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踏んだり蹴ったり

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洗濯機がこわれた日の翌日、
左脚付け根の関節に、グキッとかコキッとかいう感じの軽い衝撃があって、
以来、左脚に体重をかけることができなくなった。
すごく痛いわけではないのだけれど、
とにかく体重をかけることがはばかられる感じ。

そこにはもともと痛みがあって、
とくに脚を上げようとすると痛んだ。
パンツをはくときも左脚を上げてパンツの穴に足を入れることができず、
床に置いたパンツの穴に左足を入れてからパンツを引きあげていた。
歩くときも脚がちゃんと上がらず、つまずきそうになることがよくあった。
右脚から踏みだしたときに、
それについていこうとしても左脚が上がらず、ついていけないことがあった。

でも鍼灸治療のおかげでだいぶそれが改善し、
施術をしたその晩には、
左脚を上げて、手に持ったパンツの穴に足を通すことができた。
コキッとなったのは、その翌日のことだ。




余談だけれど、この鍼灸治療には多いに助けられている。
一ヶ月ほど前、数年ぶりに相談会に来てくださったクライアントさんが、
今年4月に鍼灸師の資格をとられたところだった。
その方が、週に1回~2週間に1回、うちまで施術の出前をしてくださることになったのだ。
まだ普通に歩けないわたしにとって、
それは本当にありがたいことだった。
ずっと相談会から遠ざかっていたその方が、
このタイミングでまた相談会に来てくださったというのは、
きっと何かのご縁だろう。
この世はご縁に満ちている、と、病気になってから何度思ったことか。
おかげでフニャフニャしていた腰がだいぶしっかりしてきた。




とにかく、左脚がそんな状態なので、
今は前以上に歩くことが困難で、
家の中でも杖をついて歩いている。

その状態で立ちつづけて、
洗濯と排水(ここまではできる)が終わった洗濯物を、
一枚ずつ手でしぼって干すという作業は、
なかなかつらいものがある。

自転車で5分ほどのところにコインランドリーがあるので、
普段ならそこに行って脱水をすればいい。
でも今のわたしは自転車には乗れないし、
自転車を引いてそこまで歩くこともできない。

その間にも、おむつや、汗に濡れたタオルや、くさい汁でシミになった衣類が、
どんどんたまっていく。

あ~あ、踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂だわ~~!
と、泣きたくなった。
神様、仏様、観音様、地獄の閻魔様、イエス様、マリア様、シバ神様、ムハンマド様、
大国主命様、天照大神様、サイババ様、ダライラマ様・・・
どこのだれでも、どんなにブサイクでも構わないから、とにかく助けて~~~!

と、こんな状態でも、幸せを感じるひとときがあるのが不思議だ。

うちの洗濯機はベランダにある。
洗濯物をしぼって干す作業を昼間にやるとえらく暑いので、
夕方、日が落ちるころにヨタヨタと出ていってその作業を始めたら、
二日間連続で、夕日と夕暮れの雲がすごく美しかった。
心が洗われるようだった。
うちは3階だから、さえぎるものもなくその空が見える。
涼しい風も吹いて、得も言われぬ心地よさ。
ああ、天国だと思った。
天国と地獄、幸せと不幸せ、喜びと苦痛はどうもセットになっているらしいと、
前からちょくちょく思ったけど、
やっぱりそうらしいと、今度も思った。



今日は左脚のぐあいも少しいいので、
きっと時間とともによくなっていくだろう。
明後日には新しい洗濯機が届くので、
明日一日を乗り切れば、
もう大丈夫。

それにこれからガガが、
大学の人類学のフィールドワークで滞在していた五島列島のおみやげを持ってきてくれるそうだ。
買いものも頼めるし、
びちょびちょの洗濯物をコインランドリーに行って脱水してきてもらうこともできる。
ナイスタイミングだな。
でもそれより、ガガに会えること自体がうれしいし。
なんか幸せ♪


あ、そうそう、
新しく買う洗濯機は二槽式にした。
これも楽しみ♪
美麻に送った新しい洗濯機は1槽式の全自動なので、
同じものを買うのはなあ・・・とためらった末、
思いついたのがこれだった。
ネットの口コミをいろいろ見ていたら、
へそまがりでアナログ好きで、シンプルで実力のあるものが好きなわたしには、
ぴったりだと思った。
何よりも、スイッチがダイヤルなのがいい!
まわすとギリギリギリギリという音で動きだす。
最近のタッチパネルのピッピッという音はどうも嫌いだ。
なんか機械におちょくられている気がする。
こちらには理解できないところで何かが進行している感じ。
とにかく、毎日愛着をもって使えそうなこの洗濯機、来るのが待ち遠しいわあ。

※二層式洗濯機が今でも愛用される理由、メリットとデメリッ
※リバイバル!二槽式洗濯機


【追記】
「今度来る洗濯機は二槽式だよ」 とガガに言ったら、
「え、うそでしょ? 母ちゃんのことだから、もしかしてと思ったけど、本当に?」 という反応。
いったいどんな洗濯機を想像しているのかときいたら、
洗濯の終わった衣類を2本のローラーの間にはさみ、
そのローラーに連結したハンドルを手でまわして絞るというもの。
ああ、あった、あった、そういうの。→ http://www.mokeden.jp/kousaku/isuzuwasp/isuzuwasp-04.htm
子どものころ実家にあって、
ときどき手伝わされて、絞るのをやったけれど、
あれはけっこう大変だった。
いくら古いものが好きなわたしでも、そこまでは戻れないわ。
でも自分の娘にそこまで変人として信頼されているとわかって、
うれしかった。








※映画「余命1ヶ月の花嫁」の驚愕の真相!

※医師が薬の代わりの果物や野菜を処方し始める



by homeopa | 2016-08-24 11:49 | つぶやき

ブログ礼賛

下の3枚の写真は、昨年軽井沢に行ったとき、
旧軽井沢の土屋写真店に飾ってあったもの。
最近、散歩に出ていなくて、写真も撮っていないので、
載せる写真がなくなってきた。
でも昔の写真は、なぜかほのぼのした空気感がある。
時間の感覚が違うせいかな。

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さて、ブログについて。

ブログって、ほんとにいい表現手段だと思う。
わたしはブログを始めてどれほど豊かな喜びを感じるようになったかわからない。
子どものころから口べたで、
会話のなかで自分の思いを十分に表現できずに来たので、
いつも胸の奥に発散できない思いをため込んでいた。
でもブログを始めてから、存分に発散しまくっている。
だからこういう表現手段がある時代に生まれてきたことに感謝、感謝。

何がいいって、人に負担ををかけないこと。

たとえばフェイスブックだったら、
わたしが近況をアップすると、
それを知りたい人も知りたくない人も、
「お友だち」 であれば否応なしにその記事を目にすることになる。
わたしはそんなふうに強引に人に見せたり、見せられたりするのがいやで、
フェイスブックをやめた。

人と話している場合だったら、
相手はわたしの退屈なはなし(おもしろおかしく流暢に話せないから)に、
うんざりするかもしれない。
わたしは言いたいことを全部言うまでに途方もなく時間がかかるので、
相手は自分の話す時間がなくなって欲求不満になるかもしれない。
さいわい親しい友だちはなぜかみな口達者なので、
そういう展開にはめったにならないけれど。

ブログの場合は、自分からアクセスしないかぎり、
そのブログを見ることはない。
このブログを見たくない人はアクセスしなければいいし、
アクセスしてつまらなかったり、不愉快になったりしたら、
そこで閉じて、二度と見なければいい。
そういう選択ができる。
本とちがって、「ああ、お金払って損しちゃった」ということもない。
会って話しているときには、
「あなたのはなしにうんざりしたからもう帰るね」とも言えず、
苦悶のひとときを過ごすことになるけれど、
ブログなら好きなときに退散できる。

ブログを書いている人間にとって、
これはとっても気が楽だ。

もちろん、名指しで人を中傷したり、
差別的な発言で弱い立場の人を傷つけたり、
事実でない情報を事実として書いたり、
人のアイデアや作品を自分がつくったもののように発表するのは言語道断。
不特定多数の人の目に触れる媒体を利用する者として、
それだけは慎まなければと思っている。
(安倍晋三君のことをときどき名指しでこき下ろすことはあるけれど、
 それは為政者に対する一般市民の健全な批判精神の表れということで)

でもそれ以外は、なんでも好きなことを書ける。
自分が撮った写真を、臆面もなく見せることもできる。

このブログは、わたしが自由に遊べる専用の遊び場みたいなものだ。
なんという贅沢だろう!


ただそんな遊び場でも、
コメントには気をつかう。
コメントを書いてくださった人の思いを理解し、
それに対してなるべく誠実に親切に、
その人の気持ちを傷つけたり害したりしないように、
そしてそのコメントの雰囲気に呼応するような文章で返答を書かなければならないと気をつかう。
でも実際、それがうまくできていないことは、
長い読者の方ならとっくにお気づきだろう。

わたしはそういうことが苦手なのだ。
ここまで書いてきて、ふと思った。

何も気にせずのびのびと羽根を伸ばして遊べるはずの遊び場でまで、
人に気をつかうのはばかげているんじゃないかと。

だったらコメント欄を閉じてしまおうか、とも思った。
でももしわたしが誤った情報を載せたときに、
それを指摘してくださる方がいるかもしれないし、
それはわたしにとっても読者にとってもありがたいことだ。

そこで決めた。
コメントは今までどおり受け付けるけれども、
わたし自身は今後、それに対して一切応答はしないと。

ということで、明日以降のコメントに対しては、
こちらからは返答しませんので、
どうぞあしからずご了承ください。

今までこの拙いブログにコメントをくださった方々、
ありがとうございました。
気はつかったというものの、
多くのコメントに励まされて、ここまで続けてこられました。
これからも、どうぞのぞいてやってください。
そして返答なしでもかまわないということであれば、
どうぞ今までどおりコメントを書き込んでください。

ブログっていいなということを書くために書きはじめたら、
いつの間にかこんなお知らせになってしまいました。

でもいちばん書きたかったのは、
ブログはすばらしい表現ツールだということです。
少なくともわたしには。

わたしの遊び場になってくれるブログさん、ありがとう。
安倍政権のもとでは、いつこの自由な遊び場が奪われるかわからないけれど、
それまでは思いきり遊ばせてもらいます。





※ペルセウス座流星群
 今夜がピークだそうだ。
 この時刻まで起きていられるかな? きっと寝ちゃうだろうな。






by homeopa | 2016-08-12 10:05 | つぶやき

遺産


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両親の家の片付けが始まった。
上はそのときにもらってきたもの。

母が使っていたミシン糸と、糸切りばさみ。
鉄のはさみも、木の糸巻きもなつかしい。
暇さえあれば何か縫っていた母。

その向こうは、父が使っていた超立派な実印。
押すとこんな感じになる。
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わたしには文字が判読できないし、使うあてもないけど、
この文字の美しさと、太い象牙(象さんごめんなさい)の手触りが気に入ってもらってきた。
さほど裕福ではない農家の次男坊という育ちのわりに、なんでも高級なものを持ちたがった父。



遺産は、こういうものがいいな。
亡き人を偲ばせて、しかもかさばらないもの。

家とかもらってもねえ。
いろいろ厄介だし。

父が無一文で新潟の田舎から出てきて、
大きな鉄工所の警備員という仕事をこつこつと何十年も続けて手に入れた家。
母がつつましい家計を几帳面にやりくりして手に入れた家。
父が自分の手で改装したり手入れをした家。
母が毎日きれいに掃除をして整然とした清潔な空間を保っていた家。
わたしが20歳まで毎日寝起きした家。
なのになぜか愛着も未練も感じない。
不思議なほど。

親が子にしてやれる最大の子孝行は、
借金も財産も残さず、
身の回りの品もなるべく少なくして逝くことではないかと、
実家の片付けを始めてからつくづく思うようになった。
上のようなささやかな思い出の品さえあれば、
それでいいのではないかと。
家自体はもちろんのこと、何十年ものあいだにたまったあふれんばかりの物・物・物。
それらを片付けるのはほんと、大変だわ。






※日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見からのお知らせ。
 6月18日(土)~7月17日(日)、センター業務をお休みさせていただきます。
 以前にお知らせした休業期間より少し早くなりました。
 営業日は水・木・金・土なので、相談会は7月20(水)から再開します。
 メールでのご連絡などは、7月18日(月)から対応できます。

 お休みの間、好転反応などでお困りになった方は、
 日本ホメオパシーセンター世田谷梅ヶ丘のまつもりくにこホメオパスに、
 応急相談としてご相談ください。

 ご不便をおかけして申し訳ありませんが、
 業務再開の際には、はずむゴムまりのようになって、
 新しい境地でお仕事に取り組ませていただくつもりです。
 どうぞ楽しみにしていてください。
 よろしくお願いいたします。

☆もちろん、6月17日までは普通に相談会を受け付けています。
 ご希望の方はぜひご予約ください。





by homeopa | 2016-06-05 10:09 | つぶやき

unconditional love

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無条件の愛というのは、
他者に与える前にまず自分に与えるべきものかもしれない。
他者に求めるよりも自分に求めるべきものかもしれない。

自分ならば、求める人と与える人が同一人物なのだから簡単だろうにと思うのだけれど、
簡単でないのはなぜだろう?






            ※   ※   ※






話かわって、昨日、区民菜園で収穫した野菜。
これはサニーレタス。
横の黄色い花は、一昨日、ガガが母の日にといってくれた花。

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下は左からルッコラ、二十日大根、小カブ、その後ろにさんざん虫に食われた小松菜。

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あんな土でもルッコラが盛大に育っているのにはびっくりした。
花まで咲いていた。
葉っぱはだいぶ苦くなっていたけど、おいしかった。
   
    (以下、ウィキペディアから)
   ほれ薬の効果があると信じられ、ローマ帝国の時代から栽培されてきたものの、大規模な生産は1990
   年代になるまで進んでいなかった。栽培地としてはイタリア北西部のヴェネト州が有名。

   ルッコラは1年草で発芽率が高く、また病気もほとんどないため比較的栽培しやすいが、アブラムシ、ア
   オムシなどの虫がつきやすい。プランターで栽培でき家庭菜園に向いている。 日当たりのよい場所を好
   んで育つ。水はけがよく、湿り気があり、有機質を多く含んだ栄養豊富な土が適している。

   葉を採ることが目的の場合、真夏を除きいつでも種をまくことができるため、種をまく時期をずらして栽培
   すれば一年を通してルッコラを楽しむことができる。しかし、とう立ちさせてしまうと葉がかたくなり、食用に
   適しにくくなる。

   花は春に咲き、クリーム色をしている。アブラナ科に特有の4花弁の十字型をしており、花弁には紫色の
   脈が入っていて、中央部は黄みがかっている。



小松菜以外は全部、お昼のサラダにしてバリバリ食べた。
やっぱり採ったばかりの野菜はおいしいわ。
自分で種をまいたからひとしお。
二十日大根と小カブの葉っぱは、
夕ご飯の味噌汁に入れた。
これもおいしかった。

そして畑のあっちとこっちに二株、ジャガイモが育っていた。
わたしは植えていない。
前の人が育てていたらしい。

それから、そのとき別の区画で作業していたおじさんが、
「これ、ミニトマトの苗だと思うけど、生えてきたので使ってくれる? 実がなるかどうかわからないけど、遊びで」
といってミニトマトの苗を二株くれて、
「ちょっとやってもいい?」
といって畑の隅に自分で植えてくれた。

土を掘るときに、「おや、肥料がたっぷり入って柔らかくていい土だね」
と言っていた。

肥料は入れていないし、最初に耕したときは硬い土だと思ったけど、
籾殻燻炭と、野草汁と、えひめAIがのおかげで微生物が育ちはじめたのかな?

なんだかうれしかった。
土と、微生物と、雨と、お日さまと、野菜と、おじさん、ありがとう。






 


A 10 Year-Old Blind Autistic Boy Singing ♪
10歳の盲目の自閉症児が歌う。








by homeopa | 2016-05-09 20:46 | つぶやき

happy birthday to me

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一昨日は62歳の誕生日だった。
この身体にわたしのタマシイが宿った日。

この身体や顔が嫌いだった時期もあった。
かなり長いあいだ。
つい最近まで。
そう思うと、ずいぶん長い思春期だったなあ。

今はこの身体も顔もいとおしい。
好きとか嫌いというより、
これしかないでしょうという感じ。

ためしに綾瀬はるかやアンジェリーナ・ジョリーの中に入ってみたりしたけれど、
なんだか居心地が悪い。
やっぱりここに戻ってしまう。

自分のこの目で空や雲や花が見られることがありがたい。
この耳で鳥のさえずりや音楽や好きな人たちの声が聞けるのがありがたい。
この歯で食べ物を噛めることがありがたい。
この舌で味わえることがありがたい。
この鼻で藤の花の香りやヨネコさんから出てくる汁の匂いをかげるのがありがたい。
この手でガガの顔にさわったりカメラのシャッターを押したりできるのがありがたい。
この肺で空気を吸えるのがありがたい。
この脚でてくてくと歩けることがありがたい。
この内臓で生きられることがありがたい。
この皮膚で空気を感じられることがありがたい。
この身体で宇宙のエネルギーを流せることがありがたい。

そう遠くない将来、この身体とさよならすることになるわけだけど、
その前にこういう気持ちになれてよかった。

やっと安心できる居場所が見つかったみたいな、
やっと自分がひとつになったみたいな、
そういう感じ。

これもヨネコさんのおかげかもしれない。










by homeopa | 2016-04-22 08:58 | つぶやき

open hours

(花が咲きはじめたころの 「野川の貴婦人」)
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何もしない時間。


あらゆることが起こりうる時間。












everything happens to me by thelonius monk ♪













by homeopa | 2016-04-17 21:43 | つぶやき

類が友を

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ひとりで豆まきをしていたらちょっと寂しくなって、
せりふを変えてみた。
「鬼も~来い! 福も~来い!」


類が友を呼んだわけだ。







※医学という名の宗教
  鬼もそう思う。



 

ホメオパシー入門講座のお知らせ 2016年2月14日(日)AM10:00~12:00
by homeopa | 2016-02-04 19:15 | つぶやき

うれしいこと

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昨日、髪を切ってもらいに美容院に行ったら、
「なんてかわいいお顔でしょう!」
とおばさんの美容師さんに感嘆された・・・・へへへ。



めざすところは 「かわいい意地悪ばあさん」 だから、
目的の半分はすでに達成していることになる。







※元クックパッドのエンジニアが起業 飲食店の常識を覆す「未来食堂」
  発想の転換!

※未来食堂日記(飲食店開業日記)
  なんかわからないけど、読んでるとやる気が出てくるから不思議だ。
by homeopa | 2016-02-02 10:55 | つぶやき

鬼であること

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友だちと話していて、気がついた。
「心を鬼にして・・・・」 という表現があるけれど、
わたしの心は鬼にしなくてもすでに鬼なんだと。

その友だちは根っからいい人で、
好きな人が困っていたら、心から助けてあげたいと思ってがんばる。
それで疲れちゃったりするらしいけど。

わたしは好きな人が困っていたら、
義務感や責任感から助ける。
そうするべきだと思って。
でもほんとはその時間やエネルギーを自分の好きなことに注ぎたい。
ガガに対してでさえ、そんな気持ちがある。

鬼なのよ。
鬼のくせに菩薩みたいな顔をしてきたから病気になったんだと思う。
それはもうやめよう、と思った。

鬼でいいじゃん、それが今のわたしなんだから。
これから何度も生まれ変わって、少しずつ心を磨いていけばいいんだから。
とりあえず今は鬼として、正直に鬼らしく、のびのびやろう。



そういえば、だいぶ前にもこんなことを書いていたのに
いつの間にかまたいい人をやっていたんだ。

いい人願望は、なかなか根深いな。


そういえば、と、もうひとつ思いだした。
世の中でいちばん嫌いなのは偽善者、と以前はよく言っていた。
あれは、自分が偽善者だからだったんだ。
ひえ~~。






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※とにかく明るい安村の「なぜ俺といてくれたの?」に対する奥様の返答が泣ける…
  鬼の目にも涙。

※内閣府官僚「近い将来、マイナンバーカードは廃止になる可能性が濃厚です。

※プーチン:人類の進化が巨大製薬企業、GMO、ワクチンによって危機に瀕している
  プーチンも鬼っぽいけど、安倍君より断然賢い。
  
by homeopa | 2016-02-01 20:33 | つぶやき

心の葛藤

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・・・・ところがそういうふうに外でからだを動かすことだけでなく、
心のなかで葛藤があるということも、
その人にとっては大きい仕事をしているのと同じことで、
疲れるのは当たり前なのです。
                                              ---- 河合隼雄






ここはわかっているようで、わかっていなかった。
あるクライアントさん (青年) がとにかく疲れてだるくて、ちょっと歩いただけでへとへとになるというのを聞いて、
何が原因だろうとずっと不思議に思っていた。
食事がひどいわけでもないし、重労働をしているわけでもない、睡眠も十分にとっている。
でもたしかに心の葛藤はあった。
そして心の葛藤が和らいだら、体力もついてきた。



それでふと思いだした。
『野菜学入門』 という本に書いてあったこと。
野菜には、茄子や胡瓜のように垂れさがるものもあれば、
小松菜やブロッコリーなどのように地面から立ちあがって育つものもあれば、
根菜類のように地面の下に伸びるものもある。
地面から立ちあがって育つ野菜は、
冷蔵庫の野菜室に保管するときも、
立った姿勢で保管すると長持ちして栄養も保持できるそうだ。
寝かせてしまうと、「立ちあがりたい! でも立ちあがれない!」 と葛藤しつづけて、
エネルギーやビタミンやミネラルを消耗してしまうかららしい。

冷蔵庫のなかの野菜たちも葛藤してるんだ。
なんか、かわいい。
人間も、かわいい。









※天職が見つからない人がいるのはどうしてでしょう?
  こういう人、身近にいる。
  ガガもこのタイプかもしれない。
  わたし自身もこの傾向があったのにそれを抑圧してきたのかもしれない。
by homeopa | 2016-01-21 08:05 | つぶやき