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カテゴリ:格言( 46 )

when the life changes

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人生の重要な分岐点、
生き方が永遠に変わる瞬間に、
騒々しい演出があるわけではない。
それは、実際には静かに起こる。
人生に変化をもたらすものは、
ひそやかに忍び寄る。
その瞬間は静かに展開し、まったく新しい光のもとに人生が照らし出される。
そのすばらしき静寂にこそ、特別な高貴さがある。
----映画『リスボンへの誘い』より

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by homeopa | 2016-08-31 21:25 | 格言

重荷の役割


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船というのは、荷物をたくさん積んでいないと、
不安定でうまく進めない。

同じように人生も、
心配や苦痛、苦労を背負っている方が
うまく進める。
          ---- ショーペンハウエル





もしかしたら、自由もそうかもしれない。
この重荷があるかぎり自由にはなれない、と思うような心境でいると、
重荷がなくなっても、次の重荷を見つけるだろう。
重荷が身体を地面に接着すればするほど、
心は草原を駆けめぐり、雲になって空に浮かび、
露になって草木の上に降りそそぎ、川になって大地をくすぐる・・・
おお、赤面のロマンチスト! 





Moris Ravel, Boléro - Maurice Béjart, Sylvie Guillem♪








by homeopa | 2016-08-08 21:49 | 格言

青春

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いつも相談会で使っている地区会館の部屋の片隅に、
毛筆で書かれた文章が額に入れて飾ってある。
どうせお説教みたいなつまらないものだろうと思って、
読んだことがなかったのだけれど、
先日、相談会と相談会のあいだに目が止まって読んでみた。
予想外にいいことが書いてあった。



(以下 引用)

青春

青春とは人生のある時期を言うのではなく心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、
こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や、狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、
精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く、「驚嘆への愛慕心」 空にひらめく星辰の、その輝きにも似たる事物や思想に対する欽仰、
事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて病まぬ探求心、人生の歓喜と興味。

  人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる
  人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる
  希望のある限り若く 失望と共に老ゆる

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大偉力との霊感を受ける限り人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲嘆の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、
皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時にこそ、
人は全く老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。
                                                 ---- 塚田清策



(引用おわり)

http://home.h03.itscom.net/abe0005/ikoi/seishunn/seishunn.htm







「驚嘆への愛慕心」 はある。
小児の如く求めて病まぬ探求心や、人生の歓喜と興味もある。
でも逞しき意志とか、怯懦を却ける勇猛心とか、安易を振り捨てる冒険心とかはないな。
だからカメムシが食べられない。
情熱は炎えたかと思えばすぐにぶすぶすくすぶるし。

青春度50パーセントってところかな。







Wonder by Bethel Music & Amanda Cook ♪






by homeopa | 2016-05-07 22:22 | 格言

memorandum for myself

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(以下 引用)

自分と外の世界との境界は消え、自分は一人で存在しているのではなくすべてと、誰もと、一体だと感じる
---- 第三の愛を感じたときの感覚について、彼らはこんなふうに語ります。魂を感じるための実践に取り組む
と、この感覚で自分の全存在がいっぱいに満たされると言います。第三の愛はとても深い普遍的な愛です。
うまく引き出せるようになれば、どんな状況においても手に入ります。けれども、それは地下水のようなもので、
いったん立ち止まり、穴を掘って水を手に入れるという手間をかけなければなりません。
                            



・・・・・・けれども、物理的な身体には魂のエネルギーが宿っていて、身体と同じようにそれへの手当も必要
だと思うなら、治療には、身体へのケアを超えた要素が必要になります。
わたしが話を聞いた人たちは、こう考えていました。魂のエネルギーは人間にとってもっとも重要な要素で
ある。それを忘れてしまうと身体は疲れ果て、病んでいくと。




人間の身体は神のエネルギーの容器にすぎない、とするスワミ・ブラムデブの考えは、人間の身体は魂の
エネルギーの容器であるという、多くの宗教の考え方と類似します。
神のエネルギーと再びつながり、そのつながりを深くする。それこそが、身体という容器が病気になったとき、
もっとも効果的な治療法なのだとスワミ・ブラムデブは考えています。




・・・・わたしもそうでした。魂のエネルギーが身体中にあふれてくるといった感覚が、練習によって得られる
ものだとは、思いもしなかったからです。というのも、そういう体験談は多くの場合、さして努力もせず、神秘
的なエネルギーの洪水を体験した人がいるように描かれているからです。
けれどもわたしはがんの回復者から話を聞くうちに、洪水のような魂のエネルギーをすぐに感じ取れる人は
ごく例外で、多くの場合、人はたゆまぬ練習の末、少しずつそれを感じるようになるのだと知りました。




近年、わたしたちはただ 「人」 であることよりも 「何かをする人」 になることに心を奪われています。強迫的
なまでに、いつも何かをしていなければならないと思いこんでいます。霊性の道のりとは、魂の奥底をのぞき
こみ、そこに何が起きているのかを知ったうえで、静かに自分の現状へと立ちもどっていくことができる。そう
いうものなのです。魂のもとの状態をきちんと認識していれば、わたしという存在は平穏でいられます。自分
が何者だったかを忘れてしまったら、平穏は崩れ、魂とのつながりは失われます。




シスター・ジャヤンティの考えでは、健康な人間とは、行動を志向する身体と平穏を志向する魂とのつながり
を、いつも維持している人のことです。




魂とのつながりを深めるための方法には、祈り、瞑想、ランニング、ヨガなどさまざまなものがあります。
なんにせよ、最初にすべきなのは、心を鎮めることです。魂のエネルギーと思考は、相互排他的なの
です。思考を止めなければ、魂のエネルギーは生じてこないのです。


                              ※


たとえば瞑想をすると、メラトニンの分泌が増えることがわかりました。メラトニンは健やかな睡眠に欠かせ
ないホルモンです。・・・・・・・免疫システムがじっくり時間をかけて細胞修復や排毒の作業にあたるのは、
睡眠中だけです。がん患者のメラトニン分泌レベルは、危険域といえるほど低いことがわかっています。



別の研究では、毎日わずか30分の瞑想を八週間続けると、脳の中の不安やストレスにかかわる部分の
密度がまばらになり、逆に共感や記憶にかかわる領域の灰白質の密度は高くなることがわかりました。



もっと直接的に、瞑想が免疫システムに与える作用を調べた研究もあります。たとえば瞑想をすればする
ほど、身体はウィルスへの抗体を増やすという報告がありました。



瞑想はテロメラーゼを有意に活性化することもわかっています。テロメラーゼはアンチエイジング酵素とし
て知られる酵素で、細胞の寿命を延ばす働きをします。



瞑想の初心者が八週間瞑想をしたところ、遺伝子の発現が健康を増進する方向へと、有意に変化した、
と報告する研究がありました。つまり、瞑想など魂のエネルギーとつながるための実践を続ければ、健康
を増進する遺伝子の発現はオンに、不健康を促す遺伝子の発現はオフにできるかもしれない、というの
です。
                                   
                                           『がんが自然に治る生き方』






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Uso Song by Alo Key ♪






by homeopa | 2016-04-25 21:28 | 格言

お釈迦様のことば

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過去を追うな。
未来を願うな。
過去はすでに捨てられた。
未来はまだやってこない。
だから現在のことがらを、
現在においてよく観察し、
揺らぐことなく動ずることなく、
よく見きわめて実践すべし。
ただ今日なすべきことを熱心になせ。
誰か明日の死あることを知らん。
          ---- 中部経典 『一夜賢者経』








whatever by oasis ♪

by homeopa | 2015-10-27 21:54 | 格言

返した

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昨日の朝の散歩中に、ミノルタの望遠レンズをなくした。

川原の水に近いところに紫式部がきれいな実をつけていたので、
そこまでそろそろと降りていって、
一枝ぽきっともらってから、
土手を上って平らな地面にもどったところで、
「あれ、手に持っていた何かがない」 と気づいた。
まわりを見まわしても、来た道をずっと戻ってみても見つからない。

特に高価なレンズではないし、
性能が抜群というわけでもない。
でも折に触れ小さな感動を共にしてきたなじみの仲間だった。
ああ、切ない。



でも・・・・

   何についても言うな、「なくした」 と。
   「返した」 と言え。
                 ---- エピクテトス



はあい、そうでした。
きっと返却期限が来たのでしょう。

でも、これはもしかしたら別のレンズを買え、いや、借りろ、というお告げなのかもしれない・・・・





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※南米諸国連合のムヒカ大統領の就任スピーチ


  スピーチの全文和訳と、その前の説明文をこちらのブログから転載します。↓
  http://hana.bi/2015/05/mujica-unasur-new-speech/#ixzz3pIInuEvm

(転載はじめ)

ムヒカ大統領のリオ+20会議の衝撃的なスピーチから2年半が経ち、ムヒカ大統領は今年の3月ウルグアイ大統領として任期を終えました。日本や世界各国でこのニュースは大きく取り上げられましたが、その後のムヒカ大統領の活動は南米以外であまり知られていません。

実は去年の12月から彼は国ではなく南米諸国連合(UNASUR)の会長、即ち南米諸国連合の大統領として南米外交で多いに活躍しています。3月まで活躍していました。

追記2015.5.30 ホセ・ムヒカ氏は3月1日にウルグアイ大統領としての任期を終えたら、UNASUR大統領(President Pro Tempore)のポストを後任ウルグアイ大統領のバスケス氏に引き渡しました。ムヒカ前大統領はそのままUNASURの理事として会員国の外交問題(チリ・ボリビア領土問題等)のメディエーターを行っています。

国の枠を超え、南米をひとつの共同体としなければ未来はないと訴えてきたムヒカ氏がこの座につくのはラテンアメリカ出身の誰でもワクワクすることです。

この就任式ではリオ+20会議のときのガランとした会場から打って変わって、南米各国のリーダーがエクアドルのUNASUR本部に集い盛大に行われました。ムヒカ大統領のためだけに集まったかのような大盛り上がりの式典でした。

その就任式の公演がまた心に刺さるものでしたので、時間がかかりましたが日本の皆様に共有したく翻訳いたしました。

先週ムヒカ大統領は80歳になりました。この波乱万丈な人生から溢れる彼の濃い言葉を訳していると心にパンチされるかのような気分です。

個人的な話になりますが、このスピーチが近年失敗ばかりしてきた私にまた踏ん張る力と失敗に恐れない勇気を分けてもらいました。¡Gracias Pepe!

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

国民のみなさま、ここにお集まりの大統領様、仲間の皆様、大使の皆様、多いに感謝いたします。

私はちょっとイカれた一般市民です。

私の唯一の功績は品がなく、頑固で、熱心で、継続的な性格で耐えることができたことです。私は決して偉人ではありません。刑務所に入ってしまった理由はスピードが足りなく捕まってしまったからです。(笑)

ヒーローの資質はありません。しかし、内なる炎のようなものは持っています。社会の階級、社会的な不公平差が我慢なりません。人間は社交的な動物なのだと思います。地球での人間の歴史の90%を家族や家族集団で生活してきました。一人では生きていけず、みんなの助けが必要な変わった猿なのです。そのことがハードディスクにインプットされ、そのハードディスクは社交的なのです。

だから「人間は政治的な動物だ」と断言するアリストテレスは正しいのです。そうなんですよ、猫ではないのです、社会に認められたいのです。

しかし歴史の様々な出来事が、後の1割の人類の歴史の責任者なのです。9割がそうではないのです。美しいものを与えてくれたのです。気づいてみたら私たちは100年前と比べ、40年も寿命が延びました。

結局のところ、世界には飢餓があると知っている、人口も倍あります。食料も倍ありますが生産したものの30%を私たちは捨てています。この残り物を犬にもあげませんし、ましては貧しい人にも与えません。それがこの文明のむき出しのクリアで悪性的な矛盾点なのです。そしてその矛盾に充電し戦い続けているのです。

こんなにものが溢れている現代のような時代はいまだかつてない!

こんなにたくさんの知識もいままで決してない。

世界の1分間に消費される軍事費は2兆米ドルですよ。

私はこの衝撃的な事実を伝え続ける事を私はやめませんよ。

「世界の何百万人もの貧しい人たちに目を向け、人間味のある生活ができ、世界の需要を大きくできるような地球規模のプランのためのお金がない、リソースがない」と言える人は恥知らずです。

世界のもっともお金持ちな人が毎日100万ドルを使ったら、財産を使い果たすのに220年もかかると言っていますが、2%から4%の利率がありますから1日400万ドルのお金も入ってくるので、もっとかかります。

私たちが「世界にお金がたりない」なんて言えるのは、お金を出して解決できる人に要求ができず、その人のポケットに手を突っ込めず、そうさせることができない政治的意気地なしだからなのです。だから私は政治にいるのです!

だから政治の世界で戦うのです。結局のところ、簡単に言うと貧困者のためにベーコンをもう少し太く切らなければならないということです。政治というのは自分には好都合で別の人には不公平な選択肢を決めなければいけないものだからです。マジョリティーにいるか、マイノリティーにいるのか、中立でいられず、どちら側かを選択しなければいけないのが政治です。

みなさん、これの他に別のこともあります。正義より大事なこと。

私たちは生きている世界は涙の谷で、死んだらパラダイスにたどり着くという思想にはめ込まれて育ってきました。天国はいまここなのです!或いは地獄は今なのです!人がより良い暮らしをするには、いま人生のために戦わなければならないのです。中立な立場なんてないのです。ですので、忘れられがちな中立で基礎となる価値観について話すのであれば、意味があります。

私は尊敬されても自分の指なんてしゃぶりませんよ。老人のまま私はここを出て行きます。そんなことより考えなくてはならないのが、ここには沢山の若者がいること。そしてあなたが若ければ次のことを知っとかなければならない。

人生というのは1分1分とあなたから逃げていきます。足りないからといってスーパーで追加で買うことができないのです。ですので人生を活きるために戦ってください。人生に中身をあげてください。他の生物の生き方と人間の生き方の違いというのは、あなたには自分の人生の方向性をある程度決められるというところにあります。あなたが自分の人生の道の創設者になれるのです。

生まれたままに生きる植物と違い、あなたは生まれたあと自分の人生に中身を詰めるか詰めないかを選択できるのです。

マーケットに自分の命を売り、必要でもないものを買いあさり、ローンを支払いながら人生を過ごしていたらあっという間に私のような老人になってしまいますよ。リューマチまみれのね。あなたはこんな世界に生まれたのです。ぶち当たってこそ、世の中に何をしたのかが分かります。

でも、あなたには夢があり、その夢のために戦い、希望を残ったものに伝えようとしたのならば、あなたのその活気が丘の上や広い海に少し残っているのかもしれない。その一瞬の記憶がどんなにすごい記念碑よりも、伝記よりも、賛歌よりも、詩よりも価値あるものなのです。

人類の希望は新しい世代で具現化するのです!

みなさま、命より大切なものはありません。幸せのために戦ってください。そして幸せといのものは人生に内容を詰めるということなのです。道を作り、襲われてはいけないのです。そのためのレシピなんてありません。ここにあります、あなたの良心に。使われるか、それとも奇跡的に生まれたこの機会を使うか。

また戻りますが、若者にもうひとつアドバイスをさせてください。

不可能なことを可能にするには更なる努力が必要です。そして本当に負けてしまうのは腕を下げ自分を渡し、諦めるときのみです。

人生では何千回といろんなことで転びます。愛で転び、仕事で転び、いま考えているその冒険でも転び、実現しようとしている夢でも転びます。でも、それには千と一回立ち上がり、一からやり直す力があなたにはあります。

その道が実は一番大事だからなのです!

ゴールなんてありません。勝利のアークも、私たちを待ち受けている楽園も、戦争で死んだからって待ち受けている側女なんていうのもありません。そこで終わった、それだけなのです。あるのは別のものです。それはどんな状況にいてもこの短い人生をフルに活き、人生を愛し、そのために戦い、人に伝えようとする美しさです。人生はもらうだけではだめなのです。まずは自分の何かをあげることなのです。どんなにボロクソな状態でも、必ず自分よりも悲惨な状態の人に何かを与えられます。

みなさま、私は若かった。1940年代、南米のスイスと呼ばれる国で勉強をしました。英国帝国にとって私たちは特権を持ったやっかい者でアルゼンチンのみなさんと同じくとてもうまく行き、世界の権力ある国々の間にいても誇り高くいられました。ラ・プラータ川は南米の中でも特殊な場所でした。

ヨーロッパ人のようにも見られ、一時期自分たちもそう思ってしまうほどでした。しかしそれは妄想に過ぎませんでした。戦争の後に世界は変わり自体は変わりました。IMFに借金をしはじめてしまったのです。それが私の青春時代でした。とても美しく高いところから世界を見ていた現実が崩れ落ちました。高いところから落ちるのが一番痛いのです。もともと下にいるのに慣れている人は断念できるのですが、上に行ってしまったら落ちるのは痛い。

ですので私はそういった上から落ち、顎を打ってしまった人たちで世界を変えようとしたムーブメントに参加していましたがフクロ叩きにされました。

夢を宥め、無産階級の独裁政権が階級の戦いの大事な解決になると思っていました。各世代でのそういった過ちをしてしまいます。しかしその昔の内なる火がとても強かったからこそ今に至るのです。自分たちの犯した過ちを受け入れながら命という恵みと寛大さにも気づきます。そして世界が物とお金と資源で溢れている中、人に車を貸すことも惜しみ、貧乏人に手を差し伸べず、野良犬にご飯も家も上げないような、こんなにもセコイ世界は他にあるのでしょうか。神様に謝りたい。心を開き、間違ってでも人に世界に自分のすべてを捧げる青年達が恋しい。

若者たちよ、私はあなたたちに伝えたいのは昔の葛藤や昔の過ちの愚痴ではありません。人生はずっと続く学びの場で、間違った道やお互いの足を踏んでしまう道です。

しかし私たちを押した昔の要因がいまの時代にも存在し、資源と可能性に満ちた地球にいままでにない富の集中、いままでにない貧富の差が見られます。人間は無限に良くなっていく社会を作れるのだと信じています。歴史の深くに閉ざされた古来の社会を勇気を持って見てみてください。

石器時代の人になれとは言っているのではなく、人間社会を守る為の寛大な精神から学んでほしいのです。幸せになるための根本的なこと一番シンプルなところを理解し実行するには他の人の命が必要なのです。個人は無です。

個人は社会依存していて、その社会の歩みこそが私たちの生活を永続的に豊かにしていくのです。ですのでこの共同の動機をいまのこの歴史に立たせなくてはならないのです。このラテンアメリカではこの動きに名前が付いています。お互いが寄り添って、統合し、多様性を尊重する文化を活気付けるムーブメントです。それをしながら私たちの隠された深い歴史も見せていかなければなりません。

これはしなければいけないことだし、政治的要求と次世代の若者の真剣な関わりが、幸せに暮らしたければできることです。そのような、人生をかけられる活きたアイディアを提起してください。マーケットの奴隷になんて絶対にならないでください。

これからの世界は私たち次第です。そして我々ラテンアメリカ人はこの現実に遅れてそして後ろからスタートしたからこそ、文明の最高の一面を見せなければなりません。平和な南米大陸、公平な南米大陸、団結する南米大陸、生めれて死んでいくのが美しい南米大陸、公平さにイエスという南米大陸、憎しみのない南米大陸、復讐を望まない南米大陸、命の泉であるこの地球という惑星の創造性を守り人間という動物を尊重する南米大陸でなければなりません。

あなたの存在にコンテンツを与えてください。このことを意識的にしないと、その内容はまた新しいゴミを買うための月末の支払い金に変化してしまい、その悪循環にはまり、あなたの人生の最後の日まで続き、気づけば骨ひとつ上がらず記憶と生命力と共にサヨウナラです。

コレアさん(コレア大統領)違います。若いのは一度きりですがそれは外観です。若さだけでなく、鏡を見て現実に責任をもつ不遜さ、それは若くても、年取ってても、中年でもできることです。世界を男、女、黒、黄色に分けてはいけません。いいえ!2つのカテゴリーに分けます: やり通す人とそうでない人です。やり通すというのは大義を抱きしめることです。

ですので私は出口の時間に近づいているとわかっています。どのようなときに死のうともうやることはやったのです。私はまだ死後の世界も神も信じることができていませんが、すべての宗教を尊敬します。なぜ様々な宗教を尊敬するか?病院で死に際にいたる人たちに良質な死ぬプロセスを与える偉大なサービスを与えるからです。その宗教を信じなくてもバカにすることはできません。尊敬しています。

宗教の正当性について考えさせられます。どの時代でもどの世代でもすべての歴史のなかにもそして世界の隅々で人間はいつも何かを信じています。

人類ほど非現実的なものはありません。だからこそ死後の世界をも創造することができるのです。人類が好きですし感嘆しています。宗教を尊敬しています。私もいつかは土に還るか、みなさまの頭の上に飛ぶハトになっているといいですね。

エクアドルよありがとう!みなさまお元気で
                      -- ペペ・ムヒカ

(転載おわり)





※都市農業を進める中米キューバ

※食料には困らず飢えのない有機農業先進国キューバ 

※ベネズエラの無償音楽教育プロジェクト「エル・システマ」 --- 70パーセントが低所得者層の子どもたち

※コスタリカですべての「動物園閉鎖」
  すばらしい!
  わたしは動物園にいくと暗い気持ちになる。
  もし自分が檻の中で一生を過ごさなければならなくなったらどんな気持ちだろうと思って。
  都会のマンションで飼われるペットを見ても、やっぱり同じことを考える。
  




中米や南米は、特別な場所なのかな。
一方で、日本政府は先日こんな発表をした。↓

※子どもの貧困対策 寄付金募り教育支援拡充を
  これ、寄付金でやることか?
  しかるべき政策を考えて国家予算を使ってやることでしょ。
  オスプレーを買う予算があるなら、こっちに使え!
  大企業からちゃんと税金とれ!



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  情けなさすぎる。







きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-10-23 09:16 | 格言

saul leiter

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人が深刻に考えることの中には、
そんなに重要でないことが多い。



人生で大事なことは、何を手に入れるかじゃなく、
何を捨てるかということだ。
                  
                     ---- ソール・ライター





次に観たい映画は、上のソール・ライターさんについてのおはなし。





       ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



※ヨーロッパの難民クライシス

※そこが聞きたい:シリア難民問題 長有紀枝氏

※ドイツにやって来たシリア難民が「何でも聞いて」と質問を受け付け

※プーチンの記者会見:ISISとアメリカの正体を暴く
 中東のことはもともとよく知らなかったけど、
 知れば知るほどわけがわからなくなる。
 唯一わかるのは、いま戦争に関わる人たちが、主にお金のために動いていること。



※翁長知事 辺野古埋め立て承認取り消し記者会見全文
 立派な知事さんだな。
 話も明快で筋が通っている。
 きっと政府や右翼っぽい人たちからすごい圧力がかかっているんだろうに。

※知事、ついに埋立承認を取消し! カヌー隊と船団、一斉にフロートを超え、突入---海保は規制できず

※米バークレー市議会が辺野古反対決議
 どこの国もそうだけど、ひとつの国にも様々な人たちがいる。







きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-10-16 10:41 | 格言

death is

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死とは、自分でないものを脱ぎ捨てることです。
人生の秘訣は、「死ぬ前に死ぬこと」、そして死がないことを知ることです。
                             ---- エックハルト・トール






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昨日の 「強行採決」 の様子がIWJのメルマガにまとめられていたので転載。
(以下引用)

■「だまし討ち」「肉団子」なんでもアリで強行採決ごっこを演出した自民党と、それに加担するNHK

 一昨日の夜は徹夜でSEALDsによる雨中の国会前の抗議行動が続き、IWJも雨の中、朝まで完全中継を続けました。そして騒然たる夜が明けた昨日の朝、8時50分、自民党がギミックを仕掛けてきました。

 なんと、理事会を看板を掛け替えて委員会室で開くという離れ業を行い、そのまま委員会も開催しようとしたのです。鴻池委員長に、野党が詰め寄り、悶着が続き、休憩に。その後も悶着と休憩が繰り返され、最終的に委員会が開催されたのは13時。議題は、鴻池委員長の不信任動議について、でした。

 不信任動議を提出者である民主党・福山哲郎議員が47分の趣旨説明を行ったのを皮切りに、維新を除く野党議員たちが30分以上の討論、いわゆる「牛タン演説(フィリバスター)」を繰り出し、最後に山本太郎議員が47分間の討論を行った後、動議は反対多数で否決されました。

 そして、鴻池委員長が委員長席に戻ってきた直後、「事件」は起こりました。

 いきなり委員以外の体格の良い自民党議員たちが鴻池委員長をさーっと取り囲み、「人間かまくら」を形成。強行採決に踏み切ろうとしたのです。またしても自民党のギミック。「異変」に気づいた野党議員が委員長席に殺到し、場内は大混乱に。

その場にいた議員も、それを中継していたNHKも、誰の耳にも、鴻池委員長の声は聞こえていなかったはずです。まさに肉団子状態が続いたあと、佐藤正久議員が何やら拍手。何が何やら分からない状態のところ、NHKはテロップで「採決され可決」と速報を打ちました。なぜ、NHKが採決は成立したと判断できるのか、理解できません。

 議事録にすら、何が起きたかが記されていないほどもみくちゃの混乱で、怒号に包まれていただけ。あれで採決が成立したとは到底いえないでしょう。そもそも、「人間かまくら」を作っていた自民党議員すら、鴻池委員長の言葉が聞こえていたがどうか。

 また、本来、議題の設定は一旦理事会で整理してから、仕切り直して総括審議が始まるはずでした。その総括審議をすっ飛ばして不意打ちで、採決の成立を一方的に宣言しただけ。これはとてもではないが、採決とは呼べません。強行採決ですらない、と言ってもいいでしょう。

 この強行採決ですらない「暴力的な何か」が起こった直後、NHKのインタビューに応えた民主党の福山哲郎議員は、開口一番「可決はされていません」と断言。

 「委員長が何を言ったのかも、いつ採決になったのかもわからない。あんなものが採決と認められれば、この国の民主主義は死にます」と強い口調で非難しました。野党は、採決無効を訴え、仕切り直しの審議を求めていきます。

 誰がどう考えても、あの場面で採決が成立したとは思えず、与党と、NHKのような偏向メディアだけが有効であると主張しているに過ぎません。まともなメディアならば、「採決が行われたと与党は主張、野党は無効を求めている」と中立的に報じるべきでしょう。安倍政権とメディアの「強行採決」の既成事実化は大問題です。

 安保法制の審議は、その始めから今まで、終始一貫して「強行」されてきました。そこには国民の声や国会という場を尊重するという姿勢は、微塵もなかったように思います。

 自民党の、こうした立憲民主主義の否定ともいうべき路線の先には、何度でも言いますが、彼らの悲願である、「自民党改憲草案の実現」がセットされています。今回の彼らの暴挙を見て、彼ら自民党が、改憲草案にあるような国民のあらゆる自由・人権の規制を大真面目に考えていることが分かると思います。

 あらためて、この改憲草案を紐解き、分析した書籍『前夜』をご覧ください!今回、彼らが見せた民主主義の否定。以前であれば、まさか、そんな大げさなと、リアリティを持てなかったことが、今ならばリアリティをもって実感できると思います。

(引用おわり)



※違憲訴訟、年内にも=原告1万人目指す―安保法制、法廷闘争へ

※安全保障関連法 合憲性巡り裁判へ

※「テロの標的になる可能性高まる」 NGOに広がる懸念 中村哲氏

※ロンドンで世界最大の武器展、日本の政府・企業が武器輸出PR


※安保法制可決「悲壮感ない」「これからが始まり」



※ 「あしたのための声明書」 ー 自由と平和のための京大有志の会

わたしたちは、忘れない。
人びとの声に耳をふさぎ、まともに答弁もせず法案を通した首相の厚顔を。
戦争に行きたくないと叫ぶ若者を「利己的」と罵った議員の無恥を。
強行採決も連休を過ぎれば忘れると言い放った官房長官の傲慢を。

わたしたちは、忘れない。
マスコミを懲らしめる、と恫喝した議員の思い上がりを。
権力に媚び、おもねるだけの報道人と言論人の醜さを。
居眠りに耽る議員たちの弛緩を。

わたしたちは、忘れない。
声を上げた若者たちの美しさを。
街頭に立ったお年寄りたちの威厳を。
内部からの告発に踏み切った人びとの勇気を。

わたしたちは、忘れない。
戦争の体験者が学生のデモに加わっていた姿を。
路上で、職場で、田んぼで、プラカードを掲げた人びとの決意を。
聞き届けられない声を、それでも上げつづけてきた人びとの苦しく切ない歴史を。

きょうは、はじまりの日。
憲法を貶めた法律を葬り去る作業のはじまり。
賛成票を投じたツケを議員たちが苦々しく噛みしめる日々のはじまり。
人の生命を軽んじ、人の尊厳を踏みにじる独裁政治の終わりのはじまり。
自由と平和への願いをさらに深く、さらに広く共有するための、あらゆる試みのはじまり。

わたしたちは、忘れない、あきらめない、屈しない。

2015年9月19日
by homeopa | 2015-09-18 21:59 | 格言

野口晴哉さんのことば--- 自分のための覚え書き

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「野口晴哉さんの書いてることはほぼすべて納得できる」
と友だちのマツモリさんが言っていた。

わたしも何冊か著書を読んでずいぶん感心したことがあったけれど、
マツモリさんが言うのを聞いて、もっと読んでみたくなって図書館で1冊借りてきた。
もっと借りたかったけど、全部ほかの人に借りられていた。
読みたい人はたくさんいるんだな。
でも高価な本が多くて気軽に買えないんだろう。
少しずつ買って読もうと思う。 http://www.zensei.co.jp/books/store



(以下引用)

声を出して読むことと、毛筆で書くことと、算盤だけはぜひ残しておきたいものである。



  頭のよく働かない人は、いのちのことについても知るということが第一で、知らないでは何もできないと信じているが、いのちのことは、知らないということで営まれていることに気づかない。
  知ることがなくても、腹が空けば食べたくなる。尿も便も、出したくならないうちは、いくら気張っても出ない。これが子供をつくるとなると、なお難しい。
  知るということを積み重ねて月にロケットを送るようになったが、その知識をもってしても、いのちをつくることはできない。
  然るに、知らないままにいのちを丸ごとつくり出していることを目の前に見ながら、いのちを知るということで自由にできるつもりになっているのは可笑しなことである。
  いのちは知るということを捨てると活きるものなのである。



生には死あり。死ぬことによって生きているといえる。生死は別ではない。
我が裡に常時うごめく死を見つめて生きる人は、生を活かす。
死を見ぬ人は生を歪める。



人間は生きている以上いつかは死ぬものである。
老いということは体の中に生くるはたらきより死の要素が多くなってきたことを示すものである。
然らば体そのものの中に、死に至る変化を現していても当然である。
その死に至る変化をかかえて生きるのが人間の生きているということではないだろうか。
然らば癌ができかけていても、脳溢血になりかけていても、当然の状況といえるのではないだろうか。
それを早く発見して除こうとする努力は判るが、それにおびえ、それを除こうとすることによって、反って死に至るを早めるということはないだろうか。
早期発見によって良くなるものと悪くなるものと、果たしてどちらが多いだろう。
いろいろの異常をかかえたまま生きていることの方が自然といえるのではないだろうか。
活潑に生きんとする者は異常をかかえてそのまま元気に生くる道を開拓すべきである。



今、生きているということは、死につつあるということと同じである。
人間は誰も、死ぬといって間違いない。昔から死ななかった人はいない。
それ故、十年生きたということは、十年死んだということになる。
しかし死を見つめて生きた者と、死を見ないように生きてきた者とは、人生に対する態度が違う。
人の死ぬことを知って生きる者は、いつも人生に誠実である。
人はいつか死ぬことを覚悟して生きる者は、養生の人である。



日に三度、楽しき空想に浸ること。



人生の始めにまず好奇心がある。
生の活潑な時はすべての事物へ、又その動きに、好奇心が働く。
生が萎縮すると好奇心は失せる。
好奇心こそ独創の出発点。
子供の好奇心を奪うまい。
独創への道を閉ざさぬことは大人の嗜みといえる。
好奇心は新鮮な生へ人を導く。



  人間の体は絶えずどこかが毀れている。そしてそれを絶えずどこかで治している。壊したり治したりしながら生きているのである。だから、治っているから健康であるとか、毀れているから病気であるとかの区別はつけられない。
  すり傷はヒリヒリ痛む。しかし強い打撲は痛みを感じないで、後になって大きな変化の基となる。癌にしても、肝硬変にしても、脳溢血にしても、皆その間際まで自覚症状がないが、それを、倒れる前まで健康だったといえるだろうか。
  私は多くの人々に活元運動を奨めてきたが、その目的は整体にすることであって、病気が治ったり、病気にならなくなったりすることではない。異常を敏感に感じて素早く対応できる体にすることであり、弾力ある体の状態を保とうとするはたらきを活潑にすることを言うのである。
  「健康とは病気にならないこと」 という観念から脱却すべきだ。



  癌になってからでは治療不能だ。前癌状態が起こってからでも危険だ。兆候が起こらないうちでも遅い。これでは一億癌ノイローゼになるのは当然であろう。癌らしいと診られたために自殺した人は少なくない。・・・・・・・
  特別な自殺行為をとらなくとも、精神的自殺をとげている人は無数だ。癌と死と自分を結びつけて悩みつづけ、心理的に死に至る者、癌ではないかとふと感じて、そのショックで体をいためる者、癌との診断を受けた途端、そのまま動けなくなり、気力をそがれれしまった者等々、考えると、今日に於ける癌恐怖は、理性の問題というより信仰現象に似ている。
  理性で考えれば、自分の体の持つ力を如何に働かせるか、癌を持ったまま如何に生きつづけるか、ということは、顔にしわがよっても生きんとし、白髪が生えても活潑に動こうとすることと大した違いはない筈である。
  死の要素を抱いて生きていることは、全人類のすべての人の為していることである。
  落ち着いて、いのちのある限り、元気一パイに生くることを考えたいものである。

                                            ---- 野口晴哉著 『風声明語』


(引用おわり)
by homeopa | 2015-08-26 09:13 | 格言

let's think about it tomorrow

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明日考えましょう。
---- 映画 『風邪と共に去りぬ』 のなかでにっちもさっちも行かなくなったスカーレット・オハラが言うせりふ







今日はともかく生きて、
考えるのは明日。
でも明日はまた今日になるから、
考えるのはまたその明日。


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またピンボケだ~~








※マンモグラフィー検診には廃止勧告も、スイス医療委員会「有益な効果認めず」
  痛そうだしね。

※スポーツドリンクによる脱水症状に注意!?
  そうか、細胞内が脱水状態になるのね。

※急増中!遺骨を「ゆうパック」でお寺に配送 「ゼロ葬」時代はここまで来た
  わたしの骨は野山や海に捨ててもらいたいけど、
  残った人たちが望むならこれもありかな。

※砂糖不使用。デーツで炊く簡単手作りあんこ
  やってみよっと。
  ときどき無性にあんこが食べたくなるの。








きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-07-07 10:02 | 格言