pimboke6

<   2013年 10月 ( 12 )   > この月の画像一覧

fasting1

b0170947_2114472.jpg

(以下引用)
だが、ここで一つ重要なことがある。
個人個人に同一性を与えるのは、タンパク質のレセプターではなく、
レセプターを活性化するものだということだ。
細胞固有の同一性レセプターは、細胞の外表面に位置していて、
“アンテナ” のように作用し、
環境からの相補的なシグナルをダウンロードする。
この同一性レセプターが “読みとる” のは 「自己」 のシグナルだが、
それは細胞内にあるのではなく、外部の環境からやってくる。

人間の身体をテレビにたとえるならば、
あなたは画面に映っているイメージだ。
だがそのイメージはテレビの内部から発せられるものではない。
あなたという同一性は、環境からの放送をアンテナが受け取ったものだ。
ある日、テレビを点けたらブラウン管が爆発した。
「うわっ、#*$?!! テレビが死んだ」 というのがあなたの反応だろう。

だが、イメージもテレビと一緒に死んだのだろうか?
新しいテレビを買ってきてコンセントにつなぎ、スイッチを入れて、
ブラウン管が吹っ飛ぶ前に見ていた局に “チューニング” すれば、
答えはすぐにわかる。・・・・

わたしたちは物質的なニュートン的世界にとらわれているので、
細胞にあるタンパク質レセプターこそが 「自己」 であると考えがちだ。
だがそれは、テレビのアンテナが放送の大もとであると信じるようなものだ。
細胞のレセプターは同一性のもとではなく、
「自己」 を環境からダウンロードする装置なのである。

この関係を理解したとき、
わたしは自分の同一性、つまり、わたしという 「自己」 は、
身体がここにあろうとなかろうと環境のなかに存在していると認識できた。

                        ---- 『思考のすごい力』 ブルースリプトン著







上とは別件で、とても興味深い動画を見つけました。
絶食療法に関する動画です。

わたしも朝食を食べるのをやめてから、心身ともにずいぶんすっきりしたので、
この感じ、よくわかります。
でも最近また、午前中に食べはじめるようになって、
なんとなくすっきりしません。

何はともあれ、製薬会社が困っちゃう情報ですね。
必見。
by homeopa | 2013-10-30 21:37 | 身体のこと

kakitokahirotteruhito

b0170947_9184857.jpg

散歩に出かける前に、ガガにきいてみた。
「このジーンズでいいかなあ?」

そしたら、言われた。
「別にいいんじゃない。だって、柿とか拾ってる人でしょう」


どういう人だい。





ところでこれ、ぜひ見てください。↓

2013/10/20 ラジオフォーラム主催「福島第一原発事故~31ヵ月目の真実~」

今の日本についていろいろ学べるし、
笑ったり、怒ったり、あきれたり、震えたり、元気もらったり、いろいろできます。
最初の画像はなかなか始まらないので、12:20あたりまで速まわししてどうぞ。





※福島原発4号機にためてある使用済み燃料の取りだしが、11月18日から始まる。
  クレーンでの取りだしに失敗して、燃料が落ちたりすれば、大惨事。
  作業員の談話です。リアル。





※特定秘密保護法案がついに国会に提出されたそうです!
  日本はますますとんでもない国になっていく。
  自民・公明の中にも良識ある議員がいることを祈ります。
  (以下はOurPlanetTVのメールマガジンよりコピペ)

 今日25日「特定秘密保護法案」が閣議決定され、国会に提出され
ました。同法は、政府が「特定秘密」と指定した情報を漏らした公
務員や情報にアクセスしようとした市民が処罰される法律です。

 「特定秘密」は41万にのぼるとされますが、それがどんな情報
かは全く公開されません。範囲は非常に幅広く、あいまいで、昨日、
行われた政府交渉では、「原発」などの情報も、警備との関係で
「特定秘密」に指定されることが明らかになりました。

 また実際には情報を漏洩しなくとも、知り合いと相談したり(未
遂や共謀)、情報源を教えたり(教唆)、するだけで、処罰対象と
なります。この法律が成立すれば、表現の自由に関わる様々な活動
が罪に問われ、急速に「情報統制」が行われる可能性があります。

 11月にも、国会で審議が始まる見込みです。日本はこれまでも、
情報公開が十分なく、様々な問題を抱えてきました。更に状況が悪
化しないよう、ぜひこの問題を中止し、私たちのできるあらゆる報
道と行動を行っていきたいと考えています。(OurPlanetTV代表 白石草)








※ホメオパシー講座 「ティッシュソルトの使い方」 

※ビギナーのためのホメオパシー入門講座

   講座のときに食べていただく自家製クッキーを制作中!
     でも、なんだか見栄えが不気味になっています・・・
by homeopa | 2013-10-24 09:18 | ボケ

ファン・デグォンさん

b0170947_8483841.jpg

運命がレモンをくれたら、
それでレモネードをつくる努力をしよう。
              --- デール・カーネギー


運命がどんぐりをくれたら、
それでどんぐりご飯をつくる努力をしよう。
               --- 出鱈目衣子



       
          
このあいだ久しぶりに友だちが夕飯を食べに来てくれたので、
どんぐりご飯を炊いた。
二回目の挑戦で、
前回よりずいぶんおいしくなったと思ったのに、
食後、ガガに少々きつく言われた。

「どうしてどんぐりご飯じゃなきゃいけないの?!」

言葉に詰まった。
そんなに糾弾されることなのか?
どんぐりを拾ったらうれしくなって、
どんぐりご飯をつくりたいと思うのも、
それを人と分かち合いたいと思うのも、
ごく自然な流れだと思ったんだけど。

それで友だちに、
「でもおいしかったよね-?」と同意を求めたら、
「まあね、どんぐりの味」というそっけない返事。
ともだちは田舎でよくどんぐりを食べたらしい。
だからどんぐりはそんなにお祭りごとではないのだ。

一回目にどんぐりご飯をつくったときは、
ガガの弁当にも入れた。
あまりおいしくなかったけど、
女子高生たちの浅簿でワンパターンな日常に、
ちょっとレベルの高い話題と笑いを提供できるかもと思って。

しかし、
「みんなが面白がるわけじゃないよ。ひく人のほうが多いよ!」
と、これもガガには不評だった。

最近の若者は、
話題と笑いの許容範囲が狭いのだな。

わたしには、どんぐりは、新しい世界へのとびらだったのに。
そのとびらを抜けて、みんなでへらへら飛びまわろうと思ったのに。




b0170947_8484797.jpg

ところで、この映画を見てきました。
「ファン・デグォンのLife is Peace with辻信一」

ファン・デグォンさんは、
韓国の民主化運動に関わっていた作家で、
1985年、北朝鮮スパイという無実の罪で逮捕され、
13年間監獄で過ごしました。
そこで毎日のように拷問を受けたそうです。
最初のうちは、反抗して叫んだり、ハンストをしたり、告発文書を発送したりと、
頑張ったのですが、
しまいに身体はボロボロになり、怒りも憎しみも燃え尽きたとき、
監獄の庭で野草と出会ったことから、
新たな光を見いだしました。

映画としては特別何かが起こるわけではなく、
主にデグォンさんの語りで進んでいくのですが、
その言葉がすばらしい。
ひと言ひと言が、
すさまじい体験の中から絞り出された澄んだ珠玉のしずくです。

暗いところでなぐり書きしたメモを頼りに、
ちょっとだけ下に書きだしてみます。


  ※   ※   ※   ※


野草は監獄の外から来たのではなく、自分の中から出てきた。
何もない監獄の中だったから、野草に気づくことができた。


世界の平和を望むのなら、
まず自分が平和にならなければ。


(社会運動で) 怒りは短期的には効果がある。
しかし長期的には害になる。
相手は私たちの憎しみを食べて育つ。


怒りという負のエネルギーを、
正のエネルギーに変え、創造のエネルギーに変えること。


反対してこぶしを振りあげるのではなく、
問題の現場に身を置き、
代案を実現することにエネルギーを注ぐこと。


文明には失望しているが、
人間には失望していない。
文明は人間の歴史のなかのごく一部。
文明以前の世界に、人間の原型を見つけたい。


月は満ちてから欠けはじめる。
物事は行くところまで行って転換する。


非主流の対極に文明がある。
非主流のものは常にそこにあった。
非主流の中にこれからの若者の生きる道がある。


死はパソコンのマウスをクリックするほど簡単なもの。
だからこそ日々を忠実に生きる。
したいことをして生きる。
私がすることはすべて神の思し召し。
良いことも、悪いことも。
生物は、生きているときは溌剌として輝いている。
しかしちょっと冷たい風が吹いただけで、
死んでしまう。
生とはそういうもの。
そう生きるようにと、神が生物をつくった。

神が人に望む仕事には、大きなものもあれば、小さなものもある。
自分にふさわしい仕事ができるように。



  ※   ※   ※   ※


本人の口から出た言葉を聞くと、
もっと心に響きます。
お勧めです。



【追記】
そうだ、カササギのはなしを書き忘れていた。
デグォンさんが見た一羽のカササギのはなしです。
カササギは、木の股に巣をつくります。
そのカササギも、ある木の枝の分かれ目に巣をつくろうとして、
枝を一本くわえて飛んできては、その分かれ目に置き、ぽとんと落ちてしまうと、
また別の枝をとってきて、そこに置く。
それを何十回も何百回もくりかえしている。
木の下には、落ちた枝がどんどんたまっていく。
それを使えばいいのに、カササギはまた飛んでいっては、別の枝をもってくる。
馬鹿なカササギだなあと思って、デグォンさんは見つづけていた。
それでもとうとう一本、その木の股にぴたっと収まるものがあって、
一旦それがそこに収まったら、あっという間に巣ができあがってしまった。
わたしたちすべてに、あるべき場所、いるべき場所がある、というはなし。






※ホメオパシー講座 「ティッシュソルトの使い方」 

※ビギナーのためのホメオパシー入門講座
by homeopa | 2013-10-22 08:10 | 人間

what is the secret?

b0170947_15523417.jpg

(受験生ガガのための覚え書き)

    記憶は脳の大脳皮質にある側頭葉の側頭連合野というところに貯えられます。
    そして側頭連合野は、視覚・聴覚・味覚・臭覚・触覚という五感や、
    自分が行動する動機や心的態度など、さまざまな機能---- いわゆる 「モダリティ」を
    統合するところでもあります。
    この連合野にはある特徴があります。さまざまなモダリティから働きかけたほうが、
    記憶が定着しやすいのです。

    さまざまなモダリティから働きかけると、扁桃核と同時に海馬をも活性化させ、
    記憶が定着しやすくなります。そして海馬に記憶されているもののうち、
    何度も反復して脳にアクセスされたものは、 「重要である」 と判断され、側頭葉に送られて、
    長期記憶として定着するのです。


    なぜ夜はクリエイティブな活動に不向きなのか。
    それは朝起きてから夜寝るまでのあいだの記憶が整理・蓄積されるのは睡眠中だからです。
    つまり、夜になると脳の中は未整理の記憶でいっぱいになってしまうのです。


    人間の脳は他者と会話したり、簡単な計算をするとき、
    その活動領域が大きくなることがわかっています。
    いわゆる 「脳トレ」 といわれるドリルは、音読をしたり、簡単なパズルを解くことで、
    脳の活性化を促すものです。
    その一方で、考え事をしたり難しい問題を解いているとき、仮想の世界に没入するときは、
    むしろ脳の活動領域は小さくなることがわかっています。
    これは活動領域を絞り込むことで、集中力を高めるのではないかと考えられています。
    脳の活動領域は広ければ広いほどよいというものではありません。
    時には、読書などして脳の活動領域を絞り込み、クールダウンさせてあげることも大切です。


    現代の脳科学の知見に基づけば、学習は必ずしも秩序立ててやる必要はありません。
    断片的なインプットを積み重ねるやり方でも、問題ないのです。

                                    ---- 茂木健一郎著 『脳を活かす勉強法』




b0170947_847442.jpg



※今回の臨時国会で提出される特定秘密保護法案について



※特別秘密保護法案に関する山本太郎さんのおはなし

  この人のピュアな熱意は議員になっても変わりませんね。
  そして話もうまい。わかりやすい。



※秘密保護法案に対して、憲法学者24人が反対声明






※ホメオパシー講座 「ティッシュソルトの使い方」 

※ビギナーのためのホメオパシー入門講座
by homeopa | 2013-10-20 16:00 | 世の中のこと

live ナウ

b0170947_914531.jpg

あした死ぬかもしれないと思ったら、
つまらないことで悩んだり、おびえたり、傷ついたりしているのがばからしくなった。

自分のことではね。
ガガのことはやっぱりちょこちょこ心配するけど。

いま笑わなきゃ損、いま泣かなきゃ損、
いま見なきゃ損、いま聞かなきゃ損、
いま歌わなきゃ損、いま踊らなきゃ損、
いま噛まなきゃ損、いま味わわなきゃ損、
いまやらなきゃ損、いま生きなきゃ損、
いまさわらなきゃ損、いまなでなきゃ損、
いま動かなきゃ損、いま眠らなきゃ損、
いま感じなきゃ損、いま愛さなきゃ損。



そのうち、なんて言ってないで、田舎に踏みだそうかな。




Ingrid Michaelson - Over the rainbow ♪






「ファン・デグォンのLife is Peace with辻信一」


上の映画に関する情報・自主上映スケジュールなど
by homeopa | 2013-10-19 09:13 | こだわり

   Japan as No.1

b0170947_1534489.jpg

     誇らしいなあ、日本はいろんなことで世界一!
     こちらをごらんください → http://ilikeeveryone.jugem.jp/
        (昨日はこのサイトにあったんだけど、なぜか今日は見つかりません)


     たとえば・・・・

     国の借金
     少子化率
     食糧自給率の低さ (No.1ではないけどとびきり低い)
     農産物輸入額
     ゴミ焼却炉の数 (目ん玉とびでた! なんで?)
     農薬使用量
     認可されている添加物の種類
     タミフル備蓄量
     平均寿命 (若者一人が面倒見なければならない老人の数)
     放射能汚染 (チェルノブイリに勝った!)
     合成洗剤の使用量

     先日、学んだところによれば、水銀の体内含有量も日本人がNo.1だそうです。


     原発、オリンピック、TPP、憲法改正、特定秘密保護法案・・・・
     どうして日本はこんなふうに自然から離れていくんだろう?


     葛西臨海公園といえば、埋め立て地なのに長い年月をかけて自然が育ち、鳥が集まってきた場所。
     そこを、政府はオリンピックのカヌー競技のためにつぶそうとしている。
     25年もかけて育てた葛西臨海公園の自然を、5日間のオリンピックカヌー競技のために壊さないで!
     葛西臨海公園について、ある方のブログ記事。(上のリンクが働かないので)


    山田洋次監督の感想。
    「オリンピックが終わった後がどんなに悲惨かというのは、ロンドンであり北京であり
     見えているんじゃないかな。施設のあとが荒涼としてしまう。東京もああなるかと思うとぞっとする。
     今大切なのは、オリンピックじゃなくて、福島じゃないですかね。」


     新国立競技場も巨大だわね。
     予算も巨大。



     オモテナシニハ、ウラガアル。
     徳島県知事賞を受賞した作品。日の丸をちらっと裏返すと、裏は原発になっている。
     このウィットとデザインの秀逸さ、そしてこれに賞を与えた人の太っ腹。


     わたしは日本が世界に誇れるところは、
     小ささだと思っている。
     小さな国土に緑と水がいっぱい、人間の体格も小さくて小回りが効く、
     つくるものは小さくて繊細で精妙、野菜も小さめで、きめの細かい濃い味がする。
     なんでそんなに大きなものをめざすんだろう?




     Bob Marley - Natural Mystic ♪






     ※知ることで世界はかわる
     ----柴田 保之先生&たけちゃん講演会& 映画「僕のうしろに道はできる」上映会
        前にこのブログでご紹介した柴田先生です。



     ※ホメオパシー講座 「予防接種について」 をやります。10月20日(日)10:00~12:00


   
by homeopa | 2013-10-16 16:20 | 日々の暮らし

採集生活 拾い物人生

下の葉っぱは昨日の朝の収穫。
近くの川原に生えてきた大根の若葉みたいなものを摘みとってきた。
b0170947_10185338.jpg



春になると、この若葉が成長して、下の写真の花がだーっと咲き乱れる。
葉っぱは大根より少し苦みが強くて、柔らかい葉はおひたしにすると美味!
b0170947_10195951.jpg



下の不器量な柑橘類は、川原の上の公園のような場所で拾ったもの。
b0170947_1021170.jpg


落ちていた場所の上を見ると、高く茂った枝のそこここに緑色の柑橘類が生っていたが、
黄色いのはこれだけ。

b0170947_10225713.jpg


持って帰って割ってみたらきれいでみずみずしくて、
でも店で買う柑橘類より顕著にすっぱいので、
(わたしが子供のころの柑橘類はみなこんな酸っぱさだった気もするが)
醤油とみりんと昆布をまぜてポン酢をつくった。


ちなみに大根もどきの写真の中にある黄色い花は、セイタカアワダチソウ。
これを刻んで焼酎につけたチンキを、
コップの水に数滴たらして飲むと、腎臓によいのです。
利尿やデトックス目的で使えます。
ホメオパシーでいうSolidago。

上の柑橘類があった公園には柿の木もあって、できれば実をいただきたいんだけど、
落ちたのはたいていカラスに食われている。
このあいだ、ちょっとだけ食われたのを拾って少し食べてみたら、甘かった!
でもカラスにはまだ勝てていない。
かわりに柿の葉をいただいてきて、軽く蒸して干して、柿の葉茶にした。
やさしーい味です。ビタミンシーてんこもり。

         ※ところで、種なし柿という不自然なものはどうやってつくるのか、
           先日、草の畑のおじさんに聞いてきた。
           柿の花が咲いたら、それをドボンと何かの薬品に浸けるらしい。
           遺伝子操作とか掛け合わせではないのね。
           不自然に変わりはないけど。

と、こんなことを、FBの「貧乏を生きる」というグループでアップしたら、
薬草にくわしい方がいて、
セイタカアワダチソウはつぼみの頃に摘むといちばんいいとコメントいただいたので、
それなら今しかないと、今朝はもっとたくさん摘んできた。
b0170947_10314168.jpg


これを干してお茶にしてみようと思う。
北米原産だけあって、匂いはけっこう強い。
飲めるかなあ・・・・

それから少し歩いていたら、川沿いの道にこんな実が落ちていた。
b0170947_10391224.jpg


ボケの実のようにも見えるけど、やたらに大きい。
あたりに木はたくさんあるものの、こういう実は生っていないし、生りそうな木もない。
落ちているものは拾う、という幼児的原則に従って、
いただいてきた。

家に帰って割ってみたら、こんな感じ。
b0170947_11183813.jpg


以前にもいできたボケの実はこんな感じ。
b0170947_11202296.jpg


やっぱりボケの実が巨大化したものなのだろう。
でも中の部分はすでに悪くなっていて種も健全ではないようなので、悲しいけど捨てた。


巨大な実を拾ってさらに歩いたら、あるお宅の庭に柑橘類の木があって、
道に枝を伸ばしているその先に緑色のみかんが生っていたから、
これは、もいでくださいと言っているのだとおもって、もいできた。
これもポン酢かな。
b0170947_10503849.jpg


と思ったら、中身はこんなきれいなオレンジ色で、しかも甘い!
b0170947_11212939.jpg


あそこのお宅では、こんなおいしいみかんを食べないのだろうか?
いつでも食べられると思うとありがたみが薄れて忘れてしまっているのだろうか?
それとも、毎日少しずつもいで食べているのだろうか?
これから毎日、あそこの前を通って観察してみよう。
そして実の数が一向に減らない様子なら、
思いきって声をかけるべきかもしれない。
「もし召し上がらないのであれば、食べてさしあげましょうか?」


小さなみかんを拾ってからさらに歩いたら、こんなスカーフが泥にまみれて落ちていた。
b0170947_10425085.jpg


わたし好みの色だったので、
少しあたりをうかがってから、さっと拾ってきた。
幼児はものを拾うときにあたりをうかがったりしないから、
このときは何か少し不純な気持ちが混じっていたのだろう。
たとえば、「泥だらけ」というのが、実はほんの少し土ぼこりがついているだけだったとか。


とこんなふうに、最近、いただき物、拾い物が多くて、本当にありがたい。

近所から勝手にいただいてきたものでつくったお茶は、
クワの葉茶、笹茶、柿の葉茶、スギナ茶。

やはりいただきものでつくったチンキは、
レッドクローバー、プランターゴ、ドクダミ、モラス、ドングリ(Querの代わり)、
エリオボトリア、オニアザミ(カーディアスマリアナスの代わり)。


でも考えてみたら、わたしの人生はずっとこんなだったかもしれない。
元夫だって、うっかり拾ってきたものだった。
今はお互いに用がなくなって離れてしまったけれど、
拾ってから十年以上もありがたい思いをさせていただいた。
拾い物は、縁だわね。


とここまでは、昨日の晩に書いたもの。


そして今朝の散歩の収穫、ぎんなん!
b0170947_913125.jpg


昨夜の大風で一気に落ちたらしく、
木の下が一面、薄オレンジ色に覆われていた。
どこかのおばちゃんが、わき目も振らずぎんなんを拾っているので、挨拶したら、
「これ、いる?」 といってスーパーのビニール袋を差しだしたので、
ありがたくいただいて、一緒にせっせと拾った。

Ginkgo biloba というイチョウのレメディーが脳の働きや血液循環にいいので、
受験勉強中のガガのためにこれでチンキをつくろう、
と勇んで帰ったが、
調べてみたら、Ginko biloba は春のイチョウの若葉からつくるものだった。
ガガよ、なんとか自力でがんばれ。


気がついたらここまで食べ物のことばかり書いてきた。
でも、わたしは文化人なので、
といっても文化人がどういうものなのかは異論があるところだと思うけれど、
むかしあった文化鍋みたいなイメージでとらえていただければいいと思う。
とにかく、わたしは文化人なので、花をめでることもするのだ。
下がその証拠。
すべて散歩の途中で手折ってきて、植木鉢に差したもの。
b0170947_9244922.jpg


中央が言わずと知れたミント、右側のがオウバイモドキ、
ミントの左奥の小さいのが名前不明(濃い青い花が咲く)、
そしてミントと黄梅の間に見える小さいのも名前不明(最近、少し赤い花が咲いているのを道ばたで見た)。

それにしても、こんなに長い記事になるとは思わなかった。






※1013 No Nukes Day 原発ゼロ☆統一行動
  久しぶりに行ってみようかな。






※癌は真菌であり、治癒可能だ
  まだ読んでいないけど、気になっている記事。



ホメオパシー講座 「予防接種について」 をやります。10月20日(日)10:00~12:00
by homeopa | 2013-10-13 09:35 | 日々の暮らし

医者は自分に抗癌剤を打たない

b0170947_21285014.jpg

ガガが言った。
「品 (ひん) てさ、骨盤を立てて座ると、出るよね」

うん、出る。
品も出るし、オナラも出る。
でもわたしは、骨盤を立てて座っていても、すぐへなへなとなってしまう。
気骨がないっていうのはこのことか。
こういう人は Silica 12Xをとるべきだな。
そしてケイ素とカルシウムをたくさん含むスギナから作った、エクィシータムのチンキも。

そういえば、と思って、このあいだ草の畑からもらってきて干してあったスギナを、
お茶にして飲んでみた。
おいしい! 
これで気骨が入りますように。






関係ないけど、こんな記事を見つけました。↓
※医者の99.6%は、自身に抗癌剤を断固打たない!


やっぱりね。
ご参考までに、興味のある方は、この記事もどうぞ。


さらにこれも。
※ガンが消えた人に、何を食べたのか教えてもらった







ホメオパシー講座 「予防接種について」 をやります。10月20日(日)10:00~12:00
by homeopa | 2013-10-11 21:38 | 身体のこと

spiritualism

b0170947_1157217.jpg

人間は肉体だけではなく、
目に見えない生命の源みたいなものを持っていること(これは確信)。
それが魂と呼ばれたりしているらしいこと。
それは肉体が死んだあとも生きつづけて、
再度、人間の形をまとってこの地上に生まれてくるらしいこと。
毎日わたしが暮らしている限られた小さな物質的世界と、
それとは別の、時間的・空間的制限のない世界との、
ふたつの世界があるらしいこと。
日常の世界で右往左往させられるいろいろな出来事も、
もう一つの世界から見ればバーチャルゲームのようなものであるらしいこと。
そのふたつの世界をわざわざ行ったり来たりすることにも、
何か理由があるらしいこと。
我が身やそのまわりで起こることはすべて必然で、
そのときはジタバタしても結局なるべきようになること(確信)。
だから人生を信頼していていいのだということ(確信)。
そんなことをおぼろげに心の隅で了解するようになってきた。

若いころはそんなことは思わなかった。
見えないものは簡単には信用しなかったし、
そのときそこで起こっていることしか存在しないと思っていた。
でも泣いたり怒ったり笑ったり困ったりしながら歳を重ね、
いろいろな人の人生に関わり、見聞きし、
いろいろな話を読んだり聞いたりするうちに、
いつの間にか上に書いたみたいなことが、
自然に心に根付いてきたらしい。
ただそれをあえて言葉にすることはなかったし、
言葉で考えようともしなかった。

むしろこういうことを簡単に言葉にする人はうっとおしかった。
人間は魂の修行をするために生まれてくるんだとか言われると、
毎日ヘラヘラして暮らしているわたしは、
ヘラヘラしてて悪かったわね、と思った。
つまり罪悪感。
もっとまじめに苦悩しなければいけない、
立派なことをしなければならない、
と言われているようで、
息苦しくてたまらなかった。
だからそういう言葉で考えることを避けてきた。
おぼろげにしかわかっていないことを、
人の言葉で限定されてしまうような気がして、それも嫌だった。

そんなわたしが先日、近所のブックオフで、
江原啓之さんの「スピリチュアルな人生に目覚めるために」
を手に取ったのも、たぶん必然だったのだろう。

六十を前にして十分に耄碌したということなのかもしれない。
耄碌とは、おいぼれて役に立たなくなることだそうだ。
人は衰えたり役立たずになったりすると、
背中に背負った無益なプライドが重くなって、
その辺に少しポトンと落としてきてしまったりするのだ、牛の脱糞のように。
そして、専門家の言葉に耳を傾けてみようなどと思ったりもするのだ。
以前だったら、この書名と装丁では、
絶対に手に取ってみようとは思わなかっただろう。


b0170947_2156274.jpg


それでヘラヘラしながら読んでみた。
そして、ヘラヘラしていてもいいんだと安心した。

いや、江原さんはべつに、
ヘラヘラしていていいですよ、とは言っていない。
わたしが勝手にそう解釈しただけだ。

江原さんはこう言っている。

  あなたのたましいがあの世に唯一持っていけるものは、
  この世で味わった「経験」と、
  そこから得た喜怒哀楽さまざまな「感動」だけです。
  経験と感動だけが私たちのたましいを磨き、浄化向上させてくれます。
  たましいの目で見た幸せとは、
  いかにたくさん「感動」を得たかに尽きるのです。

ね、江原さんは、眉間にしわを寄せて苦しまなければいけないとか、
善行や徳を積まなければいけないとは言っていないでしょう。
喜怒哀楽さまざまな感動をたくさんしなさいと言っている。
たましいが震えるような経験をしなさいと言っている。
そしてこれをやっていれば、
たましいがピカピカに磨かれると言っている。  

この表現もいいな --- たましいを磨く。
ガガが学童保育でつくった泥団子を思い出した。
江原さんは修行という言葉をあまり使わない。
だから辛気くさいことが嫌いなわたしも素直に読めたのかもしれない。
わたしたちが日々感じる悩み、不安、心配、嫉妬、怒り、痛み、悲しみ、
そしてもちろん喜びや笑いも、すべてが、
たましいを磨く紙やすりなのだ。


b0170947_2158306.jpg


誤解してもらうと困るんだけど、
わたしだって毎日ただヘラヘラしているわけじゃない。
人並みにガガのことを心配したり悩んだりするし、
喧嘩すれば怒ったり泣いたりするし、
お金が少なくなれば不安になるし、
アホな政治家に腹を立てることもあるし、
人のやさしさに感激することもある。
感動ならカメラのファインダーをのぞくたびにしているし、
失望ならフィルムを現像するたびにしている。

たぶん、わたしがどんなに毎日ヘラヘラしていようと決意しても、
わたしのたましいを磨くのに必要な試練は、
勝手に向こうからやってくるのだろう。
そしてそのときは一時期ヘラヘラが止むのだろう。

ただ、江原さんはこうも言っている。

   たましいの勉強というのは、一にも二にも「経験」が一番なんです。
   ただ、何でも経験すればいいかっていうと、決してそうではありません。
   そこにやっぱり感動が伴わなくてはならない。
   ただ漫然と、見たり聞いたり読んだりしているだけではだめなんです。
   たましいが揺さぶられるような経験や、喜怒哀楽それぞれの思いを
   深く体験することによって、ある日たましいが目覚めるときが来る。
   なぜそんなに悲しかったのか、どうしてあんなひどい目に遭ったのか、
   今こうして喜べるのはどうしてなのか、ハッとわかるようになるんです。

逃げずにがつんと受け止めなければ意味がないってことね。

さらに、たましいの世界にはヒエラルキーみたいなものがあって、
未熟なたましいと、成熟が進んだたましいがあるらしい。
霊格とか言われるのがそのことだろう。
でも江原さんはそういう言い方をしない。

   たましいの幼さを、悪いというのでは決してありません。
   その人は単に、たましいの成長がたまたま初めの段階であるというだけ。
   今はたましいが大人の人も、はるか昔の世では、
   たましいの赤ん坊として生まれていたのですから。

つまり、この世で人間が赤ちゃんから大人に成長するように、
たましいも成長するらしい。
そして成熟しきったところに、
本当の幸せがあるらしい。
たましいの成熟度は、この世の年齢とは関係ない。
きっとわたしのたましいは小学生ぐらいだろう。
魂の格が低い、とか言われたらムッとするわたしも、
まだ成長期なのよと言われれば受けいれられる。

この世で各たましいが出会う紙やすりは、
その人のたましいの成長度合いによって衝撃力が違うらしい。
まだ未熟な赤ちゃんに、
あまりどぎつい紙やすりを与えても乗りこえられないから、
その辺はうまく調整してくれるんだそうだ。
わたしがヘラヘラしていられるのはそのせいだろう。
うまくできているなあ。


b0170947_21595786.jpg


霊界のシステムについてはほかにもいろいろ書いてあって、
それが本当なのかどうか、わたしにはもちろんわからないけれど、
江原さんの霊能力と人格は、
かなり信頼できる気がするので、
その江原さんが見たものとして、わたしは素直に受けとめている。

その話によると、
霊界の人たちはいつもわたしたちを見まもってくれているそうだ。
そして各人に守護霊が何種類かついている。
江原さんについている指導霊は、
昌清霊というおじさんで、
わたしは、そのおじさんと江原さんとの対談集も買ってしまった。
「スピリチュアルメッセージ―生きることの真理」江原啓之著

この昌清霊というおじさんが、
なかなか味があって面白い。
そして深い。

たとえば江原さんが、
「たましいのうえでは、法律上の結婚というものをどのように考えるのですか」
ときくと、昌清霊はこう答える。

   意味は、あって、ない、といえるであろう。
   意味があるというたは、現世(うつしよ)にとっての意味があるだけ。
   幽世(ゆうりょ)においては何ら関係もない。
   なぜならば、先にいうた「恐れ」がつくった掟であるから。
   失うことのおそれがあるからつくられた掟なのじゃ。
   わしらの目から見れば、たましいのうえで結婚している者など、
   どれだけいることか。
   みな心に嘘をついて生きておるわけじゃ。しかたなしの惰性でもって。
   しかし、それも、みずからがみずからを縛り上げた苦しみととらえ、
   学びと思うて見ておる。
   残念なれど、人はそれほど縛らねば学ばぬ者たちじゃ。

こんな感じ。
ずっと読んでいても飽きない。
何度もうならせられた。


b0170947_2204543.jpg


わたしが江原さんの本に入れ込んでいる言ったら、
ガガが「いいんじゃない、変な宗教とかにはまらなければ」と言った。
そういえば、霊の世界と宗教の関係はどうなっているのだろう。
と思ったら、江原さんがちゃんと書いていた。

   誤解してならないのは、
   「宗教」があって「霊的世界」があるわけではないということです。
   「霊的世界」があるのが先で、それを昔の霊能者たちが現世の言葉で
   表そうとしたのが「宗教」なのです。
   これは外国との貿易にたとえるとよくわかると思います。
   「貿易会社」があって「外国」があるわけではないのです。
   あくまでも「外国」があるからこそ、さまざまな「貿易会社」が
   成り立っているわけです。
   イエスもブッダも元はと言えば一霊能者です。
   宗教とは、彼らのような先人たちが「霊的世界」を甘受して残した言葉、教えをもととして、
   後世の人がその時代、時代に合わせて現世の方便をつけ加えていったものです。
   教会、神殿、仏殿、法衣、儀礼のほとんどは、
   人々に宗教的信仰心を湧かせるために用いた演出にすぎません。
   それは歴史を見れば明らかです。
   

江原さんはイギリスの霊能者たちに学びに行ったときに感動したことを、
こんなふうに書いている。

   イギリスには実力のある霊媒が多く、
   がっかりさせられるような霊媒はほとんどいませんでした。
   そのレベルの高さにも驚きましたが、
   何より驚いたのは、霊媒たちの技術職に徹した生き方でした。
   日本のようにあやしい教祖型の霊媒は皆無。
   誰もが霊的世界の道具、媒体として、
   特別きらびやかにふるまうでもなく、素朴に活動しているのでした。

そして江原さん自身もそのように活動していこうと決意したと書いてある。
わたしが素直に江原さんの本に没入できたのは、
こういう姿勢のせいかもしれない。

昌清霊は言う。

   悟りとはいと高きところにあるのではない。
   ぬしらのまわりに小さな悟りがある。
   それらを一つひとつ悟っていくことによって、
   やがて大きな悟りになる。  
   

江原さんも言う。

   むしろ私は、小さな悟りを重ねることなくして、
   大きな悟りに至ることなど無理だと考えています。
   いきなり大きな真理を頭に植えつけようとしたところで、
   それは知識としての真理にすぎなくなります。
   実感のこもらない、現実味のない、ただの美辞麗句になってしまうのです。
   私が著書や講演で、「平和」や「人類愛」といった大きなことよりも、
   誰の人生にもある「恋愛」や「家族問題」などの、
   身近な悩みやつまずきを中心に語っているのは、そのためです。
   人間にとっては、実は「平和」や「人類愛」といった大局を
   語るほうが簡単なのです。
   自分自身の闇の部分から目をそらさず、
   ありふれた日常から地道に学んでいくことのほうが、
   よほど勇気のいる、困難なことなのです。



人生は、厳しさとやさしさに包まれているんだと思った。
また信頼が深まった感じ。
ヘラヘラしながらも、たましいを磨こうと思う。




"lazy summer" improvisation ♪







ホメオパシー講座 「予防接種について」 をやります。10月20日(日)10:00~12:00
by homeopa | 2013-10-08 17:50 | 自然のちから

higanbana

b0170947_8414691.jpg


      年寄「いい若者がなんだ。起きて働いたらどうだ」
      若者「働くとどうなるんですか」
      年寄「お金がもらえるじゃないか」
      若者「お金がもらえるとどうなるんですか」
      年寄「金持ちになれるじゃないか」
      若者「金持ちになるとどうなるんですか」
      年寄「金持ちになれば、寝て暮らせるじゃないか」
      若者「はあ、もう寝て暮らしてます」
          ---- 辻信一著 「スロー・イズ・ビューティフル」 に出てくる江戸の小ばなしより



      ちょっと耳にしたはなし。
      イスラムの世界では、時間は大別して四つぐらいに分けられる。
      ひとつは祈るための時間で、サラートという。
      もうひとつは仕事の時間で、ショグルという。大人はこれをする。
      もうひとつは遊びの時間で、ラアブという。子供はこれをする。
      そして最後にラーハ。これはくつろぎの時間。

      でもラーハは、仕事が終わって余った時間ではなくて、
      むしろ生活の最優先事項だそうだ。
      そして仕事は、ラーハを持つためにやるもの。

      ラーハには、ただくつろいだり、ゆっくりしたりすることだけでなく、
      家族や友人と過ごしたり、勉強したり、歌を歌ったり、詩をつくったり、旅をしたり、瞑想したり、
      そういうことも含まれる。

      言ってみれば、人の心を豊かにする時間だ。
      そしてイスラムの世界では、
      ラーハが持てるようになると、大人になったとみなされる。
      同じ人間でも、住んでいる社会がちがうと、こんなに価値観が違う。





       はなし変わって、下の画像。
       何年か前にこの人が書いた 「奇跡の脳」という本を読んで衝撃を受けたのを覚えているけれど、
       内容の詳細は忘れてしまっていた。
       そして著者がこんなに面白い人だとは思わなかった。
       もう一度読んでみようかな。

       それにしても、言語中枢のある左脳にダメージを受けた人が、
       ここまで見事に話せるまで回復するなんて、
       ほんとに人間の脳はすごい。

      

       
 




       ホメオパシー講座 「予防接種について」 をやります。10月20日(日)10:00~12:00
by homeopa | 2013-10-08 08:42 | 人間