pimboke6

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あるもので何とかしちゃう

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これ、最近の作品。↓
もともとギャザースカートだったものを、
ちょこっと切って縫ったら、袖ができた。
これを着て友だちとインドカレーを食べていたら、友だちが急にくすっと笑った。
「ウエストが首なんだと思ったらおかしくて」

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我ながらいいアイデアだったと気をよくして、
すぐに次の作品にとりかかった。
何十年も保管していた麻の布。
たぶんどこかで端切れを安く売っていたのを見つけて、時間ができたら何か縫おうと思ったのだろう。
とても気持ちのよさそうな生地だ。
でもずっと時間ができなかった。
でも今できた。
ありがたや、ありがたやとつぶやきながら、幅広のズボンをつくろうと決めた。
麻だからちょっと 「たれん」 となって、今のわたしの精神モードにぴったり。

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ところが、いそいそ裁断したものを見て、なんか小さいぞ、と思った。
体にあててみたら、ピチピチになりそうだ。
たれん、としない。
たれん、が欲しいのよ! たれん、でなければならないの!
しかもそれ以前に、体が入らないかもしれない。
ちょっとしたミスだったけれど、もともと端切れなので余分がない。

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何十年間の夢 (そうとは思っていなかったけれど、できないとなったら急にそう思えてきた) が破れて、
打ちひしがれているわたしを見て、
スナフキンがかぶっているような帽子をつくったらどうかとガガが提案してくれた。
友だちは、細い布をつぎはぎしたスカートはどうだという。
結局落ち着いたのは、枕カバーだった。
(そもそもこの布を久しぶりに取りだしたときに思いついたのは枕カバーだったし、
 いちばん簡単で計算ミスを起こしそうにないものだと思って)

真ん中に継ぎ目があるので、これは裏にした。

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表は、これも余っていた気持ちのよい布 (たぶん麻・綿混紡)。
ちょっと大きめだけど、これを頭の下にしいて寝たら草原の夢とか見られそうな気がする。

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まだ少し布が余っていたので、
というより、上の枕カバーに表裏すべて麻の布を使わなかったのは、
これも作りたくなったからだ。↓
写真で見ると何だかわからないと思うけど、
これはアームカバー。
これを装着して行う畑仕事は、きっと高級感がちがう。

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恐ろしいことに、まだ少し布が余っていた。
もうこのあたりでやめたくなっていたけど、
何十年もとっていた布をそう簡単には捨てられないし、
とっておいても二度と手をつけないかもしれない。
それで、マスクをつくろうと思った。
花粉症がひどいとき、夜寝ていると鼻が詰まって口呼吸になるのだけど、
口と喉の乾燥を防ぐための快適なマスクがない。

下は台湾に行った友だちが買ってきてくれたおみやげ。
タイペイは空気汚染がひどくて、人々はこんなマスクをしているそうだ。
そしてあちこちの店でこんなマスクを売っている。

自分で切った前髪の風情と相まって、言葉では言い表せない不思議で怪しい雰囲気。
台湾人て、顔がでかいのかな?
もう少し小さめで、あまり怪しくない雰囲気のマスクが欲しかった。

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よく見ると、縫い目が4ミリぐらいで、日本製ではあり得ないほどつくりが大ざっぱ。
でもこういう雑さに、わたしは勇気づけられる。
細かいことなんてどうでもいい、とにかくやったもん勝ち、やったら楽しいよ!
と応援されている気がして。
そうやっていつも雑なものができあがるんだけど。
でも楽しい。

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台湾のマスクを下敷きに小さめの型紙をつくって、
試作品がふたつできた。
この青い布は、友だちにもらった綿の着物の裾が長すぎたので切りとったあとの端切れ。
気持ちのいい布だったので、これも数ヶ月とってあった。

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試作品がうまく行ったので、
いざ、麻の布で本番。
ひとつしかつくれないと思ったら、もう1枚、表地がとれたので、青い布を裏にした。
できたマスクは全部で4枚。
これで来春の花粉症の季節は万全だ。

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家の奥に眠っているものがこんなふうに生き返るのは、うれしい。
そう思って家の中を見まわすと、
着ないまま眠っている服がけっこうある。
あるもののなかに、無限の可能性がある。わくわく。






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あるもので何とかなるのは、健康も同じ。
というより、あるものでしか、本当は何ともならないのだと思う。

あるものといえば、
空気 (これを深々ととり入れている人はどれほどいるだろう?)、
日光 (これをたっぷり浴びている人はどれほどいるだろう?)、
新鮮な水 (東京にはなくても、美麻に行けばほんとに澄んだおいしい水があるよ)、
わたしたちのまわりを流れ、わたしたちの中を流れすぎていく宇宙のエネルギーまたは気
(これがするすると流れるのが健康というもの。流そう流そう)、
わたしたちに酸素や心のやすらぎやいろいろなものを与えてくれる木々 (都会はさびしい)、
同じく、微生物やミネラルやいろいろなものを与えてくれる土 (やっぱり都会はさびしい)、
弱ったときに、少しだけよといって助けてくれる野の草たち
(気づかずに踏んだり刈りとったり通りすぎていく人がどれほどいるだろう?)、
私たちの中にある、病気になる力と、それを治す力。
治癒力 (病気になる力 + 病気を治す力) は、上のすべてのおかげで活かされている。

こんなに多くのものに恵まれていながら、
それでは足りないといって病院にいそいそと通うのはなんでなんだろう?
足りないのではなく、その可能性を家の奥に眠らせているだけなんだけど。



一方、ないものといえば、
病気にならない身体や (健康だからこそストレスや変化に対応して病気になれる)、
死なない身体や (今まで死ななかった人はいない、と野口晴哉さんも書いている。
わたしは死にも目的があるんじゃないかと思う)、
病気を治してくれる薬。

ないものを求める人たちは、ないものを求める。
だから本来この世に存在しない化学合成の薬に惹かれるのかな。





    ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

(以下 引用)

  人間は、その裡に生を全うする能力を持って生まれた。だから生まれたての子供でも、食べ飲み、
栄養とすべきは吸収し、余分なものは排泄する。悪いものがあれば吐く、尿もすれば屁もする。
  この生まれながら持っている能力を自覚し発揮すれば、自ら生を全うすることができる。
  健康法とか、治療法とかが要るつもりになっているのは、知識に酔って生の感覚が鈍くなっている
からだ。


戦災で焼けてから、書を深く味わうことを知った。
一枚のレコードも、丁寧に聴けば楽しいもの。
無ければ無いで、楽しさを掘り下げることを、いつか知っていた。
人間って、面白きもの、これから先も、どのようなことがあっても、楽しいことだろう。


  いのちのリズムが繰り返されて、その都度都度に自然の空気、無限の生くる力が、我が裡に流れ入り、
我が裡なる老廃の気は流れ出し、一呼一吸、息するたびに新しくなり、生気に満つ。
  いのちの続く限り、一瞬の休みもなく、この自然の恵み、息することは続けられて、我らは無限に新し、
嬉しきかな。


晴れあり、曇りあり。
病気になろうとなるまいと、人間は本来健康である。
健康をいつまでも、病気と対立させておく必要はない。
私は健康も疾病も、生命現象の一つとして悠々眺めて行きたいと思う。
                                             ---- 野口晴哉 『風声明語 2』










※世界中のガーデナーが憧れたターシャ・テューダー

※世界中のガーデナーが憧れたターシャ・テューダー2



きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-09-27 13:34 | 日々の暮らし

seishun

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ガガの人間関係に関する愚痴をひとしきりきいたあとで、
「へえー、青春だね」 とわたしが言ったら、ガガが答えた。

「えー、これが? もっと駆け抜けたりしたいよ、商店街とか」



笑いと腹痛でしばらく声が出なかった。

でも伝えたいニュアンスはよくわかったし、
その気持ちもよくわかった。
わたしは商店街を駆け抜けないうちに還暦を過ぎてしまって、
今この老体では、商店街は、駆け抜けるには長すぎる。





※タオル1枚さえあれば! おむつなし育児のすすめ   
※もう布おむつには戻れない! ふんどし育児始めました。

  ガガが小さいときには思いつかなかった。
  自分がスッポンポンの快感を知った今になって、こういうのいいなあと思う。
  こういう育児をやってあげたかったなって。
  でももうガガは商店街を駆け抜ける年齢になってしまった。
  
※医学界が注目する「断食」の意外な効能3選。

※長生きはしたいけれど

※B型肝炎ワクチン、名古屋での助成始まるけど・・・






きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-09-24 21:13 | ボケ

today's pickings

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神は急いでおられない。焦らなくていい。
           ---- アントニオ・ガウディ



私がつれ合いのことを話すと、学生がよく笑うんですけれど、彼はとても面白い人でして、お金もたいしてほし
がらなければ、社会的地位も求めない。なにしろ80年に結婚したときは住所不定、無職だったんです。それ
で、「どうしてあなたはそうなの?」 と何回も聞いたんです。すると彼は聞くたびに 「伝記の読みすぎだ」 と言
うんです。「伝記の読みすぎでどうしてそうなるわけ?」 とある時しつこく聞きましたら、やっと答えが返ってき
ました。彼は少年時代、やっぱり本が好きで、図書館の廃棄処分になった本がおいてある倉庫にまで入りこ
んで読んだらしいんですが、一時期伝記をたくさん読んだそうです。その伝記では、みんな生きている間は認
められなくて、死んでから認められる。そこで彼は少年の時、どこか奥深いところで、生きている間に認められ
るのはたいしたことじゃないんだと思った、というんですね。彼はその時、自分なりに発見した 「物語」 をたっ
ぷりと自分の中に引きこんで、成人したあともある意味で、それを生きてしまっているわけなんです。それは他
人から見れば至極こっけいなことかもしれない。私も彼の話を聞いた瞬間、じつは笑ってしまいました。でも考
えてみると、彼は少年時代に、生きている間だけでなく死後を含めた時間のものさしを獲得してしまったんで
すね。つまり今生きている時間だけがすべてではないという、いわば今生きている時間を相対化する眼を、彼
はその時、手に入れたんだと思います。
                                            ---- 清水真砂子  「幸福の書き方」






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下は今朝の収穫。
どんぐり (これは一昨日拾ったもの。どんぐりコーヒー作りをめざす)。
クマザサの葉 (いつものようにおいしいお茶をつくる。もう少ししたら枯れはじめるから今のうちに)
サツマイモの葉っぱ (散歩の途中の畑の柵からはみだしていたもの。炒めるとおいしい。でも今回はさっとゆがいてみよう)
ねぎ類の何か (散歩の途中の畑のいちばんすみっこに忘れられたようにこれだけ生えていた)。
スベリヒユ (家の前の道ばたに繁茂していたものが根こそぎ除去されてしまったので、畑からもらってきた。昼食のサラダに)
はぎの花 (こぼれるように咲いていた。うまく活けられるかな)。
シダの葉 (色がきれい
名前を知らない植物の小さな赤い実 (これも活ける)。

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スギナのお茶がだいぶ少なくなってきたので、
秋のスギナでもいいから採ってこようと思って出かけたら、
それ以外のものをこんなに見つけてしまった。

相談会のある日にこんなことがあると、もう大変。
拾ってきたものを洗ったり、干したり、瓶に活けたりするだけで朝の時間があっという間に過ぎていく。
でもやめられない。
強力に誘ってくるんだもん、向こうから。


はなし変わって、下は美麻の家の横にまいた大豆。
この写真は前回行ったときのもので、
向かいのチイちゃんに、「あんなにやせて。やっぱ肥料は必要だよ」 とけなされたけど、
先日行ったときはちゃんと小粒のしっかりした実がなっていた。
どうだ、チイちゃん!
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そしてこれは、家の横に植えた梅の苗。
ホームセンターの片隅に、だれにも欲しがられずいじけたように置かれていた。
先日行ったら、元気だったので、もう少し日当たりがいい場所に埋めなおしてきた。
この木が花を咲かせ、実をならせるのはいつのことだろう?
神は急いでおられないようだし、のんびり待とう。
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梅の右側にミョウガが群生している。
秋ミョウガ。
先日行ったときにたくさんいただいてきた。
おいしい!
チイちゃんによれば、夏より秋のミョウガのほうが格段においしいそうだ。

こんなものごとに囲まれているしあわせ。







いつも愉快なチダイさんのブログから↓

※山本太郎議員、ひとり牛歩の裏側 (第1話)
※山本太郎議員、ひとり牛歩の裏側 (第2話)
※山本太郎議員、ひとり牛歩の裏側 (第3話)

  牛歩する太郎さんに寄っていって何か言っていたおじさんは、
  牛歩を止めようとしたのではなく、大丈夫、がんばれよ、と励ましていたのだった。
  さすがに直接取材はインパクトがある。
  そして笑える。






きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-09-22 09:51 | 自然のちから

太郎さん

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(IWJのメルマガより 昨日の参院本会議での強行採決の様子・・・太郎さん、立派!)

 おはようございます!IWJで記者をしている佐々木隼也と申します!

 昨日9月19日未明(18日深夜)2時、安保法制が参議院本会議で可決され、成立しました。国会内では野党議員が連日、法案成立阻止のために徹夜で奮闘し、国会の外では多くの国民が、こちらも連日ほぼ徹夜で、「野党は頑張れ!」とエールを送りました。

 深夜の成立後、国会前はさぞかし「お通夜モード」になっているだろうと、法案賛成の方々は思ったことでしょう。IWJはその抗議の模様をずっと中継していましたが、成立後も、彼らは意気消沈するどころか、「次の試合に勝つしかない」「選挙に行こう!」と呼びかけ合い、終始明るいムードで抗議を続けました。

 深夜3時過ぎ頃、その国会前に姿を現したのは、計5回にわたり、「一人牛歩」を敢行した山本太郎議員。与党議員からひどい野次を飛ばされながら、一人で、しかも5回も牛歩をするというのは、それこそ筆舌に尽くしがたい圧迫感とプレッシャーに見舞われていただろうと思います。

 そんな山本議員、本会議で安保法制の採決の際、牛歩の最後の場面、壇上において、これまでにないほどの猛烈な野次の嵐のなか、与党議員に向かって叫びました。

 「アメリカと経団連にコントロールされた政治をやめろ! 組織票が欲しいか! ポジションがほしいか! 誰の為の政治をやってる! 外の声が聞こえないか! その声が聞こえないんだったら、政治家なんて辞めた方がいいだろう! 違憲立法してまで、自分が議員でいたいか!」

 この魂の訴え。与党議員の心に響いたでしょうか?
おそらくほとんど響いていないでしょうね。しかし、それをテレビやネットの生中継で観ていた国民の心には響いたのではないでしょうか。

 で、国会前に現れた山本議員、SEALDsメンバーの誰よりも明るい様子で、「なぜ法案通ったのにこんなに明るいかって、それは、もうあとは変えて行くしかないからなんです!」と。ここまでポジティブな政治家、見たことありません。

 この模様は、IWJでもハイライト動画で抜き出しているので、ぜひ、観てみてください!

【ハイライト動画:「選挙に行こうよ!」山本太郎議員・奥田愛基さんスピーチ! 9.18安保法制成立後の国会前で】
https://www.youtube.com/watch?v=zLN23wkJ2U4
※山本議員のスピーチは開始5分から

(引用 おわり)






ハナレグミ&忌野清志郎 サヨナラCOLOR ♪







きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-09-20 21:32 | 人間

death is

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死とは、自分でないものを脱ぎ捨てることです。
人生の秘訣は、「死ぬ前に死ぬこと」、そして死がないことを知ることです。
                             ---- エックハルト・トール






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昨日の 「強行採決」 の様子がIWJのメルマガにまとめられていたので転載。
(以下引用)

■「だまし討ち」「肉団子」なんでもアリで強行採決ごっこを演出した自民党と、それに加担するNHK

 一昨日の夜は徹夜でSEALDsによる雨中の国会前の抗議行動が続き、IWJも雨の中、朝まで完全中継を続けました。そして騒然たる夜が明けた昨日の朝、8時50分、自民党がギミックを仕掛けてきました。

 なんと、理事会を看板を掛け替えて委員会室で開くという離れ業を行い、そのまま委員会も開催しようとしたのです。鴻池委員長に、野党が詰め寄り、悶着が続き、休憩に。その後も悶着と休憩が繰り返され、最終的に委員会が開催されたのは13時。議題は、鴻池委員長の不信任動議について、でした。

 不信任動議を提出者である民主党・福山哲郎議員が47分の趣旨説明を行ったのを皮切りに、維新を除く野党議員たちが30分以上の討論、いわゆる「牛タン演説(フィリバスター)」を繰り出し、最後に山本太郎議員が47分間の討論を行った後、動議は反対多数で否決されました。

 そして、鴻池委員長が委員長席に戻ってきた直後、「事件」は起こりました。

 いきなり委員以外の体格の良い自民党議員たちが鴻池委員長をさーっと取り囲み、「人間かまくら」を形成。強行採決に踏み切ろうとしたのです。またしても自民党のギミック。「異変」に気づいた野党議員が委員長席に殺到し、場内は大混乱に。

その場にいた議員も、それを中継していたNHKも、誰の耳にも、鴻池委員長の声は聞こえていなかったはずです。まさに肉団子状態が続いたあと、佐藤正久議員が何やら拍手。何が何やら分からない状態のところ、NHKはテロップで「採決され可決」と速報を打ちました。なぜ、NHKが採決は成立したと判断できるのか、理解できません。

 議事録にすら、何が起きたかが記されていないほどもみくちゃの混乱で、怒号に包まれていただけ。あれで採決が成立したとは到底いえないでしょう。そもそも、「人間かまくら」を作っていた自民党議員すら、鴻池委員長の言葉が聞こえていたがどうか。

 また、本来、議題の設定は一旦理事会で整理してから、仕切り直して総括審議が始まるはずでした。その総括審議をすっ飛ばして不意打ちで、採決の成立を一方的に宣言しただけ。これはとてもではないが、採決とは呼べません。強行採決ですらない、と言ってもいいでしょう。

 この強行採決ですらない「暴力的な何か」が起こった直後、NHKのインタビューに応えた民主党の福山哲郎議員は、開口一番「可決はされていません」と断言。

 「委員長が何を言ったのかも、いつ採決になったのかもわからない。あんなものが採決と認められれば、この国の民主主義は死にます」と強い口調で非難しました。野党は、採決無効を訴え、仕切り直しの審議を求めていきます。

 誰がどう考えても、あの場面で採決が成立したとは思えず、与党と、NHKのような偏向メディアだけが有効であると主張しているに過ぎません。まともなメディアならば、「採決が行われたと与党は主張、野党は無効を求めている」と中立的に報じるべきでしょう。安倍政権とメディアの「強行採決」の既成事実化は大問題です。

 安保法制の審議は、その始めから今まで、終始一貫して「強行」されてきました。そこには国民の声や国会という場を尊重するという姿勢は、微塵もなかったように思います。

 自民党の、こうした立憲民主主義の否定ともいうべき路線の先には、何度でも言いますが、彼らの悲願である、「自民党改憲草案の実現」がセットされています。今回の彼らの暴挙を見て、彼ら自民党が、改憲草案にあるような国民のあらゆる自由・人権の規制を大真面目に考えていることが分かると思います。

 あらためて、この改憲草案を紐解き、分析した書籍『前夜』をご覧ください!今回、彼らが見せた民主主義の否定。以前であれば、まさか、そんな大げさなと、リアリティを持てなかったことが、今ならばリアリティをもって実感できると思います。

(引用おわり)



※違憲訴訟、年内にも=原告1万人目指す―安保法制、法廷闘争へ

※安全保障関連法 合憲性巡り裁判へ

※「テロの標的になる可能性高まる」 NGOに広がる懸念 中村哲氏

※ロンドンで世界最大の武器展、日本の政府・企業が武器輸出PR


※安保法制可決「悲壮感ない」「これからが始まり」



※ 「あしたのための声明書」 ー 自由と平和のための京大有志の会

わたしたちは、忘れない。
人びとの声に耳をふさぎ、まともに答弁もせず法案を通した首相の厚顔を。
戦争に行きたくないと叫ぶ若者を「利己的」と罵った議員の無恥を。
強行採決も連休を過ぎれば忘れると言い放った官房長官の傲慢を。

わたしたちは、忘れない。
マスコミを懲らしめる、と恫喝した議員の思い上がりを。
権力に媚び、おもねるだけの報道人と言論人の醜さを。
居眠りに耽る議員たちの弛緩を。

わたしたちは、忘れない。
声を上げた若者たちの美しさを。
街頭に立ったお年寄りたちの威厳を。
内部からの告発に踏み切った人びとの勇気を。

わたしたちは、忘れない。
戦争の体験者が学生のデモに加わっていた姿を。
路上で、職場で、田んぼで、プラカードを掲げた人びとの決意を。
聞き届けられない声を、それでも上げつづけてきた人びとの苦しく切ない歴史を。

きょうは、はじまりの日。
憲法を貶めた法律を葬り去る作業のはじまり。
賛成票を投じたツケを議員たちが苦々しく噛みしめる日々のはじまり。
人の生命を軽んじ、人の尊厳を踏みにじる独裁政治の終わりのはじまり。
自由と平和への願いをさらに深く、さらに広く共有するための、あらゆる試みのはじまり。

わたしたちは、忘れない、あきらめない、屈しない。

2015年9月19日
by homeopa | 2015-09-18 21:59 | 格言

today's finding

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この世でわたしに必要なものは、すべて与えられている。









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※日本外国特派員協会主催 SEALDsメンバー・奥田愛基氏、本間信和氏、芝田万奈氏 記者会見

※安保法案の議決差し止めを=三重・松阪市長が提訴-東京地裁









※ホメオパシー入門講座のお知らせ 2015年9月20日(日)14:00~16:00



きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-09-17 09:16 | つぶやき

9月14日 国会前

わたしが田舎なんか行ってるあいだに、
国会前には4万五千人もの人が集まっていた。
国の未来を左右する分かれ道だもんね。
政府は明日16日、安保関連法案を強行採決するつもりでいる。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/264479




石や火焔瓶を投げるわけでもなく、
ひたすら声をあげて平和的にデモをしている人たちを、
なぜここまでして止めなければならないんだろう。
国会の真ん前まで行かせればいいじゃん。
症状の抑圧とおんなじだな。



【SEALDs奥田愛基】 国会 平和安全 公聴会 2015年9月15日

 立派! 




三宅洋平さんLIVE 2015 9 12 渋谷ハチ公前





※安保法の目的は経団連による武器輸出
 「しかも、ここにきて、安倍政権は新たにとんでもない武器輸出政策を検討し始めている。開発途上国などを
  対象に、武器購入資金を低金利で貸し出すほか、政府自ら日本の防衛関連企業から武器を買い取り、相
  手国に贈与する援助制度を創設するのだという。
  つまり、国民の血税を使って、海外に日本製の武器をばらまき、最終的に日本の軍需産業を儲けさせよう
  というわけである。
  しかも、これは防衛省や自民党政治家にとってもこのうえなく美味しい利権になる。」








※ホメオパシー入門講座のお知らせ 2015年9月20日(日)14:00~16:00



きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-09-15 10:29 | 世の中のこと

今日もまた感動

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ああ、おてんと様に会いたい。





でも、雨だけど今日も感動。
Allan Savory: How to green the world's deserts and reverse climate change


わたしはこの動画を見ながら、
草をきれいに抜いて土がむきだしになった慣行農法の畑を思った。
日本ではほとんどの畑で土がむきだしになっている。
農家の方が働き者であればあるほど、土が露出する。
あれは砂漠化と同じことじゃないか?







※昨日の土砂降りの雨の中でも安保関連法案に反対する人々がこんなに集まった・・・・ありがたや。







日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見からのお知らせ。
  9月12日~14日、東京を離れますので、その間メールや電話に返信できません。
  緊急の場合にのみ、090-4178-5311にCメールでご連絡ください。
  電波状況の悪い場所なのですぐには返信できないかもしれませんが、
  毎日1度はメールをチェックします。
  ご不便をおかけして申し訳ありません (しかもたびたびで申し訳ありません)。
  よろしくお願いいたします。
by homeopa | 2015-09-10 21:54 | 自然のちから

今日の感動

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感動が、犬のウンコみたいにゴロゴロころがっていて困っちゃう。
今日はこれ。

Ron Finley: A guerilla gardener in South Central LA







わたしもカボチャの種を川原に埋めたり、公園に埋めたりしてる。
昨年、川原に埋めた種は、たぶん少しは芽を出したと思うけど、
大雨で流されたり、アレチウリというカボチャの親戚みたいな植物に圧倒されて、消えてしまった。
今年は公園と川原の土手に埋めた。
どっちも芽が出てきたけど、公園のほうは土が合わなかったのかそれ以上育たず、
さらにまわりの草の勢いに負けて枯れてしまった。
川原の土手に埋めたのも、虫に食われて育たなかった。

やっぱりコソコソやるとだめなのかな。
上のロンさんみたいに堂々とやらないと。
もっと堂々と草刈りをすればよかった。
そういう気持ちはきっとカボチャにも伝わるんだ。







※ホメオパシー入門講座のお知らせ 2015年9月20日(日)14:00~16:00



きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-09-09 10:55

changing the past

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昨夜は大学時代の音楽サークルの同窓会だった。
こういうときによく思うことだけど、
昔のことを実によく覚えている人がいる。

大学の五号館の屋上の倉庫に機材を保管していたとか、
練習は102号室でやったとか、
あのときだれそれの代わりに歯医者の予約をとりに行ったとか、
豊島公会堂でのライブで、だれそれがMCでこんな話をしたとか・・・・

もちろん、わたしは何も覚えていない。
自分がつくった歌さえちゃんと覚えていなくて、ほかの人に歌ってもらったりした。

とにかく何でも忘れるわたしだから、
たとえ覚えていることでも、自分の記憶はあまり信用していないんだけど、
ちょうど今読んでいる本には、
わたしだけでなく人間一般の記憶がかなりあてにならないものらしいことが書いてあって、
ああ、よかった、わたしだけじゃないんだ、と思った。
この本↓
『つくられる偽りの記憶:あなたの思い出は本物か?』 (DOJIN選書)

記憶というと、何か固定した事実のようなものが脳のどこかの倉庫や引出にしまわれていて、
思い出すときにはそれを取りだしてくるみたいなイメージがあるけれど、
そうではないらしい。

記憶というのはもっと流動的なもので、
あとから入ってきた情報やイメージによって絶えず変化しているそうだ。

近年、格段に進歩したDNA鑑定によって昔の事件を再検討してみたら、
目撃証言によって無罪の人が有罪になってしまったケースがたくさんあることがわかった、
アメリカで1992年からそのようなケースを掘りだす活動 「イノセンスプロジェクト」 というのが行われ、
2012年までに292人もの服役囚の無実が証明されたそうだ。
そのうち77.69パーセントが目撃証言の誤りによる冤罪だった。
   (他の原因には、顕微鏡による毛髪比較の誤り、密告者・情報提供者の誤り、虚偽自白、
    血液型鑑定の誤り、警察の不正、検察の不正、化学鑑定の誤り、弁護士の怠慢・技術不足、
    なんてものもかなりの割合でふくまれていて、それはそれで人間というものへの興味をそそる)

なぜそのような記憶の誤りが生じるのか、ということに関して、
この本ではさまざまな実験の結果が紹介されていて、
それがとてもおもしろい。

しかも記憶は変化するだけでなく、
実際には起こらなかったことまでが記憶になってしまうこともあるという。
出生時の記憶、UFOによる誘拐体験、前世の記憶などについても、
この観点から考察されていて、さまざまな実験結果が紹介されている。
それによると、どうもこうした記憶も事実ではないかもしれないという方向に結論が向かうのだけど、
それについて著者は下のように書いていて、わたしもその考えに全面的に賛同する。

  「ただしこの現象 (UFOによる誘拐体験) が、入眠時幻覚やフォールスメモリーによって見かけ上、うまく
   説明できるからといって、アブダクション (誘拐) はほんとうに生じていないと断言することはできないの
   もまた事実なのです。この点は 「ないことを証明することはできない」 という科学的な方法論の限界とい
   えるでしょう。科学者の中には、ビリーバーを馬鹿にするような人も少なくないのですが、方法論的に否
   定できないものを、「そんな現象などない」 と主張することもまた、科学的な態度ではないと知っておくこ
   とは必要でしょう。そのため、この現象についてもあらゆる可能性を念頭に置いて研究を続けていく必要
   があると思われます」



そういえば、だいぶ前にこのブログで紹介した記事にも、
記憶の可変性ということが書いてあった。↓
「広告で生まれるニセの記憶」
http://wired.jp/wv/2011/05/27/%e5%ba%83%e5%91%8a%e3%81%a7%e7%94%9f%e3%81%be%e3%82%8c%e3%82%8b%e3%80%8c%e3%83%8b%e3%82%bb%e3%81%ae%e8%a8%98%e6%86%b6%e3%80%8d%ef%bc



たしか福岡伸一さんも、
記憶はたとえばビデオテープに記録された画像のような固定されたものではなく、
回路のつなぎ方みたいなもので、
ちょっとした刺激でその回路のつなぎめが変化する、
というようなことを書いていた (ような気がする。この記憶も誤りかもしれない)。



つまり記憶というのは、
過去にあった事実ではなく、
今、わたしの頭のなかで起こっていることなのだ。

過去は実は現在進行形なのだ。

今のわたしが何をどう感じるかによって、記憶も変わる。
記憶が変わるということは、わたしの過去が変わるということだ。
わたしたち人間は、自分の過去を書きかえることができる。
これって、すごいことじゃないか?

  「じつは、最近では、フォールスメモリー (偽りの記憶) 形成を病理としてとらえるのではなく、自己のアイ
   デンティティをけいせいするためのパーソナリティの、正常で積極的な働きであると考える研究者が多く
   なってきています。つまり、人は自らのアイデンティティを確認するために積極的に過去の思い出をつくり
   出したり、改変する生きものだということです。これは、「記憶は私たちの人生の記録庫である」 といっ
   た、私たちがふつう考えている説がむしろ誤りであると考えているわけで、なかなか画期的な視点といえ
   るでしょう」



ただひとつ疑問に感じるのは、
記憶は脳だけでするものなのかということ。
強烈なトラウマ体験や、五感の記憶など、
全身の細胞そのものに刻まれる固定的な記憶もあるのではないか、
なんて、わたしの身体が言いたがっている。



それと、わたしみたいに記憶があんまりない人は、
アイデンティティもないのかな・・・・・
ちょっと寂しい。









※これは未来を変えるはなし。映像作家・丹下紘希氏の力強いスピーチ。


※紅子さんのスピーチ全文・・・・紅子さんもお母さんもすてき






きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-09-06 10:50 | おもしろいこと