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老子

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「まずは君自身が「自由」になること」

タオのエネルギーが、
その人のなかに植えこまれると、
ちょっとやそっと揺さぶられたって抜けない。
あのパワーをしっかり抱いた人は、
他人や社会に引きずり廻されない。そして
その命の活力は、
遠く子孫にまで伝わってゆく。
だってそれは大自然のエネルギーだから。

これを身につけたとき、君は
いろんな束縛から自由になる。
すると君の家族も、きっと、
この柔らかな活力を持つようになる。
村だって同じだよ。もし
こういう家族がふえれば、村はじっくり落ち着いて
いつまでもつづくものになるだろう。
国家だってそうさ。
国が大自然の力を貴べば、
国は豊かになるだろう。そしてやがては、
こういう豊かさのゆきわたる世界が
創られるべきなんだ。

だから大切なのは
自分個人のなかに、
タオの活力を据えることだ。ただしそれは、
修身斉家治国平天下につながる
なんてことじゃないんだ。
各人がただ、自分のなかの活力を思い
それを大切にすることでいいんだ。
それがひとつの家に
じっと湧きはじめるのを思えばいい。
ひとつの村に、
ひとつの国に、
どれほど広がってゆくかを、思えばいい。
そうすれば、
全世界のほんとの姿が見えてくる――
いつかゆきわたるにちがいない静かな平和。
それはこういう目で見ることから
実現されるんだよ。

                 ---- 『老子』 加島祥造訳
by homeopa | 2015-05-30 13:03 | 格言

老子

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「優しい柔らかな光」

道 (タオ) というのは、
とても微妙な働きのものだ。
しかし、よく見れば、明快なんだ。
世の中はどんなふうに動いていくかが
見えてくる。

勢いづいているものは、
それをさらに勢いづかせると、
早く萎むことになる。
強大な権力には、
もっと強い力を持たせると、
いっぺんに崩れ去る。
流行しているものは
もっと流行らせれば、
たちまち消えてしまう。だから、もし
奪いとりたいものがあったら、それに
まずたっぷり与えることさ。

柔らかなものが
固いものに勝ったり
弱いものが
強いものに勝ったりするのも、
みんなタオの微妙な働きからくるのさ。
それは優しい柔らかな光なんだよ。

どんなに強い力よりも勝るもの
魚が深い淵にいる時、
静かに生きて動いている
あの動きなんだよ。
あの光なんだよ。

ぎらぎらした武器をみせつけて、
脅したり強がったりしたって、
長つづきはしないんだ。
by homeopa | 2015-05-30 12:55 | 格言

how doctors die

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病気は、かならず治療しなければいけないものなのだろうか?






下は英語のサイトの記事を翻訳したものです。
原文はこちら ↓
http://www.zocalopublicsquare.org/2011/11/30/how-doctors-die/ideas/nexus/



「医者の死に方」

何年も前、人々の尊敬を集める整形外科医であり、私の師でもあったチャーリーが、胃にしこりを発見した。チャーリーは外科医に検査を依頼し、膵臓ガンと診断された。その外科医は国内でも指折りの優秀な外科医で、膵臓ガンの5年生存率を5パーセントから15パーセントまで上げることのできる方法 (生活の質は落ちるが)まで発明していた。しかしチャーリーは興味を示さなかった。翌日には家に帰り、診療所を閉め、病院には二度と足を踏み入れなかった。家族と一緒にいてできるだけ気分よく過ごすことに集中し、数カ月後に自宅で亡くなった。抗ガン剤も放射線治療も手術も受けなかった。メディケア(高齢者に対する政府の医療保障)はほとんど使われなかった。

あまり話題には上らないが、医師も死ぬ。しかし他の人々のようには死なない。医師が特異なのは、大多数のアメリカ人にくらべていかに多くの治療を受けるかではなく、いかに受けないかだ。他の人々を死から遠ざけることに多くの時間を費やすにもかかわらず、自分が死に直面したときにはかなり淡々としている。医師は病気の進展を予想できるし、選択肢も知っている。ほとんどの医師がどんな治療でも受けたければ受けることができる。しかし彼らは穏やかな方法を選ぶ。

もちろん医師も死にたくはない。彼らも生きたい。しかし現代医学をよく知っているので、その限界も知っている。死についてもよく知っていて、人々が何をいちばん恐れるかも知っている。それは苦痛のうちに死ぬこと、そしてひとりで死ぬことだ。医師はそういうことをすでに家族と話しあっている。その時が来ても大胆な手段はとらないことや、最後の瞬間に心肺蘇生術で肋骨が折れるようなことにならないように(心肺蘇生術をきちんと行えばそうなる)、確認しておきたいからだ。

医療にたずさわる人ならだれでも「無駄な治療」が行われるのを目にしてきたはずだ。それは死に近づいている重症患者に医師が最先端医療をほどこすときだ。患者の身体は切り開かれ、管を挿入され、機械につながれ、薬で攻撃される。これはすべて集中治療室で一日数万ドルもの費用をかけて行われる。それで得られるのはテロリストにさえ味わわせたくないような悲惨な状態だ。私は仲間の医師から何度となくこんな言葉を聞かされてきた。「もし僕がこんな状態になっているのを見たら殺してくれ」 みな本気だった。なかには心肺蘇生術を避けるために、「NO CODE (特定の患者に緊急蘇生術をする必要がないことを通知する指令)」と書いたメダルを身に着けている人もいる。入れ墨を入れている人さえ見たことがある。

患者を苦しませるような医療を施すのはつらい。医師は自分の感情を表さずに情報を集めるよう教育されている。しかし親しい仲間内ではときどき本音をもらす。「自分の家族にどうしてあんなことができるんだ?」と彼らはきく。おそらく医師のアルコール依存症や鬱病の罹患率が他の職業より高いのは、それも一因しているのではないかと思う。私が10年前から病院の医療に加わるのをやめたのはそのせいだ。

どうしてこんなことになったのだろう? 医師が自分が望まないような治療をこれほどたくさん施すようになるなんて。単純な答えは、いや、さほど単純ではない答えはこうだ--- 患者・医師・システム。

ここで患者がどのような役割を担うかを知るには、だれかが意識を失って救急病棟に運ばれたところを想像するといい。よくあることだが、だれもそんな状況を予測してはいない。ショックを受けておびえている家族は選択肢の迷路に迷いこむことになる。彼らは圧倒されている。そこで医師が「できることをすべてやってほしいですか」ときくと、家族は「はい」と答える。そこから悪夢が始まる。家族が本当に「できることをすべて」やってほしいと思っていることもあるが、実際は「妥当なことをすべて」やってほしいと思っていることも多い。問題は、何が妥当かを彼らが知らないことだ。しかも混乱して悲しんでいるので、医師にそれを質問したり医師の言葉をちゃんと聞きとることができない。一方で、すべてをやってくれと言われた医師は、妥当であってもなくても、それを実行する。

上のような筋書きはよくあることだ。それに輪をかけるのが、医師の能力に対する非現実的な期待だ。多くの人は心肺蘇生術を確実な救護法と考えているが、実際には結果はさほどかんばしくない。私は救急病棟に心肺蘇生機を導入してから何百人という救急患者を診てきた。そのうち歩いて病院から出ていったのはひとりだけだ。彼は心臓に問題のない健康な男性だった(詳しく言うと、彼は緊張性の肺気胸だった)。もし患者が重病をわずらっていたり、老齢だったり、末期的な状態だったりすれば、心肺蘇生術の成果はごくわずかなものになり、患者の苦しみは膨大になる。知識の不足と誤った期待は、多くの間違った決断に通じる。

しかしもちろん、そういう状況を作るのは患者だけではない。医師も一役買う。問題は、無駄な治療を行いたくない医師でさえも、患者とその家族の願いに応じる手段を見つけなければならないことだ。もう一度救急病棟を想像してみよう。そこには悲嘆に暮れ、おそらくヒステリックになっている家族がいる。彼らはその医師を知らない。そのような状況で信頼関係を築くのは難しい。もしそこで医師がこれ以上治療をしないようにと助言でもすれば、家族は医師が下劣な動機から、つまり時間や費用や労力を惜しんで、そんなことを言うのだと思いがちだ。

医師のなかにはコミュニケーションが得意な人もいれば、そうでない人もいる。意志の固い人もいれば、さほどではない人もいる。しかしどの医師もみな似たようなプレッシャーに直面する。私は最期の選択をしなければならないような状況に直面したとき、できるだけ早い段階で、自分が妥当だと思う選択肢のみを提示するという方法をとる(どんな状況でもだが)。患者やその家族が妥当ではない選択肢を持ちだしてきたときには、専門用語は使わず、その難点を明確に説明できるような普通の言葉で話しあう。もし患者やその家族が、私が無意味または有害だと思う治療をそれでもやりたいと言いはるときには、別の医師または病院に治療を任せるだろう。

ときにはもっと強引になるべきだったのだろうか? このように患者を別の医師に任せたケースで、いまだに気になっているものがいくつかある。私がとても好意を抱いていた患者のひとりは、ある有名な政治家一族の弁護士だった。彼女は重度の糖尿病で、血液循環が非常に悪く、あるとき足に痛いただれができた。病院の厄介さを知っていたので、私はあらゆる手を尽くして手術を避けさせようとした。それでも彼女は、私とは無関係の外部の専門家に助けを求めた。私ほど彼女のことをよく知らなかった医師たちは、慢性的に詰まっている両脚の血管にバイパス手術を施すことにした。しかしそれでも血液循環は回復せず、手術の傷はなかなか治らなかった。やがて両足が壊疽を起こし、脚を切断することになった。二週間後、こうしたことすべてが行われた有名な医療センターで、彼女は亡くなった。

このようなケースで医師や患者の間違いを指摘するのは簡単だが、多くの点で、医師も患者も、過剰な治療を奨励する大きなシステムの犠牲者なのだ。不運なケースでは、医師たちがフィー・フォー・サービス(診療ごとに料金を支払う仕組み)を利用してできることをすべて行い、それがどんなに無意味でも構わず、収入を上げようとする。しかしもっとよくあるのは、医師が訴訟を恐れて頼まれたことをすべて行うというケースだ。彼らはトラブルを避けるために、ほとんど意見も言わない。

患者がきちんと準備をしていた場合でさえ、このシステムに飲みこまれることもある。私の患者に78歳のジャックという男性がいた。彼は長患いで、大手術を15回も受けていた。そしてどんな状況であれ、二度と生命維持装置にはつながれたくないと私に説明していた。ところがある土曜日、ジャックは激しい発作を起こし、妻の付き添いもなく、無意識のまま緊急治療室に運ばれた。医師たちはジャックを蘇生させるためにあらゆる手を尽くし、ICUで生命維持装置につないだ。これはジャックにとっては最悪の悪夢だった。私は病院に着いてジャックのケアを引き継ぐなり、彼の妻や病院のスタッフと話し、本人の希望が書かれたノートを見せた。それから生命維持装置を切り、彼の横に付き添った。ジャックは二時間後に亡くなった。

ジャックは自分の希望をすべて書面にしていても、望んだとおりに死ぬことができなかった。システムがそれを妨害した。あとでわかったことだが、私がジャックの生命維持装置を切ったことについて、看護士のひとりが殺人の可能性ありとして当局に報告したそうだ。もちろんそれで何かが起こることはなかった。ジャックは自分の希望を明確に説明していたし、それを証明する書類も残していたからだ。しかしどんな医師も警察に捜査されると思えば怖じ気づく。ジャックの望みに反して彼を生命維持装置につないだままにし、彼の命と苦しみを数週間先まで延ばしたほうが、私にとってははるかに簡単だっただろう。しかもメディケアではさらに50万ドルの費用がかかる。多くの医師が誤った過剰治療を行いたがるのも無理はない。

それでも医師は自分自身に過剰な治療はしない。その結果をつねに目にしているからだ。自分の家ではほぼだれでも穏やかに死ぬことができるし、最近では痛みもずいぶんコントロールできるようになった。ホスピスでは終末期の患者に無益な治療を施すかわりに、快適さと威厳を与えることに集中し、はるかに良好な最期の日々を提供する。驚いたことに、多くの研究から、ホスピスにいる人々のほうが同じ病気で積極的な治療を受けている人々より長生きすることがわかっている。つい最近も、有名記者のトム・ウィッカーが「自宅で家族に囲まれ穏やかに亡くなった」と、ラジオで言っているのを耳にした。ありがたいかな、そのようなケースはますます増えている。

数年前に従兄のトーチがけいれん発作を起こし、肺ガンが脳に転移していることがわかった。私はトーチにさまざまな専門家を紹介した。それでわかったのは、週に3~5回の抗ガン剤治療を含む攻撃的な治療を受ければ4カ月は生きのびられるだろうということだった。最終的に、トーチはどの治療も受けず、ただ脳の腫れを緩和する錠剤を飲むだけにとどめ、私の家に引っ越してきた。

それから8カ月間、私たちはトーチが楽しめることをいろいろやった。何十年ぶりで一緒に楽しく過ごした。トーチにとって初体験のディズニーランドにも行ったし、家でごろごろ過ごしたりもした。トーチはスポーツ好きなので、スポーツを観ながら私のつくった料理を食べるのをとても喜んだ。病院食の代わりに好きな食べ物を食べて少し太りさえした。激しい痛みはなく、つねに上機嫌だった。そしてある日、目を覚まさなかった。それから三日間、昏睡状態のように眠り、そして亡くなった。8カ月間の医療費は一種類の薬代だけで、約20ドルだった。

トーチは医者ではなかったが、自分が量だけでなく質のよい人生を求めていることを知っていた。ほとんどの人間が求めるのはそれではないのか? もし終末期ケアに最先端技術があるとすれば、これだ --- 尊厳死。僕自身は主治医に自分の選択肢を知らせてある。ほとんどの医師がそうであるように、私もそれを選ぶのは簡単だった。果敢なことは何もせず、穏やかに眠りにつく。師のチャーリーのように。従兄のトーチのように。そして仲間の医師たちのように。
                                      ケン・マレー(南カリフォルニア大学、家庭医学部臨床助教授)


(翻訳ここまで)



         ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



上の医師たちの選択は、
現代医学の限界というものを前提にしています。

もちろん、現代医学に限界があるならば、他の方法を使うという選択肢もあります。

また現代医学であれなんであれ 「治療」 というものをしないという選択もあります。

大事なのは、本人が自分で選択できる状況やシステムと、
それを受け入れる寛容で柔軟な社会があることだと思います。






しかし現実には、個人が自分の治療法を選択する自由はあまりありません。
下はそれを痛感させられる映画。
ブルジンスキー博士とアンチネオプラストンについて。


病気にはさまざまなアプローチが可能であり、
現代医学も単にそのひとつであること、
現代医学が他のアプローチに対していかに閉鎖的かということ、
新しいアプローチを開発する人々がいかに迫害されるかということ、
従来の治療法から利権を得ている人たちが、
いかに卑劣な手段を使ってそれにしがみつこうとするかということ、
そんな現実が如実に描かれています。
観ているとけっこうムカつきます。

でも中身の充実したすばらしい映画。




※日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見よりお知らせ

 携帯電話から当センターにメールをくださる場合、
 携帯電話の設定が、PCからのメールを拒否する設定になっていると、
 こちらからの返信がはねつけられてしまいます。
 返信がなかなか届かない場合は、携帯電話の設定をご確認ください。
by homeopa | 2015-05-29 22:59 | 病気

今この瞬間、足りないもの

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美麻で草刈りざんまいをしてきた。

あそこを買って以来、行くたびに雨が降っていたので、
今回もたぶん降られるだろうと思っていたら、
三日間とも恍惚となるほど気持ちのいい五月晴れだった。
自分でも知らないうちに何か善い行いでもしたのだろうか?


カメムシの死骸はたくさんあったけれど、
それを始末したら、生きたやつが現れることはもうなかった。
冬眠から覚めてみんな外に出ていって、
出られなかったものだけが中で死んだのだろう。
なんで入ってこられるのに出ていけないのか不思議だけれど。
カメムシのなかにも、わたしみたいな抜けたやつがたくさんいるらしい。


二日目の朝、熊よけの鈴を鳴らしながら散歩に出たら、
向こうに何かケモノがいる。
うり坊か、と思ったらそうではなくて、
向かいのおばさんが餌をあげているネコたちだった。

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遊ぶだけ遊んだら、のんびり帰っていった。
達人だね、くつろぎの。



クワの実。

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小さな小さなすみれの花。

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山に入るときのために買った地下足袋。
今回は草刈りで忙しくて使用せず。

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かまどでの火のたき方は、回数を経るごとにうまくなる。
スープをつくるのに前回は2時間かかったところを、
今回は30分でできた。
いつ薪を足すべきか、どの太さの薪をどの角度で足すべきか、
そんなことが身についてくる。
おまけに煙も前ほど気にならなくなった。
そういえば新潟の父の実家にはいろりがあって、
いつもこんな匂いがしていたなあなんて思いながら。


とまあ、ほぼ平和な三日間ではあったのだけど、
三日目の朝、業者の人に屋根の雨漏りの様子を調べてもらったら、
「一緒に来るはずだった職人が来られなかったので正確な見積もりは出せないが、
今度雪が降っても大丈夫なくらいしっかり治すにはたぶん数十万円かかるだろう」
と言われて、
平和が一時的にどさっと崩れ落ちた。

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受け入れ、そして行動しなさい。
今この瞬間にふくまれるものが何であれ、
それをすべて自分で選んだかのように受け入れなさい。
それにあらがうのではなく、つねにそれに協力しなさい。
それを敵にするのではなく、友人にし、味方にしなさい。
そうすればあなたの生活全体が奇跡のように変貌するだろう。
                      ---- エックハルト・トール


とエックハルトさんも言うので、
受け入れてまた草刈りに専念することにした。
見積もりだってまだ正確に出たわけじゃなし、
今この瞬間お金に困っているわけじゃなし。

お日さまの光を浴びて微風を首に感じながらザックザックと草を刈っている今この瞬間、
何か足りないものがあるだろうか?

ない!


と答えるのが正解なんだろうけど、
おいしいランチが食べたいなあ、なんて考えていた。
今この瞬間に生きることはなかなかむずかしい。









※厚労省、ネオニコチノイド系農薬の食品残留基準を緩和

※ネオニコ農薬2000倍緩和、裏で住友化学が動く

※「戦争法案」志位和夫(共産)の質疑5/26


※「戦争法案」安倍晋三・答弁【全167分】5/26衆院・本会議

by homeopa | 2015-05-26 21:30 |

農薬と発達障害

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草の畑を見慣れたせいか、
最近は土がむきだしになった畑を見ると寒々しい気分になる。
土も草をはがされて心細い気分だろうと思って。

わたしが畑をやれるようになったあかつきには、
こんな畑をつくりたいな。↓

http://angel28.seesaa.net/article/238220034.html
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http://azuminoworkcamp.blog38.fc2.com/blog-entry-28.html
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もちろん農薬や化学肥料は使わず、その他の肥料も控えめにして、
草と微生物とレメディーを活用して。
自分が食べて周りの人にお裾分けするぐらいはできるんじゃないか。






さて、農薬と発達障害の関係についての動画です。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/242962

以前の記事でリンクを貼ったのだけれど、
内容がとても濃いので、
ここに要点を箇条書きにしておくことにしました。

  (この動画はIWJの会員でないと最後まで見られません。
   IWJは本当にわたしたちが知りたい情報を伝えてくれる希有なメディア。
   興味のある方はぜひ会員になるといいです。
   すっかり御用メディアになりさがったテレビや新聞が伝えないことを知ることができます)



【対談内容の概要】

黒田洋一郎医学博士との対談    著書『発達障害の原因と発症メカニズム』

◆脳の働きに異常のある子どもが増えている
  (キレやすい、引きこもる、ADHD、学習障害、自閉症スペクトラムなど)。
  小学生の6.3%(17人に1人)が軽度の発達障害、2.7%が自閉症(文科省調べ)。
 
◆発達障害とそうでない状態の境目はグラデーションで、はっきり線が引けない。

◆発達障害の原因に関する専門家の見方は、
  社会的要因から、親の育て方、遺伝、そして環境内の化学物質へと変化してきた。

◆同じ化学物質に同じ量暴露したとしても、ひとりひとり症状の出方がちがう。
  そのために因果関係を証明するのがむずかしい。

◆米国カリフォルニア州の調査では、1990年から2006年のあいだに発達障害のケースは
  約7倍に増えた(このうち4割は診断基準がゆるくなったため)。
  これを見ても発達障害の原因が遺伝でないことがわかる。
  日本ではもっと多いはずだが、このような調査は行われていない。

◆発達障害の発症メカニズム--- 子どもの発達過程で脳神経のシナプスに異常が生じ、
  特定の神経回路が形成されず、その回路が担当する行動や思考ができなくなる。
  シナプスは脳神経と脳神経のつなぎめであり、ここではさまざまな化学物質(神経伝達物質)によって
  情報が伝達される。この伝達が環境中の化学物質によってかく乱されることによって異常が生じる。

◆胎児期と幼児期はシナプス形成に大事な時期だが、この時期はまだ血液脳関門が未発達のため、
  毒物が脳に侵入しやすい。

◆自閉症に関連する遺伝子が見つかっている(だれもが持っている)。
  これらの遺伝子はすべてシナプスにかかわるもの。

◆局所的なシナプスの異常は微少すぎて、生きている子どもの脳では観察できないため、
  診断がむずかしい。

◆1970年ごろ、米国で自閉症やADHDが増えはじめる。
  1970年ごろ、日本でPCBや有機リン系農薬を使いはじめる。その後、ネオニコチノイド系農薬も。
  1980年ごろ、日本でも自閉症が増えはじめる。
 
◆発達障害を起こしうる化学物質
  環境化学物質
  重金属(有機水銀、鉛など)
  有機塩素化合物(PCB、ダイオキシンなど)
  農薬(有機リン系、ネオニコチノイド系)
  ニコチン
  薬品
  サリドマイド。バルプロ酸(抗てんかん薬)
  
◆PCBは神経に毒性があるとして1970年に製造中止になったが、
  現在でも日本人全員の血中に検出される。
  PCBは脂肪に溶けやすいため、マグロの脂身やクジラの脂身に濃縮されているものを
  人間が摂取するためと思われる。

◆ひとりの人間の中でさまざまな化学物質による複合汚染が起こっている。

◆ヨーロッパではデータが完全にそろわなくても、予防原則でネオニコチノイド系農薬を禁止した。
  日・米は完全に黒だとわかるまで禁止しない。
  それどころか日本政府は基準をゆるめようとしている。

◆各国の単位面積あたりの農薬使用料と、自閉症有病率の関係(2012年)
  驚くほど一致している。

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  韓国と日本は、もっとも少子化が進んでいる国でもある。
  農薬の生殖毒性と関係あり?
  フランスは先進国のなかでも出生率が高い
         --- 農薬をあまり使わず、農協で農薬の使用を強制したりしない。
 
 
◆殺虫剤は昆虫のアセチルコリンの働きを妨害する。

  昆虫--- 中枢神経ではアセチルコリンが主な神経伝達物質。
        抹消神経ではグルタミン酸が主な神経伝達物質。
  人間--- 中枢神経ではグルタミン酸とアセチルコリンが、
        末梢神経ではアセチルコリンが主な神経伝達物質。

        したがって殺虫剤は人間の中枢神経にも作用する。
     
◆農薬の毒性は遅発性であるため(多量にとった場合は別)、
  因果関係が証明しにくい。

◆農薬の毒性から生じる病気 → ガン・心機能不全など急性神経症状・パーキンソン病など遅発性神経疾患
                      発達障害・アレルギー・アトピー・化学物質過敏症・生殖機能の異常

◆佐渡でトキの孵化が成功しなかったとき、
  近隣の農家にネオニコチノイド系の農薬の使用をやめてもらったら、孵化が成功した。

◆有機リン系農薬--- アセチルコリンの分解を阻害 → 神経伝達がONになりっぱなし。
              野菜を洗えばある程度落ちる。
           
 ネオニコチノイド系農薬--- アセチルコリン受容体に結びつく → 神経伝達がONになりっぱなし
                  種に吸収させるため、成長した植物にも残留し、
                  食べた虫が死ぬ。
                  野菜を洗っても落ちない。
              
      脳の発達過程では、正常回路の発達にとって、神経伝達がOFFになっている状態が必要である。


◆ネオニコチノイド系農薬にもいろいろなものがある。
  日本政府はそのなかに含まれる各化学物質ごとに規制しているため、
  少し組成を変えるだけで規制をまぬがれることができる。

◆2013年、欧州食品安全機関は、ネオニコチノイド系農薬は子どもの脳の発達に影響を与えるとし、
  使用基準を厳しくするよう勧告。
  EUは2013年12月から2年間、3種類のネオニコチノイド系農薬を使用禁止にした。

◆住友化学--- 日本の農薬トップメーカー。とくにネオニコチノイド系農薬。
  モンサント社の日本のパートナー。
  遺伝子組み換え製品の販売促進。
  TPPの推進役。
 
   2013年5月、EUがネオニコチノイド系農薬の使用を禁止したことについて
   住友化学が反論文書を発表。
   「ネオニコチノイドと蜜蜂の大量死の関連が明確になっていないのに予防原則で使用を禁止したのは
   けしからん」という内容。
   けしからん企業だな。
 
◆日本には危険情報がほとんど入ってこない。入ってきても報道されない。

◆家庭で使われる殺虫剤にもネオニコチノイドが使われている。
  アリコロリ、コバエキャッチャー、コバエ劇とり、カダン、ブラックキャップなど多数。
  建物の建材などにも。
 
◆日本の農地面積当たりの農薬使用料は、アメリカの7倍、フランスの3倍。

◆ネオニコチノイド系農薬の国内出荷量は過去10年間で3倍に(国立環境研究所データベース)
  農協(JA)は販売手数料が入るため、会員に農薬の使用を勧める。
 

◆日本でのネオニコチノイド系農薬の残留基準はきわめて緩い。
 -------------------------------------------------
       日   米   EU (アセタミプリドの基準 単位:PPM)
 -------------------------------------------------
 イチゴ   3   0.6   0.5
 リンゴ   2   1.0   0.7
 茶葉   30   00    0.1
 トマト    2   0.2   0.15
 キュウリ  2   0.5   0.3
 キャベツ  3   1.2   0.6
 ブロッコリ 2   1.2   0.3
 
◆もし日本がTPPに加入したら、日本の農産物は加盟国から敬遠されるだろう。
  先日、台湾が農薬の残留濃度を理由に日本の農産物を返却した。
  台湾のほうが意識が高い。

◆2010年、米ハーバード大学の研究者は
  「有機リン系農薬に暴露された子どもはADHDのリスクが約2倍に高まる」と論文を発表。

◆2012年11月、米国小児科学会が声明を発表。
  脳の発達障害や脳腫瘍など、農薬による子どもの健康被害について警告した。
  200以上の論文が証拠として引用されている。
 
(以上)

          ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



農薬の害が心配な方は、下のようなレメディーをとられてみるとよいでしょう。
そしてもちろん、ホメオパスに相談することも。

K-Jyoso-Her (除草剤)
K-Sacchu-N-Met (農薬の殺虫剤)
K-Sacchu-H (家庭用殺虫剤)
K-DDT/DIO/PCB (DDT、PCB、DIO)
Phosphorus (リン)
Nicotinum (ニコチン。ネオニコチノイドはニコチンと類似)








※日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見からのお知らせ

 5月23日(土)・24日(金)・25日(月)のあいだ東京を離れますので、
 メール・FAX・お電話への返信ができません。
 ご不便をおかけして申し訳ありません。
 よろしくお願いいたします。
by homeopa | 2015-05-20 21:45 | 病気

tao

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「たかの知れた社会なんだ」

ぼくらはひとに
褒められたり貶されたりして、
びくびくしながら生きている。
自分がひとにどう見られるか
いつも気にしている。しかしね
そういう自分というのは
本当の自分じゃあなくて、
社会にかかわっている自分なんだ。

天と地のむこうの道 (タオ) に
つながるもうひとつの自分がある。
その自分にもどれば
人に嘲られたって褒められたって
ふふんという顔ができる。
社会から蹴落とされるのは
怖いかもしれないけれど、
タオから見れば
社会だって変わってゆく。だから
大きなタオの働きを少しでも感じれば
くよくよしなくなるんだ。
たかの知れた自分だけれど
社会だって、
たかの知れた社会なんだ。

もっと大きなタオの命に
つながっている自分こそ大切なんだ。
そのほうの自分を愛するようになれば
世間からちょっとパンチをくらったって
平気になるのさ。だって
タオに愛されてる自分は
世間を気にしてびくつく自分とは
別の自分なんだからね。

社会の駒のひとつである自分は
いつもあちこち突き飛ばされて
前のめりに走ってるけれど、
そんな自分とは
違う自分がいる――それを知ってほしいのだよ。

               ---- 加島祥造 『タオ 老子』 







「静けさに帰る」

虚 (うつろ) とは
受け容れられる能力を言うんだ。
目に見えない大いなる流れを
受け容れるには、
虚で、
静かな心でいることだ。

静かで空虚 (うつろ) な心には、
いままで映らなかったイメージが見えてくる。
萬物は
生まれ、育ち、活動するが
すべては元の根に帰ってゆく。
それは、静けさにもどることだ。
水の行く先は――海
草木の行く先は――大地
いずれも静かなところだ。
すべてのものは大いなる流れに従って
定めのところに帰る。
  (そして、おお、
  再び甦るのを待つ)

それを知ることが智恵であり
知らずに騒ぐことが悩みの種をつくる。
いずれはあの静けさに帰り
甦るのを待つのだと知ったら
心だって広くなるじゃないか。
心が広くなれば
悠々とした態度になるじゃないか。
そうなれば、時には
空を仰いで、
天と話す気になるじゃないか。
天と地をめぐって動く命の流れを
静かに受け入れてごらん、
自分の身の上をくよくよするなんて
ちょっと馬鹿らしくなるよ。

               ---- 加島祥造 『タオ 老子』 















※日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見からのお知らせ

 5月23日(土)・24日(金)・25日(月)のあいだ東京を離れますので、
 メール・FAX・お電話への返信ができません。
 ご不便をおかけして申し訳ありません。
 よろしくお願いいたします。
by homeopa | 2015-05-19 08:57 | 格言

病気

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病気を、理由もなく自分に降りかかった災難みたいに考える人もいる。
理由があるから病気になるんだと思うけどね。

一方で、病気になるには何か自分に 「悪いところ」 があるからだろうと考えて、
何が悪いんだろう? 何を改めればいいんだろう?
と理由さがしをしてドツボにはまる人もいる。
(わたしもちょっとこのタイプ)
お酒や煙草もやめて、砂糖を抜いて、小麦粉もやめて、肉食もあきらめて、
無農薬野菜や無添加食品に大金をつぎこんで、
睡眠時間をふやすために好きな趣味もやめて、
嫌いな運動をするためにジムに通って、
がんばって節制して、節制して、
でも何も変わらないとか・・・・

「悪いところ」 っていうより、
そのときの自分にとって不自然な生き方や生活が、
つまり無理をしてるってことが、
理由なんだと思うけど。
そして「悪いところ」 や 「無理」 は、そのときその人によって千差万別だ。
そのときその人によって、自然なことが千差万別なように。



そして病気になったとき、
自分の無理に気づいてそれを手放すことも大事だけど、
もうひとつ、もっと大事なことがあるかもしれないと、昨日の晩、気づいた。

いつの間にか忘れてしまう宇宙の大きさとか、
世界の美しさとか、
動植物や微生物の優しさとか、
人生のおかしさとか、
まわりの人々のいとしさとか、
自分のかわいさとか、
それを思いだすこと。

昨夜、わたしも思いだした。

何度でも何度でも言うけど、
やっぱり病気はチャンスだ。
人間はときどき病気にでもなって苦しまないと大事なことを忘れてしまう愚かな生物だから。







雑踏 by 忌野清志郎&NICE MIDDLE with New Blue Day Horns ♪
by homeopa | 2015-05-17 08:39 | 病気

ぬか床

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桶と樽は、どうちがうのだろう?







このあいだ久しぶりに実家に行ったら、
キッチンの奥の物置みたいなところで、
こんな桶を見つけた。
あるいは、こんな樽を。

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十数年前にわたしが両親に送った味噌が入っていた桶、あるいは樽。

おそらく父が何かに利用しようと思ってとっておいたのだろうけど、
利用しないうちに父は死んでしまって、
桶は、あるいは樽は、置き去りにされたような気持ちだったのかもしれない。
そんな顔をしていたので、
うちに持って帰ってきた。

それにしても、人が死んで残るのは、
棺桶に入れられないものばかりだなあ。

あれ・・・・棺桶とはいうけど、棺樽とはいわないな。
桶と樽はどうちがうのだろう?




ともかく、桶だか樽だかわからないけど、
それはぬか床の容器に使うことにした。

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昨年、123amaneさんのお宅にうかがったときに、
桶もしくは樽でぬか漬けをつくっていて、それがとてもおいしかったので、
わたしも桶または樽を買おうと思ったのだけど、
けっこういいお値段なのであきらめて、
風呂の手桶か何かで代用しようかなと思っていたのだった。

あれ・・・・風呂の手桶とはいうけど、手樽とはいわないな。
桶と樽はどう違うのだろう?
若干、桶のほうが小さくて手軽っぽい気もするけど、
でも棺桶は小さくもないし手軽でもない・・・・


まあ、いいや。
123amaneさんで教わってきたぬか床のレシピは下のとおり;

 【材料】
 新鮮なぬか 1kg
 塩    ぬかの重量の10~13%
 いりこ 50g
 鷹の爪 10本
 にんにく 小1片
 ゆずの皮 (あれば1片) うちにはなかったので省略
 山椒の実 (あれば5~6粒) うちにはなかったので省略
 沸かして冷ました水 750ml
 さびた釘 1本 (なすが茶色くならないように) うちにはなかったので省略

 【作り方】
 (1) 頭をとったいりこをひと晩、冷凍庫に入れ、ぱりぱりにしておく。
    これをまな板の上でビール瓶などで軽くたたいてくだく。
    (わたしはこの 「軽く」 を見逃して思いっきりたたき、いりこが四方八方に飛び散った)

 (2) 鷹の爪は2mmの小口切り、にんにくは薄切り、ゆずの皮は千切りにする。
    大きめのボール (かなり大きくなければならないことが、やってみてわかった) にぬかを入れ、
    水以外の材料も入れる。
    水をゆっくり少しずつ加えながら手でやさしく混ぜる。底にぬかがたまらないように。
    (やさしく混ぜようとしたけど、水が少ないときはけっこう力が必要で、顔が怖くなる)
    ベタベタ感がなくなり、子どもの耳たぶぐらいの柔らかさになったらオーケー。
    (子どもの耳たぶって、そういえばそんなにたくさん触ったことがないな)

 (3) 容器の底にぬかを敷いたら、さびた釘を置き、ぬかをかぶせ、
    野菜を入れて、ぬかをかぶせる。
    ふろしきか木綿のふきんをかけてふた代わりにする。
    夏は6~7時間、冬は15~16時間で食べ頃に。
    ぬか床は木の桶が最高。
    (桶か。樽ではだめなのか?)

とまあ、ゆずの皮と、山椒の実と、古釘以外は、
レシピのとおりにやって、
その日のうちに漬けたきゅうりは、
翌日、とても美味しくいただいた。
1回目からこんなに美味しくいただけるなんて。

父の棺桶に入らなかった桶または樽に感謝!





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最近のうちのまわりの瑣末事。

散歩の収穫。
よもぎと、すぎなと、梅の実。
よもぎとすぎなはもう何回も大量にとってきては干しているけど、
まだ一年分のお茶には足りない感じ。
梅の実は散歩コースの空き地の端っこに生えている木から落ちたものたち。

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梅干しにするには青くて硬いので、
昨年やったように醤油漬けにすることにした。
1年ぐらいたつと味も柔らかくなって、刻んでおむすびに入れたりするとおいしい。
酸っぱいものが苦手なわたしは、梅干しよりもこちらに手が伸びる。
昨年はただ醤油に浸けただけだけど、
今年は昆布と干し椎茸も入れた。

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今年も草の畑からマイクロトマトの苗をもらってきて植えた。
昨年食べられたのは10個ぐらい。
今年はうまく実るかなあ。

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昨年、野原から引っこ抜いてきて植えたニラ。
何もしないのに立派に育っている。

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昨年同様、落ちた種から勝手にむくむく成長した青じそ。
何もしないのに立派に育っている。

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花屋さんで苗を買ってきて植えたセロリ。
どこから食べていいのかわからずとまどっているうちにだいぶ大きくなり、

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花も咲いた。

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下はある朝の収穫: 柿の葉、タンポポの葉、クレソン、バラの花、露草、小菊のような花、飾りたい緑の枝・・・・
毎朝、散歩のたびにこんなふうに収穫があるのはいいんだけど、
それを洗って干したり、切って活けたりしていると、
朝からけっこうあわただしいのだ。
欲ばらず、収穫は毎日、一種類にとどめようと決意して家を出るのだけど。

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※風邪や花粉症など、身近な薬がアルツハイマー病を増やす

  「認知症がなかった65歳以上の参加者3434人を対象に、2年ごとに状況を調査、平均7.3年間の
  追跡を行った」
  「認知症およびアルツハイマー病の発症と、抗コリン作用薬の使用状況の関係を調べたところ、抗コ
  リン作用薬を長期間にわたって多く使用するほど認知症のリスクが増していた。
  10年間の期間で、標準的な1日の用量を91日分から365日分使っていると危険度は1.19倍になった。
  さらに366日から1095日使った場合1.23倍、1096日を超えると1.54倍となっていた」

  
by homeopa | 2015-05-16 20:22 | 日々の暮らし

money is like a drug

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gaga: ああ、食べても食べても満たされない。
      たぶん何もクリエイトしていないからだな。

ets: どうすればクリエイトできるか知ってる?

gaga: どうするの?

ets: お金をつかわないの。

gaga: ・・・なるほどね。






お金は薬に似ている。

自分の力で病気を乗りこえるかわりにいつも薬に頼っていると、
病気を乗りこえる力がどんどん弱っていく。
お金もそれと同じように作用することがある。

お金があればなんでもできる、という人もいるけど、
それは、できるんじゃなくて、
だれか別の人にやってもらうことができる、別の人にさせることができる、ということだ。
自分では何も生みださず、
他者の生みだしたものをお金と交換に手に入れる。
そうやってお金でなんでも手に入れていると、
生みだす力がどんどん弱くなっていく。

だからガガが 「お金がないから何もできない」 というのを聞くと、
薬がなければ病気は治らない、というのを聞いているようないらだちを覚える。

力はそこに、自分の中にけっこうあるのに。


人間は楽をしたがる生き物だから、
お金をだしさえすればどこそこの超おいしいケーキが食べられると聞けば、
お金が手元にある場合、ついお金でそれを買ってしまう。
(そのわりに人気店に何時間も行列するような苦行を苦とも思わないのが不思議だけれど)

でもお金がなければ、「仕方ない、自分でつくってみるか」 となったりもする。
だから貧乏は大事なのよ。




            ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※




 あなたの中に 〈貧乏〉 はあるか。
 私が人を見るとき、一つの基準がある。それは、その人の中に 〈貧乏〉 があるかどうかだ。〈貧乏〉 という
のは、文字通りの貧乏体験をしたということだけではない。貧乏時代にこそ骨身にしみて習得できる 「体験
を深くする技」 (貧乏を力に変える技) をもっているかということも含まれる。あるいは、貧乏体験が一度もな
くても、貧乏の良さ、苦しさを感じる人情味があれば、その人の中に 〈貧乏〉 があるともいえる。
 だから、この本で 〈貧乏〉 というときは、たんにお金がない状態ではなく、貧乏を力に変える、いわば 「貧
乏力」 のことを示している。
 実際、古今東西の偉人はもとより、市井の人たちを見わたしても、人として 「豊かさ」 をもっていると感じる
人たちには、みな、〈貧乏〉 な要素がある。これは 「法則」 といっていいレベルで当たっている。
                                           ---- 齋藤孝 『貧乏のススメ』 





わたしの貧乏観は少しちがうな。
貧乏が力になるんではなく、
貧乏が自分の力を引きだすチャンスになる。
病気が治癒力を引きだすチャンスになるように。
by homeopa | 2015-05-11 16:36 | おもしろいこと

maggot

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地球上の生態系は、現在の状態をもとにして、生産者 (注:植物)、消費者 (注:動物)、分解者 (微生物や菌)
の間にバランスが保たれて安定しているとされるが、もとからそうだったわけではない。長い生物の進化の跡を
見ると、バランスをとっているように見えた生態系が何度も壊滅的な状態に陥り、過去少なくとも五回、生物の大
絶滅があったことが知られている。地球が体をブルブルッと震わせるだけで生き物は簡単に消し飛んでしまうの
である。私たちがいま目にしている自然も、まばたきしている間に変わる一場面に過ぎない。
                                               ---- キノコの教え (岩波新書)

                              




最近、地球が少しばかりブルッと身震いしてるしね。
そういうものを前にしたら、
人生の悩みだとか、ろくでもない首相だとか、モンサントの悪行だとか、原発だとか戦争だとかが、
桁の小さい事柄にも思えてくる。
山も川も、鳥も魚も、象もクジラも、わたしも安倍も、人間もウジ虫も、
同じ穴のむじなに思えてくる。

でもね、それでも悩むのが人間のどうしょもないところで。
どうしよう・・・・
わたしも、ウジ虫も、同じ穴にいるんだけど・・・・


昨年つくった野草汁、
なかなかよかったので、今年もつくった。
参考書には、草を詰めて水を入れたら、バケツにふたをすると書いてあった。
昨年はそうしたんだけど、
そうすると白いカビのようなものが生えて、
それがうっとおしい。
今年もさっそく白いカビのようなものが出現した。

そこでふと、ぬか漬けは空気が少し入ったほうがおいしいというのを思いだし、
もしかしたら野草汁も空気が入ったほうがいい感じに熟成するのではないかと思った。
それで試しに一日、ふたを2センチほど開けた状態で放置してみた。
翌日、白いものは消え、ウ☆コのような匂いに格別の変化はない。
それでまた教科書どおりにふたをした。

そして今朝、ふたを開けてみたら、
こんなことになっていた。
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ウジ虫、ウジ虫、ウジ虫、ウジ虫・・・・
ふたが開いていた一日のあいだにハエか何かがしっかり卵を産みつけたらしい。

どうしよう。
たとえ同じ穴の中で一緒に絶滅する運命にある仲間であっても、
あんまり見たくないし、こんなに近くにいたくない。

困ったなあ・・・・

昔から 「臭いものにはフタ」 って言うし、
「困ったときのフタ」 とも言うし、
「渡しにフタ」 とも言うし、
「みんなでフタすれば怖くない」 とも言うから、
とりあえずまたふたをして忘れることにしたけど、
このまま放置したらどうなるんだろう?

もろともに絶滅する日まで、
ウジ虫は成長しつづけるのだろうか?
そして巨大になってむくむくとバケツのふたを持ちあげて外に出てきて、
ある朝、腕振り運動なんかしているわたしを、
窓の外からのぞき込んだりするようになるのだろうか?

地球のブルブルッにくらべたら、
そんなことはちっちゃいことだけれど、
でも怖いよお。




また急に話題が変わって、
リニア新幹線のはなし。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4194.html

これも地球のブルッにくらべたらちっちゃいはなしかもしれないけれど、
南アルプスにトンネルを貫通させて、
全線の86パーセントがトンネル内という鉄道。
もしトンネル内で事故が起こったらどうするのかときかれて、
JRの方は、「そのときはお客様同士で助け合っていただきます」 と答えたらしい。
そう答えるしかないよね、南アルプスの下のトンネルなら。
脱出口があってもそこから外に出るまでにいったいどれだけ上らなければならないのか。
たとえ上りきって外に出ても、真冬の高山地帯からどうやって下山するのか。
だいいち、トンネルばっかりの電車なんて面白くないでしょう。
それ以上に、トンネル掘ったおかげで、
あちこちで地下水の流れがとだえて川が干上がっているって。
そんな電車に、だれが乗るか?
巨額の税金つぎこんで。

地球のブルッにくらべたらちっちゃいこととはいえ、
かなり腹が立つわ。



※国会は学級崩壊の教室か

※オスプレイ3600億円は序章…安倍首相「隷属演説」の高い代償

「そもそも、オスプレイは、米国の陸海空の3軍と海兵隊の合同で開発に着手したが、コスト高や安全性の
  問題から「海軍が早々と降りた」(神浦氏=前出)といういわく付きのシロモノ。防衛省は垂直離着陸がで
  き、離島への部隊展開が可能――などと説明しているらしいが、それほど性能が優れたヘリなら、なぜ、
  他国はこれまでに1機も買っていないのか。
   6機購入を計画していたイスラエルだって、昨年10月に計画を中止している。つまり、米国でも世界でも
  “お荷物扱い”の「バカ高いヘリ」を日本は売りつけられたワケだ」

※オスプレイ、ネパール支援で役立たず

※TPPの真のねらいは医療保険の開放である

※【TPP―医療(1)】財界の狙いは医療ビジネス拡大(2011年の記事です)









Where There Is Love | Playing For Change (HD) ♪
by homeopa | 2015-05-09 17:37 | 驚いたこと