pimboke6

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walking backwards2

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前回の記事で、後ろ向き歩行の哲学的考察を試みた。

そして一昨日、昨日、今朝と3回、後ろ向き歩行をやったら、
だいぶ前から痛みや不具合のあった右股関節と右膝の調子が明らかによい。

そういえば例の奇人も、
後ろ向き生活になってから腰痛や膝の関節痛がなくなったと書いてあった。

では後ろ向き歩行の身体的考察をと思って、ググってみたら、
どうやら後ろ向き歩行はブームになっている、あるいは、数年前にブームになったらしい。
太極拳の 「退歩」 という動きがヒントになって中国で広まったのが、
日本にも伝わってきたとか。

わたしもやってみて実感したけど、
後ろ向き歩きは、前向き歩きより筋肉をたくさん使う。
あるいは、いつも使っていない筋肉が使われるのでそう感じるのかもしれないけれど。

とくに使われるのが脊柱起立筋とか、腿の前側の筋肉とか、すねの筋肉だそうだ。
そのせいか猫背が改善すると言われている。
膝の周囲の筋肉や靭帯も鍛えられる。
これはわたしも実感。
しかも腰への負担が少ない。

前向き歩きの2倍のエネルギーを消費するということで、
後ろ向き歩行ダイエットなんて言葉もできているようだ。
なんてもダイエットにつなげるのね。

後ろ向き歩行では、歩幅が狭くなるので歩行速度が落ちる。
そして足が地面についている時間が長い。
前向き歩行でいつも急いで歩く人は、
ときどき後ろ向き歩行でじっくりあるいて、地に足を着けると、気持ちが落ち着くかもしれない。
例の奇人も、後ろ向き歩行のおかげであまり欲張らなくなった、多くを求めなくなった、と書いてあった。

後ろ向き歩行ではバランスをとるのがむずかしいので、
左右の足の開き方が大きくなる。
そういえば整体の片山洋次郎さんの本に、
ときどき赤ちゃんのように左右の足を広げてよたよた歩くとよいと書いてあった。
なんでそれがいいのかは忘れたけど、
確かにやってみると、変な安堵感というか、気楽さがある。
見栄も外聞も捨てた感じ。

このバランスをとる努力によって小脳の働きが刺激されるので、
後ろ向き歩行はパーキンソン病の人や平衡障害のある患者さんの訓練にも使われているらしい。

こうやって平衡感覚を活性化したり、後方に意識を集中したりすることは、
認知症防止にも役立つかもしれない。

またしても片山洋次郎さんによれば、
人が緊張したり不安になったり焦ったりしているときは、
意識が前だけに集中しているそうだ。
だから死体のポーズなどしても、背中が床に触れているのをはっきり実感できなかったりする。
となれば、後ろに意識を向けるということは、
緊張をゆるめたり、焦る心を静めたり、不安をなだめることにつながるかもしれない。

昨日も今朝も、うぐいすの声がまるで液体のように耳に流れこんできた。
みずみずしくて、鮮やかで、実体のある音。
これも後ろ向き歩行のおかげかもしれない。
by homeopa | 2014-03-30 08:32 | 身体のこと

walking backwards

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こんな写真を載せておいてなんだけど、
春はすごい。
いきなりコブシが咲き、いきなりユキヤナギが満開になる。(コブシと木蓮の違い)






今朝、川原を散歩したとき、
後ろ向きで500メートルぐらい歩いてみた。

今読んでいる本に、どこに行くにも後ろ向きで歩く奇人が出てきたので、
どんなもんか、やってみようと思って。

で、やってみて思った。
これはとても受け身の歩行だな、と。

前向きで歩くときは、
行く手に何があるか、向こうから何がやってくるか、どんな景色が近づいてくるかがわかる。
それを見て、ときには道を曲がったりもする。
自分が進みたいところ、見たいものを選択することができる。
反面、通りすぎた景色はもう見えない。
ひたすら行く先しか見えない。
意識は前にしかない。

後ろ向きで歩くときは、
行く手に何があるかも、何に出会うかもわからないけど、
なんであれそれを背中で待ちうけながら、とにかく歩く。
うしろから来たものが自分の横をすーっと過ぎて前に来たときには、
ああ、こんなものが通りすぎたんだと思う。
通りすぎていく景色をしばらくながめて感慨にふけったりする。
意識は背中に集中し、同時に目も開いている。

上の奇人は、
「後ろ向きの生活のおかげで気分が若々しくなり、長年患っていた腰痛と膝の関節痛が治り、
しかも精神的に深くなった」 そうだ。

わかる気がする。
後ろ向きに歩いているときは、何が来るかわからない不確定さを受けいれなければならない。
後ろに進む意志はあるけれど、何に向かい、何に出会うかは選べない。
ただ受けいれるのみ。
でも出会ったものはじっくり味わうことができる。

人生もこんなふうに歩いたほうが、数倍おもしろいかもしれない。

なんで人間の目は前にしかついていなんだろう? と思っていたけど、
そうか、後ろ向き歩行のおもしろさを発見するためだったんだ。



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そんなことを思っていたら、こんな記事に出会った。
http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51884452.html

世界にひとりしかいない木削り師、滝本ヨウさんのはなし。

    「木削りとは、自分がイメージするものを作ることではなく、木を主役に木が望む形を作ることです」。
    自分が作りたい形が決まっている場合は、その形を作ろうとして木の固い部分にひっかかる。
    「しかし、ひっかからないように心地よく削っていくと、その木の自然な形が現れてくるんです」

前を向いて歩くのが 「木彫り」 で、
後ろ向きで歩くのが 「木削り」 かな。




そういえばOSHOさんもこんなことを言っていた。

    「本当の美は決してあなたによって創造されるのではなく、あなたを通してのみ創造される。
    実在が流れるのだ。あなたはただ、その通り道になる。あなたはそれが起こるのに任せる
    のだ。それだけだ。それを邪魔しないこと。それがすべてだ」






Yael Naim - Far Far ♪

by homeopa | 2014-03-27 21:23 | おもしろいこと

out of time

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春なのに、花粉症も花盛りなのに、
まだ春の写真を載せられない。
現像が追いつかない。

でも世の中と歩調がかみあわないのはいつものことなので、ま、いいか。







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人が自分の仲間と歩調を合わせて行かないとしたら、
それはおそらく、その人が別の太鼓の音を聞いているからだ。
自分の耳に入った音楽に合わせて歩むがいい。
                   ---- ヘンリー・デーヴィッド・ソロー 「森の生活」







Yael Naim - Go To The River ♪


by homeopa | 2014-03-26 08:05 | 格言

dango or flower?

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これはまだ冬のころの川だけど、
昨日の朝、ここを通ったら、
右手の前方に見える桜の木が、今にも破裂しそうなつぼみをつけていた。
プリップリ!
ガガのおしりみたい。








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あの桜の木、昨年の秋には、
こんなふうに甘え上手のダメ男みたいな蔓にからみつかれて大変そうだったので、
散歩のときにハサミを持っていって救出してさしあげた。
そんなこともあって、余計に思い入れがある。
今年もいい花咲かせてね~。





ということで、関係ないけど、少し関係あるこんな動画をご紹介。
          ↓
「子どもたちを救った奇跡の食育物語」 大塚貢氏 2012年11月18日の講演会


長いので、概略を下に書いておきます。
いい講演なので、お時間のあるときにぜひ。

【大塚貢先生プロフィール】
昭和11年長野県生まれ。35年信州大学卒業後、中学校教員を経て東京都内で会社員。 その後、長野県教育委員会指導主事、中学校教頭を経て平成4年から校長に。 平成9年、旧真田町教育長就任。市町村合併後、18年より上田市教育委員長。 19年退任後、教育・食育アドバイザーとして活躍中。著書に「給食で死ぬ!!」

【内容概略】
厚生労働省の調査によると、
全国の高校生の40パーセントが生活習慣病である。
信州大の調査でも、長野県の中学生の37パーセントが生活習慣病。

日本の医療費37兆8千円、税収は42兆円。
介護保険8兆3千120億円。

大塚先生が赴任したのは荒れた学校ばかりだった。
不登校の生徒が50~60人、不登校の教師も6人ぐらいいる。
バイクや金銭を盗む、暴走行為、いじめ、暴力、無気力……
教師たちが授業をわかりやすくする努力を重ねたことで少し改善したものの、
それにも限度があった。

そこで大塚先生は生徒の食事に目をつける。
コンビニ弁当、菓子パン、ジュース、ハム、ウィンナー、カップラーメン、
焼き肉、カレー。
そういう食事をしている子ほど、非行事件を起こしていた。

気がつけば学校給食も肉食中心で、パンや麺類が多い。
材料は価格の安い冷凍食品。
血をきれいにして、脳に酸素を送りこめるような食べ物が少ない。
そこで給食のメニューを魚・米・野菜中心にした。

同時に月に1回、食育の授業も始めた。
子どもたちも自分が何を食べればいいかがわかってきた。

その結果、子供たちの生活習慣病が減った。
アトピーやアレルギーも減った。
やって良いこと悪いことの判断がつくようになり、
不登校や非行が激減した。
現在、真田町の学校で不登校はほぼゼロ。いじめもない。

大塚先生はさらに、学校での花作りを推進した。
初めは渋っていた子どもたちがしまいに夢中になっていく。
2年目から全国花壇コンクールで毎年、文部大臣賞。
子どもが本をたくさん読むようになり、
作文コンクールでも文部大臣賞。

ある産婦人科の調査で、
健康な男性(18~23歳)の60人中58人に奇形精子が見られた。
被験者の食生活を見ると、ジャンクフードや肉が多い(油脂が多い)。
ダイオキシンは脂に溶けやすいので、体にたまった脂肪に溶け、精巣に行く。

コンビニフードに含まれる防腐剤の害もある。
何年たっても腐らない食べ物ばかり。

上智大学の福島先生の調査。
メキシコで輸出用の野菜をつくっている(農薬使用)地域と、
自給用の野菜をつくっている(農薬を使わない)地域の子どもたちに、
人間の絵を描かせた。
明らかな違い。農薬は脳を犯す。

真田町の子どもたちの成績は、全国平均とくらべて格段によい。
とくに成績の悪い子がとても少ない。
大塚先生は、塾ではなく学校で学力をつけるよう勧めている。
夜は体を休めたり、自分のしたいことができるように。
親の経済的負担も軽減できるように。

福井県の小浜市や、静岡の三島市でも同様の取り組みを始め、
給食に輸入食材を使うのをやめて地元の食材を使うようになった。
子どもが明るくなり、やる気が出て、
学力が全国平均より大幅に高くなった。

島根県立大学で、若くして認知症になった人の調査。
いちばん野菜を食べていた人でも1日270グラムだけ。
他はほとんど野菜をたべていない。
魚も最大で72グラム。他はほとんどは魚を食べていない。
肉ばかり。

凶悪事件を起こした人たちの例。
食事の問題と同時に、
彼らが通った学校のうるおいのない殺風景な環境。
花が一輪もない。

真田町の学校ではどこでも花づくりに力を入れている。
堆肥づくり・土づくりから、生徒が熱心に世話をする。
アブラムシを殺虫剤で殺したら「花が傷んでかわいそうだ」という。
ホースでなく、じょうろで水をやる。
(この花壇に感動!)

「花の命を大事にする子が、友だちをいじめたり、親を殺しますか?」

無目的に凶悪犯罪を起こした人たちは、
「頭が奇形児になってきている」


     (以上)

     

この大塚先生、
ちゃんと現場に出向いて当事者から話を聞いて調べている。

それにしても学校給食がこんなことになっているとはねえ。

初めは「団子」のはなしだったけど、最後は「花」のはなし。
人間には団子も花も必要ってことだ。
団子も心をこめて作れば花になるし。
by homeopa | 2014-03-23 07:47 | 病気

happiness

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ネットで知ってから気になっていたOSHOさんの本をやっと読んで、
ちょっとはまった。


(以下 引用)

アメリカ合衆国憲法にはとても馬鹿げた思想が織り込まれている。この憲法は幸せの追求は人の生まれ
ながらの権利だ、と言っているのだ。この憲法を書いた人々は、自分たちが何を書いているのかわからな
かったのだろう。・・・・・この人々は、もしあなたが幸せを願うならば、同時に不幸せも願ったのだということ
に、まったく気がついていなかった。・・・・・・
私がそれを馬鹿げていると言うのは、誰一人、幸せを追求することはできないからだ。そしてもし、あなた
が幸せを追求しているならば、一つだけ確かなことがある。あなたはそれを手に入れることはできないだ
ろう。幸せは副産物なのだ。それを追求した結果ではない。あなたがそれを考えもしないとき、それは起こ
る――追求するなど、とんでもないことだ。それはどこからともなく、突然に起こる。


・・・・・あなたがもし、(人生の中で) たった一回でも幸せの一瞬を持っていたら、一つだけ例外なしに確実
なことがある。それはあなたが幸せを求めていなかったときに起こったということだ。


ただ探すのをやめなさい。するとあなたはそれを見つける――なぜなら、探すとは、マインドが努力する
ことを意味し、探さないとは、リラックスした状態を意味するからだ。そして幸せを得ることはあなたがリラ
ックスした時にだけ、可能なのだ。


幸せは常にあなたと共にある。・・・・・・それはあなた自身という存在がただ何も期待せず、リラックスし、
くつろいでいる状態なのだ。そしてそれはそこにある。それはやって来たり、行ってしまったりはしない。
それは常にそこにある。ちょうどあなたの呼吸のような、あなたの鼓動のような、あなたの体の中の血液
の流れのようなものなのだ。
幸せはそこにあるが、あなたがそれを求めると、あなたは不幸せを発見する。求めることによって、あな
たは幸せを取り逃がすだろう――幸せを取り逃がすこと、それが不幸せというものなのだ。



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ひとつ基本的な事を理解する必要がある。人は幸せを望んでいる。それが彼が惨めである理由なのだ。
あなたが幸せになりたいと思えば思うほど、あなたはもっと惨めになるだろう。


もし惨めさから抜け出したいならば、あなたは幸せに対する欲望から抜け出す必要がある――すると、誰
もあなたを惨めにすることはできない。


あなたが幸せを望んだ瞬間、あなたは現在から離れてしまっている。あなたは実在から離れ、すでに未
来へと移動しているのだ――未来はどこにもなく、まだ来ていない。あなたは夢に移行したのだ。さて、
夢は決して実現しない。あなたの幸せへの欲望は夢であり、夢は本物ではない。


幸せへの欲望は、あなたが惨めな人だということを示しているだけだ。そして惨めな人はいつか、いつの
日か、何らかの方法で自分は幸せになるだろうという未来に身を置き、期待している。あなたの期待は惨
めさから来ている。そしてそれは惨めさの種子そのものを宿している。それはあなたから来ており、あなた
と別のものではない。それはあなたの子供なのだ。


だからまず大切なことは、夢を見ないこと、思い描かないことだ。一番大切なことは今、ここにいることなの
だ。何があろうとも、ただ今、ここにいなさい――するとすばらしい啓示があなたを待っているだろう。
啓示とは、今ここでは誰一人不幸せになれない、ということだ。


あなたは昨日のことを考えることができる、すると不幸になることができる。あなたは明日のことを考える
ことができる、するとあなたは不幸になることができる。しかし今この瞬間――この脈うち、鼓動している
本当の瞬間――あなたは今この瞬間、不幸でいることができるだろうか? いかなる過去も未来もない
この時に?


幸せはあなたがいるところにある――あなたがどこにいようと、幸せはここにあるのだ。それはあなたを
取り巻いている。それは自然現象なのだ。それはただ、空気のような空のようなものだ。幸せは探し求め
るものではなく、それは宇宙を作っている原料そのものだ。喜びは宇宙を作っている原料そのものなのだ。
そしてあなたはそれを直視しなければならない、あなたはそれをすぐ見なければならない。もしよそ見をし
ていると、あなたはそれを見過ごしてしまうだろう。
                                      ---- OSHO 「Joy 喜び」 (講談社)




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「今この瞬間、過去も未来もないこの時に、不幸でいることができるだろうか?」
とOSHOさんは言うけれど、
今この瞬間、痛みに苦しんでいる人はどうなんだろう?
今この瞬間、DV夫になぐられている妻はどうなんだろう?
今この瞬間、戦場で人を殺している人はどうなんだろう?
今この瞬間、子どもが死んでいくのを見ている人はどうなんだろう?

そんなことを考えていたら、さっそく自分が惨めになるできごとが起こった。
(大した惨めじゃないけど・・・・)

受験が終わって以来、ガガはバイトをがんばっていて、
わたしと一緒に夕飯をとることがずっとなかった。
でも先日、久しぶりに一緒に夕食をとる時間ができた。
ががもわたしもそれを楽しみにしていた。

何を食べたいかときいたら、ラタトゥイユ、というので、
季節はずれだけどまあいいか、と思いながら、夕方からいそいそと支度をした。

もうすぐできる、というときに、クライアントさんから電話がかかってきた。
営業時間外だけどまあいいか、と思いながら出たら、
はなしが少し長びいてしまって、
終わったときには、ラタトゥイユは焦げまではしないものの、汁がほとんどなくなっていた。
野菜から出たあの汁にパンをひたして食べるのがうまいのに・・・・

それに気づいたガガは激昂した。

なんで営業時間外に電話に出るの!!
なんで、ちょっとお待ちくだいって言って、コンロのガスを止めないの!!
なんで、電話を離れるときに、保留ボタンを押さないの!!
そんなの仕事してたら常識でしょう!!
すごく楽しみにしてたのに!!

怒るあまり、保留ボタンのことまで言いだした。
こうなるとすべてが気に入らない。

わたしは、惨めだった。
幸せではなかった。

そのときのわたしは、その瞬間そこにいたのだろうか、いなかったのだろうか?


翌朝の散歩のとき、まだ気分がすっきりしなかった。
あんなに怒らなくてもいいじゃないか、冗談にしてくれてもいいじゃないか、
みたいなことを思っていたような気がする。
わたしは明らかに過去にいた。

それに気づいて、歩くことに専念してみた。
左足を踏みだして地面に触れるその感覚に集中し、
次に右足の感覚に集中し、
ゆっくりと呼吸をしながらそうやって歩いていたら、
ストンと何かが抜けた感じがして、惨めさがなくなった。
視野が明るくなって、鳥の声が鮮やかに聞こえた。
今ここにいるというのは、こういうことかと思った。

でも前夜のわたしはどこにいたのだろう?





【あなたの知らない・・・お薬の本当のはなし】 小倉 謙氏
事実やデータにもとづいた、とてもいい講演だと思います。

日本の医療にも、幸せはないな・・・・・
by homeopa | 2014-03-19 21:24 | 格言

うつるんです

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「あくび」 も 「生理」 も
感染るんです

どうやっても
独りで生きている
わけではないのです

互いに感染り合って
生きているのです

その人が好きでも嫌いでも
感情も気分も
感染るんです

そうやっていろいろなことが
感染った成果が
自分なのです

自分の中に
大勢の人たちがいて
何百兆もの菌やウィルスも寄生虫もいて
そのすべてが自分の身体です

ひとりであっても独りでない
でもやっぱり時々
すごく独り

         ---- 片山洋次郎 「自分にやさしくする整体」












※ピロリ菌→胃癌、HPV→子宮頸癌の構図  田中佳先生のブログ

わたし自身は、共生菌だけでなく病原菌もまた、
わたしたちのために何かしてくれていると思っている。

人間はときどき、自分が不自然な無理を重ねていることに気づいたり、
自分が命というギフトに恵まれていることに気づいたりする必要がある。
そうしないと慣れちゃうのよね。

病原菌のおかげで症状が出ると、
普段気づかないそんなことが、身にしみてわかる。
そして心身が活性化して、生まれかわる。





関係ないけど、上に引用した本にこんなイラストがあって、苦笑した。
こういうとき、たまにある。
ただ手を放せば楽になるのに。

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  「図A: このとき、身体は何かに実際にしがみついているときと同じ緊張をしている。自分自身の感覚と
   しては、何かに引っ張られている気がするのだが、冷静にみれば、自分がロープを握り締めている手
   を放せなくなってしまっている」

  「図B: 第三者から見れば、手を放しさえすれば楽になるに決まっている状況でも、しがみついている
   本人は断崖絶壁に宙吊りになっている感覚から逃れられない」

  「しがみつき状態のときの意識が向かっている方向は、実際に前方・上方に、しかも中心の狭い範囲に
   激しく偏っている。自分の体の下の方・後ろ側・左右方向に意識を向けるだけでもリラックスしやすくな
   る。ヨーガでもただ寝ているだけの 「死体のポーズ」 が一番大切な基礎といわれる」
by homeopa | 2014-03-16 09:10 | 自然のちから

3.11

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あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない。
                   ---- ビクトール・フランクル




Leonid Kogan Paganini with guitarre ♪







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原発避難者13万人の選択 事故から3年


福島第一原発 6年後の姿は?


だらすこ工房 
仮設住宅にお住まいの大工さんたちが、太陽光発電所を建てたら地元で大評判。



ノーム・チョムスキー~ふくしまの声を聴く


使い切れぬ復興予算 事業進まず基金化3兆円 被災3県


復興予算の使い道、これでいいの?? (FBの記事から)
  ★核融合研究開発に40億円
  ★海外へ原発の輸出に85億円
  ★もんじゅ、日本原子力研究開発機構に107億円
  ★オスプレイ、ステルス機、武器や弾薬に768億円
  ☆子ども被災者支援法の予算0円!!
  ☆福島の子どもたちの避難や保養の予算0円!!


まるで詐欺ばかり…復興予算19兆円を何にどうして転用した?




街からがれきをなくす。 手作業でがれきを 選り分ける女性たち





公式:「フタバから遠く離れて」 映画本篇(3/23まで限定公開)

いい映画です。ぜひ。
by homeopa | 2014-03-11 07:46 | 原発

sending back to the world

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今年の正月にガガがひいたおみくじ--- 凶。

でもおかげさまで、大学にも入れたし、昨日は高校の卒業証書もいただくことができました。
これまで支えてくださった人間のみなさま、菌や植物や動物のみなさま、
そして地球さま、宇宙さま、ありがとうございました!



ガガが生まれた直後にわたしが思ったのは、
この子は天からの 「あずかりもの」 だということだった。
この子が自分の人生を自分で生きられるようになるまで育てたら、
天にお返しするのだという気持ち。

なにせ顔が外人みたいだから、自分の子、自分のもの、と思えなかったせいもある。
「すいません、手違いで、他の方のお子さんとまちがえました」 ともし病院で言われたら、
あ、やっぱり、と素直に返してしまいそうな気がした。
産んだのが助産院なので、まちがえようもないんだけど。

そして今、とうとう天にお返しする時が来たんだなと思う。
かなりデコボコはあるけど、それなりに一人前の人間ぽく育ったと思う。

そんなケンキョな気持ちで育てあげた子が、
卒業式の数日前に、ゴウマンにもこんなことをのたまうた。

「その白髪、絶対染めてよね!!」

るっさいなあ!
あんたにわたしの白髪についてああだこうだ言われる筋合いはないわい!
だいたい、この白髪の原因のひとつはあんたかもしれないんだよ。
子どもが親の所有物でないのと同じように、
親も子どもの所有物じゃないんだから、勝手にさせろや!!

ぐらいには思ったけど、
子どもに弱い親だから、卒業式の3日前に格安の美容院に行ってヘアマニキュアをしてもらった。
白髪が見えなくなって、なんか急に若くなった気分--- ウフン。
こういうの、さほど嫌いじゃないんだけど、人に言われてやるのが嫌いなのよね、へそまがりだから。


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そして卒業式には着物を着た。

デパートの展示会で、帯も合わせて中古で20万円ぐらいしたものだから、それなりの品質だと思う。
月賦を払うのに2年ぐらいかかった。

7年ほど前に、友だちにそそのかされて買ったんだけど、
着る機会といえばガガの卒業式だけなので、
もういいか、と思って、この前売ろうとしたら、
500円しかもらえないとわかって、
売るのをやめた着物。

この着物はわたしの身長には長すぎて、とても着づらかった。
おはしょりが長くなりすぎるので、
それを調整すると、おなかのあたりがもごもごするのだ。

でもこの着物がいざというときの質草にもならないとわかったので、
思いきって、切ることにした。
腰ひもを結ぶあたりでちょん切って、
短くしてからまた縫ってつなげた。

そしたらとても着やすくなって、
昨日は過去最高のすばらしい着付けになった。
過去最高ったって、それまで2回しか着ていないんだけど。

それにしても高校の卒業式って、なんて退屈なんだろう。

過去最高のすばらしい着付けのワクワクと、あまりにギャップがある。
それでも泣いたけど。

せっかくきれいに着た着物姿をだれかに見てもらいと思って、
帰り道、友だちに電話してみたけど、
突然だから相手してくれるはずもなく、
家の最寄り駅まで帰ってきて、思わず写真屋さんに入った。

「あのう、記念写真とか、撮ってもらえます? めったに着ない着物を着たので」

そして撮ってもらった写真では、着物はきれいに撮れていた。
問題は顔。

でも、お葬式の写真として使えますよね、ときいたら、
「大丈夫ですよ、顔のあたりだけ切りとれば」 と言われて、
ほっとして帰ってきた。

家に帰ってから、わたしは葬式を望まないんだと気づいた。
やれやれ。





Glen Hansard :: Iveagh Gardens ♪







※福島原発事故3周年、世界各地のイベント

※No Nukes Week 全国各地のアクション
by homeopa | 2014-03-09 09:14 | 人間

learning from the war

                                                             (またしても季節はずれー)
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このところ、安倍晋三君のおばかないたずらが止まらない。

特定秘密保護法案で国民の知る権利や表現の自由を封じることや、
一機100億円のオスプレイをたくさん買い込んで、陸上自衛隊員を5千人増員することや、
武器の輸出や技術移転を禁じている「武器輸出三原則」を緩和することや、
憲法の解釈を変えて集団的自衛権の行使を認めさせることや、
憲法を改定し、緊急事態には国民の人権を停止できる仕組みをつくることや、
そんなことばっかり考えている。
日本を軍事国家にしたくてたまらないんだな。

それにしても、人権停止って・・・・へ?
人権というのは、常にそこにあるもんじゃあないの?
稼働したり停止したりできるものなの? 
原発じゃあるまいし。


人権が停止されたら困るわたしら一般人は、こんなとき、ぼけーっとしていてはいけないのだ。
ぼけーっとしていると、いつの間にか人権がなくなって、子どもが戦場に駆りだされていたりするのだ。
この前の戦争だってそうだった。






「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。
 非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」
                                  ---- R.v.ヴァイツゼッカー

「君たちに過去の戦争の責任はない。
 ただし、将来それを繰りかえさない責任はある」
         ---- ナチスの収容所を体験した人の言葉






繰りかえさないためには、過去の事実を知ってそこから学ぶしかない。

なんて思っていたときに、
うちの近所のBook Off が閉店することになり、
閉店セールであらゆる本を二束三文で売っているなかに、
この本を見つけた。

「新編 あの戦争を伝えたい」(岩波現代文庫)

これは2005年から東京新聞に連載された記事をまとめたもので、
73編の戦争体験者の証言が載っている。

沖縄戦、集団自決、原爆、東京大空襲、キリスト教徒弾圧、サイパン陥落、回天特攻、中国戦線、
朝鮮統治、シベリア抑留、満洲棄民、南方戦線、BC級戦犯、日本人「逃亡兵」、戦時下の報道など、
先の大戦のさまざまな現場にいた人々がその体験を語っている。

体験者の言葉はずっしり重い。
どんなにうまく書かれた歴史本よりも、歴史の現実を如実に語っている。
読んでいて泣けてきたり、怒りがこみあげてきたり、切なくなったり、理不尽さにもだえたりする。
だから決して心地よい本ではないのに、
読みだしたら止まらなくなった。
真実があるからだろう。

   「南京までの行軍は、雨の後のぬかるみをひたすら歩いた。食糧補給は追いつかず、兵士たちは皆、
    空腹だった。十二月、南京の市街地へ。「残っていたのは女性や子ども、お年寄り、病人が多かった。
    行軍で殺気立っていた日本の兵隊は手当たり次第に略立つし、女性を強姦した。多くの市民が無残
    に殺された。ひどいものだった・・・・感覚は完全に狂っていました」」

   「幼いころから大和民族は優秀だと教え込まれ、劣等民族の中国人には何をしてもいいと思っていた。
    何百年謝っても償えないことをしてしまった」



上の本にも取りあげられた近藤一さんという方は、
自分の体験を次世代に残さなければとあちこちで講演をなさっている。
その講演記録をネットで見つけた。

※中国戦線、沖縄戦を戦った元兵士の体験談

※山西省から沖縄へ-近藤一さんの戦場体験を聞く会-

  「当時は『戦陣釧』というものがあり、捕虜になってはいけない、なるくらいなら死ね、と教えられていま
   した。 みんな本当は死にたくないと思っていましたが、そうするしかなかったのです」

  「あの戦争は間違っていたと思います。 現場の兵士にしわ寄せをして、自分達は安全な所にいて、
   無茶な作戦を立てていた司令官や軍令部は許せません。 その上にいた天皇にも戦争責任があると
   思います。
   軍隊だけでなくて政治も間違っていました。 中国人は劣った民族だとか、捕虜になるなとか、おかしな
   教育をしていたのは軍隊だけではありません。 当時は学校もみんなそのようなことを教えていました。
   戦争でみんな負けてしまってからは、捕虜になって帰っても何も言われませんでしたが、戦争をしてい
   る当時は、そんなことをしたら大変なことになりました。 みんな内心では死にたくないな、戦いたくない
   なと思っていたのだと思いますが、決して口に出せなかったのです。 そのような空気を作っていたの
   は政治や教育の問題です」

  「戦後、戦争体験者の多くが口を閉ざしたために、戦後世代はほとんど戦争の実態を知りません。それ
   をいいことに教育をゆがめるような動きが出てきています。若い人が過去の戦争の事実を正しく知って
   平和な日本を造っていくためにも、戦争の加害の側面を語ることが重要だとの思いもありました」

  「村を襲った場合は、まず金目のものやロバ、牛などの略奪を行いました。女性がいれば輪姦し、その
   後で、憲兵に知られないように殺害することが普通に行われていました。最初の討伐の行軍の時、あ
   る村で赤ん坊のいる女性を古兵が輪姦しましたが、その時は女性を殺さずに裸にして大行山脈の険
   しい山道を連行しました。途中女性が弱ってきたのを見て、一人の古兵が赤ん坊を掴んで谷底に投げ
   捨てると、女性もその後を追って身を投げるという事件があり、その現場を私は目の前で目撃しました」

  「そこまで堕ちざるを得なかった兵士もやはり哀れであり、被害者であるということも理解してほしいと思
   います。アメリカ軍のように前線勤務は3~6ヶ月で交代するのと異なり、3年、4年、さらにそれ以上も
   非人間的な軍組織の中、明日のことはわからない前線に置かれて、聖人君子でいられる方がおかしい」




下は何年か前に制作されたNHKスペシャル。
NHKスペシャル <証言記録 日本人の戦争> 第1回 「アジア 民衆に包囲された戦場」

上の映画の最後のほうで話している男性は、
戦後60年間、戦地での体験を家族にさえ話すことができなかった。
それだけ重いものを抱えて過ごす60年はどれほど苦しいものだっただろう。

  「軍隊では悩むも何もない。命令に従わなければならない。従わなければ殺される」

  「いかに戦争とはいえ、いかに軍事教育とはいえ、フィリピンの人たちには申し訳ない。とんでもないこと
   をしてしまった。自分の今の生活を思うと、家族がいきなり連れ去られて殺されるなど考えられない」

  「(戦場では) 生きたいとは思わなかった。生きることはこんなに苦しいものかと思った」





NHKスペシャル <日本人はなぜ戦争へと向かったのか> 戦中編 「果てしなき戦線拡大の悲劇」

NHKスペシャル <日本人はなぜ戦争へと向かったのか> 第3回 「“熱狂”はこうして作られた」

※「ごちそうさん」 でなぜ悠太郎は逮捕されたのか





これらの本や映像から感じたのは、
いったん戦争になってしまったら容易には引きかえせないこと。
戦争は人の醜悪な部分を容赦なく引きだすこと。
そして戦時下では個人の感情や権利など存在し得なくなること。

晋三君がわざわざ人権停止なんかしなくても、
戦争になれば人々の人権はなくなる。
敵も味方も。


こういうことを、わたしたちは学校ではほとんど教わっていない。
わたし自身、日本が中国の一部や韓国を占領統治していたことや、
日本政府が韓国の人々に日本語を強制し、名前を日本名に変えさせたことなどを知ったのは、
いい大人になってからロンドンに住んでいたときに、
仲良くなった中国人から聞かされたときだった。

学校で教えないなら、せめて親のわたしたちが子どもに伝えてあげなければと思う。
過去にとらわれるのではなく、
過去から解放されて現在を健やかに生きられるように。
過去から解放されるというのは、過去のあやまちを繰りかえさない国になるということだ。




「どんなに悪い平和でも、いい戦争に勝る。
 平和は意識的な戦いの中でしかつかめない」
                   ---- むのたけじ




【追記】 
※戦争責任者の問題 by 伊丹万作

「さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない」

「すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う」

「少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。 いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである」

「私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである」

「つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである」
by homeopa | 2014-03-04 13:05

laughing away (動画追加したよん)

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フェイスブックで見かけたOSHOさんからの引用ふたつ。


       ※  ※  ※  ※  ※

ゴータマ・ブッダは
最後の言葉として言った。
「あなた自身の光でありなさい」

私が
ボディーを去る日には
どうか思い出させて欲しい、
私の最後の言葉を
言えるようにね---。
「あなた自身のジョークでありなさい」

自分自身の光であるより
その方が
遥かに喜びに満ちている。
光で何をしようというのかね。
タバコに火を点けるか、
人々の家を燃やすかね。

しかし
あなた自身の
ジョークであることで、
あなたは誰にとっても
至福となることだろう。


これが
私のジョークの見つけ方だ。
あなた方を眺めて・・。
だから
私があなた方を見るときは
気を付けるがいい。
私はジョークを
探しているのだよ!

これは
大変滑稽な世界なのに、
いろんな宗教が
とても悲しいものにしてしまった。
歌や音楽やダンスで
満ち溢れるべきなのだ。
しかし、
私たちは惨めさや苦しみで
実に深く汚染され、
毒されているので、
笑う時でさえ
トータルには笑わないようだ。

あなた方は
自分の笑いさえ抑圧している。
あなた方は
自分が抑圧しているのを
見ることが出来る。
一人の男を除いては。
それが誰かはあなた方全員が知っている。
皆に知れ渡るように、
大笑いしてごらん。

・・・

笑うハートは
深刻なハートより勇敢だ。
深刻なハートは
疑い、躊躇し、二の足を踏む。
笑うハートは
ギャンブラーのものだ、
彼はただ飛び込む。
そして瞑想とは、
未知へと
飛び込んで行く事なんだよ。

- OSHO



       ※  ※  ※  ※  ※


西洋の医療は、
人間を機械的にとらえている・・・
構造に支障がないところは
問題ないというように。
だが人間は機械ではない。
人間は有機的なユニットであり、
病んだ部分だけを治療すればいい
というようなものではない。
病んだ部分とは、
他でもなく
有機体全体が
困難に陥っているということだ。
病んだ部分は、
そこが一番弱いから
目につくだけのことだ。

病んだ部分を治療すると、
効き目があったように見える。
だが今度は別の場所から病気が現れる。
あなたは病んだ部分から
病気が現れるのを防いだに過ぎない・・・
あなたはそこを強化した。
でもあなたは、
人間がひとつのまとまりであることを
理解していない・・・
人間は病気か健康かのどちらかであり、
その中間はない。
人間は、
ひとまとまりの有機体として
捉えるべきだ。

理解すべき重要な点は、
身体は常にあなたに
耳を傾ける用意があるということだ・・・
でも、
あなたは身体と語り合ったことも、
コミュニケーションを
取ったことも全くない。
あなたは身体の中にいて
身体を用いて来たが、
全く身体に感謝したことがない。
身体は可能な限り聡明に、
あなたに仕え続けている。

自然はよく承知している・・・
身体があなたよりも聡明であることを。
なぜなら、
身体の重要な事柄は何ひとつ
あなたに任されておらず、
身体にゆだねられているからだ。
例えば呼吸、心臓の鼓動、
血液の流れ、食べ物の消化・・・
それらは、
あなたにゆだねられていない。
さもなければ、
あなたはとっくの昔に
混乱していただろう。

もしあなたに
呼吸がゆだねられたら、
あなたは死ぬだろう。
生き続ける見込みはない。
というのも、
しょっちゅう呼吸を
忘れてしまうからだ。
喧嘩をすれば呼吸を忘れてしまう。
夜、眠る時は、
心臓を鼓動させるのを忘れてしまう。
一体どうやって覚えておくつもりかね?
また消化システムが
どれほどの働きをしているか、
あなたは知っているだろうか?
あなたは物を飲み込み続け、
自分は大層働いていると思っているが、
飲み込むことなら誰でも出来る。

・・・
消化の全システムは
奇跡を行っている。
小さな消化のシステムが
行っていることを、
全て私達が行うことになったら・・・
食物を血液に変え、
あらゆる成分を分別し、
その成分を必要とされる場所へ送るには、
大きな工場が必要になるだろうと
科学者は言う。
ある成分は脳に必要で、
血液で脳に運ばなければならない。
他のものは別の場所・・・
眼、耳、骨、皮膚で必要とされる。
身体はその全てを完璧に
70,80,90年にもわたって行う。
でも、
あなたはその英知を理解していない。

・・・
ひとたび自分の身体と
コミュニケーションを取り始めたら、
事はとても容易になる。
身体に無理強いする必要はない。
身体を説得するといい。
身体と闘う必要はない・・・
それは醜く、暴力的で、攻撃的だ。
そしてあらゆる種類の葛藤は、
ますます緊張を生み出す。
だからどんな葛藤の中にも留まらないこと
安らぎを心がけなさい。

また身体は神からの
とても素晴らしい贈り物だから、
それと闘うことは
神を否定することになる。
身体は神殿だ・・・
私達はその中に収まっている。
身体は寺院だ。
私達はその中で生きており、
トータルに手入れをする必要がある・・・
それは私達の責任だ。

初めのうちは
少し馬鹿々々しく
思うかもしれない。
というのも
自分の身体に語りかけるだなんて、
私達は教わったこともないのだから・・・
だが、
それを通して奇跡が起こる。
私達が知らないうちに、
奇跡はすでに起こっている。
私が話す時、
話すにつれて
私の手はジェスチャーをする。
私はあなたに話している・・・
何かを伝達しているのは
私のマインドだ。
私の身体はそれに従う。
身体はマインドと協調関係にある。

・・・
身体に従いなさい。
どんなやり方にしろ、
決して身体を支配しようとしてはいけない。
身体はあなたの礎(いしずえ)だ。
ひとたび自分の身体を理解し始めたら、
苦悩の99%はあっさり消えてしまう。

Osho - こころでからだの声を聴く




       ※  ※  ※  ※  ※






わたしもできたら死ぬまでに、自分をジョークにできるようになりたい。
でもまだプライドがあってね。

困るのは、人間はプライドがあるからこそ滑稽であるということ。
プライドがあると自分をジョークにできないけど、
プライドがなくなったらジョークにならなくなる。
悩ましいな。

自分をジョークにできる程度にプライドを減らし、
ジョークになれる程度にプライドを残すという、
微妙なさじ加減が必要なわけだ。

しかもプライドの裏にはかならず自己卑下がくっついている。
Lycopodium とか Platinum とかたくさんとりすぎて、
どっちも完全になくなっちゃわないように気をつけないと。





                                                ↑↑
                             (この上の白い四角をクリックすると日本語字幕が見られます)

  「何であれ あなたの気づきとともに深まるものは 徳だ。
   何であれ あなたの気づきとともに消えるものは 罪だ」

  「とにかく試してみるといい」

  
  それにしてもすごい腕時計・・・・・









SARA TAVARES Live In Africa Festival 2012 05 25 ♪
by homeopa | 2014-03-02 08:46 | こだわり