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乳ガンとぎっくり腰

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(6月に使いはじめたモノクロフィルムをやっと現像したので、こんな季節はずれの写真)



この前ぎっくり腰になったときにも書いた気がするけど、
ガンよりもぎっくり腰のほうが100倍つらい!

そして今回はなかなか回復の兆しが見えなかったこともあって、
このつらさをだれかにグチりたい、人に同情してほしい、みたいな気持ちが湧いてきた。
何をしてほしいわけではなく、
ただ、大変だね、つらいでしょう、かわいそうね、と思ってほしいのだ。
もしそこに相手がいて、ハグして頭でもなでてくれたら、最高にうれしかっただろう。


乳ガンのことでこんな気持ちになったことは、
今まで一度もなかった。
まだそんなにつらくないからだ。
たしかにおむつを交換したり洗濯したりという作業はわずらわしいし、
ときどきその匂いに自分で気持ちが悪くなることもある。
筋肉が減って、体力も落ちてはいる。
でも痛みはたまにしか出ないし、
それで日々の行動が制限されるということもない。
好きなようにできる。


ところが、わたしがガンを患っていると知ったとき、
多くの人々はそれをズシンと深刻に受けとめ、同情してくれた。
本人としては、「え、いや、そんなにつらくないんですけど・・・」
という気持ちだったけど。

一方、わたしがぎっくり腰で動けないと知ったときの人々の反応は、
それほど深刻ではなかった。
もちろんいろいろ気づかって親切な申し出をしてくださる人もいたのだけれど、
同情してほしい、このつらさをわかってほしい、かわいそうだと思ってほしい、
という感情を満たしてくれる人はそう多くはなかった。


この違いはどこから来るのだろう?


ひとつにはガンは死に至る病である、という考えかもしれない。
それで一気に深刻になる。

一方、ぎっくり腰で死ぬ人はまずいない。
しかもこの通称がやや滑稽で、軽い印象を与える。
でもぎっくり腰では死ぬこともできない代わりに、
生きることもできない。
何もできない。
そのつらさは、経験した人でなければわからないだろう。
わたしも以前は、友だちが何度もぎっくり腰になっているのを横目で見ながら、
それが彼女の生活にどんなストレスをもたらすかということまで想像もしなかった。
できなかった。



病気の世界には、どうもヒエラルキーがあるみたい。
いちばん深刻なのがいちばんえらい。
その頂点にあるのがガン。
深刻な理由は、治すことが難しくて、死に至る病だから。

でも死に至る病という点では、
生きることそのものが、死に至る病ではないか?
ガンを放置しても、かならず死ぬとは限らない。
生きることを放置すると、かならず死ぬ。
だとしたら病気のヒエラルキーの頂点にあるのは、
生きること。
ちょっと笑える。





と、こんな感じで、
膝をすりむいて同情を求める子どものような気分になっていたわたしですが、
おかげさまでぎっくり腰の症状はだいぶ和らぎ、
動けるようになってきました。
長時間座ったり立ったり歩いたりすると腰が痛くなるのは、
あいかわらずですし、
まだ自由に動ける感じではないのですが。

いろいろとご心配をおかけしたり、
相談会をお断りしたりしてご迷惑をおかけしました。
申し訳ありません。

この調子だと、
直接相談はまだ無理ですが、電話相談には対応できますので、
どうぞお問い合わせください。



今回、好転のきっかけになったのが、
「これだけ体操」でした。

これをちょこちょこやっていたら、
なんとなく調子がよくなってきました。

今ぎっくり腰をわずらっている方、
これまで何度もぎっくり腰を繰りかえして腰に不安を感じている方は、
試してみる価値ありです。











by homeopa | 2016-08-03 11:00 | 病気

わからないこと、わかること。

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(以下 引用・・・・長いです)

 がん治療にこの30年本質的な進歩がなく、現実に死亡者が増え死亡率は変わらないということを考えたとき、そこにより大きな、そして深い疑問が浮かび上がる。それは、そもそもいまのがん治療はほんとうに有効なのかという疑問だ。そしてその疑問をあらためて考えなおしたとき、現代医療のがん治療は、あらゆる議論の出発点となるべき、もっとも基礎的な疑問に答を見いだしていないという事実につきあたる。
 それは、がんは放っておいたらどうなるのか、という疑問だ。
 放っておいても治るのか。
 それとも放っておいたらたちまち悪化し、患者は死にいたるのか。
 現代医療はアプリオリに後者の見解に立っている。がんは放置すれば悪化の一途をたどり、治療しなければ患者を早晩死にいたらしめる。だから一刻を争い早期に治療しなければならない、というとらえ方だ。しかしそのとらえ方には、じつは科学的な根拠がない。放っておいたらどうなるかをきちんと検証した研究はなく、そうした論文もないからだ。
 
 

 この疑問をさる有名な外科医に投げかけると、虚をつかれた顔でこう答えてくれた。
「ないでしょうね、そういう研究は。とにかくみんな治療してしまう。医者だったら、目の前にがん患者がいて、放っておくなんてできないでしょうから」
 代替医療の専門医も、おなじような答だった。
「そんなこと、こわくてできません。医者もね」

 私たちの社会ではほとんどだれもが、がんになったらなんらかの治療をしてしまうのである。そうした治療結果を集めて、たとえば乳がんの何期で手術をした場合は5年生存率が何%、手術後に抗がん剤を投与した場合は何%といった具合の詳細な統計がえられている。それを比較考量し、手術の方式や抗がん剤の投与など標準的な治療のあり方が決まっているが、ではなにもしなかった場合にくらべていいのか悪いのか、そのいちばん基本的なところがわからない。
 


 かろうじて存在するのは、近藤誠氏がその著書のなかで引用している、1805年から1933年にかけてのイギリスの乳がん患者の自然経過の記録である (『患者よガンと闘うな』文藝春秋)。百年近くも前の記録だが、それを見ると乳がん患者を自然放置しておくと年とともに死亡する患者が増えるが、そのカーブはなだらかで、10年以上生存する人もいることがわかる。この時代の乳がん患者は、ほとんどが進行がんや末期がんだったはずだから、いまなら余命3ヶ月とか半年とかいわれそうな患者だったろうに、それが5年、10年と生きていたという記録は驚きである。しかしそれよりずっと驚くのは、この自然放置群の生存曲線が、その後はじまった乳がんの切除手術を受けた群とくらべて、大差ないという事実である。

 

 いうまでもなく、がんは生きものだ。大きくもなれば、小さくもなる。暴れることもあれば、おとなしくなることもあり、宿主である患者との相互作用によってもまたずいぶんと姿を変える。つまり患者の分身として、患者の生命力とのダイナミックスのもとで存在する生きものととらえるならば、がんのふるまいがときに予想できない方向を取ることもまた理解できるだろう。専門家の多くは、がん細胞はコントロールできないかたちで無限に増殖することを強調するが、実情を見るとそんな単純なものではない。がんは、多くの場合、なんらかの手段によってコントロールできる可能性をもっている。いつも一方的に大きくなるだけという、まったくの単細胞的な生き方をするものだとは思えない。まさにそこにこそ、ガンを治療するチャンスというものが存在するのだろう。そのチャンスをもたらすのは、あらゆるがん細胞を徹底的に排除しようとする考え方ではない。
 
 

 現代医療は患者をベルトコンベヤーに乗せて自動的に治療するようなしくみを作りだした。それは確かに均質で効率的で、まちがいの少ない医療を生みだしてきたが、その反面患者ひとりひとりの個性を無視し、人間性に対応せず、患者が医者によって管理される存在になるという自体を招いてしまった。
 なぜそうなったかといえば、いまの医学、そして医療が、科学性、合理性ということを金科玉条としてきたことに深くかかわっている。
 
 「西洋医学の一番大きな特徴は科学性にありました。それが両刃の剣として、長所にもなり、また逆に短所ともなったのです。科学性とは何かといえば、難しい定義になりますが、私は、これを簡潔に 「客観性」 と 「再現性」、そして 「普遍性」 と捉えています」(『自分を守る患者学』渥美和彦 PHP新書)
 
 渥美氏は、客観性とは 「だれが見ても正しい」 ということであり、再現性というのはおなじ条件のもとでおなじことが起こる、あるいは起こせるということであり、普遍性とは一カ所で通用することはどこでも通用すること、たとえば 「アメリカで効いた薬は日本でも効くというような考え方」 だという。
 これを抗生物質についてみれば、抗生物質がなぜ効くかがだれでもわかるかたちで解明されており(客観性)、いつ使っても同じ効果を期待することができ(再現性)、日本でもアメリカでもその効果に差異はない(普遍性)。
 


 この抗生物質と感染症とのあいだに見られるほどの科学性を、現代医療とがんのあいだに見いだすことはむずかしい。そこにははるかにあいまいな、科学の統計処理になじまない例外事項が頻発するのである。どれだけきめこまかい診断をしても病態はとらえきれず、治療に対する患者ひとりひとりの反応には大きな差が出てくる。合理的であるはずの治療に非合理的な結果がともない、平均を逸脱したところで思わぬ成果が上がる。現実になにが起きているかといえば、がん治療に厳密な科学性を求めれば求めるほど対象となる患者はかぎられ、一方患者ひとりひとりにあわせた医療を行えば、科学性はかぎりなくうしなわれていくという関係があらわれてしまう。
 
 「近代西洋医学は 「客観・再現・普遍」 という思考をどんどんふくらませていったのです。その結果、一つの基準を設定して、客観的、再現的、普遍的であることを重視するあまり、その基準に則っていないものは例外として切り落としていったわけなのです」(『自分を守る患者学』渥美和彦 PHP新書)
 
 極端にいえば、がん患者というのはみな例外なのだ。
 その例外を例外として、ひとりひとり個別にみていこうとするのが代替医療であり、例外をできるかぎり平準化して、平均的な患者像のなかでとらえようとしてきたのが現代医療だともいえる。代替医療はもともともと科学をめざしたわけではなく、目の前の患者をいかに助けるかを模索した・・・・・一方現代医療はひとりひとりの患者を助けるというよりは、助けるための合理性、整合性を追求する体型となった。そこで達成した進歩蓄積は膨大だったが、患者のためというよりは医者のため、論文のため、そして科学のための体系となる傾向があることは否めない。敏感な医者はそこに違和感を覚え、患者を治そうとするなら現代医療の枠をはずれなければならないと悟っていった。そして納得のいくがん治療を進めようとするならば、非科学的という烙印を押され、ときには保険診療の枠からもはずれなければならないと覚悟するのである。
 

 
 医学は、確かにその一面を見れば科学的だ。客観的な観察が行われ、再現性のある検査が行われ、普遍的な治療が試され、信頼できるデータが収集されてがん治療のためのあらゆる側面に生かされている・・・・しかしその医学研究は、いまなお生命現象のほんの一部を解明したにすぎない。たとえば伊藤勇さんの前立腺がんがなぜ消えたのかを、いまの医学は解明できない。三万人にひとりしか助からないという胃がんを中山武さんはなぜ生きのびたのか、あと半年といわれていた加藤奈美子さんの肝臓がんがなくなったのはなぜか、いまの医学は説明することができない。偶然といったのでは説明にならないし、偶然を見のがしていたのでは科学の進歩はありえない。そもそも目の前の現象を説明できないということは、未知の現象を観察できていないか、それとも現代医療をささえる科学性のどこかがまちがっているからではないのか。そう考える大胆さを、医者も患者ももちあわせたい。
 


 西洋医学の、現代医療の、そして三大療法のあの簡明な直截さへのかぎりない傾斜とはいったいなんなのだろう。
 私はそこに、近代西欧が生みだした父権主義のもとでの医療、英雄医学とよばれる流れの残滓を見てしまう。近代以前の西欧には、呪術や迷信のはざまで、病の治療をそれぞれの家の庭で作られる薬草や、山野に分け入って集めた草木によって治そうとする長い伝統と経験とが蓄積されていた。そこでは薬草を集め、煎じ、病人に投与して看護するのは多くが女性の役割だった。それが西欧に大学というものができ、知の伝承による権威というものが生みだされてから、病は男性が支配するものとなる。おだやかな女性の薬草治療に代わり、病人を切り裂いて血を流す瀉血という方法が考案され、「英雄医学」 の時代が幕を開けたのは十八世紀のことだ・・・・今日がん病棟でかわされる、「切りましょう」「バッサリやってください」 という、あのマッチョな会話の原型は、十八世紀に正統医学というものを女人禁制の大学で教えるようになったところからはじまったのではなかったか。

 私たちの先祖は、病というものは外からどんなに手をつくしても、結局は本人の治る力によって治すしかないと知っていたのである。なによりもまず患者に害をなしてはならないといったヒポクラテスのむかしから、そしてまた 「私が包帯をあて、神が治す」 といったフランスの外科医パレの時代にいたるまで、そして中世ヨーロッパで森の奥に薬草を探した老女たちから、いまの三大医療を離れて新しい医療を模索する人びとのあいだにまで、人間には治る力ががある、その力を生かすのが真の医療なのだという、あたりまえの洞察が共有されている。そこでは、病は患者の治る力によって治すしかないという思いとともに、人間はしばしば驚くべき自然治癒力をしめすということがよく知られている。治療家にあたえられた課題は、その自然治癒力を引きだす条件とはどのようなものなのかを、患者の個性と疾患の様態のいちじるしい多様性のなかから見いだしてゆくことなのである。

                                                  ---- 『希望のがん治療』 (集英社新書)
(引用ここまで)





放置したらどうなるかを医者も患者も知らないというのは、
がんに限ったはなしではない。
ほどんとどんな病気でも、
「このまま放置したらどうなりますか?」 と医者にきけば、
医者はいろいろなリスクを挙げるだろう。
でも放置した例を見たことがあるのかときけば、ほとんどの医者がないと答えるだろう。

人体実験はなかなかできないからね。
それと医者も患者も、自然治癒力をあまり信じていないから。

だからわたしみたいに実験好きで自然治癒力の熱狂的なファンである人間は、
実験台になりたくなるのよ。
ちなみに、わたしの右奥から2本目の歯、ごそっと欠けて根っこしか残っていないけど、
もう1年くらい放置してある。
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この前ここの歯茎が腫れて痛くなったけど、
乳がんのことで Hecla-lava 200C をとっていたら、
いつの間にか腫れと痛みがなくなってしまった。

ま、レメディーはとったんだから、
正確にいえば放置したわけじゃないけど。
でもレメディーはそれ自体が炎症を鎮めたり痛みを和らげたりはしない。
むしろ炎症や痛みを引き起こすものだ。
その刺激を受けて治癒力が動きだす。
だから結局は治癒力がなんとかしたわけだ。

何か症状が出て、「あ、病院行かなくちゃ」 と思ったときは、
命にかかわりそうなものでなければ、
少し実験精神を発揮してみるのもおもしろいかもしれない。

人生、楽しまなくちゃ。





※現役医師20人に聞いた「患者には出すけど、医者が飲まないクスリ」
  医師を責める前に、患者が意識を変えなければ。







by homeopa | 2016-03-03 21:49 | 病気

おのころ心平さん

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わたしが乳ガンになったと聞いて、
友人が「おのころ心平さん、いいよ、ブログ見てみて」 と勧めてくれた。
すぐにブログをのぞいてみたけれど、
あまりピンと来なかった。

今思えばそれは、この人の基本的な考え方を知らずに、
そこから出てきた結果だけを目にしたからだろう。

それが先日、ある本を検索していてこの本を見つけ、
タイトルに惹かれて購入してみた。

『病気は才能』 おのころ心平著

なかなかいい本だと思った。



「総論」 の部分にはとても共感した。
人はなぜ病気になるのか、どうやって治るのか、
ということを書いている部分だ。

この著者は病気を悪いことだと思っていない。
むしろいいことだと思っている。
病気は解放と変化へのチャンスだと思っているわたしにとって、
その点ではうなずける部分がたくさんあるし、
この表現はうまいな、と感心するところがたくさんある。

ちなみにここで著者が 「才能」 と言っているのは、
ピアノの才能や、語学の才能や、計算の才能みたいなことではない。
わたし流の言葉で言えば、
自分らしく自由にのびのび生きられること、
それを才能と呼んでいるのだと思う。


「各論」 の部分では、
各臓器とココロとの関係や、
症状に見られるその人の潜在意識の欲求などについて書いてある。
著者によれば、この部分に書かれていることはすべて、
長年のカウンセリングの経験のなかから得たものだという。
すごい観察力・洞察力だな。

わたしも結構な数のクライアントさんと接してきたけれど、
ここに書かれているようなことを観察することはできなかった。
観察力・洞察力が貧しいのだろう。
なのでここに書かれていることに共感することはできないけれど、
これから相談会のときにこのような視点でクライアントさんを観察するのも、
レメディー選択の一助になるかもしれない。
もっと読んで勉強しておこう。
こじつけかなあ、と思ってしまう部分もないことはないけれど。





総論の部分で共感した文章を下に引用しておきます。
(以下、引用)

これまでクライアントさんと接してきて、私はあることに気がつきました。
自らの病気としっかり対峙し、見事に克服されていく方には、病気が治ってしまうだけではなく、その人本来の自分らしさをも獲得していくという共通点があったのです。このことから私は、病気とは、本来の自分らしさを思い出すためのプロセスなのではないかと考えるようになりました。そして、それができないままでいると、その人本来の才能が、病気やカラダの不調という別の形で現れるのではないか? と。

 本人にも気づかない才能が、
 本人にも気づかない生活上の制約によって抑圧され、
 本人にも気づかない葛藤をカラダに生み、
 それが、カラダの症状として表現されてしまっている・・・・。
 


自然法則の基礎的な原理のひとつに、「エネルギー保存の法則」 というものがあります。
「エネルギー保存の法則」 とは、簡単にいうと、ある部分でエネルギー量がプラスになれば、どこかで同じ量のエネルギーがマイナスになる。つまり、エネルギー全体の量は変わらないという法則です。

もし、それが人間のカラダにもはたらいているとするなら、病気のエネルギーも何かに変換してやらなければならないことになります。そして、私は、そのエネルギーをあなたの才能へと変換することは可能だと思うのです。

今は 「病気」 や 「不調」 というカラダの内側でしか表現されていないエネルギーを、上手にカラダの外側へとシフトすれば、それは、その人の 「才能」 となりうるのです。


病気や症状には、膨大なエネルギーが使われています。たとえば1cm大のがん病巣には10億個ものがん細胞が必要なのだそうです。がんを、「悪性新生物」 という呼び方をすることもありますが、10億個もの新生物を生み出すなんて、相当なエネルギーです。つまりそれだけのエネルギーをカラダの内側に溜めてしまっているということです。

そのエネルギーの根源はというと、私は、何かを実現したいというその人の欲求だと考えています。
私たちは普段からさまざまな欲求とともに生きています。ただ多くの欲求は、それを押し通しよりも先に、誰かとの折り合いや社会的な制約を優先させています。
これを 「障壁」 と言いますが、私たちの欲求を阻む障壁には、以下のようなものがあります。

  ◆物理的障壁 (天候・時間・距離など)
  ◆社会的障壁 (法律・評判・習慣など)
  ◆個人的障壁 (能力・容姿・思想など)
  ◆経済的障壁 (お金・物資など)
  ◆他人との調和を優先 (自分の欲求を押し通すことで、他人が不快になったり、迷惑がかかるのではないかと恐れる)
  
葛藤は、欲求と障壁のぶつかり合いによって生まれます。そして、障壁とは言い換えるなら、あなたの欲求を抑え込むあなた自身のジャッジです。

常識、人の目、社会的通念、「人が言うから・・・」、「これまでそう教えられてきたから・・・」、最大の障壁は、あなたの自身の中に 「思い込み化」 してしまったジャッジなのです。
このジャッジがあなたの欲求をカラダの奥へ奥へと押し込めていきます。
それがやがて限界を迎えると、それは形を変え、あなたへの宿題としてカラダに転化していきます。
それが症状、病気だと私は考えるのです。


病気とは、新しい自分を創り出すことでしか克服できない。

病気との付き合い、病気を克服していくこと、病気を治すこと。
これはすなわち自分の本質とどう向き合うかという問題です。

自分の本質と向き合うというのは、けっこう怖いことです。
かつて、学校の試験勉強をしたときのことを思い出してみてください。
試験勉強にとりかかる前に、机の周りを片付けたり、なぜか本棚とか整理したり、周囲のことばかり先にやっていたことってありませんか?
病気と向き合うのも、これと似ています。
治療を受けることや生活習慣改善は、あなたの周囲の整理整頓と言えます。でも、やがて、とりかからなくてはならない問題に対して、あなたの才能が試されます。

病気を克服した先にどんな自分像を描くことができるか?
自分らしく生きるということはいったいどういうことなのか?
私はこれが、病気の治癒に許可を出す強力なスイッチになると考えています。

生命は 「生まれる」 ことにおいてその本質的意義があると言います。あらゆる 「生命」 は否応なく、生み出すというベクトルに支えられています。だから私たちは、「生み出す」「創り出す」 方法でしか、物事に対処できないようになっているのです。
つまり、病気を治すということは、病気を呼び水に、その状況に適応できる新たな自分を創り出すことでしか、対応できません。病気のほうを変えるのではなく、あなた自身の適応力を変えるのです。

病気を、身体だけの観点から見ると、これは苦しみの産物です。

ただ、この物質的観点のみの視点を離れて、自分が生きていく意味、人生の経験、才能、すべての総合体として自分のカラダをとらえたとき、病気とは苦しみの代わりに、自分の総体に何らかの成長をもたらしてくれている、ということに気づきます。

病気を治療することは、お医者さんに任せるしかありません。(注:そうともいえないけど)
でも、病気を治癒させることは本人にしかできません。

そして、それは、病気を否定することからは生まれないのです。

(引用おわり)
by homeopa | 2016-02-21 09:11 | 病気

カンジダなど真菌類について

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体内にカンジダ菌がはびこっているかどうかをチェックする方法、
というのがFBで流れてきた。

手順は下のとおり;

(1) 朝、目覚めてすぐ、まだ何も口に入れていないときに、
   コップに水を満たし、水が静止したらそこに唾をたらして待つ。

(2) 健康な唾の場合は、そのまま溶解して水は透明のままだけれど、
   カンジダ菌がうようよいる唾だと、
   そこからクラゲの足のような糸のようなものが何本も垂れてきてコップの底に落ち、
   落ちたものは白いカビのように濁り、途中でふわふわ浮いているものも水を濁らせる。

こんな感じ。↓ http://nutmed.exblog.jp/8986173

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さっそくやってみた。
わたしはカビ女だから、もちろんクラゲの足が出現した。
何日か続けてみたら、
日によって違うのがおもしろかった。
カビが増えたり減ったりするのかな。

でも少しググってみたら、
このテストはあてにならないと書いている人もいた。
クラゲの足が出ても、実際にはさほどカンジダ菌に侵されていない人もたくさんいるし、
クラゲの足が出なくても、カンジダ菌をたくさん飼っている人もいる、と。
このテストでわかるのは唾液の濃さであって、
それは必ずしもカンジダ菌が増殖していることを示すものではない、と。

さらに、このテスト方法を最初に勧めたのは Global Health Trax という会社で、
そこはカンジダ対策の商品を通販で大々的に売っていて、
いろいろよくない評判もあるとか。

でもそういう意見を載せていたサイトも別のカンジダ対策商品を売っているので、
単に商売がたきをこきおろしているだけということも考えられれる・・・・

要するに真偽のほどは、わたしにはわかりまへん。

いちばんあてになるのは、便の中の菌を調べる検査らしい。
これはたぶん事実だろう。



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そんなわけで、久しぶりにカビのことをあれこれ読んだ。
下にそれをざっとまとめておこう。

カンジダ菌もイースト菌もカビも真菌の一種 (こういうくくりでいいのかな?)。
わたしたちの口や腸にはつねに微量の真菌類がいて、
消化や栄養吸収を助けたりしている。

カンジダとかカビとかいうと、
すぐ悪者あつかいされるけど、
人体にとっても、自然界にとっても、ちゃんとお役目のある菌なのだ。
そうでなければこの世にも人体にも存在するはずがない。
悪玉菌も善玉菌も、ほんとはどれも必要なもの。
要はバランスの問題。
バランスがとれた状態では、みんなが自分の役目を果たしている。

さまざまな原因から体内の菌のバランスが崩れると、
真菌類が体内で異常に増殖することがある。
これが心身にとって困った状態を引きおこす。

アメリカでは真菌症またはカンジダ症が大流行している、
なんて書いてある記事もあった。
わたしも東京本部で相談会をやっているときに、
波動測定器で多くの人に真菌やカンジダの害が出てくるのを目撃している。
もちろん、わたし自身も。
きっと日本でも大流行中なのだと思う。

ほとんどの人はそれを、水虫とか、爪白癬とか、膣カンジダ症とか、
局所の病気と考えているけれど、
これは全身の内部の問題だ。


◆体内で真菌類が増殖した場合、次のような症状が出てくる。

  ・慢性疲労・つねにだるい。
  ・皮膚・・・・水虫・爪白癬・ひび割れ・皮がむける・湿疹・乾癬・慢性じんましん・ニキビ
  ・消化器・・・・腹部膨満・ガス・便秘・下痢・口臭・食物アレルギー
  ・性器・肛門・泌尿器・・・・尿道感染症・膣カンジダ症・肛門や膣のかゆみ
  ・生殖器・・・・生理不順・生理前症候群・生殖機能の障害・インポテンス・ホルモンの乱れ
  ・肩こり・頭痛・口内炎 (鵞口瘡)
  ・耳のかゆみ・鼻や呼吸器の症状・アレルギー
  ・筋肉疲労・筋肉痛・関節炎
  ・砂糖や炭水化物への強い欲求
  ・イライラ、情緒不安定、不安感、落ち込み・自殺願望
  ・集中できない・記憶力の低下・多動・注意欠損障害・頭がぼーっとする・学習障害

  このどれかに心当たりのない人はいないんじゃないだろうか?


◆真菌が関係していると思われる疾患

  クローン病、潰瘍性大腸炎、ガン、関節炎、橋本病、乾癬、多発性硬化症、低血糖症、
  早期の骨粗鬆症、ぜんそく、過敏性腸症候群、リーキーガット症候群、結合組織炎、自閉症スペクトラムなど。
  
  真菌に侵された体内のさまざまな部位の写真↓
  http://www.yeastinfectionadvisor.c/yeastinfectionpictures.html
  (ひどい場合には心臓弁にびっしりカビが生えてほとんど詰まった状態になったりする。
   肺、喉、食道、性器、口腔、骨などにもはびこる)

  前にもちょっと載せたけど、ガンは真菌から身体を守るために増殖する、という説もある。
    → http://www.davidicke.jp/blog/20091122/


◆真菌の特徴あれこれ

  ・真菌の種類は400種ぐらい。
  ・400種類の真菌が生みだす毒素は100種類ぐらい。
  ・植物・動物・細菌の特徴をあわせ持つ。
  ・とくに腸で繁殖し、腸壁に根を張って腸壁を破壊する → リーキーガット症候群
  ・好気性のものとと嫌気性のものがある。
   酸素のない状態では、糖を二酸化炭素とエタノール (アルコール) に変えてエネルギーを得る。
   (だから真菌は砂糖が好きなのだ。だから真菌がいる人はお酒に酔ったみたいに頭がぼーっとしたりするのだ)
  ・生き延びるのに過剰なエストロゲンを必要とする。
   (エストロゲンは膣のグルコース値を上げる)
  ・条件がそろうと1時間で2倍にふえる。
  ・真菌がはびこっている人はたいてい免疫が低下している。
   (免疫低下が真菌を増殖させ、真菌の増殖が免疫を低下させる)


◆真菌がはびこる原因

  ・砂糖や精製炭水化物を食べること。
  ・アルコールの飲み過ぎ。
  ・抗生物質の使用。
    (2週間使用した場合、体内の細菌バランスが回復するのに1年かかる。
     肉類や予防接種から抗生剤が入ることもある)
  ・避妊ピル (ホルモンバランスに影響。膣カンジダは月経周期3週目に悪化することが多い)
  ・イーストや発酵食品の食べ過ぎ。
  ・消炎鎮痛剤の使用 → 腸粘膜の炎症 → リーキーガット症候群 → 真菌類が血中に入る
  ・キシリトールの摂取 → 腸内細菌のバランスが崩れる。
  ・保存料・人工甘味料 → 腸内細菌のバランスが崩れる。
  ・ステロイド剤の使用 → 免疫低下
  ・放射線被曝
  ・重金属 (とくに水銀)
    (これがけっこう興味深い。
     身体は水銀など重金属への防御として、イースト菌 (他の真菌も?) を生み出す。
     イースト菌は水銀とがっちり結合する。
     イースト菌の細胞がめいっぱい水銀を吸収すると、吸収できない水銀をメチル水銀として血中に捨てる。
     ある調査では、慢性カンジダ症の人の98パーセントが水銀に侵されている)
  ・ストレスや睡眠不足 (免疫を低下させ、血液を汚す)


以上、おもにこのサイトからの情報です。→ http://www.yeastinfectionadvisor.com/
ほかにいろいろネットサーフィンをして、
どの情報だどこからだか覚えていないところもあります。ご勘弁を。
真偽のほどはご自身で確かめてください。


     
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じゃあ、真菌が体内にはびこってしまった人はどうすればいいか、となると、
上のサイトやほかのサイトでも、たいてい抗真菌性の物質が紹介されている。
化学物質のこともあれば、天然物質のこともある。
でも底に流れる思想は同じ。
「真菌をやっつけろ」

そんなことしたら、別の形で体内の菌バランスを崩すことになると思うんだけど。
しかも真菌がやっつけられたあとで抗真菌物質をやめれば、
前以上に強くなった真菌が前以上に増殖すると思うんだけど。

身体には治癒力というものがあって、つねにバランスをとろうとしている。
だから上のような真菌増殖の原因になるものを身体に入れず、
治癒力を高めるような生活をしていれば、
とくに腸がきれいになるような生活をしていれば、
時間はかかっても自然とバランスが戻ってくるはずだ。

あと、水虫や皮膚の症状は真菌の排出口だと思ってそのままにしておくのがいちばん。
出口をふさいでも何もいいことはない。

自分の身体を信じよう。



とはいえ、個人的には炭水化物や水銀 (魚から入るもの) を身体に入れないのはむずかしい。トホホ・・・・













(以下 IWJ のサイトより全文コピー http://iwj.co.jp/wj/open/archives/258755

山本太郎議員「『生活の党と山本太郎となかまたち』共同代表の山本太郎です。

 永田町ではみんな知っているけれども、わざわざ言わないことを質問していきたいと思います。答弁は簡潔、明瞭にお願いします。まず、中谷防衛大臣、よろしくお願いします。

 中谷大臣はですね、7月30日の本委員会、福島みずほ委員の『今まで周辺事態法で“できない”とされていた弾薬の提供がなぜできるのか』という質問に対し、『現行法制定時には、米軍からのニーズがなかったので、弾薬の提供と戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機への給油、整備については除いていたが、その後、日米の防衛協力、ガイドラインの見直しの中で、米側から、アメリカ側から、これらを含む、幅広い後方支援への期待が示された』と答弁されました。

 ということは中谷大臣、今回の安保法制制定の立法事実として、米軍のニーズ、要請があるということでよろしいでしょうか」

中谷防衛大臣「まぁあの、現行法の制定時におきましては、米側からのニーズがなかったということで、あの支援内容から省いておりました。これはあの、国会でも答弁いたしました通りでございます。まぁしかし、その後、日米防衛協力ガイドライン、これの協議が行われまして、その中で米側から、これらを含む幅広い方針への期待が示されたということです。

 また先ほど答弁いたしましたが、一昨年、南スーダンPKOに参加している陸自の部隊が、国連からの要請をうけて、韓国部隊のために弾薬提供を行ったように、想定外の状況によって弾薬を有する必要がある場合も想定されるということ、また、色んな状況も変化してきたということでございまして、こういったことをもちまして、今回、あらかじめ、法的に措置をしておく必要があると考えたわけでございます」

山本太郎議員「中谷大臣、現在の周辺事態法ではできなかった弾薬の提供などを、今回の安保法制でできるようにするのは、アメリカ側からの期待、米軍のニーズがあったからということでしたけれども、米軍からいつ頃どのようなかたちで、どのような具体的なニーズがあったのかってことを教えてもらえますか」

中谷防衛大臣「はい、あのー、日米防衛協力が進展をしたということ、またあの、ガイドラインの見直しが進められたということ、またあの、自衛隊もそういった能力が向上してきたということで、米側から、これらを含む幅広い後方支援への期待が示されたということで、今回、重要影響事態に際しても、これらの支援を行うように、できるように、法的措置を講じることにしたということでございまして、基本的には、日米間の協議の中で、ニーズが出てきたということでございます。

山本太郎議員「あの、あんまり答えていただけないような状況だったと思うんですけれども、まあとにかく米軍のニーズが立法事実になってるんだ、っていう話ですよね。リクエストされたから、ニーズがあったから、それによってこの国のあり方、ルールを変えていく、っていう話ですよね。

 弾薬の提供・輸送すると、弾薬は法律上、法律上は、銃弾、砲弾、手榴弾、ロケット弾、果てはミサイル、核兵器まで提供・輸送できる。また戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機への給油、整備も。これらは誰がみても明らかに武力行使と一体となった輸送、兵站で、明白な憲法違反。

 弾薬の提供・輸送と戦闘作戦行動のために、発進準備中の航空機への給油、整備については、これまで武力行使と一体となった後方支援ということで、憲法違反だったんですよね。でも今回憲法解釈を変えたんですよね。米軍のリクエストで。実はアメリカ側のリクエストっていうのはですね、もっとスケールが大きくて、綿密なんだよってことをお知らせしたいと思います。

 パネルをお願いします。

▲画像:山本太郎事務所

 えー、このパネルはですね、集団的自衛権を認める昨年7月1日の憲法違反の閣議決定の2週間後、7月15日、首相官邸での写真でございます。首相官邸のホームページから引用させていただきました。

 安倍総理と握手している方、『ショー・ザ・フラッグ、ブーツ・オン・ザ・グラウンド』。この言葉で有名なリチャード・アーミテージ元アメリカの国務副長官。

 一人おいて左から2番目、赤いネクタイの方、まぁほとんど側頭部、後頭部しか映っていない方ですけれども、この方がジョセフ・ナイ・ハーバード大学教授。この2人、一体何者なのってご存じない方のために、外務省のホームページで次のように詳しく紹介されています。

 日米安全保障研究会、米側委員を代表して、『ジョン・ハムレ戦略国際問題研究所』…CSISですよね。CSISの所長が、14年前に、アーミテージ元国務副長官と、ナイ・ハーバード大学教授が、アーミテージ・ナイレポートを作成し、日本の安全保障に対するアプローチについて、提言したと述べた、と書いてあります。

 このお二人、このお二人が提言してくださった、ありがたーいお言葉の数々が日本国の政策にそのまま反映されている。とても影響力のある方々というお話なんです。2000年10月に第一次、2007年2月に第二次、そして2012年の8月に第三次が公表された。アーミテージ・ナイレポートは、それぞれ日本の安全保障政策に大きな影響を与えた。

 パネル、入れ替えてもらっていいですか。お願いします。

 2枚目のパネルは、その第三次アーミテージ・ナイレポートの中の日本への提言9項目、そしてその他、注目すべき記述を抜粋したものです。

▲画像:山本太郎事務所

 注目すべき記述を抜粋したものです。これを見ると、今回の憲法違反の閣議決定から憲法違反の安保法制まで、ほとんどすべて、アメリカ側のリクエストのよるものだということが、よくわかる。

 まずパネルの下の方ですね。いきなり下のほうでごめんなさい。

 『その他』の(10)番をご覧ください。レポートの本分ではこのように書かれています。

 『皮肉なことに、日本の国益保護に必要なもっとも過酷な状況下では、米軍は自衛隊と日本の集団的防衛を行うことは、法的に禁止されているのだ。日本の集団的自衛権禁止を変えることは、こうした皮肉のすべてを解決するだろう。政策転換において統合軍や、より軍事的に広義性の高い日本、日本の平和憲法の変更は希求されるべきでない。集団的自衛権の禁止は同盟にとって障害だ』と書かれています。

パネル1を一瞬、上に被せてもらっていいですか?

 この時の写真、一体何なんだろうな、と思ったら、集団的自衛権容認の閣議決定を提言した人たち、そうですよね、提言した。しかもそれが実現した。だから彼らは官邸まで『よくやったね、君たち』と褒めにきてくれた。そんな現場での心あたたまる写真の一枚なんじゃないかな、っていうふうに考えてしまいます。

 2枚目のパネルに戻ります。

 提言の①。ここではなんと原発の再稼働を求めている。安倍総理は、これも安全性無視で実行しましたよね。

 提言の②。TPPの交渉参加。安倍政権は2012年の衆議院選挙での自民党の選挙の公約を堂々破って、これを忠実に実行している真っ最中でございます。

 提言の⑧。日米間の、あるいは日本が保有する国家機密の保全。これ、特定秘密保護法そんまんまじゃないかよって。これもクリアしてしまっています。

 『その他』の⑫。日本の防衛産業に技術の輸出を行うよう働きかける。これ、防衛装備移転三原則で実現してますもんね。

 今年4月27日、新しい日米防衛協力ガイドラインを承認したときの、日米共同発表文書には、『日本が国際協調主義に基づく、「積極的平和主義」の政策を継続する中で、米国は、日本の最近の重要な成果を歓迎し、支持する。これらの成果には、切れ目のない安全保障整備のための2014年、7月1日の日本政府の閣議決定、国家安全保障会議の設置、防衛装備移転三原則、特定秘密保護法、サイバーセキュリティー基本法、新宇宙基本計画および開発協力大綱が含まれる』と書いてあるそうです。

 この『第三次アーミテージ・ナイレポート』の提言通りの新ガイドラインと、その他の重要な成果なんですね。そして今回の安保法制、戦争法制はパネルで見てみると、②シーレーン保護。⑤インド、オーストラリア、フィリピン、台湾等との連携。⑥日本の領域を超えた情報監視、偵察活動、平時、緊張危機、戦時の米軍と自衛隊の全面協力。⑦日本単独で掃海艇をホルムズ海峡に派遣、米国との共同による南シナ海における監視活動。⑨国連平和維持活動(PKO)の法的権限の範囲拡大。⑪共同訓練、兵器の共同開発。

 これらほとんどすべて、今回の安保法制に盛り込まれたという話です。岸田外務大臣におうかがいします。この『第3次アーミテージ・ナイレポート』で示された日本への提言などが今年4月27日の新ガイドライン共同発表に書かれた日本の最近の重要な成果や、今回の安保法制で実現することになったとお考えになりますか?

岸田文雄外務大臣「まず、ご指摘の報告書ですが、これはあくまで民間の報告書ですので、政府の立場から逐一コメントすることは控えなければならないことだと思いますが、少なくともご指摘の今年の新ガイドライン、さらには今、審議をお願いしております平和安全法制、これはこのご指摘の報告書を念頭に作成したものではないと考えます。

 平和安全法制につきましても、あくまでも我が国の国民の命や暮らしを守るためにどうあるべきなのか、これは自主的な取り組みであると考えておりますし、新ガイドラインにつきましても、安全保障環境が厳しさを増す中にあって、日米の防衛協力について、一般的な枠組みですとか、政策的な方向性、こうしたものを示したものであると認識しております」

山本議員「ありがとうございます。中谷防衛大臣。配布資料でお配りした『第3次アーミテージ・ナイレポート』の概要、これ今でも海上自衛隊の幹部学校のホームページに掲載されているものをそのまま使わせていただきました。

 この『第3次アーミテージ・ナイレポート』の日本への提言、今回の安保法制の内容にいかされていると思いますか」

中谷元防衛大臣「防衛省自衛隊としては幅広くですね、世界の色々な方々からの考え方も含めまして、情報収集、また、研究、分析をしております。

 今回の平和安全法制につきましては、あくまでも我が国の主体的な取り組みとして、国民の命と平和な暮らしを守るというために作ったわけでありまして、時間をかけて、オープンな場でさまざまな意見、議論を経て決定をされたということで、特に、政府内の有識者懇談会、また与党内、自民党と公明党の協議下において、25回に及ぶ徹底的な議論を経て作成したものでありまして、このナイレポート等の報告書を念頭に作成したものではないということでございますが、しかし、政府としましては、この、今後の点において、これからも研究、検討は続けてまいるわけでございますので、このレポートで指摘をされた点もございますが、結果として重なっている部分もあると考えておりますけれども、あくまでも、我が国の主体的な取り組みとして、研究、検討して作ったものであるということでございます」

山本議員「民間のシンクタンクなんだよって。『偶然の一致なんじゃないの?』みたいなお話ですけれども、民間のシンクタンクの方々がこれだけ頻繁に日本を訪れ、そして、総理もそのシンクタンクで演説をなさったりとかしているわけですよね。

 随分、懇意だねって。それが偶然の一致って話になるの?って。これらのレポートを念頭に作成したものでないと、結果重なってしまっている部分があると言うんですが、ほとんど重なっているんじゃないかって。そっくりそのままですよ。『完コピ』って言うんですよこういうの。『完全コピー』。

 昨年7月1日、憲法違反の閣議決定から今回の憲法違反の安保法制、『戦争法制』までだけを見たとしても、何だこれ、アメリカのリクエスト通りじゃないかって。おまけに原発再稼動、TPP、特定秘密保護法、武器輸出三原則の廃止、何から何まで全てアメリカのリクエスト通りに行なっているんだなって。

 アメリカ、アメリカ軍の要請、ニーズには憲法を踏みにじってでも、国民の生活を破壊してでも、真摯に全力で取り組むって、これ、どういうことなんですか?

 これ独立国家って呼べますか? 完全コントロールされてんじゃないかよ。誰の国なんだこの国は! って話をしたいんですね。

 これだけ宗主国様に尽くし続けているにも関わらず、その一方でアメリカは同盟国であるはずの日本政府の各部署、大企業などを盗聴し、ファイブアイズと呼ばれる、イギリス、カナダ、ニュージランド、オーストラリアなどとその盗聴内容をシェアしていたと。もう、マヌケとしか言いようがないお話。先月出てまいりました。

 いつまで都合のいい存在でい続けるんですか、ということをお聞きしたいんですよ。

 いつまで、没落間近の大国のコバンザメを続ける気ですかって。今、後ろから声が聞こえてきました。もう一つの州、最後の州なんじゃないかって。そういう考え方もあると思います。もう一つの州であるならば、アメリカ合衆国の大統領を僕たちが選べなきゃおかしいんですよ。

 そんな状況にもされていないって、諦めているんですか? いつ、植民地をやめんだって。『今でしょ!』って。対等な関係、健全な関係にするべきじゃないですか。すべて、出されたリクエストを全て形にしていくなんておかしな話ですよ。

 今回の『戦争法案』。アメリカの、アメリカによる、アメリカのための『戦争法案』には断固反対。当たり前です。廃案以外はありえません。中国の脅威と言うならば、自衛隊を世界の裏側まで行ける、そのような状態を作り出すことはこの国の守りが薄くなるってことですよ。

 どうして、自衛隊が地球の裏側まで一体化してアメリカと一緒にいろんな所に行かなきゃいけないの? アメリカ以外の国とも一緒に行けるような状況になっていますよね。歯止めありますか? ないですよね。

【質疑全文掲載】山本太郎議員が戦争犯罪常習犯・米国の手口を告発!「総理、米国に民間人の殺戮、やめろって言ったんですか? この先、やめろと言えますか?」――安倍総理はまたイラクに責任転嫁

 中国の脅威をうたっている割には、国の守りが薄くなることに対しては全然平気っぽいですね。廃案以外はありえないこの『戦争法案』。廃案以外あり得ないと申し上げて、午前の質問を終わりたいと思います。ありがとうございました」(了)







きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-08-20 12:37 | 病気

getting by losing

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正解を求める病気。
「損をしたくない病」 ともいう。

なんでも、やってみなけりゃわからない。
やってみた結果は、どんなものでも次のいのちの種になる。
いのちは 「損」 の豊かさに養われる。



でもまあ、わかっちゃいるけど損をしたくないのもまた人間。







Ali Farka Toure Ry Cooder Talking ♪








きくみみダイヤル --- おはなし聴きます
by homeopa | 2015-08-08 10:13 | 病気

how doctors die

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病気は、かならず治療しなければいけないものなのだろうか?






下は英語のサイトの記事を翻訳したものです。
原文はこちら ↓
http://www.zocalopublicsquare.org/2011/11/30/how-doctors-die/ideas/nexus/



「医者の死に方」

何年も前、人々の尊敬を集める整形外科医であり、私の師でもあったチャーリーが、胃にしこりを発見した。チャーリーは外科医に検査を依頼し、膵臓ガンと診断された。その外科医は国内でも指折りの優秀な外科医で、膵臓ガンの5年生存率を5パーセントから15パーセントまで上げることのできる方法 (生活の質は落ちるが)まで発明していた。しかしチャーリーは興味を示さなかった。翌日には家に帰り、診療所を閉め、病院には二度と足を踏み入れなかった。家族と一緒にいてできるだけ気分よく過ごすことに集中し、数カ月後に自宅で亡くなった。抗ガン剤も放射線治療も手術も受けなかった。メディケア(高齢者に対する政府の医療保障)はほとんど使われなかった。

あまり話題には上らないが、医師も死ぬ。しかし他の人々のようには死なない。医師が特異なのは、大多数のアメリカ人にくらべていかに多くの治療を受けるかではなく、いかに受けないかだ。他の人々を死から遠ざけることに多くの時間を費やすにもかかわらず、自分が死に直面したときにはかなり淡々としている。医師は病気の進展を予想できるし、選択肢も知っている。ほとんどの医師がどんな治療でも受けたければ受けることができる。しかし彼らは穏やかな方法を選ぶ。

もちろん医師も死にたくはない。彼らも生きたい。しかし現代医学をよく知っているので、その限界も知っている。死についてもよく知っていて、人々が何をいちばん恐れるかも知っている。それは苦痛のうちに死ぬこと、そしてひとりで死ぬことだ。医師はそういうことをすでに家族と話しあっている。その時が来ても大胆な手段はとらないことや、最後の瞬間に心肺蘇生術で肋骨が折れるようなことにならないように(心肺蘇生術をきちんと行えばそうなる)、確認しておきたいからだ。

医療にたずさわる人ならだれでも「無駄な治療」が行われるのを目にしてきたはずだ。それは死に近づいている重症患者に医師が最先端医療をほどこすときだ。患者の身体は切り開かれ、管を挿入され、機械につながれ、薬で攻撃される。これはすべて集中治療室で一日数万ドルもの費用をかけて行われる。それで得られるのはテロリストにさえ味わわせたくないような悲惨な状態だ。私は仲間の医師から何度となくこんな言葉を聞かされてきた。「もし僕がこんな状態になっているのを見たら殺してくれ」 みな本気だった。なかには心肺蘇生術を避けるために、「NO CODE (特定の患者に緊急蘇生術をする必要がないことを通知する指令)」と書いたメダルを身に着けている人もいる。入れ墨を入れている人さえ見たことがある。

患者を苦しませるような医療を施すのはつらい。医師は自分の感情を表さずに情報を集めるよう教育されている。しかし親しい仲間内ではときどき本音をもらす。「自分の家族にどうしてあんなことができるんだ?」と彼らはきく。おそらく医師のアルコール依存症や鬱病の罹患率が他の職業より高いのは、それも一因しているのではないかと思う。私が10年前から病院の医療に加わるのをやめたのはそのせいだ。

どうしてこんなことになったのだろう? 医師が自分が望まないような治療をこれほどたくさん施すようになるなんて。単純な答えは、いや、さほど単純ではない答えはこうだ--- 患者・医師・システム。

ここで患者がどのような役割を担うかを知るには、だれかが意識を失って救急病棟に運ばれたところを想像するといい。よくあることだが、だれもそんな状況を予測してはいない。ショックを受けておびえている家族は選択肢の迷路に迷いこむことになる。彼らは圧倒されている。そこで医師が「できることをすべてやってほしいですか」ときくと、家族は「はい」と答える。そこから悪夢が始まる。家族が本当に「できることをすべて」やってほしいと思っていることもあるが、実際は「妥当なことをすべて」やってほしいと思っていることも多い。問題は、何が妥当かを彼らが知らないことだ。しかも混乱して悲しんでいるので、医師にそれを質問したり医師の言葉をちゃんと聞きとることができない。一方で、すべてをやってくれと言われた医師は、妥当であってもなくても、それを実行する。

上のような筋書きはよくあることだ。それに輪をかけるのが、医師の能力に対する非現実的な期待だ。多くの人は心肺蘇生術を確実な救護法と考えているが、実際には結果はさほどかんばしくない。私は救急病棟に心肺蘇生機を導入してから何百人という救急患者を診てきた。そのうち歩いて病院から出ていったのはひとりだけだ。彼は心臓に問題のない健康な男性だった(詳しく言うと、彼は緊張性の肺気胸だった)。もし患者が重病をわずらっていたり、老齢だったり、末期的な状態だったりすれば、心肺蘇生術の成果はごくわずかなものになり、患者の苦しみは膨大になる。知識の不足と誤った期待は、多くの間違った決断に通じる。

しかしもちろん、そういう状況を作るのは患者だけではない。医師も一役買う。問題は、無駄な治療を行いたくない医師でさえも、患者とその家族の願いに応じる手段を見つけなければならないことだ。もう一度救急病棟を想像してみよう。そこには悲嘆に暮れ、おそらくヒステリックになっている家族がいる。彼らはその医師を知らない。そのような状況で信頼関係を築くのは難しい。もしそこで医師がこれ以上治療をしないようにと助言でもすれば、家族は医師が下劣な動機から、つまり時間や費用や労力を惜しんで、そんなことを言うのだと思いがちだ。

医師のなかにはコミュニケーションが得意な人もいれば、そうでない人もいる。意志の固い人もいれば、さほどではない人もいる。しかしどの医師もみな似たようなプレッシャーに直面する。私は最期の選択をしなければならないような状況に直面したとき、できるだけ早い段階で、自分が妥当だと思う選択肢のみを提示するという方法をとる(どんな状況でもだが)。患者やその家族が妥当ではない選択肢を持ちだしてきたときには、専門用語は使わず、その難点を明確に説明できるような普通の言葉で話しあう。もし患者やその家族が、私が無意味または有害だと思う治療をそれでもやりたいと言いはるときには、別の医師または病院に治療を任せるだろう。

ときにはもっと強引になるべきだったのだろうか? このように患者を別の医師に任せたケースで、いまだに気になっているものがいくつかある。私がとても好意を抱いていた患者のひとりは、ある有名な政治家一族の弁護士だった。彼女は重度の糖尿病で、血液循環が非常に悪く、あるとき足に痛いただれができた。病院の厄介さを知っていたので、私はあらゆる手を尽くして手術を避けさせようとした。それでも彼女は、私とは無関係の外部の専門家に助けを求めた。私ほど彼女のことをよく知らなかった医師たちは、慢性的に詰まっている両脚の血管にバイパス手術を施すことにした。しかしそれでも血液循環は回復せず、手術の傷はなかなか治らなかった。やがて両足が壊疽を起こし、脚を切断することになった。二週間後、こうしたことすべてが行われた有名な医療センターで、彼女は亡くなった。

このようなケースで医師や患者の間違いを指摘するのは簡単だが、多くの点で、医師も患者も、過剰な治療を奨励する大きなシステムの犠牲者なのだ。不運なケースでは、医師たちがフィー・フォー・サービス(診療ごとに料金を支払う仕組み)を利用してできることをすべて行い、それがどんなに無意味でも構わず、収入を上げようとする。しかしもっとよくあるのは、医師が訴訟を恐れて頼まれたことをすべて行うというケースだ。彼らはトラブルを避けるために、ほとんど意見も言わない。

患者がきちんと準備をしていた場合でさえ、このシステムに飲みこまれることもある。私の患者に78歳のジャックという男性がいた。彼は長患いで、大手術を15回も受けていた。そしてどんな状況であれ、二度と生命維持装置にはつながれたくないと私に説明していた。ところがある土曜日、ジャックは激しい発作を起こし、妻の付き添いもなく、無意識のまま緊急治療室に運ばれた。医師たちはジャックを蘇生させるためにあらゆる手を尽くし、ICUで生命維持装置につないだ。これはジャックにとっては最悪の悪夢だった。私は病院に着いてジャックのケアを引き継ぐなり、彼の妻や病院のスタッフと話し、本人の希望が書かれたノートを見せた。それから生命維持装置を切り、彼の横に付き添った。ジャックは二時間後に亡くなった。

ジャックは自分の希望をすべて書面にしていても、望んだとおりに死ぬことができなかった。システムがそれを妨害した。あとでわかったことだが、私がジャックの生命維持装置を切ったことについて、看護士のひとりが殺人の可能性ありとして当局に報告したそうだ。もちろんそれで何かが起こることはなかった。ジャックは自分の希望を明確に説明していたし、それを証明する書類も残していたからだ。しかしどんな医師も警察に捜査されると思えば怖じ気づく。ジャックの望みに反して彼を生命維持装置につないだままにし、彼の命と苦しみを数週間先まで延ばしたほうが、私にとってははるかに簡単だっただろう。しかもメディケアではさらに50万ドルの費用がかかる。多くの医師が誤った過剰治療を行いたがるのも無理はない。

それでも医師は自分自身に過剰な治療はしない。その結果をつねに目にしているからだ。自分の家ではほぼだれでも穏やかに死ぬことができるし、最近では痛みもずいぶんコントロールできるようになった。ホスピスでは終末期の患者に無益な治療を施すかわりに、快適さと威厳を与えることに集中し、はるかに良好な最期の日々を提供する。驚いたことに、多くの研究から、ホスピスにいる人々のほうが同じ病気で積極的な治療を受けている人々より長生きすることがわかっている。つい最近も、有名記者のトム・ウィッカーが「自宅で家族に囲まれ穏やかに亡くなった」と、ラジオで言っているのを耳にした。ありがたいかな、そのようなケースはますます増えている。

数年前に従兄のトーチがけいれん発作を起こし、肺ガンが脳に転移していることがわかった。私はトーチにさまざまな専門家を紹介した。それでわかったのは、週に3~5回の抗ガン剤治療を含む攻撃的な治療を受ければ4カ月は生きのびられるだろうということだった。最終的に、トーチはどの治療も受けず、ただ脳の腫れを緩和する錠剤を飲むだけにとどめ、私の家に引っ越してきた。

それから8カ月間、私たちはトーチが楽しめることをいろいろやった。何十年ぶりで一緒に楽しく過ごした。トーチにとって初体験のディズニーランドにも行ったし、家でごろごろ過ごしたりもした。トーチはスポーツ好きなので、スポーツを観ながら私のつくった料理を食べるのをとても喜んだ。病院食の代わりに好きな食べ物を食べて少し太りさえした。激しい痛みはなく、つねに上機嫌だった。そしてある日、目を覚まさなかった。それから三日間、昏睡状態のように眠り、そして亡くなった。8カ月間の医療費は一種類の薬代だけで、約20ドルだった。

トーチは医者ではなかったが、自分が量だけでなく質のよい人生を求めていることを知っていた。ほとんどの人間が求めるのはそれではないのか? もし終末期ケアに最先端技術があるとすれば、これだ --- 尊厳死。僕自身は主治医に自分の選択肢を知らせてある。ほとんどの医師がそうであるように、私もそれを選ぶのは簡単だった。果敢なことは何もせず、穏やかに眠りにつく。師のチャーリーのように。従兄のトーチのように。そして仲間の医師たちのように。
                                      ケン・マレー(南カリフォルニア大学、家庭医学部臨床助教授)


(翻訳ここまで)



         ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



上の医師たちの選択は、
現代医学の限界というものを前提にしています。

もちろん、現代医学に限界があるならば、他の方法を使うという選択肢もあります。

また現代医学であれなんであれ 「治療」 というものをしないという選択もあります。

大事なのは、本人が自分で選択できる状況やシステムと、
それを受け入れる寛容で柔軟な社会があることだと思います。






しかし現実には、個人が自分の治療法を選択する自由はあまりありません。
下はそれを痛感させられる映画。
ブルジンスキー博士とアンチネオプラストンについて。


病気にはさまざまなアプローチが可能であり、
現代医学も単にそのひとつであること、
現代医学が他のアプローチに対していかに閉鎖的かということ、
新しいアプローチを開発する人々がいかに迫害されるかということ、
従来の治療法から利権を得ている人たちが、
いかに卑劣な手段を使ってそれにしがみつこうとするかということ、
そんな現実が如実に描かれています。
観ているとけっこうムカつきます。

でも中身の充実したすばらしい映画。




※日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見よりお知らせ

 携帯電話から当センターにメールをくださる場合、
 携帯電話の設定が、PCからのメールを拒否する設定になっていると、
 こちらからの返信がはねつけられてしまいます。
 返信がなかなか届かない場合は、携帯電話の設定をご確認ください。
by homeopa | 2015-05-29 22:59 | 病気

農薬と発達障害

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草の畑を見慣れたせいか、
最近は土がむきだしになった畑を見ると寒々しい気分になる。
土も草をはがされて心細い気分だろうと思って。

わたしが畑をやれるようになったあかつきには、
こんな畑をつくりたいな。↓

http://angel28.seesaa.net/article/238220034.html
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http://azuminoworkcamp.blog38.fc2.com/blog-entry-28.html
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もちろん農薬や化学肥料は使わず、その他の肥料も控えめにして、
草と微生物とレメディーを活用して。
自分が食べて周りの人にお裾分けするぐらいはできるんじゃないか。






さて、農薬と発達障害の関係についての動画です。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/242962

以前の記事でリンクを貼ったのだけれど、
内容がとても濃いので、
ここに要点を箇条書きにしておくことにしました。

  (この動画はIWJの会員でないと最後まで見られません。
   IWJは本当にわたしたちが知りたい情報を伝えてくれる希有なメディア。
   興味のある方はぜひ会員になるといいです。
   すっかり御用メディアになりさがったテレビや新聞が伝えないことを知ることができます)



【対談内容の概要】

黒田洋一郎医学博士との対談    著書『発達障害の原因と発症メカニズム』

◆脳の働きに異常のある子どもが増えている
  (キレやすい、引きこもる、ADHD、学習障害、自閉症スペクトラムなど)。
  小学生の6.3%(17人に1人)が軽度の発達障害、2.7%が自閉症(文科省調べ)。
 
◆発達障害とそうでない状態の境目はグラデーションで、はっきり線が引けない。

◆発達障害の原因に関する専門家の見方は、
  社会的要因から、親の育て方、遺伝、そして環境内の化学物質へと変化してきた。

◆同じ化学物質に同じ量暴露したとしても、ひとりひとり症状の出方がちがう。
  そのために因果関係を証明するのがむずかしい。

◆米国カリフォルニア州の調査では、1990年から2006年のあいだに発達障害のケースは
  約7倍に増えた(このうち4割は診断基準がゆるくなったため)。
  これを見ても発達障害の原因が遺伝でないことがわかる。
  日本ではもっと多いはずだが、このような調査は行われていない。

◆発達障害の発症メカニズム--- 子どもの発達過程で脳神経のシナプスに異常が生じ、
  特定の神経回路が形成されず、その回路が担当する行動や思考ができなくなる。
  シナプスは脳神経と脳神経のつなぎめであり、ここではさまざまな化学物質(神経伝達物質)によって
  情報が伝達される。この伝達が環境中の化学物質によってかく乱されることによって異常が生じる。

◆胎児期と幼児期はシナプス形成に大事な時期だが、この時期はまだ血液脳関門が未発達のため、
  毒物が脳に侵入しやすい。

◆自閉症に関連する遺伝子が見つかっている(だれもが持っている)。
  これらの遺伝子はすべてシナプスにかかわるもの。

◆局所的なシナプスの異常は微少すぎて、生きている子どもの脳では観察できないため、
  診断がむずかしい。

◆1970年ごろ、米国で自閉症やADHDが増えはじめる。
  1970年ごろ、日本でPCBや有機リン系農薬を使いはじめる。その後、ネオニコチノイド系農薬も。
  1980年ごろ、日本でも自閉症が増えはじめる。
 
◆発達障害を起こしうる化学物質
  環境化学物質
  重金属(有機水銀、鉛など)
  有機塩素化合物(PCB、ダイオキシンなど)
  農薬(有機リン系、ネオニコチノイド系)
  ニコチン
  薬品
  サリドマイド。バルプロ酸(抗てんかん薬)
  
◆PCBは神経に毒性があるとして1970年に製造中止になったが、
  現在でも日本人全員の血中に検出される。
  PCBは脂肪に溶けやすいため、マグロの脂身やクジラの脂身に濃縮されているものを
  人間が摂取するためと思われる。

◆ひとりの人間の中でさまざまな化学物質による複合汚染が起こっている。

◆ヨーロッパではデータが完全にそろわなくても、予防原則でネオニコチノイド系農薬を禁止した。
  日・米は完全に黒だとわかるまで禁止しない。
  それどころか日本政府は基準をゆるめようとしている。

◆各国の単位面積あたりの農薬使用料と、自閉症有病率の関係(2012年)
  驚くほど一致している。

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  韓国と日本は、もっとも少子化が進んでいる国でもある。
  農薬の生殖毒性と関係あり?
  フランスは先進国のなかでも出生率が高い
         --- 農薬をあまり使わず、農協で農薬の使用を強制したりしない。
 
 
◆殺虫剤は昆虫のアセチルコリンの働きを妨害する。

  昆虫--- 中枢神経ではアセチルコリンが主な神経伝達物質。
        抹消神経ではグルタミン酸が主な神経伝達物質。
  人間--- 中枢神経ではグルタミン酸とアセチルコリンが、
        末梢神経ではアセチルコリンが主な神経伝達物質。

        したがって殺虫剤は人間の中枢神経にも作用する。
     
◆農薬の毒性は遅発性であるため(多量にとった場合は別)、
  因果関係が証明しにくい。

◆農薬の毒性から生じる病気 → ガン・心機能不全など急性神経症状・パーキンソン病など遅発性神経疾患
                      発達障害・アレルギー・アトピー・化学物質過敏症・生殖機能の異常

◆佐渡でトキの孵化が成功しなかったとき、
  近隣の農家にネオニコチノイド系の農薬の使用をやめてもらったら、孵化が成功した。

◆有機リン系農薬--- アセチルコリンの分解を阻害 → 神経伝達がONになりっぱなし。
              野菜を洗えばある程度落ちる。
           
 ネオニコチノイド系農薬--- アセチルコリン受容体に結びつく → 神経伝達がONになりっぱなし
                  種に吸収させるため、成長した植物にも残留し、
                  食べた虫が死ぬ。
                  野菜を洗っても落ちない。
              
      脳の発達過程では、正常回路の発達にとって、神経伝達がOFFになっている状態が必要である。


◆ネオニコチノイド系農薬にもいろいろなものがある。
  日本政府はそのなかに含まれる各化学物質ごとに規制しているため、
  少し組成を変えるだけで規制をまぬがれることができる。

◆2013年、欧州食品安全機関は、ネオニコチノイド系農薬は子どもの脳の発達に影響を与えるとし、
  使用基準を厳しくするよう勧告。
  EUは2013年12月から2年間、3種類のネオニコチノイド系農薬を使用禁止にした。

◆住友化学--- 日本の農薬トップメーカー。とくにネオニコチノイド系農薬。
  モンサント社の日本のパートナー。
  遺伝子組み換え製品の販売促進。
  TPPの推進役。
 
   2013年5月、EUがネオニコチノイド系農薬の使用を禁止したことについて
   住友化学が反論文書を発表。
   「ネオニコチノイドと蜜蜂の大量死の関連が明確になっていないのに予防原則で使用を禁止したのは
   けしからん」という内容。
   けしからん企業だな。
 
◆日本には危険情報がほとんど入ってこない。入ってきても報道されない。

◆家庭で使われる殺虫剤にもネオニコチノイドが使われている。
  アリコロリ、コバエキャッチャー、コバエ劇とり、カダン、ブラックキャップなど多数。
  建物の建材などにも。
 
◆日本の農地面積当たりの農薬使用料は、アメリカの7倍、フランスの3倍。

◆ネオニコチノイド系農薬の国内出荷量は過去10年間で3倍に(国立環境研究所データベース)
  農協(JA)は販売手数料が入るため、会員に農薬の使用を勧める。
 

◆日本でのネオニコチノイド系農薬の残留基準はきわめて緩い。
 -------------------------------------------------
       日   米   EU (アセタミプリドの基準 単位:PPM)
 -------------------------------------------------
 イチゴ   3   0.6   0.5
 リンゴ   2   1.0   0.7
 茶葉   30   00    0.1
 トマト    2   0.2   0.15
 キュウリ  2   0.5   0.3
 キャベツ  3   1.2   0.6
 ブロッコリ 2   1.2   0.3
 
◆もし日本がTPPに加入したら、日本の農産物は加盟国から敬遠されるだろう。
  先日、台湾が農薬の残留濃度を理由に日本の農産物を返却した。
  台湾のほうが意識が高い。

◆2010年、米ハーバード大学の研究者は
  「有機リン系農薬に暴露された子どもはADHDのリスクが約2倍に高まる」と論文を発表。

◆2012年11月、米国小児科学会が声明を発表。
  脳の発達障害や脳腫瘍など、農薬による子どもの健康被害について警告した。
  200以上の論文が証拠として引用されている。
 
(以上)

          ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



農薬の害が心配な方は、下のようなレメディーをとられてみるとよいでしょう。
そしてもちろん、ホメオパスに相談することも。

K-Jyoso-Her (除草剤)
K-Sacchu-N-Met (農薬の殺虫剤)
K-Sacchu-H (家庭用殺虫剤)
K-DDT/DIO/PCB (DDT、PCB、DIO)
Phosphorus (リン)
Nicotinum (ニコチン。ネオニコチノイドはニコチンと類似)








※日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見からのお知らせ

 5月23日(土)・24日(金)・25日(月)のあいだ東京を離れますので、
 メール・FAX・お電話への返信ができません。
 ご不便をおかけして申し訳ありません。
 よろしくお願いいたします。
by homeopa | 2015-05-20 21:45 | 病気

病気

b0170947_1039513.jpg

病気を、理由もなく自分に降りかかった災難みたいに考える人もいる。
理由があるから病気になるんだと思うけどね。

一方で、病気になるには何か自分に 「悪いところ」 があるからだろうと考えて、
何が悪いんだろう? 何を改めればいいんだろう?
と理由さがしをしてドツボにはまる人もいる。
(わたしもちょっとこのタイプ)
お酒や煙草もやめて、砂糖を抜いて、小麦粉もやめて、肉食もあきらめて、
無農薬野菜や無添加食品に大金をつぎこんで、
睡眠時間をふやすために好きな趣味もやめて、
嫌いな運動をするためにジムに通って、
がんばって節制して、節制して、
でも何も変わらないとか・・・・

「悪いところ」 っていうより、
そのときの自分にとって不自然な生き方や生活が、
つまり無理をしてるってことが、
理由なんだと思うけど。
そして「悪いところ」 や 「無理」 は、そのときその人によって千差万別だ。
そのときその人によって、自然なことが千差万別なように。



そして病気になったとき、
自分の無理に気づいてそれを手放すことも大事だけど、
もうひとつ、もっと大事なことがあるかもしれないと、昨日の晩、気づいた。

いつの間にか忘れてしまう宇宙の大きさとか、
世界の美しさとか、
動植物や微生物の優しさとか、
人生のおかしさとか、
まわりの人々のいとしさとか、
自分のかわいさとか、
それを思いだすこと。

昨夜、わたしも思いだした。

何度でも何度でも言うけど、
やっぱり病気はチャンスだ。
人間はときどき病気にでもなって苦しまないと大事なことを忘れてしまう愚かな生物だから。







雑踏 by 忌野清志郎&NICE MIDDLE with New Blue Day Horns ♪
by homeopa | 2015-05-17 08:39 | 病気

a blank day

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私は生活に広い余白を残しておきたいのだ。
         ---- H・D・ソロー 『森の生活』








一昨日の午前3時ごろ、ふと目が覚めて、トイレに行ったらひどい下痢。
胃もむかむかして痛む。
それから何度もトイレに入り、
そのうち少し寒気がして熱も出てきた・・・・37度どまりだったけど。

立っていられる状態ではなかったので、
予定をキャンセルして、あとはずーっと寝ていた。
胃は痛いし、吐き気も少しするし、何度もトイレに立たなければならなくて、
それなりにつらくはあったのだけど、
なんだかうれしい一日だった。
ずっとこういう時間が欲しかったのだと思った。
気づかなかったけど、だいぶ疲れていたみたい。
何もしないで、考えるでもなく、眠るでもなく、その中途半端なところをぼんやり揺れている時間。
休むってこういうことなんだなと思った。
もう少し苦しかったら、休んでいる気はしなかったかもしれないし、
もう少し楽だったら、起きだして何かしていたかもしれない。
微妙なさじ加減。
いつもそつのない神様からの、贈り物。

夢もたくさん見たし、心のつぶやきをいろいろ聞いた。
Twitterよりおもしろかった。

 ・なんかちがうな。
 ・また立派に生きようとしてる。
 ・痛みも吐き気もなくて、普通に動けるってすごい・・・・毎日が奇跡だな。
 ・だれかそこでわたしを見ていて。
 ・ずっと食べすぎだった。
 ・布団の中で永遠にまどろんでいたい。
 ・ああ、幸せ、ああ、つらい。
 ・何がしたいの?






うん、いい余白だった。
病気のおかげでもらった余白。

でもまだふらふらして、胃が少し変で、食欲もいまひとつ。
なにしろ熱が7度しか出なかったからな。
もし胃腸の風邪なら、41.5度は出さなきゃいけなかったんだ。
ああ、熱を出せる身体になりたい。








映画監督 河瀬直美さんのTED






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ソフトウェアの不具合で、日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見のサイトを更新できないので、
しばらくのあいだお知らせはこのブログに載せます。


『基本レメディーの使い方講座』

 日々のセルフケアで活躍する36種類のベーシックレメディーを、
 2回にわけて勉強します。
 この講座、久しぶりにやるので、大丈夫かなあという感じはありますが、
 まあ、もたもたしながら、楽しくやりましょう。

 日時: 1回目 2015年1月25日(日)午後1~5時 
      2回目 2015年2月15日(日)午後1~5時
 場所: 喜多見地区会館  地図はこちら
        小田急線、喜多見駅の改札を南側に出て左に進み、
        線路を左側に見ながら線路ぞいに進むと、前に「ちよだ鮨」が見えます。
        その横の道(線路ぞい)を150メートルほど進むと、
        右手に喜多見地区会館があります。
        第二会議室は1階の奥です。
        スリッパに履きかえてお入りください。
        「ホメオパクラブ」の名前で部屋をとってあります。
 料金: 1回2000円
 講師: 上村悦子




『ホメオパシー入門講座』

 ホメオパシーは使ったことがないけれど興味がある、という人や、
 使いはじめたばかりでどういうものかよくわからない、という人向けの講座です。
 お気楽にどうぞ。

 日時:2015年2月8日(日)AM10:00~12:00
 場所:上とおなじ
 料金:1000円
 講師:上村悦子


★どちらの講座も、ご予約が必要です。
  ご予約はこちらのメールアドレスに → mail@homeopa.info

★どちらの講座も、あったかいお茶とお菓子付きです。
  お菓子は、わたしの多忙度や怠惰度や気分によって、手作りかもしれないし、市販品かもしれません。
  あまり期待しないで、少し期待してください。
by homeopa | 2015-01-29 17:17 | 病気

インフルエンザ脳症

b0170947_9164579.jpg

長野県松本市の病院で、
看護士さん4人と入院患者さん21人がインフルエンザに集団感染し、
70歳の男性患者さんが肺炎で亡くなり、
40代の女性看護士さんがインフルエンザ脳症で亡くなったそうです。
ニュース→ http://www.shinmai.co.jp/news/20150120/KT150119ATI090023000.php
        https://minacolor.com/topics/articles/893

このようなニュースを聞いたとたん、
やっぱりインフルエンザは怖い!!
やっぱり予防接種をしなくちゃ、かかったらタミフルを飲まなくちゃ、
と人々が反応するのはよくあることです。
でもちょっと待って、という気持ちでこの記事を書きました。

ちなみに、この病院の患者さんと看護士さんは、
どれくらいの割合で予防接種を打っていたのでしょう。
もしかしたら大半の方が予防接種を打っていたのではないでしょうか。
病院の入院病棟や老人ホームでは、予防接種が勧められますよね。
それでも (あるいはそれだからこそ) 、そのような施設でときどき集団感染が起こります。
集団感染というといつもそこが気になるのですが、ニュースにはその情報はあまり出てきませんね。

70歳の男性患者さんは白血病で入院中で、予防接種は受けていなかったそうです。
これは推測ですが、その治療には抗ガン剤が使われていたのではないかと思います。
だとすれば、もともとの病気とその治療によって免疫力がかなり落ちていたのでしょう。
そのような状態では、予防接種を打っても打たなくても、薬を使っても使わなくても、
また感染したのがインフルエンザであっても、他の風邪であっても、
結果は同じだったかもしれません。

40代の女性看護士さんは、予防接種を受けていたそうです。
しかしタミフルやイナビルなどのインフルエンザ薬は使っていなかった。
これも推測ですが、看護士さんという職業柄、解熱剤などは使ったかもしれません。
もしそうだとすると、予防接種か解熱剤が脳症の引き金になった可能性はあります。

人間の身体が細菌感染に対処するには38.5度以上の発熱が必要で、
風邪やインフルエンザなどのウィルス感染に対処するには41.5度以上の発熱が必要だと、
どこかで読んだ覚えがあります。
人間には個人差があるので、ここまで厳密に温度を特定することには疑問を感じますが、
感染症への対処に発熱が必要不可欠であることは確実な事実です。
免疫の主役である白血球は十分な熱がなければまともに働けず、
反対に細菌やウィルスは熱があると弱ります。

だから動物が何かに感染したら、まず熱を出さなければなりません。
ここで熱を下げるということは、
細菌やウィルスにとって、とても活動しやすい環境をつくることになります。
勢いづいたウィルスは、普段はなかなか近づけない脳にまで飛びこんでしまうかもしれません。

以上、このニュースに関しては推測をもとに書いていますので、
何も断言はできません。
しかし、インフルエンザで人が死んだ → さあ、大変 → 予防接種を受けなくちゃ → 薬を飲まなくちゃ、熱を下げなくちゃ
という思考パターンから少し身を引いて、
さまざまな側面から考えてみることも必要ではないかと思います。

わたし自身はインフルエンザを憎んではいませんが、
というよりむしろ、かかりたいと思っていますが (でも、なかなかかかれない)、
インフルエンザを毛嫌いしている方、あるいは、かかっても軽く済ませたいと思っている方にとって、
何よりも大事なのは免疫を上げること。
その目的のためには、普段から予防接種も薬もなるべく避けることが賢明です。

こちらのサイトもご参考になさってください。
http://www.naoru.com/kyuu-nousyou.htm





※インフルエンザはワクチンで予防できないと、WHOが結論
  ワクチンを打った人がインフルエンザにかかったかとうかだけではなく、
  打った人と打たない人と、どちらが感染率・重症化率が高いかも、調査していただきたいなあ。


※念のため、ワクチン賛成派の方のご意見もここに載せておきます。






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ソフトウェアの不具合で、日本ホメオパシーセンター世田谷喜多見のサイトを更新できないので、
しばらくのあいだお知らせはこのブログに載せます。


『基本レメディーの使い方講座』

 日々のセルフケアで活躍する36種類のベーシックレメディーを、
 2回にわけて勉強します。
 この講座、久しぶりにやるので、大丈夫かなあという感じはありますが、
 まあ、もたもたしながら、楽しくやりましょう。

 日時: 1回目 2015年1月25日(日)午後1~5時 
      2回目 2015年2月15日(日)午後1~5時
 場所: 喜多見地区会館  地図はこちら
        小田急線、喜多見駅の改札を南側に出て左に進み、
        線路を左側に見ながら線路ぞいに進むと、前に「ちよだ鮨」が見えます。
        その横の道(線路ぞい)を150メートルほど進むと、
        右手に喜多見地区会館があります。
        第二会議室は1階の奥です。
        スリッパに履きかえてお入りください。
        「ホメオパクラブ」の名前で部屋をとってあります。
 料金: 1回2000円
 講師: 上村悦子




『ホメオパシー入門講座』

 ホメオパシーは使ったことがないけれど興味がある、という人や、
 使いはじめたばかりでどういうものかよくわからない、という人向けの講座です。
 お気楽にどうぞ。

 日時:2015年2月8日(日)AM10:00~12:00
 場所:上とおなじ
 料金:1000円
 講師:上村悦子


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  お菓子は、わたしの多忙度や怠惰度や気分によって、手作りかもしれないし、市販品かもしれません。
  あまり期待しないで、少し期待してください。
 
by homeopa | 2015-01-23 14:53 | 病気