pimboke6

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kiku

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  こんな本を読みました。
  なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか (講談社現代新書)
  
  ここんところ、わたしが入れこんでいる映画監督、想田和弘さんの著書です。
  最近、ツタヤディスカスでたまたま借りたDVDで、
  初めてこの人の映画を見て、好きになりました。

  このDVDが送られてきたとき、
  自分がそれを注文したことを忘れていて、なぜ注文したのかも見当がつかず、
  きっとツタヤのスタッフがまちがえたんだろう、けしからんなあ、だいいち重そうな映画だなあ、
  なんて思いながらしぶしぶ見はじめたんですが、
  見てびっくり。
  しかし今でもなぜこのDVDを注文したのか思いだせない。
  本当にまちがって送られてきたのかもしれない。
  こういうのを出会いというんでしょうね。

  そしてその人が本を出していると知って、
  さっそく読んでみました。
  うん、これもいい。
  映画で感じたのとおなじような純粋さと度量の深さを感じてうれしくなりました。

  この人は観察をするんですね。
  テーマを決めず、台本を作らず、リサーチも打ち合わせもせずに、ただ撮りはじめる。
  そういうものは観察の邪魔になるから。
  編集を始めるときもテーマは決めない。
  切ったりつないだりしていくうちにテーマを発見する。
  そしてできあがった映画にはナレーションも音楽も入れない。
  観客の観察をさまたげるから。

  本の詳細についてはアマゾンのページを見ていただくことにして、
  引用を少し。

     ドキュメンタリーというのは、生身の被写体がテーマという机上の枠組みを圧倒し、
     不可解で奇妙で怪しい魅力を放ち出すときにこそ、最も輝くものだからだ。

     つまりドキュメンタリーにテーマがあるとすれば、それは摩訶不思議な被写体や現実との
     長い葛藤の末に、ようよやく「発見されるべきもの」であり、「最初に設定されるもの」ではない。

     (ドキュメンタリーの撮影で)すべてが台本通りに順調に進んでいると思える場合には、
     その作家は、自ら作り上げた台本という名のフィクションに洗脳され、目の前の現実を
     よく観ていない可能性を疑った方がよい。あるいは(---略--- ) 現実を無理矢理台本に
     合わせている可能性が高い。

     つまりドキュメンタリーとは、鎧を脱いで自らの身体と意識を世界に開いていくための手法
     であり、その逆、世界を自らが作った安全な庭に閉じ込めるためのものではないはずだ。

     ナレーションを駆使するドキュメンタリーは、旅で言えばガイド付きの観光に似ている。

     僕の経験では、ガイドに頼れば頼るほど、旅人は受動的になり、自らの力で何かを観よう、
     体験しようという姿勢が薄れてしまう。

     偶然の力を借りれば借りるほど、そして偶然起きることを作り手が邪魔しなければしないほど、
     作品は輝いていく。

     ドキュメンタリー作家に最も必要な資質は、結果の分からないものに有り金を張る能力
     かもしれない。つまりギャンブラー。

     では観察映画を観て得られるものは、何か。それは、自民党の選挙戦なり、精神科の世界なり、
     野良猫たちの世界なり、作家が描く世界にいきなり放り込まれたような体験である。そこから
     得られるものは、知識というよりも発見と呼ぶべきものなのである。

     「ドキュメンタリー的快楽」はしばしば、現実に存在する人々の 「やわらかい部分」 を垣間見た
     ときに生じる。それはある意味で残酷さを伴う快楽である。

     「観察」という行為は、一般に思われているように、決して冷たく冷徹なものではない。
     「観察」という行為は、必ずといってよいほど、観察する側の 「物の見方=世界観」 の変容を
     伴うからだ。自らも安穏としていられなくなり、結果的に自分のことも観察せざるを得なくなる。

  わたしは別にドキュメンタリー映画を撮りたいとか、 
  ドキュメンタリー映画が何よりも好きというわけではありません。
  でもこの本に書かれているのは、ただの映画のはなしではなくて、
  生きることとか、人や現実と関わることとか、
  そういうことなんだなと思って、そうだそうだと、うなずきながら読みました。

  子育てでも、元夫との関係でも、台本なしに観察するのは、すごくむずかしかったもの。
  そして今も毎日、このむずかしさと面白さをいろいろな場面で感じているし。

  この想田さんの最新作が東京でも上映されるので、
  観にいこうと思ってます。
  『Peace』 という映画。
  12月3日から9日まで、渋谷のアップリンクで。
    



  

kao by monica salmaso ♪
by homeopa | 2011-11-29 10:50 | 季節の花

calender

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  もうすぐ終わる。
  今年も達成していない目標ばっかり。  
  もう焦っても無理だから、掃除でもしよっと。




  ※総合資源エネルギー調査会 基本問題委員会
    (資料は経産省資源エネルギー庁のサイトで見られます)     

  ※新しいエネルギー基本計画の策定に向けた意見募集について

autumn in new york by sweet jazz trio ♪
by homeopa | 2011-11-28 08:07 | 日々の暮らし

kiku

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  馬鹿を一ぺん通ってきた利口と、
  始めからの利口とは、
  やはり別物かもしれない。
                 ---- 寺田寅彦 


  何べんも通ってきたけど・・・・利口になれない場合はどうなるんだ?
  こういうのもありそう。

  利口を一ぺん通ってきたバカと、
  初めからのバカとは、
  少しちがうかもしれない。

  むかしウィリアム・ブレイクという詩人が、
  初めからのまっさらな無垢と、経験を経たあとで行きついた無垢とは、ちがうと言っていたっけ。
  後者のほうがすごいって。
  要するに、なんでも一度はやっておくといいってことかな。


  ※お魚スーパーマーケットランキング

Moro Na Raca by Monica Salmaso ♪
by homeopa | 2011-11-26 22:35 | 季節の花

selecting

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  迷うのも選ぶのも楽しい。でも、
  迷うと、選べない。
  選ぶと、もう迷えない。

  だからかな、一生、迷いつづける人もいる。
  わたしは、どちらかといえば選んできた。
  なので切り捨ててきたものがいろいろある。
  多くの友達、親、きょうだい、学歴、家、年賀状のやりとり、良心、親切心、美肌、お愛想、衛生観念・・・・

  これらを切り捨てなかったら、
  わたしの人生はもっと豊かだったのかな。
  かもしれない。
  でもこれがわたしの容量なのだろう。
  選ぶとか、切り捨てるとか、ではなく、
  入りきらないものを取りこぼしてきたという感じ。
  
  最近、口から食べ物をこぼすことも多くなった。

tomorrow morning by jack johnson ♪
by homeopa | 2011-11-25 21:26 | 人間

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                               Within These Walls
by homeopa | 2011-11-23 21:29 | 季節の花

haha no te

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        母が施設に入居してから3ヶ月半たった。
        はじめのうちは、「つまらないねー」 なんて言って浮かない顔をしていたけれど、
        最近は慣れたのか、ニコニコしていてくれる。

        本人が医者ぎらい、薬ぎらいだったこともあって、
        家にいるときは諸手続に必要な健診のとき以外は病院に行かなかった。

        しかし施設に入ると毎週1回、お医者さんの診察がある。
        そしていろいろと勧められる。

        まず、ほとんどの歯が抜けたままになっている口。
        入れ歯はむかしつくったけれど嫌いで使わず、
        それでもたいていのものをムシャムシャと歯茎ですりつぶして食べていた。
        でも 「やっぱり入れ歯をちゃんと作ったほうがいいですよ」
        と言われ、歯医者さんが往診に来るようになった。
        あのままでも何も不足はない気がするけど。
        歯の足りない顔で笑うとかわいくて、みんなにもてているんだけど。

        次に、「一度頭の検査もしておいたほうがいいでしょう」 と言われて、
        脳のMRIを撮りにいってきた。
        長いあいだ待たされたあげく、
        冷たい細いベッドに横たわらされ、頭と肩をバンドで固定され、
        電磁波だかなんだかをジリジリと浴びせられた。
        それを待つあいだ、わたしは 「何のため?」とつぶやかずにいられなかった。
        母は頭はぼけているけど穏やかに日々を過ごしているし、
        まだ娘たちの顔はわかるらしいし、
        周囲を困らせるような暴力行為や奇癖を示すこともない。
        検査で何を知ってどうしようというのだろう?
        結果は、案の定、
        「多少、脳の萎縮はありますが、年齢なりで、アルツハイマーかどうかはわかりません。
         血行の悪い部分もありますが、年齢なりのもので特に心配なものではなさそうです」
        もしアルツハイマーの診断が出たら、何をされたのだろう?
        ぼけたおかげで生きるのが楽になっているのに。
        もし血管が詰まっていたら、ぽっくり逝けるチャンスじゃないか。
 
        そして今度はインフルエンザの予防接種。
        ちなみに母は一度も打ったことがなくて、
        人の集まるデイサービスやショートステイにもずっと行っていたけど、
        インフルエンザにかかったことはない。

        どれもこれも、家族の意向で断ることはできるけど、
        「施設にご厄介になっているのだからそこの流儀に従うべきだ」 と姉は言うし、
        妹はもともとお医者さんやインフルエンザワクチンに疑問をいだかない人なので、
        多数決でわたしの負け。

        こうやって無意味な治療のために国の医療費がどんどん使われていく。
        そして無意味な検査のために、母が不快な思いをしたり、
        無意味なワクチンのために、母の脳神経がダメージを受けるかもしれない。

        なんのための医療?      


        【追記】
        ともだちのナッちゃんからコメントで知らせてもらった、
        海外からの災害救援金が肺炎球菌ワクチンに使われていた件について、
        検索してみたら、岩手日報の記事が出てきました。下のとおり。

        -------------------------------
    
        「肺炎球菌ワクチン、70歳以上無料 被災者ら予防へ」

         日本赤十字社と県、県医師会は8日から、県内の70歳以上の高齢者を対象に、
        肺炎球菌ワクチンの無料予防接種を実施する。接種費は日赤が全額負担。東日本大震災の
        被災者を中心に、免疫低下による呼吸器疾患の増加が懸念されており、来年3月末までの
        助成期間中に多くの接種を呼び掛けている。

         対象は県内に居住し、来年3月31日までに70歳以上になる高齢者。宮城、福島両県から
        避難し本県に居住している人も対象となる。

         現在、県内の70歳以上は約26万人で、希望する17万人を上限に助成する。1人8千円の
        接種費は日赤が全額負担し、事業費は14億円。復興支援のため海外から日赤に寄せられた
        「海外救援金」を財源とする。

         希望者は県医師会指定の医療機関や老人保健施設、県立病院など県内624施設で接種
        でき、期間は来年3月31日まで。民間施設は8日から、県立病院と県立地域診療センターは
        15日から実施する。
 
        岩手日報 (2011/11/08)
        http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20111108_4

        -------------------------------

        さらに下のような病院のホームページに行き着きました。
        今回の肺炎球菌ワクチンのことも含め、
        ワクチン全般について、いろいろ書いてあります。
        ご自身でしっかり情報を集めてものごとを判断しようとしている、
        立派なお医者様らしい。

        さとう内科循環器医院の記事 

        同じく、さとう内科循環器医院のインフルワクチンに関する記事




      

mori no oto
by homeopa | 2011-11-22 08:41 | 人間

asa no hatake

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       菜っ葉にカメラを向けたら、向こうでおばさんが固まってしまった。


       関係ないけど、福島産のお米から国の基準値以上の放射能が検出された。

       そのお米を出荷停止にするよりも、
       東電の社員食堂や国会の議員食堂で使ってもらいたい、
       と小出裕章さんが言っていた。
       たしかにねー。

       でもそう考えると、
       原発を容認してその電気を使ってきたわたしたち大人も (生殖年齢を越えた者は)、
       みんなでそのお米を買って食べるべきかもなあ。
       

mori no oto
by homeopa | 2011-11-21 08:21 | 風景

TTP

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       PTAじゃないDDTじゃないTPOでもないTPPについて、
       (テレビで木村太郎さんがTPPをTTPと言って安藤さんに注意されていた気持ちがよくわかる)
       少し勉強してみた。↓
       http://www.youtube.com/watch?v=RlyluxDfjMo
       わかりやすい、面白い、説得力がある。

       でもこの中野さん、原発については訳のわからないことを言っている。↓
       http://www.youtube.com/watch?v=RQO1rJABi6o
       原発=国家安全保障だって。
       この人のいう安全て、だれのどういう安全だろう?
       この人のいう国家って、だれのことだろう?
       それに原発自体について明らかにあんまり勉強していない。

       ま、完璧な人間なんていないからね。


       はなし変わって、なくなったマイ自転車はやっぱり撤去されていた。
       区の保管所に保護されて泣いていたところを引きとってきたけど、
       手数料が3000円。
       財布から出ていくお金を1日1000円に制限しているわが家では、3日分の出費。
       これぐらい出すなら新しいの買っちゃおうかな、
       なんて現代日本の考え方はしないのだ。
       うちは持続可能な家をめざしているからね。
       使えるあいだは使うのだ。
       でも正直、心の60パーセントは見つからないことを祈っていた。

       赤いかわいいニュー自転車、買いたかった!       

     
by homeopa | 2011-11-20 11:37 | 風景

akinosora

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  「しゃかいのごみのうた」

  あるなあ、こういう気分のとき。


  昨日の朝、職場の前に止めたはずの自転車が、帰るときにはなくなっていた。
  あれ、乗ってきたはずだけど・・・・
  ポケットを探ると、ちゃんと鍵がある。
  それでも自分を信用できなくて、職場の仲間にきいてみた。
  「朝は自転車あったよ。ハンドルに何か紙がついてた。でもお昼頃にはもうなかったよ」

  やっぱり乗ってきたんだ!
  たぶん自治体に撤去されたんだ。
  困ったような、ほっとしたような、複雑な気分

  最近の娘との会話。
  「あのとき、☆☆したじゃん」
  「そうだっけ、おぼえてないなあ」
  「ていうか、かあちゃん、逆に何おぼえてるの?」

  笑うしかない。




  
by homeopa | 2011-11-17 21:45 | 風景

seibutsu

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  フィルムを月に1本使うの会の9月のテーマ「静物」の写真で、
  へへ、優勝しました。
  といっても、わたしと同じように4票獲得した方がほかに2人いて、
  メールでじゃんけんして、勝った、という、あまり華々しくない経過です。
  しかも最初のじゃんけんでは負けたんだけど、
  手違いがあって、じゃんけんをやりなおして勝った。
  人生は、運ですね。

  それはともかくこの上の写真がその作品。
  心がまえはいいと思うんだけど、技術が追いついていない。
  ともかく、今回は静物というお題なので、おうちの中でいろいろ遊んでみました。

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  あれをこっちに置いたり、これをあっちに置いたり。
  これぐらいの時間と情熱を、もっと有意義なことに注いでいたら、
  わたしは今ここで鼻くそなんかほじっていないかも。


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  「人類もそろそろ終わりだってね」
  「よかったー」
  「そもそも、なんであんなバカなやつらが地球を牛耳ってたわけ?」
  「手がすべったみたいよ、カミサマの」
  「へー、カミサマも手がすべるの?」
  「ちがうんじゃない? ちょっと遊んでみたくなったんじゃない?」
  「おれたちじゃ、退屈だったってこと?」
  「うん、あたしたたち、バカやらないじゃん」
  「かもね。でももう飽きたのかな。カミサマも気が短いなあ」
  「あっという間だったね。400万年ぐらいだっけ?」
  「やっぱさあ、バカでも心がきれいとか見た目が美しいとかならなんとか持つけど、どれもだめだとね」
  「カミサマだってうんざりするよな」
  「ホントホント」

  
  
by homeopa | 2011-11-16 08:28 | おもしろいこと