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カテゴリ:人間( 95 )

もうひとりのわたし

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(以下引用)

心理療法家というのは、病める人と会う職業である。
私はこれまでずいぶんと多くの人にお会いしてきたが、
そのなかで「もう一人の私」ということに感心をもっている。

私は私のことなどよく知っていると思っているが、
じつのところ自分のまったく知らない「もう一人の私」が自分のなかにいて、
それが知らぬ間にいろいろな行動をする。
あるいはいろいろな活動の可能性を秘めている。

この「もう一人の私」が私とまったく入れ代わって行動したりすれば、
ジキルとハイドのような「二重人格」になってしまう。
あるいは、「もう一人の私」を見る、あるいは、それに会う、
などという衝撃的な体験をする人があり、それは「二重身」(ドッペルゲンガー)と呼ばれている。
ゲーテや詩人のミュッセ、芥川龍之介などもそのような体験をしたと言われている。

以上のようにあまり病的になっては困るが、
自分のなかの「もう一人の自分」の存在に気づき、それと協力しあうことによって、
以前よりは次元の異なる能力をもって生きる、ということは考えられる。
したがって、心理療法というのは、
病める人が自分のなかの「もう一人の私」をうまく見つけだし、
その力を借りて、治る道を見いだしていくのを援助することだ、とも言えるだろう。
「もう一人の私の発見」という仕事をされるのを、
心理療法家は傍らにいて助けているのである。

「もう一人の私」を見つける手がかりのひとつに「夢」ということがある。
夢のなかではわれわれは覚醒時とまったく異なる行動をしている。
空を飛ぶことさえできることがある。
そんなわけで、心理療法において、
私は夢を記憶していただき、それを取りあげて話題にすることが多い。
そのようなことをしていると、希ではあるが、
夢の中で二重身現象を体験する人が(それほど病的でない人も)あることがわかってきた。

一九七六年ごろ、それらをまとめて「夢の中の二重身」(『影の中の現象学』講談社学術文庫)として
発表しようとしていた。
そんなとき私は次のような夢を見た。
当時の記録をそのまま示す。

夢 ---- 病室の廊下のようなところを歩いていく。
すると、診療を待っているような感じで、ケシ色のセーターを着た僕が座っているのをはっきりと見た。
通り過ぎてから、これはドッペルゲンガーの夢ではないかという驚きの感情が起こり、目が覚める。
目覚めながら、歩いているほうの僕は紺色のセーターを着ているなと思っている。----

細かい点は省略して、いちばん大切なことは、
「もう一人の自分」が患者となって待合室にいる、という事実である。
つまり、自分は「治療者」だと思っているが、
自分は半身は「患者であること」、病んでいることをこの夢は告げている。

治療者の私が「もう一人の私」としての病者を明確に自覚すると、
病者の心のなかの「もう一人の私」としての治療者がはたらきはじめるようである。
つまり、その人は自らのなかの「治療者」の力によって治っていくのである。

ひょっとしたらそれは私の「病める部分」を治してくれているかもしれない。
私が自分のなかの病める自分に会い、その存在を自覚したことは、
その後の私の心理療法の強い支えとなったと思っている。
私はこのようにして、自分のなかの「もう一人の私」との出会いを大切にしてきているのである。

                         ---- 河合隼雄著『対話する生と死』から

(引用ここまで)




あえて書く必要はないかもしれないけれど、念のため。
上の緑の字の「病者」と「その人」は、
河合氏が心理療法家として担当している患者さんのこと。

治療者のなかに病者がいて、病者のなかに治療者がいる。
治療者が自分のなかの病者を自覚すると、病者(患者)は自分のなかの治療者を自覚する。
そして患者は自分のなかの治療者によって自ら治っていく。

おもしろい。

じつはわたしも、ここまで明確ではないけれど、
ガンになってから、相談会の場でこれと似たような感覚を覚えることが多くなった。

ガンになってから、自分のなかをのぞき込むことが頻繁になって、
そこに思わぬ自分を見いだすことがある。
するとその思わぬ自分が、
それまで考えられなかったような可能性を示してくれたりする。
それは新鮮で、自分を解放してくれる体験だ。
もちろん、自分のなかの病者も、ひとりどころが何人も発見した。

そうなってみると、
相談会でクライアントさんと相対するときの気持ちが微妙に変わっているのに気づいた。

ホメオパス対相談者ではない感じ。
もっとふつうになったというか。
人と人がふつうにお互いさまで話している感じというか。

そしておもしろいことに、クライアントさんなかの治癒力を(治療者を)、
以前よりもっと信頼できるようになった。
クライアントさんが以前よりもたくましく見えてきた。




人間は健康だから治癒力があるのではない。
病気になる力と、治る力は、セットで存在するのだ。

河合隼雄さんの本には共感する部分が多いけれど、
いちばんいいなと思うのは、
彼が患者さんは自分の力で治っていくのだということを心底信じていること。
精神科医や心理カウンセラーでそういう考えをベースに持っている人は、
あまりいないんじゃないかと思うけれど、どうなんだろう?
少なくとも精神の病に関して、
そういうことを書いている書物には今までほとんど出会った記憶がない。






※日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見からのお知らせ。
 6月18日(土)~7月17日(日)、センター業務をお休みさせていただきます。
 以前にお知らせした休業期間より少し早くなりました。
 営業日は水・木・金・土なので、相談会は7月20(水)から再開します。
 メールでのご連絡などは、7月18日(月)から対応できます。

 お休みの間、好転反応などでお困りになった方は、
 日本ホメオパシーセンター世田谷梅ヶ丘のまつもりくにこホメオパスに、
 応急相談としてご相談ください。

 ご不便をおかけして申し訳ありませんが、
 業務再開の際には、はずむゴムまりのようになって、
 新しい境地でお仕事に取り組ませていただくつもりです。
 どうぞ楽しみにしていてください。
 よろしくお願いいたします。










by homeopa | 2016-06-10 09:01 | 人間

親の背中

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子は親の背中を見て育つというけど、
ほんとだな、と、最近つくづく思った。

父は写真を撮るのが好きで、何か家族の行事のようなことがあれば必ず写真を撮っていた。
大工仕事も好きで、ほぼ毎日、家のどこかをトンカチやっていた。

母は縫い物や編み物が好きで、ほぼ毎日、何かを縫ったり編んだりしていた。
花を飾るのも好きだった。
お医者さんがきらいで、自分は歯医者以外はほとんど行かなかった。
それでもわたしが毎年2回ぐらい扁桃腺を腫らして高熱を出すと医者に連れていき、薬を飲ませ、
熱が下がると、ため息をつきながらつぶやいた。
「薬で下がってるだけなのよね」

わたしが写真を撮りはじめたり、自分で家をつくろうなんて考えはじめたのは、
たぶん父の背中を見ていたからだ。

わたしが子どものころ人形の服をつくったり、
ガンになってから癒しの手段として裁縫に目が向いたのは、
たぶん母の背中を見ていたからだ。
散歩に行くたびに野の花を摘んできたり、
薬で病気は治らないらしいと思うようになったのも、
たぶん母の背中を見ていたからだ。

ただ、これはすべて背中のこと。
父も母も、子どもたちに見られている背中のことはあまり意識していなかったと思う。

でも子どもたちに見せる顔は意識していただろう。
父の顔はよく言っていた。
ちゃんと勉強して、いい大学に入って、いいだんなさんを見つけて結婚しなさい。

母の顔はよく言っていた。
そんなことしなくていいの。危ないことはやめなさい。余計なことはせずに、慎重に安全に生きなさい。


でも子どもは親の顔に反発し、背中のほうに影響された。


自分が親になった今、これはちょっと恐ろしいことだ。
親には自分の背中が見えない。
ガガはわたしのどんな背中を見て育ったのだろう?








※もう防虫剤は使わない!
  へえ~、イチョウの葉がねえ。

※山の上で書店開業
  わたしも・・・?

※マイナンバーの個人カード 申請者はわずか14パーセント

※マイナンバー朗報!最善の対策は何もしないこと

※続・神社の政治的活動
by homeopa | 2016-01-12 21:10 | 人間

haha

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母が死んだ。
1月21日で90歳になるはずだった。
昨日会いにいったときに呼吸がだいぶ苦しそうで、
冷たい手足をいくらマッサージしても温かくならなかったので、
そろそろかなと思っていたら、
今日の午後、息絶えた。
姉と妹によれば、呼吸がだんだん弱くなっていつの間にか止まっていたという穏やかな死だったそうだ。
よかった、よかった。

それにしてもよく生きたもんだ。
施設に入ってから3回ぐらい、今度こそだめだろうと思われる危機があったが、
そのたびに 「な~んちゃって!」 という感じで復活し、
さらに今回、11月初めに気管支炎になって入院したあと、
飲まず食わずになってからも、
生理食塩水の点滴を受けながら今日まで2ヶ月近く生きのびた。

若いころは肺結核になったし、
母親になってからも、あまり体力が無くて、いつもなんとなく疲れ気味だった。
だから虚弱という印象があったのだけど、
あの虚弱ぶりも 「な~んちゃって!」 だったんだろうか?

頭がしっかりしていたころの母はとてもきちょうめんで、
家の中はいつもちりひとつなく、
家計簿は毎日きちんと記録され、
玄関にはたいてい得意の生け花か飾ってあった。
心配症で神経質で、
子どもたちが事故や病気や不幸にあわないようにと、あれこれいちいち制限した。

ところが呆けて何もできなくなってからは、
こんな笑顔をどこに隠していたのかと思うような笑顔でみんなを魅了した。
あの気むずかしかった母が、施設のスタッフの人たちに 「キクエさん、キクエさん」 と親しまれ、
ツボにはまると、ほんとに無邪気な顔で笑うのだ。
わたしもあの笑顔にどれほど癒されたことか。
何もできなくなってからの母は、
何でもできたころの母より、周りの人たちを幸せにした。

呆ける前の、あの神経質できちょうめんでしっかり者の母も、
「な~んちゃって!」 だったのかもしれない。

その母が、いつごろからか眉間にしわを寄せたり、
う~う~、あ~あ~と声を上げるようになった。
もう自分で箸を使えなくなって、飲み込む力も衰えてきて、
マッシュした柔らかい食べ物をスプーンで食べさせてもらうようになってからではないかな。
「おなか空いた?」 ときいても、
「いや」 と答えることがよくあった。
あのころから、もうあまり食べたくなくなっていたんじゃないかな。
それを無理に食べさせられてうんざりしていたのかもしれない。

今回の入院のあいだ、
口から食べ物をとらずに点滴だけで過ごしていたら嚥下能力がなくなり、
施設に戻ってからも、無理に何かを食べさせられることがなくなった。
そしたら眉間のしわが減り、苦しそうな声を上げることも減った。

死に顔にも眉間のしわがなかった。
つるんとして、ほんとに仏さまみたいだった。
でも両手で頬を包んだら、すごく冷たかった。
ずっと温めていたらぱっと目をあけて、「な~んちゃって!」 とか言わないかな、と思った。
ここ数ヶ月会いに行くたびにやっていたように、思わず足をさすった。
ずっとさすっていたら、むくっと起きあがって、「な~んちゃって!」 とか言わないかなと思った。

何はともあれ、お母さん、お疲れさまでした。
そしてありがとう。
今度はどんな姿で生まれてくるのかな?
どんな姿で、だれになって生まれてきても、
その笑顔と 「な~んちゃって」 精神はもってきてね。


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(関連記事 → useless







hikokigumo by jun shibata ♪
by homeopa | 2015-12-29 23:48 | 人間

太郎さん

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(IWJのメルマガより 昨日の参院本会議での強行採決の様子・・・太郎さん、立派!)

 おはようございます!IWJで記者をしている佐々木隼也と申します!

 昨日9月19日未明(18日深夜)2時、安保法制が参議院本会議で可決され、成立しました。国会内では野党議員が連日、法案成立阻止のために徹夜で奮闘し、国会の外では多くの国民が、こちらも連日ほぼ徹夜で、「野党は頑張れ!」とエールを送りました。

 深夜の成立後、国会前はさぞかし「お通夜モード」になっているだろうと、法案賛成の方々は思ったことでしょう。IWJはその抗議の模様をずっと中継していましたが、成立後も、彼らは意気消沈するどころか、「次の試合に勝つしかない」「選挙に行こう!」と呼びかけ合い、終始明るいムードで抗議を続けました。

 深夜3時過ぎ頃、その国会前に姿を現したのは、計5回にわたり、「一人牛歩」を敢行した山本太郎議員。与党議員からひどい野次を飛ばされながら、一人で、しかも5回も牛歩をするというのは、それこそ筆舌に尽くしがたい圧迫感とプレッシャーに見舞われていただろうと思います。

 そんな山本議員、本会議で安保法制の採決の際、牛歩の最後の場面、壇上において、これまでにないほどの猛烈な野次の嵐のなか、与党議員に向かって叫びました。

 「アメリカと経団連にコントロールされた政治をやめろ! 組織票が欲しいか! ポジションがほしいか! 誰の為の政治をやってる! 外の声が聞こえないか! その声が聞こえないんだったら、政治家なんて辞めた方がいいだろう! 違憲立法してまで、自分が議員でいたいか!」

 この魂の訴え。与党議員の心に響いたでしょうか?
おそらくほとんど響いていないでしょうね。しかし、それをテレビやネットの生中継で観ていた国民の心には響いたのではないでしょうか。

 で、国会前に現れた山本議員、SEALDsメンバーの誰よりも明るい様子で、「なぜ法案通ったのにこんなに明るいかって、それは、もうあとは変えて行くしかないからなんです!」と。ここまでポジティブな政治家、見たことありません。

 この模様は、IWJでもハイライト動画で抜き出しているので、ぜひ、観てみてください!

【ハイライト動画:「選挙に行こうよ!」山本太郎議員・奥田愛基さんスピーチ! 9.18安保法制成立後の国会前で】
https://www.youtube.com/watch?v=zLN23wkJ2U4
※山本議員のスピーチは開始5分から

(引用 おわり)






ハナレグミ&忌野清志郎 サヨナラCOLOR ♪







きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-09-20 21:32 | 人間

9条を抱きしめて



日本国憲法第9条を読んだとき、自分の目を疑いました。
あまりに力強く、あまりに素晴らしかったからです。

日本国憲法第9条は、
いかなる核兵器よりも強力であり、
いかなる国のいかなる軍隊よりも強力なのです。

日本各地で多くの学校を訪れますが、
子どもたちの顔にとても素晴らしく美しくかけがえのないものが、私には見えます。
子どもたちの表情から、戦争を知らないことがわかるのです。
それこそ第9条の持つ力です。

ご存じのように多くの政治家が、
憲法から第9条を消し去ろうと躍起になっています。
断じてそれを許してはなりません。
みなさんとみなさんの子どもたちは、これまで第9条に守られてきました。
今度はみなさんが第9条を守るために立ちあがり声を上げなければなりません。

第9条は日本人にのみ大切なものではありません。
地球に住むすべての人間にとって大切なものなのです。

                              ---- 故アレン ・ネルソン氏









安保法制に反対して立ちあがった若者たちのグループ SEALDs がつくった動画。
とてもわかりやすい。

これが今日、衆院本会議で強行採決で可決されたわけだ。

   (昨日の委員会での強行採決の様子)

一時的に支持率は落ちるかもしれないが、国民はすぐに忘れるだろう、
というようなことを自民党のえらい人が言っている。
ナメられたもんだ。
でもそういえば、特別秘密保護法のときの悔しさも、もうみんな忘れているように見える。
来年の参院選まで、今の危機感を持続できるかどうか。



※上の動画、YouTubeポリシーに違反するとかで消されてしまった。
  詐欺的でも搾取的でもなく、安保法制をとてもわかりやすく説明しているだけの動画なのに。
  どっかからの圧力かな?
  こちらで試してみて。 → これも消された。

  これはどうかな?









きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-07-16 22:53 | 人間

わからないけど面白い

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ピンボケだ~~。






それはそうと、先日ヒマだったので、
親に感謝したいことを箇条書きにしてみた。
こんなことをすること自体、いつも親に感謝していないことの証拠だ。
書いてみたら意外にたくさんあって驚いた。
というのもまた、親にとっては失礼なはなし。

書きだしていく過程で、こんなことも思った。

「あんたはわけがわからないけど面白い子だね」
と両親に思ってもらいたかったな。
そうだったらどんなに気が楽だっただろう。

現実には、両親はわたしのことをこんなふうに思っていたと思う (妄想かもしれないが);
(1) やるべきことは言われなくても自分でやる、手のかからないしっかりした子 (安心と容認)
(2) 無口で、ときどき常識はずれなことを言ったりやったりする、よくわからない子 (不可解と心配)

子どものころは(1) の期待に応えようとがんばった。
大学に入ったころから(2) の要素がすこーしずつ勢いを増してきた。
その勢いで、家を出ちゃったりもした。

そんなわたしの変化に、両親はずいぶんとまどっただろう。
わたしはわたしで、成人してからもずっと(1)と(2)のあいだで揺れていた。
楽しく旅行なんかしているときも、
(1) をないがしろにしているような罪悪感があった。
楽しければ楽しいほど、罪悪感を覚えた。
わたしにとって楽しいときというのは、
たいてい両親の常識からはずれるようなことをしているときだったからだ。
(ホメオパシーの勉強とかも)

子どもに何かを期待したり望んだりしない親はあまりいないだろう。
意識していてもいなくても、何かを望んでいる。
子どもも親の望んでいることを無意識に感じとって、それに応えようとする。
でもだいたい子どもの個性は親の期待からはずれるものだ。

その個性をはぐくむのは、親ではない。
だって親は別のことを望んでいるんだから。
それが親子。
この数年、だんだんそう思うようになった。

そして昨日、罪悪感はもう要らないな、と思った。
親のひとりは死んじゃったし、
もうひとりは呆けちゃってるし。
安心させなければならない相手はもういない。
いや、まだ子どもがいるか・・・

でもその子もすでに成人した。
多少親が変人でも、それに関係なく自分で生きていけるだろう。

「あんたはわけがわからないけど面白いよ」
という笑いをふくんだまなざしで、
これからは自分を見てあげよう。



そして、そうだ、呆けちゃった母親の前で、
箇条書きにした感謝リストを音読しよう。
言葉を必要としない古い脳の部分で何か感じてくれるかもしれない。
なんだかわからないけど面白いこと言うね、
と思ってくれるかもしれない。

と、ここまで書いて気づいた。
子どもも親には何がしか望んだりするものなんだ。
「あんたはわけがわからないけど面白い子だね」 と思ってほしいとか。
たとえそれが親の個性では無理なことでも。














大人になるって、大変なことなんだな。






※ 澤地久枝のよびかけ アベ政治を許さない!!

※あきれた百田 暴言連発

※安倍政権、オスプレイ17機セットを総額3600億円で購入へ!

※東京五輪大ピンチ! 新国立競技場は「ドロドロ利権まみれ」だった!

※青梅の梅林 ウィルス対策でネオニコ散布







きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-07-02 22:10 | 人間

Help me, please!

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ちょっといい記事を読んだのでおすそわけ。
以前にもリンクを貼った 「いばや通信」 さんの記事。
http://ibaya.hatenablog.com/entry/2015/06/25/095930

わたしも、人に助けを求めるとか、人に迷惑をかけるとかいうことを、ためらってしまう、
日本人にありがちな傾向の持ち主だなあ。
この傾向って、せっかくいただいた人生をめいっぱい堪能することを邪魔するかも。

下に内容をコピペします。


        ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


「他人に迷惑をかけてはいけない」 という嘘

東京を経由して新潟に戻り、海岸沿いにテントを張っていた時に、ロンドンから一通のメールが届いた。内容があまりにも素晴らしく、自分ひとりのものにしておくのが非常にもったいないので、送り主の方の許可を得て転載します。



・題名「私のリアル マッチ売りの少女体験 今までの人生観が崩壊しました」

坂爪圭吾さま

以前、ロンドンからメールさせて頂いた森山香織(仮名)です。この2週間の私の個人的マッチ売り少女体験を是非貴殿にお話させて下さい。なんだか今までの価値観崩壊、幸福感大噴出の中に現在生きております。

事の起こりは先々週の土曜日。8歳と5歳の子供達を習い事に送り出した後、空いた時間にスーパーに買い出しに行きました。何時もの様に大きなカートを押して棚と棚の間を歩いて居た所、突然全身を貫く激しい痛みに襲われました。一瞬、ぎっくり腰かと思いましたが違うようで痛みにあぶら汗まで出てきて立っていることすらままならない。カートを放置し這うように自宅に戻り、一旦ベッドに入ったら高熱で全く動けなくなりました。

週末の間は全て夫に子供達を任せ、ベッドに転がってましたが痛みで動けず、まったく食べ物も受け付けず…月曜日は夫は子供達を学校に送った後仕事に(ロンドンは13歳まで子供を一人で歩かせてはいけません。常に何処に行くにも親の送迎が必須です) 私は午後の学校のお迎えに這うように行きましたが、途中で車をぶつけそうになり 自分の身体が全く機能していないことを理解しました。

子供達には夕飯はピザを頼み、それを食べて宿題をしてお風呂に入り歯を磨いてお父さんの帰りを待ちなさいと言いましたが、母としての役割が全く果たせないことが悲しく、また身体が言うことを聞かないことが歯痒くベッドの中で泣きました。薬が効いている兆候もなく痛みは増すばかり、今までの人生の中でこんなに酷い病にかかったことはない。

この年まで私は自分の脳で考えた事、自分の意識がボスでそのボスの指令で身体を思うままに動かすことが出来ると傲慢にも思い込んでいましたが、それは全くの誤りだった。身体が一旦機能する事をストップしたら自分の中心と思い込んでいた自分の意識も否応なしにスイッチさせられるという事に生まれて始めて気がついたのです。

今の私が出来ることは完全に降伏する事。身体様が機能してくれるまで、私は身体様に全てを預けるしか道はないのです。この状態では自分の全てだと思い込んでいた意識ですら全く何の役にたたない…その時に私の脳裏に、ああ今の私は父親に殴られ雪道に放り出されたマッチ売りの少女だなとの考えが過ぎりました。その瞬間に、ああオープンに助けを求めてみようと考えました。

・他人から施しを受けるのは惨めなことではなく、寧ろ崇高な経験になる。

普段の私は色んな事を器用にこなし仕事もできるし自分が出来る人間であるという事にかなりの高いプライドを持っていて人に助けを求める事は非常に惨めだと考えていました。でも身体様が機能しない今、自分の自意識より大切にしなければならないのは身体様、身体様が動きたくないと仰る以上、ボスは身体様、身体様の欲求に従う術は無いのです。

私はそこで簡単なメールを両隣の住民、娘達と同じクラスの保護者 いずれも私の家から車で10分以内でこれる知人に出しました。身体が動きません、子供達の世話が出来ません、二階で寝ています、鍵は玄関脇の植木鉢の下に置いてあります。余力がある方は私を助けてください、と。

翌日、子供と夫が朝食を食べていると次女と同じクラスのインド人の保護者がやって来て私が動ける様になるまでの子供の学校の送迎をしてくれるとオファーしてくれました。私は喜んで彼らの親切を受け入れました。日中、私が寝ていると隣人がどんどんやって来てお茶を入れてくれたり買い物に行ってくれたり、子供の宿題を見てくれたり子供達に本を読みのやって来てくれる人もいました。子供達に食事を与え、私にスープを置いて帰る人。私の枕元で聖書を朗読したり本を読んでくれる人、祈りに来てくれる人 本当に色んな形でのお助けがやって来た。

そして私は惨めになる所か喜んで姫の様にその優しさを受け取ることができた。本当に身体様に降伏し助けを受け入れ始めた所、ようやく身体は悪化するのを辞め回復に向かうようになった。恐らく何時もの私なら半分回復した所で普通の生活に戻ったでしょうが、今回は本能的に全てを身体の思うままにゆだねよとの声が聞こえた気がして100%回復するまで起き上がらない事を自分に許しました。

1週間ほどそんな生活をした所、完全に復活。助けを求めたマッチ売りの少女は生き残りました。そして他人の施しを受け取るのは全く惨めではなく寧ろ崇高な経験でした。

・実は、皆が何かを誰かに与えたいと思っている。

一番印象に残ったのはご近所の八十代の恐らくその方の方がよっぽどお助けが必要と思われるお婆ちゃんがよろよろ杖をつきながらやって来てお茶を入れてくれた事。彼女は「人間にとって小さな助けを他人に与えるのは何よりの喜びなのです、この様な機会を私に与えてくれて有り難う」と仰いました。その言葉がすっと身体に染みました。

世の中には小さな親切で溢れている、実は皆が何かを誰かに与えたいと思っている。問題は受け取るオープンさが自分にあるかどうか…本当にオープンになると言うことは喜んで受け取る事が出来る事なんじゃないかと気がつきました。そして坂爪様がしていることはこれなんじゃないのか、 他人から受け取る事を自分に許す、自分のつまらない自意識の垣根を下げ意識に邪魔されない身体の本質の欲求に従うこと、そして全てを受け入れる柔軟さを自分に許す事。

元気になった今、私は喜びの中に生きている気がします。

どうしても今回の病が偶然とは思えないのです。

意識ではなく身体がボスだ、そして「全てを受け取る事を自分に許しなさい」と教えられるために身体が仕掛けた病気としか思えない。そして、与える事を惜しまない、受け取る事を惜しまない、芯からオープンになったときに物凄い歓喜を感じた気がします。「私は全てに許されている」という安心感。

なんだか一人よがりで長々と書いてしまいすみません。

坂爪様のブログを読んでなかったらマッチ売り少女をリアルに体験しようという発想は絶対になかったはず。そしてその実験を通してなんだか人生観が変わってしまった様な気がします。

私は結構 綺麗にオシャレするのが大好きなタイプで口紅塗らずに外出とか女としてあり得ないと思っていました。外見があって女なんだからと…所がノーメイク、髪もぼうぼう、ぼろぼろのスウェットきて芋虫の様に転がっていても世界は私に優しいという事実が分かっただけでも背筋がゾクゾクするぐらいの幸せなのです

このままオープンで居続けた先にどんな心境がまっているんだろう

坂爪様にインスパイアーされ実験 を今後もリアルに経験し続けてみます

坂爪様の本 楽しみにしています

いつか何処かで会えます様に

身体に気をつけてお元気で

森山香織

(以上、転載はここまで)


「他人に迷惑をかけてはいけない」という嘘。

非常に人生の示唆と叡智に溢れたエピソードだと思った。「他人から施しを受けるのは惨めなことではなく、寧ろ崇高な経験になる」「実は、皆が何かを誰かに与えたいと思っている」「意識ではなく身体がボスだ」「すべてを受け取ることを自分に許しなさい」など、大量の箴言が含まれている。

そして、私は「他人に迷惑をかけてはいけない」という日本的な教育が、どこまで真実なのかが分からなくなった。過去記事でも書いたように、自分ひとりで出来て一人前(誰かに頼るのは半人前)という価値観のままでは、永遠に『誰かに助けを求める力(お互いに助け合う力)』を養うことができない。

他人に迷惑をかけることで「自分は生かされている」というよろこびを知る。
お互いに助け合うことの中には、(もちろんそれによって発生するストレスもあるだろうけれど)其処にしか発生し得ない絶対的なよろこびがある。このよろこびは『自分は生かされている』という感覚に尽きる。何もかもを自分の力でやっている(と思い込んでいる)間は、このような感覚を覚えることは絶対にできない。

「自分のことは自分でやれて一人前(誰かに頼るのは半人前)」という価値観のままでは、永遠に「誰かに助けを求める力(お互いに助け合う力)」を養うことはできない。自分ひとりで問題を抱え込んでしまうと、鬱病や円形脱毛症や自律神経失調症になったり、最悪の場合は自殺をしてしまったりする。

必要なのは固体の思考よりも液体の思考であり、「他人に迷惑をかけてはいけない」というガチガチの常識(固体)よりも「どれだけ楽しく迷惑をかけられるか」という比較的POPな視点(液体)だと思う。

完璧であることよりも「不完全であることの素晴らしさ」
誤解されると困るが、私は「自分は何もしないで他人に迷惑をかけまくって生きよう」と言っている訳ではない。自分に足りない部分がある時に、誰かの助けによって支えられた体験は感動を生み、そのよろこびを通じて「自分も他人に優しくあろう(自分が差し出せるときは差し出していこう)」と思える前向きな気持ちの循環を生むことが、人間が不完全であることの素晴らしさなのだと思っている。

奪うことが目的ではなく、与えることが目的になった時に、あらゆることの本領は発揮される。たったひとりきりで完璧になろうとするよりも、困ったときはお互い様のマインドで、頼るときは頼り、甘えるときは甘え、自分にも出来ることが発生した時は「待ってました!」とばかりに差し出して行こう。

・実は、皆が何かを誰かに与えたいと思っている。
・他人から施しを受けるのは惨めなことではなく、寧ろ崇高な経験になる。
・すべてを受け取ることを自分に許しなさい。

人生は続く。


(コピペおわり)


             ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※







※人を殺すのも人に殺されるのもイヤ!そんなことを押し付けようとしている者たちをやっつけよう!

※安保法案は「違憲」 日弁連、全会一致で意見書

※山本太郎議員「安保法制で原発の問題が取り上げられていない」「ミサイルが原発施設内に着弾すれば、核ミサイルに」

※「何しにきたんだ」「嘘言うな!」安倍首相の「沖縄慰霊の日」スピーチに「帰れ」コールが巻き起こる

※フランスの週刊誌L'Obs が組んだ (アベシンゾーの隠された顔)という特集は 日本のマスコミをはるかに超える 内容だ。

※6月6日付の英紙エコノミストが 「日本会議」のもつ危険性と 安倍政権への影響力を報じた。

※日本食品の輸入停止が決定、台湾がぶれなかった理由

  国外向けであれ国内向けであれ、食品の放射性検査を詳細にこまめに行って、
  そのデータを開示していくことがいちばん大事ではないかと思うが。






※ホメオパシー入門講座やります。6月28日(日)午後2~4時
by homeopa | 2015-06-26 09:28 | 人間

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「死」

死はそれほどにも出発である
死はすべての主題の始まりである
生は私には逆向きにしか始まらない
死を 〈背後〉 にするとき
生ははじめて私にはじまる
死を背後にすることによって
私は永遠に生きる
私が生をさかのぼることによって
死ははじめて
生き生きと死になるのだ

            ---- 石原吉郎







Arthur Grumiaux - Bach Sonata No.2 in A minor, BWV 1003 (IV. Allegro) ♪








※【ヘリ空撮】5月3日 憲法集会~戦争・原発・貧困・差別を許さない
 横浜のみなとみらいに、こんなにたくさん集まったんだ。
 

※ホメオパシー入門講座のお知らせ 2015年5月10日(日)14:00~16:00
by homeopa | 2015-05-05 09:46 | 人間

いい仕事

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(以下引用)

心が満たされるのは、どういう時だろう?
それは、自分の存在が認められる時だと思う。
このこと以上に人の心を満たすものはないんじゃないか。



「いない」 のに 「いる」 ふりをした仕事・・・・



・・・・この社会で生きることは、24時間・365日、
なんらかの形で人の仕事に触れつづけることだと思う。
それら一つひとつを通じてわたしたちは日々、
無数の存在感ないし不在感と接している。
「いる」 とか 「いない」 とか。




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プレゼント (present) という言葉の語源は、ラテン語の esse (= to be) にある。
つまりプレゼントとは 「生きて・いる」 ことであって、
存在 (present) そのものが贈与であるということ。
なにをくれるとか、してくれたということ以前に、
双方が互いに 「いる」 状態を更新すること。
より 「いる」 ようになることが、贈り物の本質的な役割なのだと思う。

先の手紙でカスティリオーニが 「ある交換」 という言葉で捉えようとしていたのも、
この感覚なんじゃないか。
「わたしがいて、あなたがいる」 ということ。
会ったこともないどこかの誰かと、存在の交わし合いを望むこと。
わたしが 「いる」 ことによって相手がより 「いる」 ようになる。
それはエネルギーの環流を生みだす。




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掃き集められた庭の落ち葉、手描きの年賀状、
寝付かない子どものために枕元で母親が語るつくり話など、
テレビにも雑誌にも紹介されない静かでひかえめな 「いい」 仕事は無数にあって、
世界の隅々はむしろそれらで満たされている。



・・・高度な技工や良い素材が 「いい仕事」 の必要条件なのかというと、そうは思えない。
ある建築家の本に、「世界中の心地よい空間の大半は、デザイナーや建築家によるものではない」
という言葉が書かれていたが、まったくそのとおりだと思う。





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人間は基本的に、「いい仕事」 をしたい生き物だと思う。
給料や条件とかステイタスの話ではなく、
他の人々に対して 「いい影響を持ちたい」 という欲求があると思う。
「いい影響」 とは、その仕事に接した人間が 「よりハッキリ存在するようになる」 ことを指すんじゃないか。
「より生きている感じになる」 と言い換えてもいい。



そしてクリエイティブという言葉が指し示しているのも、
実は創作物より、この生まれ直すような人間の創造性の方なんじゃないか。

人間は生命と呼ばれる現象の一形態で、
生命力とは 「より生きる」 ことを求めて発現する力を指す。

(注:いい仕事に接したときに) 思わず背筋が伸びて、少し呼吸が深くなるあの感じは、
その仕事を成している 〈存在〉 を目撃した自分の 〈存在〉 が、
より生きることに向かって身を整えた、小さな反応なのだと思う。

                        ---- 西村桂哲 『自分をいかして生きる』










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by homeopa | 2015-05-05 09:29 | 人間

mother's pison

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子供に対する母親の愛は最も利己心のない愛である。
が、利己心のない愛は必ずしも子供の養育に最も適したものではない。
この愛の子供に与える影響は--- 少なくとも影響の大半は、
暴君にするか、弱者にするかである。
                          ---- 芥川龍之介 『侏儒の言葉』






ガガに対する思いを、利己心のない愛とはとても呼べない。
愛するから愛してちょうだいよ、
と、うすうす思っているから。

それでもガガが生まれて以来、
わたしの生活のさまざまな要素のなかでガガをいちばんに優先してきたし、
ガガの気持ちや要求を受けとめることにかなりのエネルギーをついやしてきた。
ふところの深いいい母親になろうとして。

でも、それはもうやめてもいいころかな。
それをずっとやってると、ガガが腐るかもしれない。
わたしも腐るかもしれない。

ふところの深いいい母親なんて、ろくなもんじゃない。

だいたいガガぐらいの年齢になったら、
子どもは親から遠ざかるものだ。
今度は友だちや恋人や職場の人たちとの関係のなかですったもんだして成長していく。
なんでも許されてしまう母との関係のなかでは、
それ以上成長できないから。

母も成長できないしね。





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※LED青色光が身体におよぼす影響について

  ブルーライトが網膜に与える影響はよく言われているけれど、
  メラトニン分泌にも影響するらしい。以下引用。

  「ブルーライトへの長時間の暴露(浴びること)によって、メラトニンの生成が抑制されるそうです。
   メラトニンとは脳内で分泌されるホルモンの一種で、人間の眠気を誘う物質です。メラトニンが抑制され
   るということは、つまり体内時計(サーカディアンリズム)が狂ってしまうことにつながります」

  「サーカディアンリズムが狂うと、睡眠障害、鬱病、肥満、ガン(男性は前立腺ガン、女性は乳ガン)になり
   やすいことがわかっています」

  だからこんな対策をとるといいとのこと↓ 以下引用。

  「1)夜眠る前の2~3時間は、パソコンやスマホ、テレビなどの画面を見ない

   2)深夜の照明として白熱灯や蛍光灯を利用する、あるいはブルーライトを抑える機能付きの
    LED照明を使う

   3)パソコンやスマホを使わざるを得ない場合は、ブルーライト対策用メガネを利用する(目に与える
    影響を50%以上も削減できる)」



※青色光を当てると昆虫が死ぬことを発見

※青色光の危険性 - 青色光網膜傷害





すっかりスマホのヘビーユーザーになってしまったガガにも、
こういうこといろいろ話したいけど、
それもやめよう。
ガガの人生はガガがつくるしかないのだし、
もうつくっていける段階に入ったのだから。

あんたのこと好きだよって気持ちだけあれば、
それで十分だろう。

それより、わたし自身がPCの使用をひかえねば!
by homeopa | 2015-04-13 08:33 | 人間