような気がするけど、
日本では 「人に迷惑をかけてはいけない」 と子どもに教える。
さすがにガンの国だなあ。
インドでは 「人に迷惑をかけずにいられる人はいないのだから、人から迷惑をかけられても許しなさい」 と教えるらしい。

この前読んだひろさちやさんの本にも書いてあった。
人間はだれでも生きているだけでだれかに迷惑をかける存在なのだと。
たとえば、ある人が一生懸命勉強して志望校に受かったとすると、
だれか一人、その人のおかげで落ちた人がいる。
落ちた人のおかげで、その人は入学できた。
人に迷惑かけずに生きていけるなんて思うのは、
人に迷惑かけずに生きているなんて思うのは、
ちゃんちゃらおかしいわい、
とやっと気づいた。



そんなわけで、このところいろんな人に迷惑かける状況になっている。
ていうか、いろんな人に迷惑をかけていることをやっと認められるようになった。

クライアントの方々にも、長いお休みでご迷惑をおかけしますが、
どうぞ許してやってください。
帰ってきたらまたがんばってお仕事しますので。





Desperado by Joanne Sandrino ♪








日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見からのお知らせです。
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 日本ホメオパシーセンター世田谷梅ヶ丘のまつもりくにこホメオパスに、応急相談としてご相談ください。
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by homeopa | 2015-11-20 16:05 | わたしの乳ガン

森の写真館と乳ガン

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ちまたではガンが大流行していますね。
いや、ちがう、ガンの話題が大流行しています。
(もう終わったのかな? テレビがないからわからない)
わたしは天の邪鬼なので、何かが流行すると、それとは反対の動きをしたがるんですが、
今回は趣向を変えて、流行に乗ってみようと思います・・・・乗り遅れた感もあるけど。

わたしもおかげさまで、左乳房のガンになりました。
どこのテレビ局も取材に来ないけど。

友だちがそれを聞いて、もうすぐ死ぬなら遺影の写真を撮らなくちゃと、
「森の写真館3×7」 というところに連れていってくれました。
この写真はそこで撮ってもらったものです・・・・イエイ!

美しいでしょ、森が。

「森の写真館3×7」 は北軽井沢にあって、
こういう息をのむほど美しい森に囲まれています。

   森の写真館3×7のFB

   軽井沢駅から車で35分くらい(送迎あり)
   浅間牧場バス停から車で3分
   0279-82-1575
   morishashin37@gmail.com
   ¥28.000(税込)

この写真館は、ふつうの写真館とはちがいます。
もちろん、森の中で撮影するだけでも大ちがいだけれど、
それだけでなく、その人のその人らしい素直な表情が撮れるまでたっぷり時間をかけて撮影してくれます。
そして写真家の田淵さんは人を笑わせるのが上手。

ガガはわたしが乳ガンであることをこの撮影の3日前に聞かされたので、
撮られるわたしを見ているうちに、泣きだしてしまいました。
それでしばらくハグをして泣いてから、
「泣いてる顔も撮ってもらおうか」 とわたしが言って、ふたりで泣いているところを撮ってもらいました。
もちろん笑っているところも。

泣いているときと、笑っているとき、
人は自分を装ったり隠したりできなくなるんだと、
できあがった写真を見て思いました。
たぶん気が抜ける (するすると流れる) からでしょう。
どれもとてもいい写真です。
それもたくさん! (ここに載せたのはほんの一部)

ちなみにこのときの撮影料金は、
友だちが、死ぬまで毎年の誕生日プレゼントの代わり、といって払ってくれました。
つまり今後は、彼女から誕生日プレゼントをもらえないということです。
もうすぐ死ぬつもりのないわたしにとって、それは非常に残念ですが、
その損失にあまりあるイベントでした。

毎年1回、ご家族やご夫婦で、恋人や友人同士で、いえ、ひとりでも、
こういうところで記念撮影をするというのは、
なかなかいい行事ではないかと思います。




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で、わたしのガンですが、ステージとかはよくわかりません。
今は直径8センチぐらいで、
赤く硬くふくらんで皮膚をやぶって出てきて、
くさい汁や血をせっせと分泌しています。

しかし不思議なことに、体調はすこぶるよくて、身体が軽い。
軽いのは、体重が減ったせいでもありますが、
それ以上に、なんだかいい気分なのです。
くさい汁や血をどんどん排出しているせいかもしれません。
便や尿がやたらにたくさん出るせいかもしれません。
あるいは毎日せっせととっているレメディーやお茶やマザーチンキのおかげかもしれません。
あるいは、毎日存分に心地よさを味わっているヨガや腕振り運動や呼吸法や瞑想や散歩のおかげかもしれません。
(最近はアーシングも加わりました)

さいわい、痛みもまだあまりなくて、、
毎日、穏やかな満ち足りた日々を過ごしています。
残った人生が予想より短いかもしれないと気づいたせいで、
毎日、毎時間、毎分、毎秒が大切。
一瞬、一瞬、自分の気持ちに耳を傾けて暮らしています。
今どうしたい? ときくと、たいてい答えがすぐに出ます。
余計なことはあんまり考えなくなりました。
そしてたいてい、それに従います。
とてもシンプル。

2013年10月にしこりを発見してから、こういう心持ちに至るまでには、
感情の谷や山や嵐や大雨がたくさんありました。
深いどつぼにはまって往生したことも。
でもそのたびに何かを発見し、
何かから解放され、
深い悦びを見いだし、
そして今があります。
その過程で支えてくれた周りの人たちや、たくさんの書物や、
家の周りの木々や草花や虫や鳥や空や雲に、
ひたすら感謝。

こういうことは、この病気にならなければ絶対にあり得なかったことです。
心から何かに感謝したことなんて、
自慢じゃないけど生まれてこの方、ほとんどなかった。
それを思うと、見るからに不細工な顔をしたこの腫瘍が、
いとしいやら、ありがたいやら。

そんなこともあって、この2年ほどのあいだ、
病気を通して発見したことをこのブログに書きたくなったことが何度もありました。
でもガンになったなんて書いたらお客さんが減っちゃうんじゃないかと思って、
こらえていました。
ガンで死ぬ前に飢え死にしたら、笑い話にはなりますが。

「レメディーとっててもガンになるなら、ホメオパシーなんて効かないんだろう」
「ガンになるようなホメオパスなら、大したホメオパスじゃないんだろう」
「病気のホメオパスにはあまり近づきたくないなあ」

なんて思うクライアントさんもいるかもしれない。
そう思って公表を控えていました。
でも、ちょっと前のタレントのガン騒動でもわかるように、
世の多くの人がガンを異様に恐れています。
そんなときだからこそ、自分が経験しているガンの現実について、
もっと知ってもらいたいという思いもありました。

ガンと診断されると死刑宣告のように感じる人がいます。
実際、ガンは治りにくい疾患ですし、
今のわたしの乳房を見たらぎょっとする人も多いでしょう。
しかし少なくともわたしの場合、その患部の外見と、全身状態・精神状態とのギャップは、
唖然とするほどです。
わたしも自分で経験しなければ、
そんなことは信じられなかったかもしえません。
十数年来、身近でつきあってきた友だちは、
最近のわたしは今まででいちばん幸せそうだと言います。
わたしもこんなに自由で素直な気持ちになったのは生まれて初めてかもしれません。
無邪気なはずの子ども時代でさえ、どこかに窮屈さをかかえていましたから。

出さなければならない症状を出すと、
生命エネルギーがよく流れるようになり、
心身の健康度が増す、
という治癒の原理。

今のわたしの状態はこの原理を具現しているように思います。
つまりガンも症状であるということ。
何がわたしの生命エネルギーを滞らせているにせよ、
それを解消しようと腫瘍がせっせと働いてくれているのです。

この事実も含め、
これまでのいろいろな発見や、
今の心持ちに至るまでのさまざまな心の動きや、
ガンを通して体験した面白いできごとや、
これから体験する変化などを、
やっぱり多くの人々と共有したい。
そう思いました。

それに重病と言われる病を与えられた今、
前より少しクライアントさんの気持ちに近づけるかもしれない、
と思うようになりました。

ホメオパシーの相談会でお話をうかがっていると、
大変なご苦労をなさっている方がとても多い。
その方たちのお話を、
大した苦労もせずにのほほんと生きてきたわたしが、
わかったような顔をして聞いていることに、
少し居心地の悪さを感じていました。

でも今はもう少し実感と共感をもって、
クライアントさんのお話を聞けそうです。
やっと少しクライアントさんのレベルに追いついた感じ。
今後の相談会は、前よりもっと実りの多いものになるでしょう。
だからガンになったことは、
ホメオパスのわたしにとってはマイナス要因ではなく、
むしろプラス要因なのだと思うようになりました。
これからもホメオパスを続けるつもりならこれぐらい体験しておきなさい、
といってカミサマが恵んでくださったものかもしれません。

それから、個人的な話になりますが、
このブログはわたしにとって大切な自己表現の場でもあります。
今わたしがいちばん頻繁に考え、いちばん深く感じていることを書かずに、
何を書けるでしょう?
この2年ぐらい、ここに何を書いても、
音を立てずにオナラをしているような、なんともすっきりしない気分でした。
どうせするなら本物の音の出るオナラがしたい!
だからやっぱり書こうと思いました。

ガンという疾患(症状)は、
さまざまな要因が複雑にからまって生まれます。
心の問題、食事、生活習慣、薬や予防接種、重金属や電磁波の害、体質、放射能・・・
初めのころにくらべたら精神的にずいぶん解放されたとはいえ、
それだけで腫瘍が消えるとは思いません。
滞っていたエネルギーがもっともっと勢いよく流れるようになって、
もう腫瘍は必要ないという状況になるまで、
わたしの生命力ががんばれるかどうかは神のみぞ知る、です。

腫瘍の増殖と排出が止まってから公表したら、という助言もいただきましたが、
それだと、もしかしたら死ぬまで書けないかもしれません。
たとえ書けるときが来たとしても、
結末の見える成功物語より、
結末のわからない新聞の連載小説のような記事のほうが、
読者も楽しめるのではないかと思います。
わたしも書きがいがあるし。
そもそも人生は、わたしたちには結末のわからないもの。
ただひとつわかっているのは、最後に死ぬことだけ。
だからこそ、今このときの小さな発見に一喜一憂したり感動したりするのです。

ほんと、人生はわからないものです。

自慢になりますが、わたしはずっとAカップのペチャパイを貫きとおしてきました。
何があってもそれは揺らがなかった (小さすぎて揺れない)。
それがまさか、還暦を過ぎてBカップのブラを買うことになるとは、
思いもしませんでした。
それ以上に、Bカップからはみ出そうな左乳房と、Aカップも満たせないしなびた右乳房を、
同時に持つことになるとは夢にも思いませんでした。

これからもこういう小さな面白い変化がたくさん起こるのでしょう。
自分に与えられた命の力と、自分を取りまく大自然と宇宙の力だけを頼りに、
この腫瘍がどんなストーリーを描きだすのかを見届けるというのは、
ちょっと大きな実験です。
わたしが実験好きなのを知って、
「やってみる?」 とカミサマが与えてくれた企画かもしれません。



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病まなければ ささげ得ない祈りがある
病まなければ 信じ得ない奇跡がある
病まなければ 聞き得ない御言葉がある
病まなければ 近づき得ない聖所がある
病まなければ 仰ぎ得ない御顔がある
おお 病まなければ
私は人間でさえもあり得なかった




これは河野進さんという牧師さんが書かれた詩だそうです。
以前に読んだ森美智代著 『食べること、やめました』 のなかに出てきた詩ですが、
今これをかなり実感。
病気はチャンスであると、何度も書いてきましたが、
それもほんとに実感。
何ごとであれ、経験するってすごいことです。







Nick Drake - From The Morning ♪









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 センター開設以来はじめてのちょっと長いお休みで、
 オーストラリアでアーシング三昧してきます!
 実験報告をご期待ください。


 
by homeopa | 2015-11-16 08:12 | わたしの乳ガン

earthing wristband

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自分が経験していないことを否定するのも賛美するのも、
野暮なはなし。


アーシングのことを知ってから、
やっぱり経験してみようと思って、買っちゃった。
アーシング用のリストバンド。

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思い切ってアーシングシーツを買わないところが、
わたしのすばらしいセコさ。

近所の電気屋さんで、アース線を買ってきた。

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あまり需要がないらしく、1メートルぐらいに切ったものしかなかったので、
それを8本ぐらい買った。
「何に使うの?」 ときかれて、
「洗濯機とか・・・・」 と答えたら、
「そんなに長く必要なの?」 ときかれたので、
「あと、人間にもつなげるので」 と答えておいた。
おじさんは偉い人で、別に驚いた顔もしなかった。

短いアース線をつないで長くして、ビニールテープで覆って、

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ベランダの洗濯機のそばにあるアースポイントにつないだ。
電気やさんの話では、同じアースポイントに複数のアース線をつないでも問題ないそうだ。

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このアース線に、リストバンドのわに口をつないでできあがり。

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パソコンで作業するときとか、夜寝るときとかに、
手首や足に付けてみている。
でもまだ3日しか経っていないので、
その感想はまた後日ね。




そういえば昔、東京オリンピックのとき、エチオピアからマラソンに参加したアベベ選手というのがいた。
彼は東京オリンピックの前のローマオリンピックで、
靴が壊れてほかに適当な靴が手に入らなかったので裸足で走り、優勝した。
自国ではいつも裸足で走りまわっていたという。
東京オリンピックでは靴をはいて走って優勝したけれど、
そのあとだんだんふるわなくなっていく。
ずっと裸足で走りつづけたら、選手生命ももっと長かったかもしれない。







きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-11-14 10:54 | 自然のちから

アーシング or グラウンディング (1)

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病気は前触れもなく私たちに降りかかるものではありません。
病気は自然に対する私たちの小さな裏切り行為が日々積み重なって成長します。
その裏切り行為が積もったとき病気はまるで突然のように出現するのです。
                                   ---- ヒポクラテス







「自然に対する裏切り行為」 というのは、
わたしたちがこの地上に生まれおちたときに与えられた心身の機能と、
それを取りまく空気、水、光、植物、動物、微生物、大地などの環境の恩恵を、
ありがたく受けとめて活用するかわりに、
不快だとか不便だとか不要だとかいう理由で、
無視・拒否・敬遠・破壊することをいうのだろう。


そして靴をはくことも自然に対する裏切り行為だってことに、
最近、気づかされた。


そういえば数年前、友だちのナッちゃんがブログで、
素足を土や砂につけることのよさを書いていたことがあった。
わたしも子どものころから裸足で土の上を歩くのは気持がいいと思っていたけれど、
ナッちゃんのブログを読んで、ただ感覚的に気持ちがいいだけではない何かがありそうな気がして、
それが頭の片隅に残っていた。
そして今、やっぱりその心地よさには具体的な理由があるのだとわかった。

そのきっかけは、エハン塾でアーシング (またはグラウンディング) という健康法を知ったこと。




まずはこちらの単純な動画を。
what is earthing? アーシングとは何か?


昔の人間は地面に接触して、地面からエネルギーを吸収して生きていた。
でも今の人間は家の中で過ごし、外に出ても靴をはいているので、
地面とじかに接触することがない。
おかげで地球のエネルギーを吸収できず、元気がなくなっている。
だからなるべく裸足で地面に触れたり、
家の中にいるときもアース線で地面とつながったマットやシーツを使うことで、
地球のエネルギーを取りいれるとよい。
このように地面に接触することで元気になろうという健康法をアーシングまたはグラウンディングという。

上の動画で言っているのは簡単に言うとこんなこと。




ただし、ここでいう地球のエネルギーは、「気」 のようなぼんやりしたものではなく、
電子 (マイナスの電気) のこと。
地球の表面は降雨や落雷によってつねに無限の電子が供給されていて、
無数の電子の毛布に包まれているような状態らしい。
その電子を身体に取りこむと、すべての生物は元気になるらしい。
なんで? とかきかないで。
わたしもまだ学びはじめたばかりだし、
このザル頭では、学んでもちんぷんかんぷんかもしれないから。

アーシングにはもうひとつの側面がある。
現代の生活では、人間はさまざまな電気製品や電磁波にかこまれて、
プラスとマイナスの電気がアンバランスな状態で身体にたまっているそうだ (帯電)。
その余分な電気を放出するにも、
アーシングが有効だという。

下のふたつの動画は、身体にどれほどの電気がたまっているかを、、
電圧として測定したときの様子。
(電圧ってなんなのか、わからないけど)

earthhing multimeter test1



earthing multimeter test2


測定結果は下のとおり;

ゴム底のサンダルをはいて家の裏の芝生に立っているとき → 0.006V
                       サンダルを脱いだとき → 0.004V

場所を移動し、ゴム底のサンダルをはいて電線の下に立つ(下は芝生) → 0.6V
                              サンダルを脱いだとき → 0.014V
                電線の下で、裸足でコンクリートの上に立つ → 0.019V
                電線の下で、裸足でアスファルトの上に立つ → 1.3V (アスファルトは電気を通さない!)

家の中で、裸足 (床はコンクリートでカーペットが敷いてある) → 0.8V
                   アーシングパッドに手を触れる → 0.06V
                床のアーシングパッドに足を触れる → 0.04V
                          電線に手を近づける → 1.9V (電線から電気が放射されている)
                           電線に手を触れる → 0.8V (触れると下がるのは、電線のアース機能のせい)
      電線に手を触れながら足をアーシングパッドに触れる → 0.1V

2階に上がり、裸足で立つ (地面から遠くなる)           → 12.66V !!
                     アーシングパットの上に立つ → 0.1

寝室に移動し、裸足で立つ (ベッドの枕元の壁の中に電線)  → 15.00V!!
               アーシングシーツの上に座る → 2.9V
            アーシングシーツの上に横たわる → 0.2V
                     服を脱いで横たわる → 0.2V

というわけで、いろいろわかる。
いちばんびっくりしたのは、1階と2階であまりにも違うこと (地面からの距離のちがい)。
電線に手を近づけるだけで身体の電圧が上がること (電線から電気が放射されている)。
西欧の家はコンセントにアース機能がついていること (うちで探すと、洗濯機のそばに一つしかアースポイントがない)。
アーシング機能のついたパッドの明らかな有効性。

うん、面白い。



健康的なアーシング--- エハン塾より


これがそもそものきっかけになったエハン塾の動画。
本論に入る前が長いので、時間のない人は12:00あたりから見るといい。

人間は化学的生物である以上に、電気的生物なんだって。
つまりホルモンや酵素などの化学物質で機能する以上に、
電気作用で機能しているらしい。
細胞のひとつひとつが電池みたいなものらしい。
なんかビリビリするな。



動画を見ながら、ザル頭なりに疑問が浮かんだので、
この動画で紹介されていた本を買ってみた。
『不調を癒す《地球大地の未解明》パワー アーシング すべての人が知っておくべき重大な医学的真実!』

今読みはじめたところなので、
この本から得た詳しい情報はまた後日、ここに書き留めようと思う。







※アーシング商品、けっこうあるんだわ~
  http://emf110.com/goodsList/category_7.html









きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-11-09 11:43 | 自然のちから

美麻にガガと

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今回の美麻は、初めてガガが一緒に来た。

お天気に恵まれ、
高速バスで長野に着いたときから、「あ~、さわやか~。なんかいい街だなあ~」
と、ガガが悦びの声を上げるので、わたしもうれしくなった。
心から幸せそうな人のそばにると、自分も幸せになってくる。
人が人を幸せにするのは、案外簡単なことなのかもしれない。
自分が心から幸せになればいいのだから。
ガガはちょくちょく不幸せにもなって、そんなときは猛烈に傍迷惑だけど、
幸せなときは、太陽みたいに人をぬくもらせる。



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そこからバスに乗って美麻に向かう道では、
傾きかけた日の光のなかで、
左右の山々が水彩画のような色合いの紅葉を次から次へと見せてくれた。
あのあたりの紅葉は、とても地味で深い味わいのある色だ。
デジタルカメラよりフィルムカメラが合いそうな色。
もみじが少ないせいかな。

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「ああ~、きれい~。ああ~、きれい~」
語彙の少なさはさて置いて、気持ちはよく伝わってくる。
わたしもますます幸せになった。

しかし我が家に到着してからが、さあ大変。
なにしろこの季節、カメムシが冬眠場所を求めてぞろぞろと家に忍び込んでくる。
案の定、トイレも洗面所も風呂場もカメムシだらけ。
(今回、カメムシの写真はガガが iphoneで撮ったものしかなくて、それがどっかにいっちゃったので、去年の写真をどうぞ
今年は去年よりもすごかった!
あの写真、載せたい! でも見つからない。

虫を怖がるガガは、家に入ったとたん Aconite 状態、つまり激しい急性の恐怖の状態。
(そういえばAconをとらせるの忘れてた)
わたしが何かしていても、
きゃあ~~! ひえ~~! かあちゃん、これとって~! かあちゃん、トイレに一緒に来て~!
といろいろうるさいので、なかなか物事が進まない。
でもその間にガガが野菜を刻んでくれて、クリームシチューをつくってくれたので、
(もちろんその作業をしながら、きゃあ~~、ひえ~~!)
やっと8時ごろには夕食を食べることができた。
おいしかった!

カメムシは何か心得ているのか、
寝室兼居間になっている畳の部屋にはあんまり入ってこない。
それでもふすまを開け閉めするたびに、ぽっとん、ぽっとんと落ちてくる。
風呂場はどうせ使わないので、
そこのカメムシは放置して、ゆっくりそこで冬眠してもらうことにした。
とにかくカメムシ騒ぎで終わった一夜だった。



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翌朝も、とってもいい天気。
澄んだ空気の中をふたりで散歩した。
ガガもあれだけ大量のカメムシを見てさすがに慣れたのか、
その朝は、きゃあ~~~!が、ああ~、ぐらいに変わった。
トイレも、ついてきてとは言わず、ドアを開けて用を足していた。
なんでも慣れるもんだ。




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そしてこの日は、ご近所に引っ越してきたあまねの山女さんとブルースさんとモモタ君が、
かっこいいランドクルーザー(バリバリの中古で渋い紺色)で迎えに来てくれて、
まず最初に近くのおやき村に遊びに行った。
(関係ないけど、低身長のわたしはランドクルーザーのような車に乗り込むのは一苦労。
 むかし西洋の貴婦人が馬車に乗るときに御者が用意してくれた踏み台のようなものを、今後は用意しようかな)

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わたしがそれまで食べたおやきは、
油で焼くか蒸したもので、小麦粉の皮の部分が厚くて、一個食べるともういいって感じだった。
それを何度も食べたので、もう一生おやきは食べなくてもいいと思っていたけど、
「縄文おやき」 と名付けられたここのおやきは全く別物だった。

皮が薄くて、いろりで焼いたので油っぽくないし、かりっとしている。
そして中にはジューシーな野沢菜炒めがたっぷり。
ガガが買ったおやきを少しかじらせてもらって、
やっぱりわたしも買えばよかったと思った。

でもそのあとで 「縄文そば」 と名付けられたおいしいそばも食べたので、
やっぱりあれでよかったんだと思う。

ちなみに、おやき村に通じる道は車一台がやっと通れるくらいの細いくねくね道。
対向車が来たらアウトだね、と話していたのに、
着いてみたら駐車場に車がたくさん止まっていて、大賑わい。
来る車はこっちの道から、帰る車はあっちの道から、というふうに一方通行で処理されていたのだ。
それにしても、あんな何もない山の中の素朴なおやき&そばレストランに、
その日はちょっとイベントがあったとはいえ、あんなに人が集まるなんて、
よっぽど 「出来事」 のない地域なのだろう。



おやき村のあとは、引っ越したばかりの山女さんとブルースさんとモモタくんの家に遊びにいった。

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その家は、こんなのどかな山里を見下ろす山の上にある。
そこに行く途中も、そこに着いてからも、
はるか向こうには白い雪をかぶった北アルプスの峰がほほえんでいて、
その手前にはたたたなづく青い山並みが横たわり、
さらに手前にはのどかな山里の森が穏やかに座っている。

午後の日にきらめくその景色を見ているだけで、
ガガもわたしも感動とうれしさでとろけそうになった。
とろけすぎて、写真を撮るのを忘れた。

大きな古民家は、まだ引っ越して間もないこともあって、
使える状態の部屋は二部屋だけ。
台所は、水は出るけどかなり荒れた状態なので、
調理や洗い物は庭の水道でしているそうだ。
背中にお日様を浴びながら。

トイレはぼっとん便所があるけれど、
前の持ち主さんがバキュームカーできれいに中身をさらってくれたので、
今後の改装のことなど考えて、そこを汚すよりはと、
もっぱら野の地面に放っていたそうだ
それがとっても気持ちいいのだと、山女さんがうれしそうに話していた。
わかるなあ・・・・お尻に草がさわってちくちくしそうだけど。


でも最近、ブルースさんがコンポストトイレをつくった。

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ランドクルーザーといい、このトイレといい、
高い!!
なぜこんなに高くなったかというと、
排泄物を攪拌するにはやはりドラム缶がいいだろうということで、
ドラム缶を下に納めるためにこの高さになったのだそうだ。
玉座って感じ。

ちょうど催したので、わたしも使い心地を試させてもらった。
高所恐怖症なので、ちょっと不安だった。
それに玉座に座るのに慣れていないので。

でもこれが置かれた土間の戸がぱあーっと開かれていて、
その向こうに壮大な山並みが見えて、
その点では非常に爽快で、
これがめったにないすごいトイレだというのがよくわかった。
天国でうんこをするのはこんな感じだろうか。

福島の家と同様、
ここでも少しずついろいろなすごい仕組みや面白い工夫や心地よい空間ができあがっていくんだろう。
楽しみ。
多少不便でも、それを思いっきり楽しんでいるのが、いいなあ。
やっぱりふたりはいいわ。
いや、三人か。

ガガはもちろんモモタ君にめろめろになった。
たくさん顔をなめてもらって、わたしもガガも大満足。

山女さん、ブルースさん、モモタ君、楽しい一日をありがとう!




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三日目は朝から大雨。
その日はガガがトイレの壁にペンキを塗る予定だったんだけど、
カメムシがいるのであっさり中止。
昼前に出発して長野市街をぶらぶらすることにした。

いつも朝食は食べないのに、
前々日につくったシチューが残っていたのでそれをたいらげたら、
腹がいっぱいになって苦しくて痛くて動けなくなった。
やっと動けるようになったときには、バスの時刻に遅れそうな時間。
それからバタバタバタと帰り支度をして、
走るように家を出た。

それまでの幸せな二日間が、
そのあわただしい1時間でぜんぶチャラになった気がした。

急ぐことと、幸せは、両立しない。
今回学んだ最高の教訓だった。







Slow Down - The Beatles ♪



きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-11-05 22:13 |