pimboke6

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heat tech

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家の中に 鼻歌が聞こえる しあわせ。












※意外! ヒート系インナーが「冷え性を引き起こす」ことが判明
  いや、これは感じてたよ。
  化学合成品が大好きなガガも、
  最近、「下着のシャツは木綿のものを買ってきて」 と言うようになった。
  でも理由は冷えるからというより、チクチクするかららしい。



※増え続ける医療費 誰がどれだけ負担しているの?
  「医療費の伸びは年金をはるかに上回る」
by homeopa | 2013-11-27 21:51 | 自然のちから

rocket stove

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数日前の夜半、消防車のサイレンで目を覚ました。
サイレンはどんどん近づいてきて、すぐそばで止まった。3台ぐらい。
どこだろう?
と窓を開けてみたら、人の声がして、赤い光がちかちかしていたけれど、
どこだかわからないので、また寝てしまった。

そして一昨日の朝、
うちの集合住宅の入り口に、貼り紙があって、
一階に住んでいる方が鍋を空だきして煙が出てしまい、
火事にはならなかったけれど、
通報されて大騒ぎになってしまったのだと、
謝罪文が書いてあった。


ところで、わたしは田舎に引っ越したら、
なるべく線や管のお世話にならない暮らし方をしたいと思っている。
電線、ガス管、水道管、排水管などを使わない暮らし。
こういうのをオフグリッドというらしい。
完璧にはできなくても、なるべくそういうふうに暮らしたい。

その一貫として、ロケットストーブを作って、煮炊きや暖房に使うことを楽しみにしているんだけど、
ガガが大学を卒業もしくは中退して独立するまでは、
田舎には引っ越せない。
なのでせめてロケットストーブの試作品でも作って楽しもうか、と思い、
少し前からその材料を探してご近所を徘徊していた。
いや、徘徊は以前からしていて、そのついでに材料を探していた。


でも今回の通報事件で、
やっぱり都会の集合住宅で煙を排出するのはよくないとわかり、
自宅でのロケットストーブ実験は泣く泣くあきらめた。


でも、
探すのをやめたとき、見つかることもよくある話で・・・・♪
昨日の朝の徘徊中に、
ガソリンスタンドにこんなものがころがっているのを見つけてしまった。

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店員のお兄さんにきいたら、要らないというので、もらってきた。
燃焼実験はできないとしても、
作成の練習にはなるわな、と思って。
でも作成したら、実験もしたくなるに決まっている。
うーん、と歩きながらうなっていて、思いついた。

そのロケットストーブを実験もしくは使用するのは、
わたしでなくてもいいんだと!

そう、もしうまくできたら、
多摩川べりでブルーシートの家を構えているおじさん (たぶん、おばさんではない) のところに持っていって、
そこで一緒に燃焼実験をしてもらい、
もし気に入られたら使ってもらえばいい!

あきらめたら負けだとかよく言われるけど、
あきらめたところから、新しい未来が開けることもある。


でもガガに言わせると、
そんなことはどうでもよくて、
大事なのは、彼女とわたしがもしかしたら数日前に焼け死んでいたかもしれないことなのだそうだ。
なるほどねー。


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上の話題とはまったく関係ないけど、
もうすぐホメオパシーのコングレス (学術大会) がある。
今回も面白そうな発表がたくさんあって楽しみなんだけど、
反面、気が重い。
とーっても気が重い。
数年前から毎回、とーっても気が重かった。

理由は、会場に日の丸が掲げられ、開会時に国歌斉唱が行われること。
これは会長の由井先生の提案で、数年前から行われるようになった。

わたしは師である由井先生をホメオパスとして尊敬しているけれど、
この部分ではとうていついていけないんだわ。

国を愛せない人は、自分も愛せない、
自分を愛せない人は、健康になれない、
という理屈らしいけど、

国旗をかかげ国歌を歌うこと = 国を愛すること

という図式はあまりに単純すぎる。

だいいち国って何? 
国を愛するってどういうこと?

わたしは日本の自然が大好きで、
死ぬときは日本の山や川のそばで死にたい。
日本人の繊細な美意識や、そこから生まれる美しい文化を誇りに思っている。
災害時にも大騒ぎせずに助けあえる穏やかな国民性もすばらしいと思う。
反面、日本政府は大嫌いだし、
それを選んでしまう欲深な人々の気持ちはとうてい理解できない。
強欲から世界を侵略しようとした過去の日本の指導者も尊敬できない。
みんな同じでなければいけない、和を乱してはいけない、長いものに巻かれろ的な、日本的通念も大嫌い。

ひとりの日本人のなかには、日本に対してこれだけいろいろな思いがある。
10人いれば、さらにそれかける10通りの思いがある。
「国を愛する」 なんて言葉でくくれるものじゃあない。

そしてホメオパスの中にも、いろいろな考え方の人がいる。
いろいろな考え方の人がいるのは当然で、そうあるべきだと思う。

ちなみに、いま日本で日の丸や君が代をやたらに持ちあげる人たちに、
わたしは同調できない。
たとえば、大阪の橋下市長、在特会、自民党の右派など。
だからそういう人たちと同じ行動をとりたくないという気持ちがある。
それ以上に、ホメオパシーがそういう人たちの思想と関係があるかのように誤解されることがいちばんイヤだ。
もちろん、ホメオパスの中にはそういう人たちを支持している人もいるかもしれない。
いろいろなホメオパスがいる。
でもそれはホメオパシーそのものとは関係ない。

今回のコングレスでは、
藤岡さんという方の発表もある。
パンフレットによれば、この方は従軍慰安婦はなかった、という主張をされていて、
日本史の教科書を書き換える運動をなさっているらしい。
わたしはこの主張にも賛成できない。
でも賛成できるホメオパスもいるかもしれない。
それはそれでいい。
ただ、それもホメオパシーそのものとは関係ない。

わたしたちホメオパスをつなげているのは、
ホメオパシーはすばらしい、自然の力はすばらしい、というその思いだけ。
そこでつながっている人たちのコングレスに、
なぜ関係のないものを持ちこむのか、そこがわからない。
だってそれは、わたしたちホメオパスの総意ではないのだから。


なーんてことを考えていたら、
その思いに呼ばれたのか、
下のような動画がやってきた。↓

曽根さんは長野県の中川村という村の村長さんだそうだ。
この村長さん、国旗に一礼しなくても、日本の人たちをとても愛していると思う。
国旗に敬礼しながら、国民を足蹴にする政治家とは、対照的だわね。
「愛せと言う前に、愛される国になればいい」 

※国旗に一礼しない村長・曽我逸郎さん講演会(前半)

※国旗に一礼しない村長・曽我逸郎さん講演会(後半・質疑)

※中川村のホームページから、曽我村長の考え




ちなみに、この動画に共感するのも、わたしの個人的感情であって、
ホメオパシーとは何の関係もない。

ホメオパシーはもっと大きくてしなやかな原理だ。
自然に境界線がないように。
生命に差別がないように。
(この部分は、もりちゃんさんのコメントに示唆を得て加筆しました)









いかにもだけど、今朝ふと浮かんできて頭から離れないこの歌、やっぱり載せちゃおう。

             
       
by homeopa | 2013-11-24 20:34 | こだわり

the biology of belief

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ガガは、父親に似ていると言われるのを嫌がる。
彼女の父親はちょっとできそこないなのだ。

わたしはわたしで、ちょっとでき過ぎるので、
ガガはそれも嫌だろうと思う。

といっても不思議なことにガガは、
わたしができ過ぎるとは、これっぽっちも思っていない。

でも実はわたしは、家事でも、子育てでも、勉強でも、
仕事でも、手芸でも、ファッションでも、
写真でも、絵でも、オペラでも、日本舞踊でも、バンジージャンプでも、相撲でも、
とにかくでき過ぎるので、
バランスを取るためにわざと手を抜くのだ。
ただ手抜きにおいても、でき過ぎるので、抜き過ぎてずさんになる。

だからそれを見て、わたしのことを、
ちょっと抜けてるとか、
少しゆがんでるとか、
だいぶおかしいとか思う人はいても、
でき過ぎると思う人はたぶんこの地球上にひとりもいない。
でき過ぎる人は、それほど深くて神秘的なのだ。

でもガガよ、できそこないの父とでき過ぎる母から生まれたからといって、
絶望することはない。

だれもが自分で自分の人格や健康や人生をつくっていけるのだということを、
言いかえれば、だれも自分のできそこないや、でき過ぎを、
遺伝子のせいにはできないということを、
この本が教えてくれた。

『「思考」のすごい力』 ブルース・リプトン著

   余談だけど、ここまで書いてきて、
   「できる人」 と 「できた人」 とは意味がちがうと気づいた。
   「できる人」は能力を表す言葉だが、
   「できた人」は人格を表す言葉だ--- それも神様・仏様に近い人格。

   そして 「できた人」 は、たいてい、あまりできない人であることが多い。
   てことは、わたしは神様・仏様からかなり遠い人であるということだ。


本題に戻って、
この本で語られていることを概括すると、
こんなことになるかな。 

 ◆細胞の働きを決定するのは遺伝子ではなく、
  それをとりまく物質的・エネルギー的環境からの刺激であること。

 ◆その証拠となる細胞やタンパク質のはたらきについて。
  (この説明がかなり面白い)

 ◆細胞の脳は、細胞膜である。
  細胞膜は環境刺激を受信し、それに対応する命令を出す。

 ◆環境からの刺激は、物質よりもエネルギー的刺激のほうが影響が速い。
   わたしたちの思考もエネルギー的刺激のひとつ。

 ◆上に関連して、量子力学的な生命のとらえ方が必要であること。
  (ホメオパシーを説明するには量子力学しかないと再確認。でも難しい)

 ◆「成長・増殖反応」と「防衛反応」は、ひとつの細胞の中で同時に併存できない。

 ◆人間は胎児期~生育期に親からインプットされた潜在意識で、
   その後の人生を左右される。 

 ◆しかしそのインプットも自分で変えることができる。
  (なかなか難しいけど)

 
このような論点からさまざまな話題が展開されていくのだけれど、
あまりに盛りだくさんで、
うまくまとめることができない。
この数カ月、これをまとめようとずーーーっと考えてきたけど、
うまくまとまらない。
思うに、もともと本自体がよくまとまっていないのかもしれない。
と、人のせいにしたところで、
あとは引用でごまかすことにする。


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まず、エピジェネティクスという新しい学問がある。
これは環境が遺伝子の活性をコントロールする分子的メカニズムを研究する学問だ。

  「エピジェネティクスがこの10年間に解明したところによれば、遺伝子として受け渡されるDNAの
  青写真は、誕生のときにはまだ確定していないらしい。遺伝子は運命の女神などではないのだ! 
  環境による影響、たとえば栄養分やストレスなどの感情が、基本的な青写真に手を加えることは
  ないにしても、遺伝子を変化させることがある。さらにそういった変化は、DNAの青写真が二重ら
  せんによって次世代に受け渡されるのと同様に、確実に世代を超えて受け渡されていくという」

  「細胞の状態は、細胞が環境からのシグナルにどう反応するかで決まる。それと同じように、人生
  も、環境からのシグナルにわたしたちがどのように反応するかによって決まる」

  「ナイハウトは簡潔に要約している。「ある遺伝子の産物が必要になったとしても、その遺伝子発現
  のスイッチを入れるのは環境からの信号である。遺伝子が自分でスイッチを入れる資質を持ってい
  るわけではない」」

  「論理的に考えるなら、細胞や生物個体の一生をあらかじめ遺伝子にプログラムしておくことはでき
   ない。なぜなら、細胞は絶え間なく変化し続ける環境に合わせて活動をダイナミックに調整していか
   なければ、生存できないからだ」

タンパク質について。
電荷の影響でアミノ酸のつなぎ目の角度が変わることによって、
タンパク質の構造が変わるそうだ。しかもそれは常に起こっている。

  「タンパク質を構成するアミノ酸どうしはペプチド結合でつながっていて、 ヘビの背骨と同じように、
   さまざまな形をとることができる」

  「タンパク質の背骨がどのような曲線を描くかは、二つの主な要因によって決定される (つまりこれら
   がタンパク質の形を決定することになる)。 一つはアミノ酸の配列パターン……もう一つは結合した
   アミノ酸どうしの電荷による相互作用」

  「細胞の中ではタンパク質分子が常に立体構造を変化 (変化は1秒間に何千回も起こる) させている
   が、この構造変化こそが、生命を推進する動きなのだ」

  「1940年代以来、生物学者たちは細胞の核からDNAだけを取ってきて、遺伝のメカニズムを研究して
   きた。DNAを手に入れるには、まず細胞から核を採取し、さらに核膜を開いて内部の染色体を取り出
   す。染色体の半分はDNAだが、残り半分はDNAの働きを抑制するタンパク質だ。DNAを研究したい
   と逸るあまりに、ほとんどの科学者はこのタンパク質を捨ててしまっていた。いまにして思えば、風呂
   の水と一緒に赤ん坊を流してしまうようなふるまいである」

  「染色体では、DNAがいわば芯となっていて、タンパク質はそれにカバーとしてかぶさっている。カバー
   がかかったままでは、遺伝子の情報を読みとることができない」

  「環境から、ある信号がやってくれば、「カバー」タンパク質は形を変えてDNAの二重らせんからはずれ、
   遺伝子が読みとれるようになる……結局、遺伝子の活動はカバーとなるタンパク質が存在するかしな
   いかによって「コントロール」され、タンパク質の存在は環境からの信号によってコントロールされる」

村上和雄さんが言っていた、「遺伝子のオン・オフ」 とは、このことだったのか。

細胞膜は細胞の脳である。
そして細胞膜には、
レセプタータンパク質と、エフェクタータンパク質という
二種類のタンパク質が存在する。
レセプタータンパク質は外部からの信号を受信し、
エフェクタータンパク質は上の情報に応じて細胞の働きをコントロールする。

  「環境からの信号分子がレセプターに結合すると、タンパク質分子の電荷が変化し、その結果、骨組み
   の形状が変わって、タンパク質は“活性化した”形をとるようになる」

  「レセプターのなかには、光や音、ラジオ波など、振動エネルギー場を読みとる“アンテナ”のようなもの
   もある。これら「エネルギー」レセプターは、環境のエネルギー振動に共鳴して音叉のように振動する。
   この振動によってレセプタータンパク質の電荷が変化し、その結果、形態が変化する」

  「レセプターはエネルギー場を読みとることができるのだから、物質分子だけが細胞の活動に影響を与
   えるという考え方は時代遅れだ。生物の活動は、ペニシリンのような物質分子にコントロールされるの
   と同じように、目に見えない力(これには思考も含まれる)によってもコントロールされる。この事実は
   薬に頼らないエネルギー医学の科学的な土台となる」


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次は量子力学について。
ここはとてもワクワクした部分。
でも量子力学については今までも何冊も本を読もうとしたけど、
どれも途中で挫折したなあ。

  「(二十世紀をが始まってから10年もたたないうちに)物理学者は、世界は物質でできているとするニュ
   ートン的な世界観を信奉するのをやめた」

  「量子力学物理学者が発見したのはこういうことだ。原子は物質だが、原子自体は絶え間なく回転しな
   がら振動するエネルギーの渦巻きだ。よろめきつつ回り続けるコマのようなもので、それがエネルギ
   ーを放射している。各原子が発するエネルギーの振動パターンは固有のもので、その原子の署名の
   ようなものだ。原子が集まって分子ができるが、分子が発するエネルギーパターンは原子の組み合わ
   せによってそれぞれ固有のものとなる。
   ということは、この宇宙に存在する物質的な構造体は、あなたもわたしもみんなそれぞれ特有なエネ
   ルギーの署名を放射している」

  「この50年間に発表された数百数千数万というその他の科学研究は、一貫して、電磁スペクトラムの
   「目に見えない力」が生体調節のあらゆる面に深く影響を与えていることを明らかにしている」

  「マックレアが『ニューヨーク科学アカデミー年報』で発表した「生体エネルギー論における共鳴」という
   論文では、ホルモンや神経伝達物質、成長因子など、物質によるシグナルに比べ、電磁周波数など
   のエネルギーによるシグナル伝達メカニズムは、環境の情報を伝えるにあたって、100倍も効率が
   よいことが明らかにされている」

  「ところが、量子物理学が新しい事実を見いだしてからも、生物学や医学の教育方針はあいもかわら
   ず、身体はニュートン的な原理にしたがって作動する物質的な機械である、と学生たちに教え続けて
   いる」

  「ニュートン的で物質偏重主義である旧来の概念から抜け出せない研究者たちは、健康や病気にエネ
   ルギーが果たす役割をまったく無視している」

しかし量子物理学の原理は、現実世界ですでに広く応用されている。
テレビ、コンピュータ、レーザー、宇宙船、携帯電話など……
実際は医学の場でも、CATスキャンやMRI、PETスキャンなどの検査措置として実現している。

  「病的組織は、周囲の健康な組織とは異なる、特有なエネルギーパターン (エネルギーの指紋のような
   もの) を示す」

  
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次は、心の影響について。

  「第三章でお話ししたように、物質とエネルギーは不可分のものだ。ということは、論理的に考えると、
   心 (エネルギー) と身体 (物質) も同じように不可分のものだといえる」

  「思考という「エネルギー」は、第三章でお話ししたように、強め合う干渉、あるいは弱め合う干渉とい
   うしくみによって、細胞機能の元となるタンパク質を活性化したり抑制したりできる」

ただし心には、潜在意識と顕在意識がある。

  「意識には創造力があり、「肯定的思考」を出現させることができる。
   一方、潜在意識は刺激に対する反応が記録されたテープの倉庫にすぎない。これは経験から学習
   したことや本能によるものだ。潜在意識は頑固なまでに習慣を変えない。生活のなかで出会うシグ
   ナルに対する反応として、完璧に同一のパターンを飽きることなく繰り返す。
   とるに足らないこと、たとえば歯磨きチューブのふたが開いているとか、そういうことに、ついカッとな
   ってしまったという経験はないだろうか。子どものころから、ちゃんとふたを閉めなさい、と訓練されて
   きたものだから、開けっ放しのチューブを見つけようものなら「スイッチが入って」、自動的にカッとなっ
   てしまう。こうしたときには、潜在意識に蓄えられた刺激反応プログラムが再生され、それにしたがって
   行動している。
   神経学的な処理能力について言えば、潜在意識は意識よりも数百万倍も強力である」

  「キャンディス・パートは…… 身体を構成する細胞のうち、すべてとは言えないにしても、ほとんどの
   細胞に、「ニューロン性」レセプターが存在することを明らかにした。『化学物質が情動をつくる(Mole
   -cules of Emotion、未邦訳)』にそのいきさつが書かれている。
   パートは実に明快な実験を行ない、「心」は頭の中だけに留まるのははなく、シグナル分子によって
   身体全体に分配されているという事実を立証した。
   パートの実験で重要なのはこれだけではない。この研究により、情動は身体が環境からの情報に
   フィードバックする際に得られるだけではないことがはっきりした。自らを意識することにより、心は脳
   を使って「感情をつくる化学物質」を“生成”し、環境シグナルを出発点とする反応系より優先的に情報
   を伝えることもできる。つまり、意識を正しく用いれば、病気の身体を健康にすることもできるし、逆に、
   潜在意識が情動を適切にコントロールできなければ、健康な身体であっても病気になってしまう」

  「ほとんどすべての生物は、生命にかかわる刺激を実際に直接経験している。ところが人間は、脳が
   もつ知覚を「学習」する力がたいへん進んでいる。そのため、わたしたちは他人から間接的に知覚の
   仕方を教わることがある。ひとたび他人の知覚を受け入れ、それが「真実」だと思ってしまうと、他人
   の知覚が自分の脳内の回路として固定してしまい、自分の「真実」となってしまう」

  「環境刺激に対するわたしたちの反応は、実際、知覚によってコントロールされている。だが、学習して
   きた知覚のすべてが正確とは限らない」

たとえば、これが車エビですと言って出されれば、シマエビでも車エビの味がする。。
親がゴキブリは汚いというのを聞いた子どもは、ゴキブリを見ると、うわ、汚い、と反応し、
海は青いと教師から教わった子どもは、海の絵を描くときに青い絵の具を使う。
おまえはだめな子だと言われて育った子どもは、自分はダメな子だと思いつづけ、
おまえはしっかりした子だと言われて育った子どもは、時分はしっかりしているんだと思う。
事実とは関係なく。

  「それゆえ、こういったコントロールする知覚のことは「信念」として規定して名づけて、ちょっと慎重に
   扱わなければならない。“信念は生体の機能をコントロールする!”」

  「わたしたちは、環境刺激に対して自分がどう反応するのか、意識的に評価し、いつでも好きなときに
   以前の反応を変更することもできる。
   ……ただし、強力な潜在意識をなんとかすることさえできればだが」

この「ただし」、が厳しいね。
でも;

  「信念というものは、カメラのフィルターのようなもので、世界の見方を変える。そして、生体の機能は
   そういった信念に適応して変化する。信念がそれほど力を持つことを本当に意識できたならば、その
   ときこそ、自由への鍵が手に入る」

  「何を見るのかは、自分で選択できるということだ。あなたは信念を通して人生を見ることができる。
   ばら色の信念(フィルター)を選んで、身体を構成する細胞が活発に活動する手助けをすることもで
   きる。逆に、暗い信念(フィルター)を選んで、すべてにダークな影を投げかけ、心も身体も病気になり
   やすい状態にすることもあり得る。恐怖の人生を送るのも愛の人生を送るのもあなた次第だ。選択権
   はあなた自身にある!」

とも言われると、少し勇気が出てくる。
問題は、自分のフィルターを自覚できるかどうかだな。
それがいわゆる「気づき」。
ホメオパシーのレメディーは、フィルターを強調して気づきやすくさせてくれる。

  「意識は、潜在意識が習慣的に行動を起こすに任せることもあるが、環境刺激に対する反応を自発的
   につくりだす力ももっている。意識には自己を省みる能力があるので、そのとき行われている行動を
   観察することができるが、それだけではなく、あらかじめプログラムされた行動が起こり始めると、それ
   に介入し、行動を中止して新しい反応をつくりだすこともできる。意識がこのような働きをもつおかげ
   で、わたしたちは自由意志をもてる。つまり、わたしたちはプログラムに盲従するだけの存在ではない。
   だが、うまくやってのけるには、十分集中しなくてはならない。そうでないと既存のプログラムに圧倒
   されてしまう」

  
結局のところ、この著者も、
「潜在意識を変更するのは難しい」と言っている。
でも難しいのであって、不可能とは言っていない。

わたし自身、大きな気づきを得て変わったと思っても、
また同じような状況に出会うと、以前と同じように反応していることがある。
でもそれに気づくのが、だんだん早くなってきた。
そうやって、気づいては戻り、気づいては戻りしながら、
少しずつ不必要な潜在意識を薄めていくのだろう。
やがて解放されるために。
これこそ、わたしたちひとりひとりが一生かかって取りくんでいく課題なのかもしれない。




ああ、疲れた。
読んでいる人がいてくださるとして、
たぶんその人も疲れたころだと思うので、
いや、その人たちが疲れていなくても、
わたしが疲れたので、
ここでやめることにする。

とにかく興味深いことが、
そしてときに七面倒くさいことが、
たくさん書かれている本なので、
みなさん一度くらい読んでみてはいかがかと思います。



ちょと関連する動画があったので、載せておきます。



The Living Matrix [1/6]
The Living Matrix [2/6]
The Living Matrix [3/6]
The Living Matrix [4/6]
The Living Matrix [5/6]
The Living Matrix [6/6]





※ホメオパシーおためしミニ相談会のお知らせ 11月24日(日)午後
by homeopa | 2013-11-18 22:00 | 自然のちから

moved

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感動するということは、
自分が壊れること。









という言葉をどこかで読んだ。

そういえば慢性病が治るときも、
自分が壊れて新しい自分になる。
いったん壊れないと、新しいものが生きない。
感動するときは、病気が治るとき。







Alela Diane~Age Old Blue ♪








※ホメオパシーおためし無料相談会のお知らせ 2013年11月24日
by homeopa | 2013-11-15 08:51 | 自然のちから

somebody else's wisdom

何のはずみか二重露光になっちゃった。でもきれい。
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(以下引用)

啓蒙とは、人間が、みずから招いた未成年の状態から抜けでることだ。
未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができないということである。
人間が未成年の状態にあるのは、理性がないからではなく、
他人の指示を仰がないと、自分の理性を使う決意も勇気ももてないからなのだ。
だから人間はみずからの責任において、未成年の状態にとどまっていることになる。


わたしは、自分の理性を働かせる代わりに書物に頼り、
良心を働かせる代わりに牧師に頼り、
自分で食事を節制する代わりに医者に食餌療法を処方してもらう。
そうすれば自分であれこれ考える必要はなくなるというものだ。
お金さえ払えば、考える必要などない。
考えるという面倒な仕事は、他人がひきうけてくれるからだ。


ほとんどの人間は、自然においてはすでに成年に達していて(自然による成年)、
他人の指導を求める年齢ではなくなっているというのに、
死ぬまで他人の指示を仰ぎたいと思っているのである。
その原因は人間の怠慢と臆病にある。
というのも、未成年の状態にとどまっているのは、なんとも楽なことだからだ。

                                         ---- カント





ほらね。
だからこうやってせっせと引用するでしょう。
これだと自分で考えなくて済むから、ほんと楽なの。

それに引用元の本も読んでないよ。
だれかが引用していたのを引用してるだけ。




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ついでにもうひとつ、楽をしよう。

(以下引用)
                           
「集団mass」という言葉は、ラテン語の「マッサ massa」から来ている。
”マッサ”とは何かというと、「鋳型にはめられるもの、こねられるもの」という意味だ。
そして私があなたに、”集団・mass”になると言うのは、あなたが絶えず他人によって型にはめられ、
他人によってこねられているからだ。そしてあなたはそれを許し、それに協力さえする。
あなたはあらゆる手立てを尽くして、集団の一部、何かの群集の一部になろうとする。
なぜなら独りぼっちでは、自分のアイデンティティーをなくしてしまうからだ。
つまり、あなたのアイデンティティーはそっくりそのまま、群集を通したものでしかない。

人々が退職するとかえって早く死ぬのはそのためだ。
精神分析医たちによれば、少なくとも十年はそれで寿命が縮まるという。
政治家たちは、彼らが権力の座についているときはとても健康だ。
それなのにいったん権力を離れると、その健康も消えうせてしまい、やがて死ぬ。
なぜなら彼らのアイデンティティーのすべてが夢のように消えてしまうからだ。
役所や会社の外では、あなたは突然誰でもなくなる。
実は、あなたは生涯ずっと誰でもなかったのだ。
ただあなたは、自分がつくり上げたフィクションを信じていただけなのだ。

偉大な役人は、自分を偉大だと思い込む。
いったんそのポストを失うと、すべての偉大さも消えうせてしまう。
金持ちは、その富のゆえに自分を裕福だと思いこむ。彼は自分を「何者かだ」と感じる。
しかしそれが倒産や何かのせいでその財産が突然失われる破目になると、
富が消え失せるだけでなく、彼の魂までも消えてしまう。
彼のアイデンティティー全体もなくなってしまう。
それは紙の船に過ぎず、トランプの家に過ぎなかった。

「自分を知る」とは、あなたが一つのことを理解するに至ったことを意味する。
あなたは自分自身を知るために、他人や物を通してではなく、
他人経由ではなく直接じかに自分を知らなければならないということ。
それを誰かに聞く必要もない。
ひとたびあなたが自分自身のうちにアイデンティティーを探さなければならないということを理解したら、
あなたは集団から、群集から自由になり始める。個性が生まれる。
そのときあなたはユニークな個人になっている。

ふだん、あなたは群集に従う。
それは便利だし、居心地がいい。それは鎮静剤みたいなもので、
群集と一緒にいれば、あなたは考えなくていいし、心配しなくてもいい。
なぜなら責任は群集にあるから、疑問は全て専門家にまかせておけばいい。
そしてながい伝統と時代を経た知恵が出来上がって、それは頼れるものだ。
それだけ大勢の人たちがひとつのことをやっているときには、
自分だけのオリジナルをやるよりも、彼らの真似をしたほうが簡単で易しい。

なぜなら、いったん自分自身について考え始めたら疑問が湧いてくるからだ。
自分は正しいかもしれない、あるいは間違っているかもしれない。
しかし大群衆の一部であるあなたには、
自分が正しいか間違っているかなどという疑問は決して湧いてこない。
これだけ多くの人々が間違えるはずがない。彼らは正しいに決まっている。
なぜなら何世紀も何世紀も彼らは同じことをやってきているんだから、そこには何か真理があるはずだ。
ひとつの群集がやり続けてきたことは信用できる、だからそれに従って、真似ようと考える。
このようにして、あなたは自分が誰であるのかを知るチャンスを失っていく。

マレー語に、「ラター(lattah)」という言葉がある。
その言葉は、人々は恐ろしいがために他人を真似る、
つまり恐怖から人々は他人を真似る、という意味だ。
あなたは観察したことはないだろうか? 
もし劇場に座っていて、突然その劇場が火事だということになって、
みんなが逃げようとして動き始めたとき、あなたは群集の動きに従うだろう。
たとえその群集がどこへ行こうと構わずに、あなたは大勢の人に従うだろう。
それは船が沈没するときにも起こる。
そのときの最大の問題は、群集がひとつの方向に1ヶ所に集まってしまうので、
それが船の沈むのを早めてしまうことだという。

どんなときであれ、あなたが恐慌をきたしているときには必ず、あなたは個性を失う。
恐れとパニックの中で人々は他人を真似る。
しかし、あなたは普段からでも”ラター”の中で生きている。
つまり絶え間ない恐れの状態にあるので、群集の一人であり続ける。
そして群集は、あなたが群れを離れて異質な存在になることを好まない。
なぜならそうした存在が、他の人々の心にも疑念を生み出すからだ。
こうして恐怖から、あなたは他人と同じであるようにと務め、他人に従い続ける。
そしてその恐怖のゆえに、あなたは決して「個人」にはなれないのだ。

                                         ---- OSHO





OSHOさんてだれだ? と思ってウィキペディアで調べてみた。
面白そうだな。
読んでみよう。
こういうのも、他人の知恵に頼ることの利点ではある。








※アイスランドとハンガリーで、すごいことが起こっている。
  終わりは始まりの序章。
  悪いことは良いことの前段階。
  死は生の母体。
  そんなことを考えました。
  今の日本もそうであってほしい。


※土壌発酵を利用した放射能除染技術に関する記者会見  
  NHKはこれを放映するなと記者に命じた。
  なぜ?

  記者会見の画像。
  http://youtu.be/Q4got8dMLbk

  http://youtu.be/mNGdhTuNxBg

  http://youtu.be/UHE6kVAjymw

  http://youtu.be/SucqgJ_c6Fs

  http://youtu.be/DM9GORPRA28

  http://youtu.be/uT0Cj6t59Qc
  
  http://youtu.be/vY_fl4Cdbhw

  http://youtu.be/2rSCHuFXqmI

  http://youtu.be/pL2TGkAOJBw
by homeopa | 2013-11-12 09:47 | 格言

unrealized hopes

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人生にはかなわぬ願いというのがある。

願いがかなわずに落ちこんだり、腹が立ったり、絶望したときは、
ホメオパシーでは Ignatia なんかをよく使って、
ま、しゃあないか、と思うまでに回復したりする。
Ignatia が合うときは、やたらに崇高な理想を追いもとめたり、
高嶺の花に恋い焦がれていることが多い。


わたしにも今、かなわぬ願いがあるけど、
どうも Ignatia は合わないような気がする。
求めているものがあんまり高くないから。



たとえば、この柿とか。
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この柑橘とか。
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あとほんの50センチぐらいで手が届きそうなんだけど、
届かない。
10年ぶりにジャンプなんかしてみたけど、
届かない。
そうこうするうち、柿はもうだいぶ落ちてカラスに食べられてしまったし、
蜜柑は黄色く色づいてきて、もうすぐカラスに食べられてしまう。

ある方が、ホームセンターで売っている、高い枝を切る鋏を使えばいいと教えてくれたけれど、
それを持って散歩する気にはなれないし(散歩の先にこれらの木がある)、
公園のようなこの場所でその鋏を使って柿や蜜柑を落とすのは、
少し恥ずかしい。

ガガが、カウボーイのような投げ縄を引っかけて取ったらどうかと提案してくれた。
それも恥ずかしいけど、少なくとも歩いているときはただのロープに見えるだろう。
犬に逃げられたような顔をすればいい。
だからこの投げ縄のアイデアは、行けるかも・・・・


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「投げ縄」で思いだしたけど、
わたしはどうやら 「投げやり」 らしいと、この前気づいた。

気づいたきっかけは、ユーチューブの動画だった。
ある男性が工作をしている様子を撮った動画。

その男性が、作った木箱の蓋を閉めるときに、
そーっと音がしないくらいていねいに閉めたのだ。

わたしの感覚では、そこで音がするはずだった。
もしわたしがその人なら、
音がしたときには、すでに意識は次の所作に移っているだろう。
つまり蓋が閉まる前の最後の数ミリで、
わたしの意識は蓋を放りだしてしまうのだ。

そういう投げやり。

そういえば、わたしの動作は荒々しいと、よくガガに言われる。
物を置いたり、ドアを閉めたりするときの音がうるさいとも言われる。
何かを取りおとしたり、何かを何かにぶつけたり、
そういうこともよくある。

Apis か Agaricus でもとるかなあ・・・・
でも、いわゆる不器用とは違うような気がする。

子どもの頃は、バービー人形の服を何着も手縫いでチクチク縫ったものだった。
学校の教科書は、1年使ったあとでも新品のようにきれいだった。
それくらいていねいに扱った。
編み物も好きでよくやったし、
二十代前半までは自分の服をミシンで作ったりもしていた。

それが、仕事と勉強、家事と子育てなど、
やたらにあわただしい20年ほどのあいだに、
皿をテーブルに置くときの最後の瞬間まで意識を向けているような余裕がなくなったのだと思う。
最後の瞬間に投げやっていたのだと思う。

いつも1秒ぐらい先を生きていたのだ。
今を生きていなかった。

最近はペースが落ちて、
ずいぶんのんびりしてきたと思っていたけど、
身体にはその投げやりな癖がしっかり残っていたらしい。

頭も心も身体も、今この瞬間に集中して、ていねいに生きるようになれたらなあ、
というのが、ここ数日の願い。

柿のほうは、公園の木をあきらめたら、
近くの無人売店に3つ百円で売っていた。

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種なし柿じゃないよ。
柿はやっぱりこうでなくちゃ。



     ※  ※  ※  ※  ※  ※




以前にこのブログでも紹介した「きんこんの会」や「白雪姫プロジェクト」関連の上映会と講演会が、
岡山であります。11月16日(土)
http://shirayukihime-project.net/pdf/20131116-kurasiki.pdf



11月23日(日)には神奈川県相模原でも。
http://kokucheese.com/event/index/113566/



そしてこのプロジェクトを知るきっかけとなった溝呂木梨穂さんのお母様から、
最近またメールをいただきました。
梨穂さんのご様子が、お母様のご友人のブログに書かれています。
興味のある方はぜひお読みください。
現代医学にがっかりすることの多いこのごろですが、
こんな看護士さんもいらっしゃると思うと、胸が温かくなります。
http://sin-space.jugem.jp/?eid=292
これはもう少し前の記事。
http://sin-space.jugem.jp/?eid=278&guid=ON&PHPSESSID=bd5afb78cd861d575548f632e7a910d






Lisa Hannigan and Ingrid Michaelson - "O Sleep" ♪
by homeopa | 2013-11-08 09:24 | おもしろいこと

salad oil lantern 2

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上は散歩の途中で見つけた家。
ジブリのアニメに出てきそう。
人が住んでいるのかどうか確かめたくて、ドアをノックしたくなったけど、できなかった。
鷲鼻のおばあさんが出てくるはずなんだけど。



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前の記事に載せたサラダオイル・ランプの応用で、
こんなの作ってみました。↓

昨夜は、前より深い容器でやってみたんですが、
それでやっと気づいたのは、
動画でなぜ浅い皿がつかわれていたか。
(鈍いんです)

オイルの上に出るひもがあんまり長いと、
そこに油が少ししか含まれないので、
火は油を求めてどんどん下に進むんですね。

昨夜は深さ4センチほどの容器をつかって、
その底に1センチほどオイルを入れたので、
火を点けたら火がひもを下へ下へと進んでいって、
炎が大きくなって、ススがぼーぼーと出て、
なんだかちっとも美しくありませんでした。

でも浅い皿を使うと、
昼間、うっかりこぼしそうで、邪魔くさい。
深い容器になみなみとオイルを注いでも、やっぱりこぼしそうだし。
それで、お椀を伏せたような形にアルミ箔を成形し、
その下からひもを出して、
こんなふうにしてみたら、大成功!

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※早ければ8日には始まるはずだった4号機の使用済み燃料取りだし作業は延期になりました。
  使用済み燃料は早く安全なところに移してほしいけど、
  作業の検証はしっかりしてほしいし・・・・
  どういう気持ちになればいいのかわかりません。

※福島沿岸の海水の汚染度、記録的高濃度に

※放射能セシウム降下物 9月も東京は全国第三位の数値
  

※福島 六ヶ所 未来への伝言 (プロモーション)
  今も何も変わっていないけど、みんな忘れかけている。



※保存版ラッキー放送局10連発!
by homeopa | 2013-11-06 09:42 | 日々の暮らし

salad oil lantern

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日清食品のサラダ油にもけっこう遺伝子組み換え原料が使われているようだ。



        「遺伝子組み換え」原料入り食品メーカーランキング
        (上の表はこの記事から http://www.mynewsjapan.com/reports/1158



買っちゃったけど、食べたくない、というときは、
こんなふうに利用するのも楽しい。
サラダオイルのランタン。



昨夜はこれを灯してお風呂に入った。
山のいで湯の気分。

身体や髪を洗ったりするときには暗すぎないか、
と思われるかもしれないけど、
わたしはほら、身体は洗わないから。
最初にさっと湯で身体を流したら、すぐに湯船につかって、あとは天国。

もう15年ぐらいこれでやっている。

石けんを使わないから皮脂を余分にとる心配もないし、
皮膚の常在菌にもやさしいし、
何より、余計なことに時間をとられずにすんで、楽チン。

きっかけはガガのアトピーだった。
薬をつかわずに治そうといろいろやってみた末、
入浴のときには石けんで洗わずに、ただじっくり湯船につかるのがいいとわかった。
そして自分もそうしてみたら、皮膚の調子がよかった。

怠惰なので、洗髪の頻度も年々減ってきていて、
冬場は週に1回ぐらいしか洗わなくなっていたところへ、
2年ほど前、友人から、シャンプー剤をつかわないほうが髪が柔らかくなる、という助言をもらって、
やってみたら快適なので、シャンプーも使わなくなった。

前からこのブログを読んでいる人は、
もう何度もこのはなしを聞いてうんざりしているかもしれないけど、
老人はそんなもんなので、
許してくださらなくても許します。

ということで、
使わなくてもいいものが、なんとたくさんあることか。
そして面白い用途に使えるものが、なんとたくさんあることか。







菅野洋子ライブ-1 シンギングボールセッション ♪





全然関係ないけど、笑える動画。
くぁわいい!

頭突きの練習? 求愛行動? エネルギー療法? 宇宙的コミュニケーション?
by homeopa | 2013-11-05 09:23 | 日々の暮らし

fasting3

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またまた絶食もしくは少食の話題。

これは、あの安保徹さんが書いた、超小食のすすめ。
なぜ小食がいいかを、免疫学の立場から説明している。
なかなか興味深いので、下にコピペしとこう。

      ※  ※  ※

奇跡が起こる “超少食”
少食を心がければ免疫力が高まり、病気にならない体に変わる

新潟大学大学院教授 安保 徹

◇たくさん食べている人ほど病気になりやすい

体を鍛えるためには体操などをやればいいのですが、病気をはね返す免疫の力を鍛えるには、手っ取り早く「風邪をひく」ことです。
風邪をひくとリンパ球とウイルスとが戦うので、治ったあとには免疫が自然と高まっています。
薬を飲まずに風邪を治せば免疫は高まるのです。
実際、私は風邪の流行っている場所に行くことにしています。
ところが、私は風邪をひかない。
流行っているところへ行ってもインフルエンザにはかかりません。
なぜかというと、私たちの免疫のベース(基本)は、リンパ球が働いているだけではなくて、もっと白血球の抵抗とか、マクロファージ(貪食《どんしょく》細胞)などがあって行われているのです。
とりわけマクロファージの活性が高いと、リンパ球にウイルスを処理してもらう前の段階で、マクロファージ自身の力で治してしまいます。
ですから、風邪が流行していたのに自分はひかないとか、5年以上も風邪をひいていないというレベルの人がいるでしょう。
こういう人はマクロファージがしっかりしているわけです。
マクロファージは体の元気さといっしょなのです。
体が元気だとマクロファージも元気。
インターフェロンも出せるし、IL《インターロイキン》-12も出せる。
そうして、みんな元気になるのです。
実は、マクロファージはウイルスをやっつけたり、いろいろな細菌をやっつけたりするだけでなく、栄養処理もやっています。
ですから、栄養をたくさん摂取している人の場合、マクロファージがコレステロールなども処理して分解し、血管を掃除して、動脈硬化を防いでくれたりします。
しかし、処理能力を超えるほど食べ続けると、マクロファージは泡沫《ほうまつ》細胞となって血管壁に沈着し、ついには動脈硬化を進めます。
つまり、ごちそうをたらふく食べると、ただの栄養処理屋になってしまうのです。
マクロファージの無駄遣いをしているわけで、すごくたくさん食べている人ほど、すぐ病気になるし、すぐ風邪をひくというわけなのです。
マクロファージは過剰な栄養を摂《と》ったときには栄養処理に使われてしまうという考え方を持てば、超少食の方たちの話も理解しやすいと思います。


◇無駄なものから食べてエネルギーに変える

先日、認知症の研究会に行ってきました。
記憶を司る部位の「海馬」についての研究報告があったのですが、アミロイドたんぱくが脳にたまると、グリア細胞(脳のマクロファージはグリア細胞)が集まってきて、そのたんぱくをなんとか食べようとします。
しかし、食べきれずに脳に沈着すると、認知症につながるわけです。
いわゆる、アルツハイマー型の認知症です。
そうやって、食べきれずにアミロイドたんぱくが沈着してしまった認知症の人たちというのは、考える能力が低下しているにもかかわらず、食べる能力だけは残っています。
晩ごはんを食べたのに、30分後には「晩ごはん、まだ?」と催促する。
そして、食べるとアミロイドたんぱくを処理しきれない・・・そんな悪循環に陥るのです。
逆に、飢餓状態になったときはどうなるかというと、例えば、漂流して食べるものがない場合など、マクロファージは自分の体の構成成分を食べて栄養に変えるのです。
漂流して10日とか20日とか食べられなかった人は、筋肉や骨が細くなったりする。
ところが、そのステップで何が起こるかというと、栄養が枯渇した際に最初に食べるのは、まず老廃物を食べて、ポリープを食べて、シミを食べて、ガン細胞を食べる・・・。
そういう無駄なものから食べて処理し、エネルギーに変えるわけです。
そうして、マクロファージの働きで、ポリープが消える、ガンが治る、ということが起こるわけです。
しかし、そういう無駄なものを処理してもなおかつ飢餓状態が続くと、今度は筋肉を食べたり、骨を食べたりします。
骨を食べるので有名なのが、破骨細胞ですが、破骨細胞はマクロファージが多核になった細胞です。
マクロファージはまさに食べる力です。
このように、私たちの体では、進化したリンパ球の顆粒球までいかないレベルの、もっと原始的な防御とか、栄養処理とか、老廃物の処理は、白血球の基本であるマクロファージがやっているということがわかるでしょう。


◇たんぱく質を減らせばガンもマラリアも逃げていく

私は、少食の問題を科学的に解明しようと思い、ここ4~5年の間にやった実験があります。
最初にたんぱく質を減らす実験を始めたわけです。
実験に使うマウスは通常、25%のたんぱく質の入ったエサで飼育するのですが、たんぱく質の割合を10%、5%、0%に減らして免疫力がどう変化するのかを調べました。
すると驚くことに、たんぱく質の割合を下げれば下げるほど、免疫力が上がっていくことがわかったのです。
今、地球上で最もかかる人が多く、死亡する人の数も多い病気は、開発途上国ではマラリアです。
マラリアは感染者がおよそ2億人で、年間の死亡者数が300万人といわれています。
一方、先進国ではガンです。
ガンも全世界で見れば年間の死亡者数がおよそ300万人くらいなのです。
このマラリアとガンに対して、マウスがどういう抵抗性を示すのかを調べてみました。
マラリアは致死株を、ガンも確実に死に至るレベルのガン細胞を植えて、実験しました。
結論からいうと、低たんぱく食のエサにしたら抵抗力が強くなっていくことがわかりました。
それも、たんぱく質の割合を下げれば下げるほど、抵抗力が強くなっていくのです。
普通のエサを与えたマウスでは100%マラリアに感染して死ぬのが当然で、まさか致死株ですから生き延びるということは予想もしていませんでした。
しかし、たんぱく質の割合を5%、0%まで減らしたら、全部のマウスが生き延びたのです。
さらには、ガンも転移が消滅していたのです。
びっくりして、この実験を英語の論文にまとめて学会で発表したのです。
なかなか日の目は見ませんでしたが、2年がかりでアメリカで有名な『ジャーナル・オブ・パラジトロジー』と『セルラー・オブ・イムノロジー』という雑誌にそれぞれ掲載されました。
つまり、マラリアやガンでも、たんぱく質を低下させていくとみんな生き残れることを、世界のトップレベルのジャーナリズムに載せたわけです。


◇超少食者の腸の中では草食動物と同じ作用が働いている?

それともう一つ、特に人間に関してなのですが、7mにも及ぶ腸についての話です。
腸はすごく再生が速いのですが、再生して最後は脱落していきます。
ですから、便の中には腸の脱落細胞が大量にあるわけです。
したがって、あまりご飯を食べなくても便が出るという状況はあるところまでは続きます。
ところが、北海道大学医学部の解剖学教室の岩永敏彦先生が、「草食動物はほとんど、脱落する腸が腸管上皮にいるマクロファージに食べられて再利用されている」という英語の論文を出したのです。
おそらく、私たちが飢餓状態になると、無駄に体の老廃物を捨てるということをやめちゃうわけです。
無駄に出すことをやめて、マクロファージが再利用し、一つの無駄もなく再利用して、あとは消化管に棲みついた腸内細菌を栄養にして、不足分をまかなって生き続けるのではないかと、私は思っています。
超少食の実践者の方たちの体でも、このような作用が働いているのではないでしょうか。
次の仕事で、そのことを証明していきたいと考えています。


◇患者を励ますことが一番大事

病気には、その人の生き方も大きくかかわっていると思います。
超少食を実践されている人たちで、再生不良性貧血になった人や胃潰瘍ができたという人の話を聞くと、まじめですごく頑張る人、あるいは、神経質で一生懸命悩むタイプのように思われます。
おそらく独特の体の負担があったのでしょう。
そういう負担があるとマクロファージがうまく働けないのです。
マクロファージに最もダメージをかけるのは、絶望を与えることです。
一方で、病気を治すには、患者を励ますことが一番大事です。
私は本をいっぱい書いているので、電話とかeメールとかが毎日いっぱい来て、患者さんを励ましているのですが、潰瘍ができたという人には、「すぐ治るよ」と言っています。
再生不良性貧血の人には、「すごい無理をしたでしょう」「はい、無理しました」というやりとりをしています。
「楽にするように」と励ませばいいのです。
悩みでしょんぼりしていた人を励ます。
医療ではこういうことが大切なのだと思っています。

【原典】 『奇跡が起こる“超小食”』


    ※  ※  ※  ※



そして前の記事で紹介した西式健康法の話題。

西式健康法で勧めている金魚運動のことは、
ほかの本なんかで何度か読んで試してみたんだけど、
どこをどう動かせばいいのかよくわからない。

でも昨日、ふと思った。
ユーチューブがあるじゃん。
検索してみたら、あった、あった。

やってみたけど、まだつかめない。


それにしても便利な世の中になったものだ。
さらに、金魚運動のことがもっとよくわかる映像があった。



犬も金魚運動。
気持ちよさそう。
だれか、わたしにもやってー!



これは金魚運動の応用編。
さっそくやってみた。
やったあとの弛緩状態のときが、超いい!

by homeopa | 2013-11-03 09:13 | 身体のこと

fasting2 --- 西式健康法

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また絶食のはなし。

わたしはこの甲田さんの本をたまたま読んで、
朝食を食べるのをやめたんだけれど、
この方のことも、その考え方の元になった西式健康法のことも、
あまりよく知らずに来た。
調子よくなったんだから、それでいいや、ぐらいな気持ちで、
あまり探究しなかった。

でも下の談話を聞いて、
すごい人だなー、いい人だなー、と思った。

やっぱり自分の身体で実験した人のはなしは、響きます。

何がすごいって、
とにかくやってみる、という、
科学者としても医者としても最も大切なその姿勢。
しかもその姿勢がなんだか楽しそう。

ホメオパシーのクライアントさんで、
ずっと同じところをグルグルまわり続けていて一向に変わらない方がときどきいる。
レメディーを何年間もとり続けているのに、変わらない。
そういう方に、では、こうしてみたら? と何かの方法を提案しても、
「でも・・・・」 といって、受けいれないことが多い。
やっても無駄だと思っているのか、
できないと思っているのか。

でも、ものは試し。
やってみてわかることはあまりにも多い。
というより、この世の中のことはすべて、やってみなければ何もわからない。























西式健康法についてはこちらを。
by homeopa | 2013-11-02 07:59 | 身体のこと