pimboke6

幸せの経済学

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今度引っ越すときは田舎だぞ、と思っていたのが、
もろもろの事情から首都圏内で引っ越さなければならなくなって、
なんとなく田舎暮らしの夢があっちのほーに消えていったような気がしていた。

でも少し落ちついてみると、またその辺で夢がにたにた笑っている。
性懲りもないやつだな。
と思いながら、それを喜ばせてやろうと、
こんな本を読んでみた。


「農家が教える自給農業のはじめ方」 中島正著 (農文協)

厚さ1センチほどの薄い本だけど、
実践的な智恵と、哲学的な智恵が、無駄なくぎゅっと詰まっている。
買ってよかった。
やっぱりやるよ、田舎暮らし、と思った。


それはそうと前の記事に、
羽咋市の無農薬無肥料農業の画像をアップしたけど、

その画像を見ていてひとつ気になったことがあった。

それは画像に出てくるJAの人たちの多くが、
今までの考え方や価値観を根本から見直すことをせずに、
ただ手段だけ替えようとしているように見えること。
(そうでなかったらごめんなさい)

たとえば、なるべく時間やコストをかけずにたくさん生産して、
遠くの都市や外国にたくさん売って、
現金収入をたくさん得るのを目的としていたのが従来の農業だったわけだけれど、
無農薬無肥料でそれと同じことをめざし、同じ結果を得ようとしているのではないか、
とわたしは思ったのだ。

上のような目的にいちばん適した方法として、
農薬や化学肥料をたくさん使う方法が発展してきたのだから、
その目的が変わらなければ、
無農薬無肥料栽培はいずれ、「やっぱり従来のやり方ほど儲からない」 となって、
見捨てられる恐れがある。

ホメオパシーのクライアントさんでもそういう人がよくいる。
病気も症状もいやだから、
苦労や努力をせずに、すぐに治りたい、
だからお医者さんにお願いして、薬でぱっと症状を消す。
そういう考え方で薬を多用してきた人が、
考え方は変えずにただ薬をレメディーに替えても、
ほんとの治癒は起こらない。
レメディーはそういう目的のためにつくられているわけではないから。
薬や医者に頼って病気を治すという現代医学の考え方を捨てて、
自分の力を活かす努力をして自分で治すという考え方を身につけないかぎり、
薬をレメディーに替えてもあまり意味はない。
(薬による体へのダメージは減るけれど)


はなしがそれてしまったけれど、
農業もこれと似たところがある、
ように思う。

何のために農業をやるのか、どういう農業をやるのか、なぜ農薬や肥料を使わないのか、
そういう根っこの部分を考えずに、方法を替えても意味がないだろう。
(農薬や化学肥料による土へのダメージはへるけれど)

なぜなら農業は他の産業とちがって、
根本的に市場原理と相容れないところがあるからだ。
そして相容れない市場原理にふりまわされてきたのが従来の近代農業だった。
ということに、上の本を読んで気づかされた。


大事なことだと思うので、ここに引用しておこう。


      ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※

●農業は工業製品じゃない
 農業と工業とでは、その生産力に1500倍の開きがあるという。
分秒単位で生産される工業製品と、1年に1~2回しかとれない農産物と
等価交換されれば、農業と工業の格差が開いていくのは自明の理である。
 また、農産物は工業製品と比べ保存がきかない(ことに生鮮食料)。
そして胃袋いっぱい以上は無理に食えないという弱みがある。この弱みに
つけ込んだ買い叩き――市場原理と言う錦の御旗を逆手にとった貨幣
(マジック)経済の策謀(からくり)に注目しなければならない。ハクサイや
キャベツが豊作のとき、農家は出荷すればするほど赤字がかさむので、
やむなくトラクタで畑へ踏み潰すのである。
 農民は、かつて領主や地主の搾取に困憊したが、現在は貨幣経済の魔術
(からくり)によって、さらなる過酷な収奪にあえいでいるのである。
領主や地主は半分残してくれたが、いま「赤字になる」のは全部失うことを
意味するのだ。
 貨幣のない自然界に市場原理は存在しない。シマウマがいかにたくさん
あふれていても、ライオンは1頭のシマウマで腹を満たせば、その1頭に
絶対の価値を見出す。
 いやしくも食料は人間の命を養う糧である。たとえ必要をこえてとれすぎた
としても、一定限度までの量については――すなわち消費者の胃袋におさまった分
については、千金の値打ちがなければならない。しかるに、その必要不可欠
の分まで余剰の道連れにして、大暴落の仲間入りをさせようという奸策――
領主や地主のいない近代農業の、これは泣きどころである。

●規模拡大路線の弊害
 「農民が低収益で困るというなら、さらなる合理化、機械化、大型化を
進め、もっと多くの収穫をあげればよい」と性懲りもなく農政や農協はいう
のだが、じつのところ、発展拡大が進めば進むほど、さらに大量の収奪が
可能となり、農民はこまの舞い倒れになるだけである。
 「農民が自給農業で自分独り生きるために働くというのはエゴである。
多くの人に多くの農産物を供給してこそ世のため人のためというものである」
――この考えにだまされてはいけない。まさにこの考えほど、人間にとって
有害なものはないのだ。
 「世のためにたくさん生産する」というのは単に「口実(たてまえ)」に
すぎなくて、本音は「それによってたくさん金儲けがしたい」ということ
なのである。大企業が支える工業社会もこの論理によって動いている。
「拡大生産」――それは当然資源の浪費、環境の破壊、ごみの増大をもたらし、
さらにはモノ余りデフレ不況の原因となるのである。
 いま政府が推進している、大型農業を優遇して4ヘクタール以下の小農を
切り捨てる「農業経営安定対策」は、さらなる村の荒廃をまねく、とんでも
ない政策である。私は、その逆をいく大型農業を解体して零細農業を増やさ
なければ、村の荒廃はもちろんだが、食の安全も守ることはできないと
考えている。

●都会のワーキングプアより田舎の貧乏自給百姓を
 大資本に富を集中させるべく身を削って奉仕するワーキングプア
――この不条理きわまる格差社会。やがて残り少ない資源の奪い合い
が始まるとき、国益を守るという美名のもとに軍備を拡張しなければ
ならないが、この場合志願兵をたやすく確保するには格差社会――
ワーキングプアは必須である。低賃金で過酷な労働を強いられた当の
カタキを守るため、身を挺して戦場に駆り出されることとなる。
金持ちは決して銃をとらず、己の儲けのためにこれまで虐げられてきた
ワーキングプアを、今度は志願兵に雇って砦としてさらなる繁栄を
画策する。憲法改正はかかる陰謀の走り現象ではないのか。
資源争奪戦――「奪う」という字を「まもる」と読ませる見え透いた
奸策にだまされてはならない。

●自分の食い扶持は自分でまかなう
 「人間本来の食性に合致した作物」を選んで、自分の食い扶持は
自分でまかなう――独立百姓最大の功徳である。食品売り場に並ぶ
添加物まみれの「食性反逆商品」から逃れるにはこれしかない。
そして30兆円にも及ぶ医療費から逃れるにも、これ以外にはありえない
のである。
 自分の食いものを自分でつくるのに毒を吹きかける者はいないが、
これを他人に依存すれば、虫に食われたり輸送途中で腐ったりする
のを防ぐために化学物質を私用するのは、当然の必要となる。
そのため年間30兆円をこえる医療費もやむを得ないといわねばならない。

●少量多品目生産で等身大の生き方を
 等身大の生き方という考えがある。人間はそれぞれ最低限、自分が
生きていけるだけに相応する働きをし、それ以上の余分な活動は慎まな
ければならないという意である。ただし、老人、病人、子供などを
養う分だけは上積みして働かなければならないが……。もし人々が
その生産活動と消費生活を等身大に合わせて生きていくなら、生産と
消費の均衡がとれてデフレもインフレも起こらない。経済は順調に、
資源は節約され、環境は悪化せず、桃源郷が訪れること疑いない。
これをひと言でいえば「耐乏生活」ということになる。
 等身大の耐乏生活――政治や革命に依存せず自分の手で実現する
とすれば、「自給自足、自立独歩」の小農百姓になる以外にはありえない。
これこそズバリストレートに等身大の暮らし、コンパクトでシンプルな生活
を、誰にも迷惑をかけず、自力で確保することができるのである(広い圃場
いっぱいにタマネギやキャベツばかりという農業ではもちろん問題外)。

●実践――まず隗より始めよ
 指摘や警告はいかほど出回っても、それだけでは効果は現れない。
効果を現すには何よりも「実践」がなければならないのである。
 実践――いったい誰が行うのか。
 いうまでもなく庶民大衆である。庶民大衆が行動せずして、いかに
政治家や官僚や学者が妙案妙策を打ち立てようと、事態(環境悪化)は
少しも変わることがない。
 「まず隗より始めよ」というけれど、ひと握りの先導者だけで何ほど
の効果が期待できようか。実践は、どのようなビジョンによるにせよ、
とどのつまり庶民大衆が必ずくぐり抜けなければならない関門である。
どうせ避けて通ることのできない関門なら、まずわれわれから前倒し
して実践に踏み切り、一刻も早く環境改善(耐乏生活)に着手すべき
であろう・・・・
 「隗より始めよ」という格言は、指導者につきつける前に、まずわれ
われが自らよくかみしめてみるべきであろう。



    ※   ※   ※   ※   ※   ※   ※  


上の引用では言葉がだいぶいかめしいけれど、
実践面でのインストラクションは簡潔でわかりやすい。


関連して、下は、
映画 「幸せの経済学」 のダイジェスト版
by homeopa | 2013-01-26 14:14 | 世の中のこと